「GIIの行方と各国の対応」研究委員会から
−GIIが社会に与える影響−
「GIIの行方と各国の対応」研究委員会において、松原隆一郎委員が標記テーマで講演した。以下にその概略を報告する。
1.情報技術が市場に与える影響
理論経済学上の(1)生産者・消費者の多数性(2)製品の同質性(3)価格・品質についての完全情報(4)産業への参入・退出の自由(5)生産要素の移動の自由、という完全競争の条件は、一般
には現実の経済には当てはまらない。一方で情報技術の進展により完全競争の諸条件が満たされる可能性があることが指摘されている。
情報技術の進展のもたらす特質として次のことが挙げられる。それは、商品の品質評価の討議につながる情報の発信・検索における消費者の積極性、事業者間の競争を生み出し空間的障壁をなくすオープンなネットワーク、取引コストを削減する流通
の効率化、商品開発を適正化する顧客との対話、産業の融合を促すマルチメディア、産業組織変革・企業組織改革につながるCALS、EDIといった経営上の業務改善等である。この結果
として、完全競争は成立することになるのであろうか。
もしそうだとすれば市場は情報技術を基礎に据えることによって、より純粋な競争にさらされることになる。しかし市場の完全競争状態への移行を目指したロシア経済は、混迷の極にある。西側指導者はそれを純粋な市場経済への移行政策に抵抗する勢力のせいだとしているが、「どの社会にいつでも根付く純粋な市場」という想定に対する疑問も払拭できない。こうした疑問に導かれて市場観を定式化しているのが社会経済学である。
2.社会経済学の市場観
社会経済学は、情報には形式的(顕在的)知識と暗黙的(潜在的)知識の二つがあるとみなす。形式的知識とは言葉や数字で表すことができ、整理されたデータや方程式、明示化された手続きあるいは一般
的な法則として他人に伝達されるもので、特にアメリカで重視されている。一方、暗黙的知識とは主観に基づく洞察や直観に類するものであり、熟練職人の技能のように明示しがたい技術として結実し、思いや情念を支配する。したがって暗黙的知識の多くは特定の個人にとって操作可能であるに過ぎず、そのままでは他人に伝達するのは困難である。それゆえ暗黙知は、職人が身ぶりで伝達するのと同様のやり方では資本主義における商品生産の速いスピードにおいては活用することはできず、形式知に変換されなければならない。
野中郁次郎氏は「知識創造企業」の中で、商品開発における暗黙知および形式知の変換プロセスを次のように説明している。(1)個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」(2)暗黙知から形式知を創造する「表出化」(3)個別
の形式知から体系的な形式知を創造する「連結化」(4)形式知から暗黙知を創造する「内面
化」、そして(1)へ戻るという四つの変換プロセスを経て知識は以前よりも発展したものとなり、最終的に商品として市場に姿を表すことになる。これをより具体的に考えてみよう。共同化は、現場で実際に仕事を体験しながら技術を模倣し修得するOJTや開発プロジェクトのメンバーが行うブレーン・ストーミングである。表出化は、個人が持つ言葉にならないイメージをアナロジーやメタファーを駆使しつつ対話を通
じて「コンセプト」という言語表現にまとめる作業である。連結化は、開発の現場で生み出されたコンセプトを企業トップの編み出した理念につなぐ機能を持つ。内面
化は、企業にとっての重要な体験を蓄積し後続する人材に伝える作用をいう。
3. 市場競争の型
知識はある国においては暗黙的/形式的双方において用いられるのに、別
の国では形式的にしか活用されない。こうした相違は文化の違いを反映してのことだと思われる。伝達される知識の種類によって市場競争の型を区別
することも可能である。
アメリカは、多民族国家であるがゆえに形式的なルールにこだわらざるを得ない。なぜなら、異質な民族と共存するためには、同じ民族の中では暗黙のうちに通
用するような事柄についても、逐一言葉に出して表現しなければ正確に了解されるとは期待できないからである。このようにアメリカは従来から形式知が重視される風土であるだけに、マルチメディア化を受け入れやすく、擬似的に市場の完全競争が達成されるかもしれない。そこで企業においては中間管理職が生産性向上のために排除されることにもなる。
日本では、企業においてハイエクのいう「時と所に関する具体的な知識」が生産技術のみならず消費欲求に関しても解読され、商品開発に活用されている。これは民族間の文化的な断絶がほとんどなく、暗黙知が利用しやすく集団主義も発達しているからである。すなわち野中氏のいう「知識創造企業」が成立しやすい社会・文化的環境にあるのである。こうした状況では、マルチメディア化がそのまま「市場の完全競争化」をもたらすとは考えにくいし、消費者の欲求と製造過程の技術を結び付ける役割を果
たしている中間管理職が排除しがたい重要性を持つ。またこれについては、ヨーロッパにおいても同様であろう。ただしヨーロッパでは日本と異なり、生産は消費者の欲求に合わせるというより、労働者の熟練を重視し、生産者がモノづくりを楽しむ傾向がある。以上のように情報技術の進展が社会・経済に与える影響は一義的ではないのである。
日本型経営をより良くするためにもマルチメディア化は重要であり、日本型経営において真に不要な部分は情報化等により淘汰されるべきであろう。しかしながら、暗黙知の重要性を考えると中間管理職は必ずしも不要なモノではなく、一部(あるいは多く)の中間管理職は今後も重要な役割を果
たす可能性が十分にあると思われる。
(文責 事務局)