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20004

REPORT
「環境保全と成長の両立を考える」研究委員会
中間活動報告


  平成10年度より始めた「環境保全と成長の両立を考える」研究委員会(委員長:奥野正寛東京大学経済学部教授)では、2年目の研究活動を迎えており現在最終段階に入っている。平成11年度は主に地球温暖化対策の諸課題についての経済学的な分析を行い、議論を行っている。以下に、今年度行われた中で興味深い議論について紹介する。本委員会の活動内容全体については、平成12年5月に発行予定の最終報告書に参加委員の論文をまとめることで紹介する予定である。
 なお今回の記事については、委員会の速記録を基に事務局の責任により執筆しており、記事の内容が事務局の理解不足により委員の先生のご発表内容と異なる場合はすべて事務局の責任であることをあらかじめお断りしておく。



京都議定書における排出権取引:実験的アプローチ

西條辰義委員(大阪大学社会経済研究所教授)
 


 自然科学と社会科学の大きな違いとして、“実験の有無”が言われてきた。しかし、近年、経済学の世界にも実験手法が導入されつつある。西條委員は、「実験経済学」の分野における日本の第一人者であり、地球温暖化対策の経済的手法の一つである温室効果 ガス排出権取引の制度設計に関する提言を行うにあたって、経済理論的な分析とともにこの「実験経済学」を活用している。

 西條委員は、排出権取引のアイディアについて、簡単な静学モデルによって、限界削減費用の低いA国と、限界削減費用の高いB国との関係で、[*図1]を用いて、それぞれのポジションから削減を進めていきP*の高さまで両国が削減を進めていった場合、A国は余剰削減分を排出権取引によってP*の価格で販売できれば図のSupplier’s Surplusの部分だけ得をし、またB国は自国で削減できない量を排出権取引によってP*の価格で購入できるのであれば、図のDemand’s Surplusの部分だけ得をすることになる、として説明した。

 西條委員は、以上で述べた排出権取引の効果について、実際に被験者を使った実験によって検証した。実験では、被験者6人を集め、各被験者にロシア、ウクライナ、ポーランド、EU、日本、アメリカの役割を与え、合わせてそれぞれの国の限界削減費用曲線を模したグラフを与えて排出権取引を行い、取引が効率的であるか、また取引価格が競争均衡価格に落ち着くか、ということを実験によって検証した。但し被験者には取引している財が温室効果 ガスであること、また自分の国名については知らせず、実験の中で稼いだ利益が大きいほど報酬が多くなるというインセンティブを与えて実験を行った。実験は取引方法に違いがあるかどうかということで、相対取引とダブルオークションの2通 りの方法で行われた。また、情報量の違いによる影響も確認するため、各国の限界削減費用曲線を公開する場合と非公開の2通 りの実験を行った。また、相対取引の場合には、取引情報を公開する場合と非公開の場合の2通 りの実験を行った(オークションの場合は公開のみしかない)。ここまでの排出権取引実験では、排出権という財に付随する様々な問題を排除し、あくまでも取引方法のみに着目している。つづいて、実験時間内で約まで達しなければペナルテイー(罰金)を課すことによって不遵守可能性のある相対取引実験を行った。

 実験の結果は、取引方法のみに着目した実験では、相対取引・ダブルオークションともに高い効率性を示した。ただし、競争均衡価格への収斂 具合については、相対取引よりもダブルオークションの方が優れていた。
 
 不遵守の可能性を認めた実験では、効率性が落ちてしまった。理由としては以下の3つである。1つめは、約束排出量 を達成できないことを恐れて排出権を買うべき国が排出権を購入せずに自国の中でがんばってどんどん削減したこと。2つめは、売るべき国が自国で十分に削減することをせずに、排出権を売らなかったこと。3つめは、オーバーコンプライズの問題があったこと。

 今回の実験からの西條委員の提言は次のとおり。2008年から2012年にかけて約束排出量 が守れるように自国での排出削減計画を立てる。日本の場合には、各企業に排出権を配分しないと言うことであれば、国として2008年から2012年にかけて、毎年毎年この程度削減していくのだという計画を立てる。もし排出権の価格が安ければ、排出権の購入量 をふやして自国での削減のスピードを緩めるし、もし排出権の価格が相当高いようだと、自国での削減スピードを早めることで対処する。この政策であれば、他国の失敗をテイクアドバンテージするという格好での成功はしないかもしれないが、日本としては失敗はないと考える。

 西條委員のように、理論を実験によって実証しながら政策提言していくというスタイルは今までの日本の研究者には見られなかったものであり、その斬新的な手法には今後も注目したいと考える。勿論、委員会の中では、実験における設定が実験者によって規定されていることから、実験によってすべてを実証すると断言することはできない、との意見も出された。しかし温室効果 ガス排出権取引市場のように実在しないマーケットの制度設計にあたっては、実際の市場で小規模に実施するという方法もあるが現実には難しく、実験による検証は1つの有効な手法であるといえるだろう。

図1



地球温暖化と国際協調

清野一治委員(早稲田大学政治経済学部教授)


 清野委員は、国際貿易をご専門にした理論経済学者であり、今回は地球温暖化の諸問題について経済学の静学モデルを使ってご説明いただいた。その中で、排出税と排出率規制(直接規制など)の比較について分析された内容が興味深かったので紹介する。

 [図2]の当初のMCは、排出税とか規制が課される前の限界費用条件、そしてDD’は需要曲線である。ここで排出税を課すと限界費用は2つの意味で上がる。1つは排出削減投資の費用の負担が増えることによるものであり、もう1つは排出税の負担が起こることによるものである。ところが、排出率規制を課す場合は、税金は取られないので、限界費用の上がり方は小さくなる。

 しかし、実は最適な直接規制の率、ここでいう排出率を考えていくと、排出率規制に相当するインプリシットな排出税率は、排出税だけで規制していこうとした場合の最適な排出税率に比べて高くなる。それはなぜかというと、需要曲線は右肩下がりであり、排出率規制の方が、排出税規制の場合に比べて限界費用が少ないので、生産が過大になってしまう。そうすることによって温室効果 ガスの排出量が過剰になってしまうので、その部分を押さえるために、インプリシットな排出税率を引き上げて、もう少し規制を強めないと所定の効果 は出ないということである。つまり、排出率規制の場合は、排出税の場合に比べて、生産物市場では供給量 が大きくなる。供給量が大きくなると言うことは、仮に排出税と同じインプリシットな税をかけて、同じ排出率を実現したとしても、生産量 が増えた分だけ、実は温室効果ガスの排出量はトータルで大きくなってしまう。つまり、環境改善の余地がまだ起こるわけで、そこまで見こんでいくと、実は直接規制の方がもしもタックスレートで換算するとかなり厳しい規制をかけないとだめだということである。

 この論点における経済学的な結論は、直接規制より税金の方が政策として望ましいということである。ここでの排出税とはマージナルコストであり、取引を認めれば排出権取引が実行可能であれば、排出権取引と同じものである。現在の日本の温暖化政策は規制に重きを置いているが、経済学の静学モデルによる純粋な理論分析によれば、税金のほうが政策として優れているということになる。ただし、議論の中では排出税下におけるマージナルコストとか排出権取引というものがそもそも実現可能かどうかわからず、そうした意味では排出率規制みたいなものしかできないのかも知れないという意見もあった。また、税金を課す場合は、その税金の性格がネット増税の場合と増減税一緒の場合の二通 りがあり、これをどう考えるか(つまり、排出権取引で言えばオークションかグランドファザーリングか)という点について、委員会の中で議論された。これについては、現実の政策の中では二極対立で考えるのではなく、その間をとった策(つまりあるところまではグランドファザーリングとして認め、それ以上はオークションにする)とすることが多分一番現実的なのではないかという意見が出されていた。

図2 排出税VS排出率規制


(文責 事務局 児島直樹)