ニュースレター
メニューに戻る


1994年4月号

「アジア・太平洋地域の安全保障環境」について


 「アジア・太平洋地域安全保障体制」研究委員会において中西輝政座長(静岡県立大学教授)が発表された「アジア・太平洋地域の安全保障環境」について以下、その要旨を紹介する。

 委員会の最初のセッションでもあり、アジア・太平洋地域の安全保障環境について、概念的に整理しながら全体を俯瞰するとともに、このプロジェクトでどういう方向を目指すのかという問題意識を含めてお話したい。

 現在、アジアに対するいろいろな見方が浮上してきており、20世紀末におけるアジアとは何なのか、非常に大きな問いになっている。

 現在のアジアの変化は500年ぐらいの大きな世界史的転換を意味しており、近代西欧の数世紀が終わり、ポストモダンという見方での議論があり、また、香港が150年ぶりに中国に返還されるといったように非常に大きな図柄で近代アジアの終焉としてとらえる議論もある。さらに冷戦の終焉、あるいは軍事的、イデオロギー的要因から経済、工業化による社会的な変化をとらえて50年あるいは1世紀のスパンでアジアの変化を考える議論もある。

 アジアの変化についてどういう見方をするかは別 として、アジア、特に東アジア地域において各国間に初めて国際システムが浮上してきたということがいえると思う。過去に遡れば、中国を中心とする中華的アジア秩序が存在したが、近代的で対等な国際関係が成立し一つの新しいシステムがこの地域に浮上しつつあり、しかも冷戦の壁に隔てられることなく緊密な相互関係が進展しつつある。

 また、アジアとは地域的に見てどこからどこまでを含むのか、などという議論もある。こうした不定型のアジア、アメーバー状に変化するアジアの概念は、歴史上も地域上も、また問題別 でも、どの軸をとっても非常に流動的であり、これをどう整理するのか、困難な問題である。

 次に安全保障観の問題がある。欧米的安全保障の考え方とアジア的な安全保障の考え方には違いがあるのか。アジアに適した安全保障概念とは何か。アジアにおいては総合的というのか、地域的というしか、ともかく政治、経済、社会を含んだかなり広い意味での安全保障を考えていかなければならない。このアジア的概念を不定型をなし流動化するアジアにどうかぶせていくか、常に念頭に置いて進める必要がある。

 アジアにおいては、多分、今後もう一つの大きな歴史的変動の波が来ることを予期しておかなければならない。一つにはポストコミュニズムの中国の問題であり、あるいは、朝鮮半島の統一への動きなどであり、アジア全域にわたる経済変動が人権、民主化問題、難民、移民といった人の移動の問題を必ず引き起こして来るであろう。いずれにしてもこの数年間に世界に起こった変動にも匹敵する規模の歴史的変動が起こってくるだろう。こうした状況がアジアの安全保障を考える上での一つの仮定的な前提になるのではないか。

 この地域における現状を見ると政治、軍事中心の伝統的安全保障の視点からも、朝鮮半島の核問題、南沙群島の領有問題、東ティモール、ミャンマー問題、中台関係の行方などの不安定要因があり、もう少し大きな視野では、中国の内政問題、香港、台湾を含んだ大中華圏問題が地域の安定に重要なインパクトを与える問題としてある。

 アジア・太平洋地域の経済を中心とした新しい共同体づくりをどのようなプロセスを経て、どう展開し進めていくのかという問題もある。これは、地域的、総合的安全保障、あるいは地域協力、地域統合の上でどういう意味合いを持って来るのか重要な問題である。

 また、米国の対アジア・太平洋地域への関与がどうなるかという問題がある。これは、単にプレゼンスの後退ということだけではなく、米国の政策における安全保障と経済のリンケージが、この地域にどういうインパクトを及ぼすのかという問題である。

 さらに、アジアの新秩序を考えるとき、いわゆる文明の問題がある。例えば最近では人権問題において、そのような意味合いが出てきており、特に東南アジア諸国中心に提起される場合が増えて来た。

 また、日本の軍事大国化の可能性が議論されるようになって来ており、この地域ではやはり大きなインパクトを持つファクターの一つである。

 我々のプロジェクトにおいては、アジア・太平洋地域の経済共同体をどのようにつくっていくのか、人権民主主義の問題にアジアがどう対応するのか、地域的安全保障をグローバリズムの流れ、新しい時代の安全保障概念に沿ってどう考えるのか、の3点に収斂 していくのではないかと考える。

 アジアの安全保障を考える場合、まず、各国、各地域別 の状況をレビューし、また、米国の政策、地域全体に関わる問題として人権、民主化の問題、人の移動の問題、兵器の拡散の問題、さらには地域的な統合、機構づくり、政治、経済、安全保障を含めた組織づくりの問題を検討していく必要があり、取り扱う問題が重層化している。文化文明の問題、アジアのアイデンティティも背景要因の一つとして、あわせて考えておく必要があると思う。

 全体としてアジアの安全保障環境ということでいえば、やはり現在が大きな過渡期にあるということが、何をおいても重要であろう。このプロジェクトにおいては、以上のような認識から、各地域の状況をどう認識し、新しい安全保障概念をどう考えるか、そしてそれらに基づいて日本としての対応、選択をどう構築していくかにあると思う。