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1996年3月号

駐日欧州委員会代表部ヨルン・ケック大使講演会
「EUから見たアジア市場」


 平成7年12月6日、当研究所において標記講演を開催した。本講演は当研究所が平成6年に実施した「グローバル・エコノミーシステムにおける産業競争力」研究委員会の研究活動の一環として開催されたものである。以下講演の概要を紹介する。

 世界の成長センターとしてのアジアの勃興は、欧州においても対アジア政策の検討を余儀なくさせました。1994年7月、欧州委員会は『新アジア戦略に向けて』という報告書を作成し、これがその後EUとしての対アジア政策の基本文書となりました。

 この報告では、アジア諸国としてアフガニスタン以東を検討対象とし、同地域を、東アジア7カ国、東南アジア10カ国、南アジア8カ国、そして日本の四つのグループに分類しています。日本はその経済的地位 から独立して扱っています。但し、これから説明するアジアの数字には、日本が含まれていないので御注意下さい。

 報告書の骨子は以下の通 りです。

 第一は、世界経済の成長原動力としてのアジアに注目しています。すなわち、アジアは世界で最大の成長地域として登場し、もはやいかなる貿易パートナーも無視できない存在となったことです。また、将来への潜在成長力も大きく、2000年までに日本を除くアジアは世界の経済成長率の半分に寄与し、世界貿易の50%、世界の生産の3分の1を担い、9,600億ドルの資金をインフラ整備に投入することが予想されること。更に10億の人口が顕著な購買力を有し、約4,000万の消費者が今日の欧州の消費者と同等の購買力を持つと予測しています。

 第二は、アジアにおける欧州の経済的地位 が近年低下傾向にある点です。アジアの総輸入に占める欧州の割合は、1970年の25%から1992年の15%に低下していること。また、1986年から1992年にかけてのアジアへの直接投資累計において、欧州連合は10%を占めるにすぎない点を指摘しています。

 第三は、アジアは欧州に大きな機会を提供している点です。欧州のアジア市場参入は、ビジネス機会、地球規模の欧州企業の競争力、欧州企業の雇用等の確保に貢献するとも指摘しています。

 第四は、こうした機会を獲得する上で、アジア地区の安定が不可欠であり、EUとしてもアジアの地域安全保障の政治対話に参加し、これらの地域に経済協力を行う必要性を強調しています。EUのアジアとの対話の枠組みとしては、中国、インド、パキスタンとの政治対話、地域レベルでは、経済問題を中心に話し合うEU・ASEAN年次閣僚会議があります。また、ASEAN拡大外相会議、地域安全保障の対話の場であるARF(アセアン地域フォーラム)にも参加しています。

 欧州委員会の対アジア戦略報告書の目指すものは、第一に、アジアにおけるEUの知名度を高め、EU、アジア間の相互理解を奨励すること、第二に、アジアにおけるEUの経済的プレゼンスを強化することにあります。そして、その方策として同報告書は、経済協力の推進、アジアの対外貿易における法制度面 の改善、投資交流等を提案しています。

 しかし、EUレベルでの政策の執行に当たっては、政府の効率性や財源、人的資源の有限性を考えたとき、アジア諸国の経済発展の度合いに応じて選択的に適用されるべきというのが欧州委員会の考え方です。そしてEU「新アジア政策」は、政治、経済協力を網羅する包括的なアプローチの必要性を強調しています。

 その中身は以下の通 りです。(1)アジア諸国との政治対話を促進すること、(2)アジア地域安全保障を話し合う枠組みでの対話を強化すること、(3)商品・サービス貿易面 での市場開放を求めること、(4)対アジア経済協力において欧州の優位 分野、例えば金融、エネルギー、環境技術、運輸機器、通信を選定すること、(5)アジアの市場経済への移行を目指している国が国際貿易システムに統合されていくことを支援すること、(6)EUの持つ経済協力の経験を動員して、貧困緩和戦略を最貧国に特化させること等を挙げています。

 なお、対中国政策については、1995年7月に別 個の報告書を作成しました。同報告書は、軍事、政治、経済分野でのプレゼンスの増大を指摘するとともに、国土と人口の規模からいって、中国抜きでは安全保障、環境、エネルギーといった地球規模での、あるいは地域レベルでの問題の解決が不可能になりつつあることを指摘しています。そして、欧州連合が中国の持つ経済、政治面 での影響力を十分反映した長期的関係を築くことの重要性を強調しています。

 EUのAPECに対する評価は、APECの自由化に向けた取り組みが世界経済の発展に貢献するものとして前向きに捉えています。しかし、この取り組みが非加盟国に何をもたらすかにEUは関心を持っています。その意味で、先般 の大阪でのAPEC会議で自由化行動指針が採択され、また、WTOでの多角的な自由化への決議を行ったことを歓迎しています。今後、1996年4月にはWTOで電気通 信交渉が開始され、1996年12月にはWTO閣僚会議がシンガポールで予定され、21世紀に向けた自由化作業プログラムの設定が求められています。そうした意味でも、今回のAPEC合意が、将来への展望に向けて重要な一歩となることを期待しています。

 EUの「新アジア政策」の中で日本はユニークな位 置にあります。日本の経済力、政治制度の成熟度から、他のアジア諸国と一緒に考えることはできません。したがって、EUは日本を対アジア政策の対象としつつも、別 個に対日本政策を採用するに至っています。

 では、日本・EUの現状、そしてEUの対日政策とはいかなるものでしょうか。現在の状況は、かつてない程良好であると考えています。その理由として、第一は、二国間貿易問題の対処にあたり、日本政府と欧州委員会の対話が十分機能している事、第二は、貿易不均衡の改善です。1992年には、EUの対日貿易赤字は310億ドルを記録しましたが、1994年には220億ドルまで低下したことが挙げられます。そして第三は、双方の各分野での協力関係、対話の枠組みが発展拡大してきたことです。先般 の日本・EUのハイレベル協議でもその拡大が確認され、今後は協力の中身をいかに具体化していくかが課題です。


 最後にEUから見た日本市場について言及してみたいと思います。過去数年の日本経済の状況が、日本にとって不満足なものであっても、日本はEUにとって重要な市場であると共に、大事なパートナーであるというのが欧州委員会の立場です。

 1994年12月、私たちはEU企業に対するキャンペーンとして、何故日本が欧州にとって重要かを論じた資料を準備しました。その論点の一部を紹介すると以下の通 りです。

 第一に、日本はアジアで最大かつ最も豊かな市場で、この状況は将来も継続すること。現実の数字を見ても、欧州企業にとって日本は世界第二の輸出市場の地位 を占めています。

 第二は、日本は世界で最も革新的かつ競争が激しい市場であり、その意味から企業戦略的に見ても、日本での成功が欧州企業の世界市場の成功にとって重要な意味を持つ場合が多いこと。

 第三は、日本は先進国であり、比較的ローリスクな市場であること。また、長期的利益の機会を多く提供し、多くの場合投資利益率が成長する発展途上国を上回っていること。

 第四は、日本は世界でも指導的な経済、科学技術力を有し、製品加工技術、経営技術面 で最も進んでいると思われる企業の幾つかを擁していること。従って欧州企業にとっては、日本市場への進出や日本企業との協力関係を、経済成長が著しい東アジア市場進出の手がかりとして捉えていること。

 第五は、日本の市場は外国企業が参入するに際して、過去に較べるとより容易になってきており、いっそうの貿易と投資の機会を提供していること。

 この最後の点に関して私の個人的印象を述べますと、15年程前私が日本に赴任していた当時、講演等で日本市場を次のように形容していました。すなわち、欧州市場は、一般 人が普通の努力をすれば登頂可能な富士山であるのに対して、日本市場は、特別 な技術とスタミナ、そして資格を持つアルピニストのみが登頂可能なアイガーの北壁に相当すると。しかし、長年に亘る諸外国からの日本市場開放要請、ウルグアイ・ラウンド交渉の妥結、日本の規制緩和努力、日本を取り巻く経済環境の変化、とりわけ企業行動や消費行動の劇的な変化により、日本市場の開放度は比較的改善されてきています。今日、市場アクセスの問題や公的規制問題はまだ多く存在しますが、これらの問題については、規制緩和、相互承認協定協議といった方法、あるいはWTOにおける紛争処理手続きにより、冷静な解決を目指すべきだというのがEUの基本姿勢です。

 EUとしても1979年以降、日本市場を対象とした輸出促進プログラムを実施しています。欧州ビジネスマン日本研修計画がその中心をなすもので、今日まで五百人を越す若手ビジネスマンが、18カ月にわたる日本での研修体験を対日ビジネスに活用しています。1994年2月からはゲートウェイ・トゥ・ジャパンを発足させ、分野別 対日輸出促進を強化しているところです。また、日本政府との間でも、日本・EU間の貿易産業協力をより促進させるため、環境整備を進めています。一方民間レベルでも、双方を代表する経済団体レベルで対話の兆しが出てきたことも、双方の将来にとって明るい材料だと思います。


−事務局からの補足−

 講演の後の質問で、大使が説明した「新アジア政策」に触れて、古いアジア政策から何が変わったのかという質問に対して、古いアジア戦略はなかったと答えられた。ここから推測されることは、冷戦の崩壊後EUは地理的に近い東欧にも新市場を期待したのだと思う。しかし、東欧は市場としてはなかなか立ち上がらない、一方アジアは急成長している。EUとしてもこれを見過ごすことはできなくなったということであろう。また、成長するアジアの側から見ても、自らの成長に対する自信を背景にして、過去の植民地主義の記憶から脱却して、EUのアプローチを冷静に受けとめられる時代になってきたとも言えるだろう。

 なお、本稿は当研究所が講演の速記録から作成したもので、その文責は当研究所にあり、講演者であるケック大使御本人の確認を得たものでない事をお断りしておく。