大転換のとき
-千客万来型の産業観光へ-
東京大学名誉教授
当研究所地球産業文化委員会委員長
木村 尚三郎
鶴田浩二の歌じゃないが、「今の世の中、右も左も真暗闇」で、日本中が混迷の度を深くしている。まるで深い霧のなかに閉ざされてしまったようで、方向を見失い、どうしたらよいかわからず、文字通
り「五里霧中」といった感じである。
このような名状し難い不安に陥るとき、人は必ず動く。失恋したとき、事業に失敗したとき、人は旅に出る。現行の執筆に詰まったときも、散歩に出る。気が紛れるからである。ついでにそこで何か、新しいビジネスチャンスとか話のネタ、あるいは次のいい人が見つかるかもしれないといった、タメになることを期待する気持もある。
そのような気晴らしと期待を求めて人はいま旅に出る。あるいは、絶えず動くものを求める。そのような意味での「動の時代」が帰ってきた。
全世界でいま外国旅行に出ている人の数は、一年間に五億九千三百万人であり、地球総人口の一割以上に上っている%西暦2000年には七億、2010年には十億以上に上るだろうと、マドリッド本部を持つ「世界観光機関」(WTO)は予測する。21世紀最大の産業は、明らかに「旅産業」である。観光とビジネスと勉学が一つになった、「面
白くてタメになる旅」である。
工場観光、産業観光は、これからの観光の大きな目玉
となるだろう。メーカーが、もっとも力を入れねばならない分野となることは間違いがない。フランスでは現在、年間一千万人が工場観光に訪れており、その数はこの十年間に倍増している。環境共生型の技術による、ブルターニュのランス潮汐発電所が人気のトップである。その他、試飲、試食可能な酒、菓子製造工場とか、南仏、トゥールーズにある英仏合弁の宇宙産業、アエロスパシアル社などが大勢の観光客を引き寄せている。何れも、「面
白くて、タメになる旅」ができるからである。
わが国で産業観光にもっとも熱心なのは、愛知県である。名古屋にある、赤レンガの旧工場を利用して作られた、トヨタの産業技術記念館はそのもっともいい例ではないかと思う。自動織機から今日の自動車にいたる技術の進歩と変遷、展開の過程が、実際に織機を動かしてみせながら系統的に理解できるようになっており、見事である。
しかし私にとりもっとも大きな感銘を受けたのは、部門ごとに配置され、機械を操作したり説明したりする人たちであった。この工場を定年退職した方々があたっているからであり、まるで東海林太郎のように直立不動の姿勢である。日本の工場は道場だとよく言われるが、それを実感させる、ピンと張りつめた空気が説明者のまわりに漂っている。何気なく展示してある工具もピカピカに光っており、工場では毎日手入れを怠らないと伺って,日本の工業を支えてきた人々の、職人魂を眼のあたりにする思いであった。
産業観光は、企業にとり手間暇がかかるものではあるが、このように主催者が予期せぬ
感動をも一般の人々に与えることができる。若い世代や後発国の人々には、もちろんさまざまな知的刺激や興味関心、そして新鮮な発想を提供することになる。
全世界的にどこかで同じような物を同じような値段で売るようになった今日、その企業など、その製品などに対する一般
の親近感を生み出す産業観光は、新たな繁栄と発展にとって不可欠の、有効な手段であるといえよう。
二十一世紀が世界大移動の時代であることを考えるとき、このような楽しくて知的な施設を、高速交通
体系の接点に作ることも効果的である。フランス東南部のブルゴーニュ地方には世界に冠たるワイン畑がひろがっているが、ここを通
る高速道路のボーヌ・タイイ料金所には、サービスエリアに5ヘクタールの敷地の「ブルゴーニュ考古学館」が建ち、屋内展示と屋外の復元建造物によって、ケルト文化世界からローマ文化世界への転換点となったアレシアの戦い(前五二年)を再現している。
高速道路のサービスエリアといえば、トイレにタバコ、キャラメル、ちょっとした土産物程度の日本の現状との差はあまりにも大きい。先ほどの産業観光施設をわが国の高速道路や空港など、比較的に敷地のゆとりがある場所に作るとき、工業国日本の優れた素顔が内外の人々にアピールでき、楽しくてタメになる旅の日本での需要が高まって、日本に対する親近感が増大し、千客万来型の新たな繁栄が実現することになる。
物づくり一点張りの日本から物づくりを通
して日本そのものを世界の人々にとっての知恵と友情と楽しさの千客万来型宿場町に変えていく、大転換のときがやってきた。