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1999年1月号 |
OPINION |
21世紀への助走(株)電通総研社長 福川 伸次20世紀の終末を告げる年を迎えた。その1999年に我々は何を考え、何を準備しなければならないのだろうか。 まず、20世紀を総括するところから始めよう。 その20世紀の特色を一言で言えば、対立と停滞の時代から共存と成長の時代への進化であった。20世紀初頭には、アジアで、アフリカで、そして中南米で、列強による植民地支配が続き、不満と抗争がうずまいていた。そして、主要国の間では、主導権争いの対立が続き、20世紀前半には、2度にわたる世界大戦さえ引き起こしたのである。 世紀後半に入ると、第2次世界大戦で勝利を収めた米ソ両極を主軸として、東西の冷戦時代を迎えその終結は、1989年のベルリンの壁の崩壊と1991年のソ連の崩壊まで待たなければならなかった。 植民地支配は、20世紀前半にはおおむね終了し、国連加盟国は185カ国(1998年3月現在)に及び、国連を中心とした共存のシステムが定着しつつある。 地球上の人口は、20世紀中に15億から約60億にと、約4倍に増えた。この人口急増にもかかわらず、一部の貧困地帯を除いて、おおむね食料供給を可能にしたばかりか、産業技術と工業生産の目覚ましい進歩によって、生活の水準も、便益も、格段に向上した。 自動車の普及や、航空機の発達によって、人々の行動範囲は、飛躍的に拡大し、最近、急速に進歩している情報通 信技術は、企業や、人々に対して、時間と距離と場所を超越して活動することを可能にした。 その結果、自由貿易と市場機能が世界中の人々の間で共通 の価値観として認識されるようになり、さらに国境を越えた人々や文化の交流も著しく拡大した。しかし、20世紀の前半には、時として軍事的な対立が経済の停滞を招いたし、1929年には、大恐慌が起こり、世界経済を不振の底に追いやったこともあった。ところが、後半に入ると、前述のような、好条件に恵まれ、世界経済は、概して高い成長を享受することができたのである。 このように対立と停滞から共存と成長への変化を果 たした20世紀ではあったが、その間に、新しい危険が蓄積されつつあった。世界全体を巻き込むような大戦争は姿を消したが、20世紀後半には700を超える地域紛争が起こり、民族や宗教上の対立は、むしろ多元化しつつある。難民は、3,000万人にも及び、その数は、増加傾向にさえある。 人口の急増は、貧富の格差を拡大しつつあるばかりか、人種や所得水準の相違による人口の増加率の差異は、21世紀に新たな対立を招くおそれさえ感じさせる。 人口増加と経済成長、エネルギー消費の増大が地球環境の破壊をもたらし、これが人類の生存すら危うくするおそれがあることは、すでに、各方面 で指摘されている。 生活水準の向上が家庭の価値への認識を弱め、社会の統合力を低下させつつあるし、サイバー・スペースを通 ずるコミュニケーションが人間の感性や対人関係の維持能力を減退させる不安も指摘されている。 そればかりか、アジア、ロシア、中南米などで高まりつつある通 貨危機が端緒となって、市場万能主義に対する反省や投機を加速する過剰流動性に対する疑問が高まりつつある。しかも、核拡散が徐々に拡大し、一時定着するかに見えた集団的安全保障に抜け穴ができつつあることも、看過できない危険の蓄積である。 我々は、20世紀の成功に酔いしれていてはならない。その間に地球社会をむしばみ始めている病状には、細心の注意をもって、これを防止しなければならない。今日の日本は、感応度と指導力に欠け、その停滞感は、日本を衰退に押しやり、我々に、地球問題の解決に貢献できない不安感さえ懐かせる。 1999年は、21世紀の地球社会像と日本社会像を冷静に描き、我々の行動の指針を明かにする年としなければならない。 |
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