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1998年8月号

REPORT

「ロシアハイテク産業と日ロ関係」
研究委員会報告書完成

 慶応義塾大学総合政策学部長 鵜野教授を委員長として、1997年9月より進めてきた標記研究会がこの度終了し、報告書を作成したのでその概要を報告する。鵜野先生はじめ各委員、講師の先生方に厚く御礼申し上げたい。


 本委員会の趣旨は、ソ連崩壊後のロシアの社会主義計画経済から市場経済への移行の現状分析と今後の経済成長・発展および産業構造の変化を検討するうえで、ソ連時代から持つ潜在的科学技術の国際的評価をを行いながら、その具体的活用方法と将来の日ロ関係に関する大胆な提言をすることである。ソ連崩壊後、マイナス成長が続いていたが、徐々に改善し、1997年からプラスに転じている。さらにその成長を安定的なものにするために進んだ技術と海外企業との提携等による産業構造の転換(例えば軍民転換)を推進する必要がある。本委員会は、平成9年8月から約6ヶ月にわたり8回の委員会を行い、ロシア専門家による活発な議論が展開された。講師も委員会開催中もロシアの政治、経済的変化、日ロ外交上転換点があったが、その都度、最新の情報をもとに活発な議論ができた。時期的にも関心のあるテーマであり、投資環境についても幅広く、前向きな議論が展開できた。本報告書の完成にあたり、この場をかりて、本委員会の座長および各委員、オブザーバーの協力に心から感謝したい。

 特に、ソ連時代からの蓄積がある軍事技術からメカトロ、新素材、航空・宇宙等と国際的レベルが高く、その活用次第では大きく成長する分野になる。橋本首相とエリツィン大統領の積極的外交による新しい日ロ関係が構築されつつある現状をふまえ、従来の発想とは異なる枠組作りが重要になる。日ロ共同投資会社の役割もその内容によっては経済協力の中心の政策になる可能性もある。ロシアの政治的、経済的環境も大きく変化しており、G8への移行、OECD、WTOへの加盟等の実現とその意義は大きく、欧州だけでなく、アメリカ、日本を含むアジア諸国への影響も無視できない状況にある。EUの深化と拡大、NATOの拡大、APECへ参加等の政治、経済、安全保障の問題とも深く関連付けられている。

 今回の報告書の概要は次の通りである。

1.ロシア経済の現状と課題

 1997年よりGDPがプラスに転じ、インフレ率も低下傾向にあり、中期的には安定成長も充分期待できる。また海外からの投資額も年々増加の傾向にあり、ロシアの将来に対する期待が大きいことを示している。しかし、最近の通 貨・金融危機はアジアの経済混乱の影響や石油価格の下落、財政危機によるものであるが、ひき続き大きな課題となっている。IMFの対ロシア融資枠拡大についても、G7蔵相・中央銀行総裁代理会議等での議論されている。

2.科学技術と産業構造

 グローバル化が進む今日、ロシア抜きで21世紀のシナリオを描くことは不可能である。IMF、WTO等国際経済の枠組のなかでそのルールにのっとったものでなければならない。本報告書は以下、ロシア経済の現状と課題、産業構造改革、金融グループと企業経営、直接投資の現状、科学技術、国際科学技術センター(ISTC)、原子力産業の現状と幅広くカバーされている。一般 的にはロシアの状況の変化が激しい場合があるが、現状分析においては最新の情報に基づいて行われている。

3.日ロ関係の将来展望

 「橋本・エリツィン・プラン」は投資協力、ロシア経済体制への統合、改革支援の貿易保険、中小企業育成、企業経営者育成、エネルギー・環境分野の協力、原子力平和利用、宇宙開発協力等ハイレベル面 での実行計画で新たな日ロ関係が構築される見通しである。具体的提案としては、科学技術協力の推進、エネルギー・環境技術分野での共同研究、原子力分野での研究への協力(ISTCのおよびその支援体制の強化)、人的交流(特に各層別 研修生の受入れ)、情報クリアリングセンターの設置による産業別フォラムの形成、特に大学間のさらなる交流(情報通 信手段の発展によるネットワーク化の推進)、知的財産権の集積のための科学技術センター構想等実現可能なものが多く、将来、非常に有望である。

4.おわりに

 最近のロシアの政治・経済の変化は予想を超えるものが多いが、特に日本、日本企業のロシアに対する取り組みはまだ不充分である。新興工業国に対する積極的な姿勢は他の欧米企業のとは大きく異なるように思われる。3月のアメリカでのゴアとチェルノムイジンの科学技術に関する会議では、両国のアントレプレナーシップ(ベンチャービジネス)の協力関係の再確認とさらなる発展を公に約束した。このことは、アメリカのロシアに対する科学技術の高く評価し、ビジネスのシーズをいかに事業化するかを虎視眈々とねらっているのである。欧米各国の対ロシア投資額は日本の十倍以上であり、その差は歴然としている。金額という量 的な問題だけではない、具体的なプラン、つまりソフトを構築し、攻めようとしている。日本企業の持続的成長・発展を考える場合、日本経済の低迷、アジア通 貨・金融危機に直面している現在、ロシアを含めた新興工業国をどう扱うかが大きな課題となる。この状況において、日本企業の横並び意識は大きな問題である。当委員会でも韓国企業の積極性を取り上げたことがあったが、最終的な成果 の問題を別にしても、姿勢は見習うべきである。リスクテーキングというより、シェアリングという観点で欧米企業がやっていない分野、特にエネルギー以外で積極的に事業化を推進すべきである。グローバル化の戦略では企業の差別 化、独自性の発揮がグローバル市場で勝利をおさめる時代になっている。また、中国を含むアジアと東欧を含むロシアでは科学技術等の産業化においてははるかにロシアの方が潜在能力が高いのである。アジアは、日米殴企業の下請け的存在とみられるかもしれないが、ロシアは欧州のそれだけではなく、外国企業との連携で新たな産業、サービス、システム等を創造する可能性が高い。ロシアをめぐる問題は多いが、日本政府の対ロシア支援政策と日本企業の対ロシア投資戦略に大いに注目したいところである。

目 次

まえがき

I. ロシア経済の現状と課題

長野 さとみ(日本興業銀行調査部)

II. ロシア産業構造の一考察

久保庭 真彰(一橋大学教授)

III. ロシアの投資環境と投資の現状について −直接投資を中心に−

坂口 泉((社)ロシア東欧貿易会ロシア経済研究所調査部次長)

IV. ロシア経済復興への道のり −近未来予測−

月出 皎司 (日商岩井(株)国際統括部専門部長)

V. ロシアの科学と技術−日・露の科学技術協力−

川副 護 (東海大学研究推進本部次長)

VI. 国際科学技術センターとロシア科学技術の現状

釈 厚((社)資源協会地球科学技術推進機構常務理事)

VII. ロシア原子力産業の現状

中里 良彦 (富士電機(株)取締役社長)

VIII. 提言とまとめ

鵜野 公郎(慶応義塾大学総合政策学部長)