平成7年7月26日、日本自転車会館3号館において標記懇談会を開催した。その中で東京水産大学石川助教授にご講演していただいたので、以下にその概要を報告する。なお、紙面
の都合上、リターナルボトル及びリデンプションシステムに関する概要は省略する。
1.はじめに
近年、地球環境問題に対する関心の高まりから、省エネルギーもしくは二酸化炭素の排出削減が研究されている。一方で、市民運動は地球環境問題を強く意識した運動に取り組む例が多く見られる。包装資材は、消費者の手に渡った時点で使命を終え、不用となるため、消費者から見た時に処理すべきやっかいな物、便益が感じられない無駄
な物と受け取られやすい。また、美しい包装材は逆に捨てることをもったいないと感じる。割り箸を節約する運動や牛乳パックをリサイクルする運動はこの様な市民感情に支えられた運動のように思われる。しかし、環境に対する影響を総合的、定量
的に捉えた時に、これらの身近なリサイクルが、地球に優しいかどうかは自明では無い。本講演では、地球環境問題への対策としてのリサイクルの位
置付け、素材のリサイクルと消費財のリサイクルについてその可能性を述べる。
2.地球環境問題の対策とリサイクル
地球環境問題の対策を、需要側(消費者)、供給側(生産者)、社会システムに分けて考える。地球環境問題の対策としてのリサイクルには、需要側と社会システムの接点にある消費財のリサイクルと供給側と社会システムの接点に位
置する基礎素材のリサイクルがある。
3.基礎素材のリサイクル
基礎素材のリサイクルとして、多量のエネルギーを消費している鉄鋼を取り上げる。
鉄鋼の生産法は、日本では二種類である。高炉−転炉法は、高炉で鉄鉱石をコークスで還元・溶解して銑鉄を作り、転炉で酸素を吹き込み成分調整して粗鋼を作る。その粗鋼を圧延して鉄鋼製品を作る。鉄鉱石を還元する段階でエネルギー消費が大きく、CO2の発生も多い。一方、電気炉法は、鉄スクラップを電気炉の中で電力を用いて溶かして粗鋼を作り、圧延して鉄鋼製品を作る。原料として、既に還元された鉄スクラップを用いるため、エネルギー消費、CO2発生ともに高炉−転炉法よりも少ない。しかし、品質が劣るため、主に建築用の鋼材に用いられている。
鉄鋼業のエネルギー原単位の推移を要因別に分けてみると高炉−転炉法への省エネルギー技術の導入の寄与が大きく、過去の省エネルギーのほとんどがこれで説明できる。転炉スクラップの寄与と電気炉のシェアの寄与は、ともに鉄スクラップの使用による省エネルギーの寄与である。絶対値は大きいが、これまでは打ち消しあっている。
次に、鉄鋼業の省エネルギー要因を技術とリサイクルに分けて見ると、1985年までは技術要因による省エネルギーが大きかったが、1985年以降は停滞していること、及びリサイクル要因による省エネルギーが1975年以降一貫して原単位
改善の方向に働いていることが分かる。
そこで、多変量解析を用いて鉄スクラップの価格を国内鉄スクラップ供給量
(鉄鋼蓄積量に比例すると仮定)と輸入量で説明するモデルで解析した。モデルの予測結果
と実績は良く合っている。このモデルによれば、鉄スクラップの価格はその供給量
にほぼ反比例する。鉄スクラップの供給量は国内鉄鋼蓄積量に比例し、鉄鋼蓄積量
は年々増加していることから、今後、現在の社会経済構造に大きな変化がない限り、長期的には鉄スクラップの価格は低下することを意味している。これは、電気炉法が相対的に有利になる要因であるが、一方で、スクラップを収集することが経済的に成り立たなくなる恐れもある。
4.消費財のリサイクル
消費財のリサイクルの例として、牛乳パックのリサイクルを取り上げる。
最初に、日本の紙パルプ産業において、ヴァージンパルプから生産した場合と古紙処理により生産した場合のエネルギー原単位
を比較する。ヴァージンパルプの製造はエネルギーの投入量も多いが、パルプ黒液の回収により、ほぼ等量
のエネルギーが回収され、その回収されたエネルギーは下流の抄紙・加工工程で有効に利用されている。一方、古紙処理の原単位
はヴァージンパルプの製造に必要なエネルギー投入量よりも少ないが、バルプ黒液が回収されないため、パルプ黒液の回収を考慮に入れると、ヴァージンパルプ製造のエネルギー原単位
(化石燃料原単位)よりも多い。言い換えれば、ヴァージンパルプで製造している紙製品を古紙で生産すると、パルプ製造部門(古紙処理部門)で投入されるエネルギーは減るが、下流の抄紙・加工工程で新たなエネルギーの投入が必要となり、結果
として、古紙処理の原単位程度の化石燃料が増加する。すなわち、紙パルプ産業のエネルギー消費量
は古紙処理よりもヴァージンパルプから生産した方が少ない。
しかし、社会全体から見た場合にはどうであろうか? そこで、環境に対する影響をできる限り総合的に捕らえるために、LCA(Life
Cycle Assessment)の手法を用いて、牛乳パックをリサイクルして紙として再生するケース(資源リサイクルケース)とワンウェイで焼却・熱回収を行うケース(サーマルリサイクルケース)を比較した。ライフサイクルのうち両者に共通
する部分は除き、異なる部分のみを分析の対象とした。リサイクルケースは、紙パックを家庭で洗浄、解体し、資源として収集した後、再生パルプを製造する。焼却・熱回収ケースでは、牛乳パックは家庭で廃棄後、公共収集、焼却場で焼却・熱回収する。この場合、リサイクルケースで製造される再生パルプに相当するパルプを木材から製造するプロセスを加えて考える。解析の結果
、焼却・熱回収ケースは、化石燃料(純エネルギー消費量の化石燃料換算値)、水使用量
、労力、コストについて負荷が少なく、純CO2、NOx、SOx、土地利用については、リサイクルの方が負荷が少ない。他の製品のLCAでは、化石燃料と純CO2はほぼ同様の傾向を示し相関がある場合が多いが、紙製品の場合は、黒液によるエネルギー回収が大きいため化石燃料による評価と純CO2による評価が全く逆になる点が注目される。
リサイクルケースの環境に対する負荷の内容を見ると、評価項目によって負荷が集中するプロセスが異なっており、家庭での負荷が大きい項目が多いことが特徴となっている。化石燃料、CO2、NOx、水使用量
、労力において、家庭での負荷が大きいのは、牛乳パックを洗浄する際の水道水の使用と湯沸器の使用による。これについては重要なプロセスであるので、アンケートを実施し、水使用量
、湯を使う比率、洗浄法などを更に詳細に調査した。その結果によれば、半数以上の人が湯を使って洗浄しており、洗浄中に水を流しっぱなしにしている人が多い。すなわち、このことが家庭での負荷を大きくしており、リサイクルケースについては、家庭での処理方法に改善の余地が大きいと思われる。一方、焼却・熱回収ケースは、化石燃料、NOx、SOxにおいて、輸送の寄与が大きい。これは、ほとんどが海外から木材チップを輸送プロセスに起因する。
5.まとめ
基礎素材のリサイクルは、地球環境対策としてポテンシャルが高い。しかし、社会システム面
での対策を講じなければ自立的な市場がメカニズムによるリサイクルは困難である。消費財のリサイクルは、消費者が処理する段階で、エネルギー面
での合理性を判断する情報が無く、また企業活動と異なり、必ずしも合理主義にのみ基づく行動ではないために、効率が低い場合がある。この点に関しては、環境プロファイル分析によって必要な情報を整理し、改善可能な点を明らかにしていくことが重要である。