ニュースレター
メニューに戻る



1999年2月号

WORKSHOP

アジアのエネルギーセキュリティに
関するワークショップ


 インドのニューデリーにおいて、タタエネルギー研究所(TATA Energy Research Institute、略称TERI)の主催により、平成11年1月18〜19日の2日間の日程で、アジアのエネルギーセキュリティーに関するワークショップが開催された。この内容について報告する。


【ワークショップの背景】

 アジア地域は、今後巨大なエネルギー需要地域となることが予想されている。10〜15年後の石油消費については、IEA加盟諸国では世界の半分以下になることが予想され、IEAに加盟をしていないアジア諸国のエネルギー需給動向が世界のエネルギー事情に大変なインパクトを与えるであろうことは想像に難くない。このことは、今後中東地域への依存度が高まる見込みが強くなる可能性をも含んでいる。こうした中東地域への依存度を抑える目的として、現在注目されているのが、中央アジアからの石油・天然ガスのアジア地域への導入、ロシアのエネルギー資源の可能な範囲での活用などである。

 これらに加え、アジア地域は世界最大の温室効果 ガス排出地域となる事が見込まれ、エネルギー消費に伴う二酸化炭素排出の抑制策を講じる事は、地球規模の要請となっている。

 今回のワークショップは、上記の点を踏まえて世界全体の枠組みの中で、特にアジアという地域に内在するエネルギーセキュリティー問題について、アジア諸国のメンバーで議論しながら、最終的にはアジア地域におけるエネルギー需給構造のあるべき姿を提言することを目指したものである。

【ワークショップの参加者】

 タタエネルギー研究所のメンバーを中心に、中国、台湾、タイ、バングラディシュ、イランの研究者、インド政府関係者・海軍関係者・空軍関係者などが参加。また、IEAからも石油市場緊急時対策局の責任者が参加し、活発な議論が行われた。

【TERI(タタエネルギー研究所)について】

 化石燃料の枯渇および環境汚染の問題に対応したエネルギー研究機関として、1974年に設立。インド・ニューデリーに本部を持つ。途上国の調査機関としては、ワシントンDCに支部を設立した初の機関であるとともに、アジア太平洋諸国のエネルギー環境系機関によるアジアエネルギー関連機関ネットワーク(略称AEIネットワーク)の事務局も担当。パチャウリ所長以下、約350名の職員が勤務している。

【主な議論の内容】
1.なぜ“アジア”のエネルギーセキュリティーか

 国際エネルギー市場での大規模な供給途絶が起こると、各国の政府やエネルギー関連企業は自らの供給を確保するために奔走しなければならなくなる。しかしながら、このとき互いに協力し、集団的な枠組みの中でエネルギーセキュリティーを構想し、追求するならば需要の大半は確保されるであろう。

 なぜ“アジア”のエネルギーセキュリティーか、ということについて、主催者のTERI関係者から3つのポイントか指摘された。一つめはアジアで今後エネルギーの需要が一番伸びるということであり、二つめは中東へのエネルギー依存度が多くなってきているということであり、三つめはシーレーン海上交通 の安全保障の問題ということである。

 70年代のエネルギーセキュリティーは主に供給途絶に対処するための問題として捉えられていたが、90年代においてこの問題はアジアの需要が伸びている中で考えなくてはならない重要なものとなっているという認識のもとでワークショップは進められた。

2.緊急時の協調と対応−アジア諸国の戦略的な石油の備蓄について

 主催者のTERIから、アジア諸国が将来の緊急事態等に備えてどのように対応していくかについてプレゼンテーションが行なわれた。

 プレゼンテーションでは、現在のエネルギー需給の状況や中東・中央アジア・ロシア等のエネルギー埋蔵量 ・政治情勢などについての基礎調査に関する報告の後、アジアにおける石油の戦略的な備蓄に関しての問題提起があった。先に述べたとおり、将来を展望すると、非IEA諸国の石油需要が急速に伸びる事が見込まれる事から、急速に工業化が進む東・南アジア諸国に対して戦略備蓄を求める声があり、その意味では、このテーマについてインドのエネルギー研究機関がプレゼンテーションすることは大変興味深かった。

 提言の内容について簡単に述べる事としたい。先ず、備蓄にあたっては、政府が義務を負うべきということ。また、アジアではヨーロッパと違い、一般 に隣国との距離が離れているので、bilateral stocksは現実的ではないということ。備蓄の方法としては、原油がよいか、または製品(たとえばガソリンなど)がよいかという議論があるということ(例えば、精製設備の充実していない国は、製品で持つべきであるということ)。現実的な問題として、戦略的な備蓄の構造は、コスト・精製能力・市場構造・輸送体制の違いなどの点で一般 的なものとして定義する事が難しく、国別の仕様が必要であるとの見解が出された。総じてTERIとしては、戦略的な備蓄は、市場の安定性には役に立つとの見解でまとめられていた。

 このほか備蓄のためのコストについては、IEA並みの90日分を備蓄することとしてアジア全体で年間53億ドルかかるとの見通 しが出された。

3.中央アジア−イラン−パキスタン−インドのパイプライン構想について

 アジアのエネルギーセキュリティーの観点から、中央アジアの豊富な資源を活用する目的として、これを輸送する手段に中央アジア−イラン−パキスタン−インドのパイプライン構想がある。一般 的には、インド・パキスタンを通過するパイプラインであるため、両国間の政治的な対立を考えると、その構想の実現性については疑問視する声が多い。

 今回の会議でも、インドで行なわれている事もあり、この構想については幾つかの意見が出された。例えば、「このパイプライン構想は、ホルムズ海峡をバイパスするという意味において、パキスタンを通 す意味はあるが、しかし、これが安全だと信じる根拠は何もない」という意見や、また「パキスタンにおける天然ガスのマーケットが成熟していないので、経済性に欠ける」という意見など、概して否定的な見解が多かった。

4.環境問題に関連して

 このほか、参加したアジア各国のエネルギーセキュリティーの対応についてレポートがなされた。各国に共通 した悩みは、増大するエネルギー需要をどのように満たしていくかということである。

 中国と台湾の研究者の報告によると、自国のエネルギーセキュリティーを考えたときに、石油中心のエネルギー需給構造を回避し、かつ中東への依存度を減少させる手段として、今後石炭へのシフトが行なわれることになるとの報告がなされた。これについて、出席者からは環境に対する影響を懸念する発言が相次いだ。

 石油と石炭はともに低価格で柔軟性に富んだ燃料であるが、この問題は、石油を取れば中東への依存度が高まり、石炭の場合は環境への影響が大きくなるという深刻な課題でもある。

【さいごに】

 インドは現在OECD諸国以外では、最大の石油輸入国であり、そのインドにおいて、今回エネルギーセキュリティーのワークショップが開催された事は、大変意義深いと考える。今後とも、アジア地域におけるエネルギーセキュリティー問題が、特にアジアの非IEA加盟国の間で引き続き議論されていく雰囲気が醸成されていく事を希望したい。

(児島 直樹)