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1997年10月号

制度間競争への備え

慶應義塾大学経済学部教授
池 尾 和 人


 しばしば、経済のグローバル化が進むと、国境の意味がなくなり、ボ―ダーレス化するといった意見が述べられることがある。しかし、こうした見方は、軽率なものであるように思われる。本当に国境の意味がなくなり、ボーダーレス化するのであれば、「制度間競争」といったことは考えられないはずである。ところが実際には、経済のグローバル化とともに、「制度間競争」が一層激化しているとみられるのである。

 ここでいう「制度間競争」とは、各国が、使い勝手のよい制度的環境を提供することによって、自国に経済活動や取引を引き寄せようとしてしのぎを削っていることを指す。まさに国ごとに制度的環境に厳とした違いがあるからこそ、こうした競争が成り立つのである。適用される法制や税制、あるいは取引にかかわる規制やルール等が、いかなる国の領域内にいるかによって異なるという現実は、基本的に変化していない。

 もちろん、制度間競争の結果として、競争に強い制度がはっきりとし、各国が自国の制度をそうした強い制度に近づけようとするような動き、すなわち、デファクト・スタンダードの採用や、国際的な制度のハーモナイゼーションの動きはみられる。換言すると、制度間競争は、それに参加している国々の制度の収束傾向を生み出す側面 をもっている。しかし、そうした動きの一方で、国家の主権と独立、あるいはその国の文化の根幹を守るために、制度の同一化を頑として拒む力が働いていることも忘れてはならない。

 要するに、グローバル化が意味しているのは、国境の消滅ではなく、主として企業の国境を超える能力が高まったということである。いまや企業は(特定の場合には個人でさえも)、活動の拠点を置いたり、取引を行う国を選択できるようになっている。日本企業であれば、日本国の領土内に本拠地を構えなければならないという必然性はもはやない。国境にとらわれているのは、政府であり、ほとんどの国民であって、企業ではない。

 ヒト・モノ・カネの中で、最も国際的に移動し易いのは、資本(カネ)であって、次いで財貨(モノ)であり、最も移動しがたいのが、労働(ヒト)である。経済のグローバル化がいかほど進んでいると言っても、労働力がボーダーレスに移動できるようにはなっていない。端的な例として、わが国は外国人労働者の移入を基本的に認めないような「制度」を維持している。

 こうした状況において政府は、制度間競争に生き残らなければ、税収を確保できず、自国民に十分な雇用機会を与えることができなくなる。しからば、ひたすらに国際標準と思われる制度を採用することが望ましいと考えられるのであろうか。やはり物事は、それほど簡単ではないと思う。そうしたやり方をすると、国家の安全や文化的伝統が破壊されるのではないかという懸念をかりに棚上げにしたとしても、そもそもそうしたやり方が実行可能なのかという問題がある。

 というのは、一片の法律改正だけで変更してしまえる部分は、制度のうちのごく限られた一部に過ぎないからである。制度は、ストックであると理解すべきである。ストックである限り、国富を一日で二倍にできないのと同じく、制度のあり方を短期日のうちにドラステックに変えることは、望んだとしてもできないことである。特定の制度を運営していくためのノウハウや経験は、一定の時間をかけることなしには蓄積され得ない。

 この意味で、例えば2001年までに東京をニューヨーク、ロンドン並みの国際金融センターにするという今般 の金融制度改革の目標は、高望みに過ぎるものである。これまで長きにわたって、制度間競争の現実など念頭になく、日本独自の金融制度を保持することに腐心してきたわが国に、アングロ・アメリカ型の制度運営を可能にするための基盤(インフラ)はほとんど存在していない。そうした基盤(インフラ)がこれからの数年で形成できると考えるのは、子供地味ているといえる。

 いまになって、アングロ・アメリカ型のやり方が少なくとも国際金融市場ではデファクト・スタンダードであることに気がついたといっても、認識をあらたにしただけで客観的な条件が変わるわけではない。われわれが、そうしたやり方を制度として採用するためには、それを支える基盤(インフラ)の構築から始めなければならない。そして、この構築作業には、無視できない時間と費用がかかることを十分に覚悟する必要がある。

 制度は、ストックであり、蓄積である。したがって、日々の努力の成果 が問われるのであって、日頃サボっておいて、試験当日にだけ良い成績を取るようなことはできない。国際標準の採用についても、たゆまぬ 努力の結果としてのみ可能なことに過ぎない。われわれがいまもっている基盤(インフラ)を直視した上で、自棄的になることなく、できる限り競争力のある制度を創っていくべく努力するというのが、実際的には唯一の望ましい構えであろう。