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1995年4月号

「日本の長期戦略」

慶應義塾大学経済学部教授
島田晴雄


 世界が激動している、日本も世界経済の中で大きな比重を占める国として無縁ではいられない。短期的な変動と合わせて、いわばメガトレンドの変化とも言うべき長期の大きな構造変化が、急速に進展しつつあるように思われる。また同時に、人口動態といった国内構造の変化も急速に進行しつつある。

 こうしたメガトレンドの変化をふまえて、日本という国をどのように舵取りして行けば良いだろうか。

 この課題は私達のこれからの生活を左右するだけに、誰にとっても身近な問題であるはずだが、こうした課題をしっかり考えている研究所や調査機関は意外に乏しい。一億二千万人もの人々のかけがえのない人生や生命が、左右される事になるかもしれない日本の長期戦略を、国家としてしっかり考えているところが無いとすれば、それは国家機能の重大な欠落である。(財)地球産業文化研究所は最近、米日財団の支援を得て、そうした問題を腰を落ち着けて考えてみるためのプロジェクトを発足させた。研究プロジェクトは、国際政治、経済、そして安全保障戦略の三つの柱から成り、それぞれが互いの分野の問題に十分な関心を払いながら、日本の長期戦略を構築しようというものである。

 この問いかけは、そうした問題意識の進んでいるアメリカの関係者の助言もあり、プロジェクトの発足となったが、世界の中でこれだけ大きな比重を占める日本が、その将来について総合的で周到な戦略の研究をしていないとすれば、その方がむしろ問題であり、そうした問いかけはむしろ遅すぎたくらいである。

 私はこのプロジェクトでは、主として経済の分野を担当させて戴く事になった。政治は北岡伸一(立教大)、竹中平蔵(慶應大)、安全保障は中西輝政(京都大)の各先生が担当されている。

 経済の分野でも、内外の環境条件は急速にしかも大きく変化しており、そうした変化を踏まえて国民生活の豊かさを実現していくためには、多大な政策課題が山積みしている。

 多くの課題の中でもとりわけ大きな課題をあえて二つ挙げるとすれば、私は、冷戦終焉後の世界経済のメガ・コンペティションの激流に対して、日本経済の浮力をどのように保つのか、そしていま一つは、日本の人口が高齢化し少子化が進んでいくなかで、高齢化の社会的費用を人々がどのように公平かつ効率的に負担し、安心して暮らせる社会を築いて行くのか、という課題に集約されるのではないかと考えている。

 第一のメガ・コンペティションの問題は、冷戦の終焉によってそれまで互いに隔離されていた旧西側と東側の経済圏が、まがりなりにも「市場」という形で合体したことに端を発する。この両経済圏の間には、これまでの体制運営の違いから名目的には50倍から100倍ほどの大きな賃金格差が存在しており、いまやそれを包含した世界経済は、一物一価の市場法則につき動かされて大規模な再編成の時代に突入し、その過程でメガ・コンペティションともいうべき世界的な価格革命を伴う激動が起きているのである。

 現在、日本で叫ばれている「空洞化」もそうした大状況と無縁ではない。しかも空洞化問題は、日本の現状の経済構造や経済運営のありかたが大きな原因となっており、これは過度な円高現象によって、加速されているので一層深刻と映る。

 しかし現在のところ、メガ・コンペティションが、日本の空洞化を促進しているという証拠は乏しい。むしろ現在の日本企業の海外進出は、日本の資本財輸出を増やしている可能性が大きい。

 空洞化が本当に問題になるのは、現在の低賃金諸国がかつての日本のように、資本財生産の実力を身につけた時である。したがって日本は、これらの国々の経済発展、技術発展の可能性を注視し、同時に日本自身の創造的開発能力の涵養戦略を組む必要がある。

 第二の高齢化の問題は、高齢化の社会的費用を皆でどのように分担し、高齢化社会に必要な社会サービスを皆で確保するかという、サービスと費用負担の分配の問題である。

 現在、消費税など間接税で負担すれば良いという財政当局的発想が流布しているが、それは対応策の一面 に過ぎず、それ自体も有効な対応策かどうか実は疑問の余地が大きい。

 サービスと費用負担の公平で効率的な仕組みを、国民的討議を経つつ煮詰めて行くことがいま一つの大課題である。

 これらの大課題に答える、どれだけ有効な長期大戦略を組めるかで、日本の進路は大きく左右されるだろう。