第28回地球環境問題懇談会から
「温暖化問題」と「中国問題」から考える
「環境保全技術の移転」
平成9年3月6日、日本自転車会館3号館において標記懇談会を開催した。その中で財団法人電力中央研究所(以下「電中研」)経済社会研究所の明日香 壽川主任研究員にご講演いただいたので、以下にその概要を報告する。
1.温暖化問題の本質
本日は、今ちょうどAGBM6(ベルリンマンデートに関するアドホックグループ第6回会合)がボンで行われておりますが、温暖化問題も中国の問題もますます重要になると思いますので、これらの問題に関して私が考えていることについてお話をさせていただきたいと思います。
エネルギー問題の話をするとき、エネルギーはあとどれだけもつかという話になるんですが、ここで皆さんに質問をさせていただきます。今、石油がどれだけあるかというクイズです。富士山の何杯分ぐらいの石油が地球上にあるかという質問ですが、10杯以上あると思う方は手を挙げていただけませんでしょうか。正解は1杯以下です。正確に言いますと半分ぐらいでして、エネルギー専門の方々の会合でやっても、大体半分ぐらいの方は間違えるんですね。電中研が発表している数字を申し上げますと、地球上にもともと2.2兆バレルあり、そのうち人間が既に7000億バレルを使い、現在
1.5兆バレルの石油が利用可能だと言われています。これは、ちょうど富士山の半分ぐらいになります。これだけのエネルギーしか我々は持っていないということを、まず最初に申し上げたいと思います。
次に温暖化問題です。私は、基本的に温暖化問題というのは公平性をどう考えるかということだと思います。今、先進国の間でどの様な取り決めをするかということで、数値目標に関して議論していますが、最終的には途上国を説得させるような論理と倫理を先進国がどう持つかということだと思います。2000年時点でのCO2総排出量
を50億トンすなわち1990年の全世界の総排出量に抑制するためには、基本的に1人当たり0.8トンしか排出してはいけない。それはどういう計算かというと、人口が60億人いて50億トンしか排出してはいけない。そうすると1人何トンになるか。約
0.8トンということです。
3番目に、情報化、消費化問題があります。これは最近、東大の見田宗介教授が『現代社会の理論』の中で、基本的に情報化、消費化がどんどん拡大することによって、またこれが無限に拡大する性質を持つことによって、これから社会はそれに沿って動いていくしかない、それを否定することはできないと、述べておられます。つまり、以前に『清貧の思想』というのがはやりましたが、言うは易く実行は難しい。たとえ一部の人ができたとしても、大部分の人はそう簡単には実行できないということです。
実は、日本と中国の冷蔵庫の普及状況を1人当たりのGDPで計算したんです。日本は戦後の高度成長を経て冷蔵庫が入ってきた。中国はというと、日本の高度成長以上の超高度成長を経て電気機器が入っている。例えば日本の1人当たりGDPが
1,000ドルのときの普及率というのが、中国の1人当たりGDPというのはまだ
1,000ドルに遠いのに、もう既に達成されています。これはどういうことかといいますと、基本的に中国の人が冷蔵庫というのをまず情報によって知り、その方向に社会があっと言う間に動いたということです。
温暖化問題の本質は、基本的にはこれだけ石油が少ないために石炭を使わざるを得ない。石炭はより多くのCO2を出す。それで原子力に行くしかないという議論も出てきます。もちろん様々な議論はありますが、基本的にはエネルギーの問題と、もう1つは南北問題です。最後には、どれだけ自分たちの消費パターン、消費スタイルをどう「転回」できるかという問題です。それぞれ非常に難しいということは、今の私の話で少しは理解していただけたと思います。
2.中国問題の本質
中国問題の本質というのは、私は中国人の血が入っていますので多少エモーショナルな話になるのかもしれませんが、自分が中国人として感じるのは、やはり歴史的なものを少なくとも中国の人は全然忘れてないんです。時々折に触れて、何で日本の人は歴史を忘れてしまうのだろうなということを思うことがあります。ですから歴史問題を抜きにして、日中関係、米中関係を語ることはできないと思っております。
2番目が民族問題です。中国の場合、民族問題は2つありまして、1つは今問題になっている少数民族の問題です。もう1つはいわゆるもっと大きな、アメリカのハーバードのハンチントン先生が言ったような、西欧社会とそれ以外という話ですね。将来衝突する運命は別
にしまして、どうしても西欧社会対イスラム儒教社会に議論がいってしまうんです。
3番目が基本的に人口問題だと思います。これは「難民」また「市場カード」という言葉で象徴できると思います。基本的に「難民」というのは何を言いたいかと申しますと、天安門事件の時に?小平が、「中国で民政が混乱すれば難民が海外に何万人単位
で行くよ」と言った時に、それはそれなりの影響力があった言葉だったんです。その次に「市場カード」というのは、最近アメリカ政府の高官が言った言葉ですが、基本的に中国の市場をアメリカの企業なり日本の企業なりが得るか失うかどうかの問題だと言っています。だから人口問題というのは人権問題ともつながりますけれども、ある意味では中国の非常に大きなカードになっているんです。
3.中国でのエネルギー生産・消費の状況
中国の場合は石炭が現時点で75%ぐらいを占めております。もちろん原子力、自然エネルギー、再生可能エネルギーの開発動向にもよりますが、将来的にも、中国では基本的に石炭はエネルギーの大宗を占めるだろうと思います。さらに中国の場合の問題は、石炭が硫黄分を非常に多く含むため、国内では酸性雨で非常に被害が出ておりますし、越境酸性雨という形で日本にも硫黄が飛んできているというのも確かだと思います。
石油に関しては、現在は中国は輸入をしております。今後も輸入は拡大していくと思われます。天然ガスは、国内で地域的にはかなり産出しています。酸性雨が一番問題になっている重慶市では、天然ガスを使うことによって何とか解決しようという動きが出ています。水力は、もちろん三峡ダムもそうですが、特にメコン川の上流で中国がどんどん水力ダムをつくっており、これにより生態系がどう変わるかというのが非常に大きな問題になっております。メコン川下流の方に言わせると、あの環境破壊は非常にひどいということです。原子力ですが、中国では既に原子力が3基稼働しております。ロシア、フランス、カナダなど各国の技術を取り入れていますが、「安いから供給先が変わっているだけであって、多彩
な技術を勉強するためではない。その意味ではやはり危ない。」という人もいます。
このようにエネルギー供給の分野でも様々な問題が有りますが、消費の方はどうなっているかということについて少しお話しさせていただきます。しばしば議論されるのが、中国でエネルギー効率がいかに悪いかという問題です。アメリカの省エネルギーの研究機関が、中国のエネルギー問題・省エネ問題についてまとめたものを参考に説明をさせていただきます。
現在世界一のCO2排出国はアメリカで、2020年ぐらいには中国が一番になるだろうと予想されていますが、中国ではかなり省エネ努力はしていると思います。これはあくまでも相対的な話なので絶対的には言えませんが、かなり昔から省エネセンター、省エネ基金みたいなものを作っております。現時点でどの様な目標が立てられているかといいますと、例えば廃棄物に関しては、2000年までに1995年レベルの総量
規制をするというお達しが出ております。実際の民間レベルでの動きですが、フィリップスやナショナル等が中国で省エネ型の蛍光灯・電球を現地生産しています。1977年レベルのエネルギー原単位
(エネルギー使用量/GDP)が続いていたら、中国のエネルギー消費量
が2倍になっていた、すなわち、ある意味では努力によってエネルギー消費量
を半分に減らしたのが中国だと言えなくもない、というのがアメリカの研究機関の人が書いた研究の結論の1つです。
4.ビジネスとの影響関係
私は今、日本の環境保全技術の移転をどうすればいい方向に持っていけるかということを研究しております。現状を見ますと、技術移転にはまだまだ問題があり、ある程度、政府が民間の力を押し出すような形で何かできたらいいんじゃないかなと思っております。もちろん技術というのは、いわゆるハードな機械の問題もありますしソフトな技術もあると思います。日本が1960から1970年代に公害を克服した体験や知識も技術に入ると思います。これらを総合的に途上国に移転することにより、日本の国際貢献になると考えております。
中国では、環境の意識は低く環境産業も余りない、基本的に経済優先で環境は二の次だというイメージがあると思うんですけれども、環境保護産業というのはある意味では非常に伸びている産業です。実は来月の1日から5日まで、北京で環境保全技術の展覧会が開催されます。どの様な企業が参加するかということですが、日本の企業では、川崎重工、日立造船、荏原製作所、NKKとあと1つ増えるか増えないからしいのですが、非常に少ないのです。ここで興味深いのは、アメリカ大使館も出展することです。アメリカの環境保全技術の移転に関して政府がどの様にサポートしているかというのは、把握は難しいのですが、少なくともクリントン大統領が環境保全産業は21世紀のリーディング・インダストリーだということを盛んに発言しております。
日本の企業はこのようにアメリカに比べると、まだ遅れてはいますが少しずつは動いています。「共同実施」も「排出権取引」も基本的に同じですが、とにかく途上国で何かやらなければいけない状況になりつつあります。途上国でやるというのは、途上国に行ってCO2を減らしたり環境にいいことをやるということです。その時に日本の企業がやれば、当然、日本の環境保全産業もついていかざるを得なくなると思います。
5.何をなすべきか
気候変動問題とは何なのかともう一回考えていただきたいのですが、一部の国にとりましては、「もし自国が沈没したら」すなわち日本に置き換えれば「もし日本が沈没したらどういうことになるか」という問題なんです。オランダでは6%水没、バングラデシュは17.5%で、南国の島々例えばモルディブとかは80%ぐらい沈没するかもしれません。ある国にとっては「日本沈没」のようなイメージを持っている問題です。
この様な温暖化問題ですが、実際どういうような対策が考えられるのでしょうか。竹中工務店の広松さんという方が、地球温暖化により海面
上昇がどの様に起きるか、海面上昇によりどういうことが考えられるか、その時にどうコスト・ベネフィットを考えるべきかという研究をされています。一番最初にも申し上げましたように、CO2の総排出量
を50億トンにセーブするというのは本当に大変なんです。ある意味では大変過ぎてやらないと言う人もいます。でもそれ以前の問題で、大部分の人が温暖化問題を知らない、わかっていない、わかろうとしないということが一番大きな問題だと思います。
繰り返しますが、日本の人が思っている以上に「排出権取引」なり「共同実施」の話というのは早急に現実化してくると私は考えています。というのは、やはりアメリカが非常に積極的なんです。アメリカが積極的というのは、実際アメリカは排出削減が難しい、お金で解決するしかないということが1つあります。もう1つは、排出権取引はアメリカで非常に歴史があるんです。それはCO2ではなくてSO2なんですが、SO2の排出権取引はほぼ99%の人が成功したと言っています。実はヨーロッパでも排出権取引と似たような話が既にありまして、今回のAGBM6にヨーロッパは何%削減するかということで15%という数字が出たんですけれど、基本的にすべてのヨーロッパの国が15%削減するのではなくて、どこの国は30%削減する、逆に10%から15%増やしてもいい国もある等、差をつけているんです。多分そこには排出権取引という考え方が入っていると私は思います。アメリカにもヨーロッパにも排出権取引の歴史があります。排出権をやろうとかいう話になると、どうしても世界はそのアメリカとヨーロッパに引っ張られて、そういう方向にいってしまうんじゃないかなという気はします。今年のCOP3で決まらなくても、COP4、COP5これは永遠と続きますので、排出権取引実施の日も近いのでは、と思っております。
市民レベルと言うのも変な言い方ですけど、自分が気をつけなければいけないということで、今回、私はコピーを沢山してしまいまして申しわけないと思っております。紙1枚コピーするのに0.5ワット使うんです。実は紙1枚つくるのに16ワット必要なんです。基本的に両面
をコピーすることにより、どれだけ電力が減るかということを教育の場でも、皆に知ってもらうことからすべては始まるんだろうなと思います。自戒の意味も含めてコピーの話をさせていただきました。
最後にまた見田宗介先生の本に戻るんですが、彼は基本的に情報化、消費化社会の趨勢は変えることはできない。ただ、情報の役割として3つあると述べています。1つ目は認識としての情報。これは、先ほど言ったような紙1枚つくるのに幾らぐらい電力を使うかという情報です。2番目は設計としての情報。これは、酸性雨でもCO2でも何でもいいのですが、そういうものをモニタリングし、どこの国はどれだけ減らさなければいけない、そのためのコストがどれだけかかる。それを国際的な枠組みにするにはどうすればいいか。そういうものを設計するための情報です。3番目の情報が、美とか善とか新しい価値観の方に持っていく情報です。私も3番目の情報は何とも言えませんけれども、少なくとも1番目、2番目の情報に関しては企業の方、研究者の私も含めて出来ることは沢山あると思います。本日は、この様な「情報」を皆様にお伝え出来ればと思い、お話をさせていただきました。お役に立てば幸いです。