GISPRI/エネ研共催セミナー
「環境税をどう評価するか」
〜第40回地球環境問題懇談会〜
去る平成12年9月27日(水)東海大学校友会館において、「環境税をどう評価するか」
というタイトルで地球産業文化研究所、日本エネルギー経済研究所との共催でセミナーを
実施した。実施にあたっては、京都大学経済研究所の佐和隆光教授、大阪大学社会経済研究所の西條辰義教授、横浜国立大学経済学部の諸富徹助教授をパネリストとしてお招きし
た。また、主催者側からは、日本エネルギー経済研究所総合研究部環境グループグループ
マネージャーの工藤拓毅氏が基調報告を、地球産業文化研究所専務理事の安本皓信氏がパネリストとして参加した。以下にその内容についてご紹介する。
なお本文は事務局で作成したものであり、記載内容に誤りがある場合の責はすべて事務局にあることをお断りしておく。
わが国はこれまで、省エネ基準設定などの直接規制や補助金、税制優遇、経団連自主行動計画などの対策をとってきた。新たな政策措置は、これらの導入済みの対策を補完し、
削減目標を確実にするものでなければならない。 目標達成を図るには、2005年前後を中間評価ポイントとして達成状況を評価した上で、
各部門ごとの実情に合った措置を取ることが有効と考えられる。
経団連の自主行動計画については、目標達成のオプションとして主に排出権取引を想定。
2005年における数値目標を設定し、達成できない業界は不足分を排出権市場から購入でき
るよう、今から制度設計・試行などの準備をすすめる。それにより海外も含めた将来の取
引制度に適応するためのトレーニングが出来、より柔軟な削減オプションが可能となる。
自主行動計画に参加していない事業者や民生・運輸部門に関しては、2005年までは既存
政策の効果を見極めるとともに、具体的な評価基準を設定して効果が思わしくない場合の
方策を検討・準備しておく。その際、産業部門と違い対象数が多いことから、環境税の導入も検討されることになるだろう。
<佐和教授>
「これからの地球温暖化対策はどうあるべきか」というタイトルで、国内政策に限って話をしたい。
炭素税制の導入は、「消費者から政府への所得移転」であり、政府が移転された所得の使
い道を誤らない限り、それによって経済成長率が鈍化するわけではない。増減税同額(税収中立)の原則にのっとって、炭素税収に等しいだけの個人所得税減税を行えば、炭素税
の経済影響はほぼ中立的と見てよい。
国内排出権取引の導入についてのコメント(1)政府の発行する排出権をオークション
(競売)により決めるとするならば、排出権取引は炭素税と理論的には同等。(2)排出権
の初期割り当てを政府が決めるとするならば、産業統制の色彩が濃くなり、今日の自由化
の趨勢とは相容れない。(3)排出権取引は、所定の目標をおのずから達成するという点に
おいて炭素税に勝る。(4)排出権取引においては、価格の乱高下が予想され、企業にとっての悪影響を与える可能性が欠点。(5)炭素税の場合は、予期せぬ
税率の変動があり得な いという意味で、企業にとっては排出権取引よりも望ましい措置のはず。(6)炭素税の欠
点(3)を補うためには、他の有効な施策・措置との併用が必要。
化石燃料への課税が、エネルギー多消費型輸出産業の国際競争力を損なわないようにす
るためには、国境措置を講じるか、炭素税免税措置を講じればよい。
今日の日本のような成熟化した先進国においては、多くの産業が過剰設備を抱えており、
CO2排出削減のための設備投資は、経済成長に対してプラスの効果をもつ。
炭素税制導入等の温暖化対策の推進は、産業をウイナー・インダストリーとルーザー・
インダストリーに分かつことになる。すなわち、炭素税の経済影響は、マクロ・レベルで
はほとんど中立的だが、ミクロ・レベルでは好悪とり混ぜて無視しがたいものとなる。
最大のルーザー・インダストリーは石炭産業である。石油産業は、石油に代わる液体燃
料の開発が難しいことなどの理由から、必ずしもルーザーとは言い切れない。
京都議定書は、産業界に新しい研究開発を促す契機を提供したことになる。低燃費車の開発に先んじる自動車メーカー、省電力設計の電化製品の開発に先んじる電機メーカーは
いずれもウイナーである。 京都議定書による国際約束、国内対策としての炭素税などの「人為」により、産業や企業をウイナーとルーザーに分かつことの当否を、「公正」の観点から吟味しなければなるまい。
<西條教授>
現在日本が進めている一連の政策を「環境鎖国政策」と呼ぶことにする。
環境鎖国政策という視点からの1つめの点として、地球温暖化推進大綱を簡単に述べる
と、基本的にはコマンド・アンド・コントロール政策であり、一部を京都メカニズムに頼
るという政策。コマンド・アンド・コントロールでは効率的な削減は出来ない。
環境鎖国政策という視点からの2つめの点として、安い炭素税の国内効果
について述べる。この場合、本来かけるべき炭素税よりも低い金額なので、京都議定書の目標は達成できない。その上、目標達成のため、さらにコマンド・アンド・コントロールを行う必要がありそのための余計な費用がかかる。
環境鎖国政策という視点からの3つめの点として、日本の鎖国政策が与える国際排出権市場への影響について考える。この場合、実験などから以下のようなシナリオが想定され
る。まず排出権の需要国は早めに排出権を確保したいと考え、高めの価格で排出権を購入
してしまう。国際排出権市場での取引価格が高い水準で推移すると、各国は排出権価格が
高いのならと、国内削減を実行するようになる。そのため、排出権に対する需要が減少し、
また日本の鎖国政策が輪をかけて、国際市場での排出権価格が暴落する。その結果
、アメリカ・EUは得、ロシアは損をすることになる。また、排出権価格が下がることで、各国の削減意欲をそぐことになってしまう。日本の温暖化推進大綱政策が、日本国外に相当の影
響を及ぼす可能性があるということである。
排出権取引と環境税を比較すると、京都議定書のターゲットを満たすという意味では、
排出権取引は炭素税に対して優位性を持っている。したがって、排出権取引を軸に国内制
度設計を考えるべきである。そして、国際制度と国内制度をリンクするよう留意するべきである。また、日本は、環境鎖国から、JIやCDMだけでなく、技術をどんどん外国に売っ
ていくような環境貿易立国を目指していくべきである。最後に環境税は地球温暖化の視点
とは別の視点が必要である。つまり、京都議定書の目標達成のためには、排出権取引のほうが勝っているということであり、環境税は不要というわけではなく、環境問題が環境に
マイナスの価格をつけているという観点からは環境税は必要である。
<諸富助教授>
環境税について、基本的な考え方について述べたい。
国内政策手段の提案としては、国内環境税を導入し、京都メカニズムの下での国際排出権価格と国内の環境税価格を連動させることを考えている。国際排出権取引市場ができれ
ば、均衡価格がわかる。これに等しい形で国内排出税を導入すれば、グローバルな形で、
費用効率的な制度を導入することができる。但し、国際排出権価格と税を連動するることができるかどうかの問題は残る。環境税はまず低い税率で導入していき、2008年には、国
際価格に連動させることにする。
規制ポイントの問題については、できる限り消費者にインセンティブを与えるべきという視点から、すなわち下流での課税とする。すべてのセクターを包括する制度が望ましい
と考えているので、この考え方を環境税の枠組みに入れるべきである。
分配の問題については、有効な炭素税は高額で負担が重く、産業界に負担を与えることになる。税制中立的環境税の税収を既存の税率と相殺し、既存の税率を引き下げる。これ
を環境税制改革と呼ぶ。こうすれば、環境税をかけても、マクロ的な影響は微少である。
しかし、エネルギー集約的な産業(化学・鉄鋼など)は負担が相殺されたとしても未だ大
きな負担が残る。環境税制改革の視点は、経済政策の中に環境政策を位
置付けるように考える。いわゆる二重の配当と言うものである。二重の配当とは、環境を良くし、かつ既存
の税を改正して労働コストを減らし、雇用を増やすと言うもの。とはいえ、これが本当に
環境にやさしく、雇用を増やしたかという研究はまだない。しかし、環境税をかけると「産
業に負担を与え、雇用を増やす」という意見が根強いが、雇用に影響を与えず導入するこ
とは可能である。こうした議論を元にドイツ・イギリス・フランスでは、環境税制改革という形で、エネルギーに対して課税し、社会保険料を引き下げるという施策が行われている。北欧では、社会保険料ではなく所得税を引き下げている。
基本的な流れは、大枠で税収中立、エネルギー集約産業は税率の引き下げという形。環
境政策上の目標をクリアーし、産業競争力を担保するとなると、イギリスで検討されてい
るような複数政策手段によるポリシー・ミックスにならざるを得ない。
日本でどうするべきか。日本においても環境税制改革を行うべきである。そして環境税の導入は低税率から高税率へと段階的に移行するべきである。規制ポイントは上流か、下流かと言えば、下流が良い。エネルギー集約産業への配慮が必要であり、二重の配当を狙
うべきである。
<安本専務理事>
京都議定書の下では環境税は合わないということをお話したい。気候変動枠組み条約の第3条(原則)には“持続可能な開発を促進する”とか、“気候変動に対処するための政策
及び措置は、地球規模で費用対効果の大きいものとする”ということが書いてある。これから京都議定書は、国別
の削減目標を守るだけでなく、世界全体の費用最小化をも狙っていると解される。費用最小化を行うとすれば、環境税か、排出権取引かということになるが、環境税ではそれらの達成は難しい。
費用最小化のための条件とは、限界削減費用が各国で均等化することだ。各国が炭素税
で国別削減目標を達成しようとする場合には、この国別目標は各国の限界削減費用とは無
関係に設定されているので、各国の削減量追加1単位あたりの費用が互いに等しくなるはずがなく、この費用最小化の条件は満たすことが出来ない。
また、環境税とのポリシーミックスとして排出権取引が出されている(中環審報告書での最終調整メカニズムという考え方)が、それぞれの国がうまく税率を設定できなかった
場合には、達成した国と未達成の国があって世界全体で未達成量のほうが多ければ、たとえ排出権取引を行ったとしてもどうしても未達成の国が残る。ここでの排出権取引は、事
後処理なので価格調整メカニズムが働かないからだ。
仮に均一の国際環境税率が設定できたとすると、排出権が足りない国と余っている国が
国際排出権市場で取引をしなければ、国ごとの目標は達成できなくなる。これが成り立つためには、税率が排出権の均衡価格と連動しなければならない。しかし、税率は簡単には
変更できない。また、この場合、取引は誰がするのか。民間には取引をするインセンティ
ブはないので、おそらくは政府が行うだろう。利潤動機のない政府が合理的な行動を取る
ことができるのか疑わしい。
結論は、京都議定書と環境税は相性が良くないということである。環境税の意義を否定するものではないが、最終的に効率性を達成するのは税ではなく、排出権取引である。環
境税は国内での削減を果たす役割はあるが、この仕組みの中に環境税を導入する必然性はない。排出権取引制度を国際制度に内外とも連動させるような国内制度を作れば、遵守目標を達成でき、世界全体で費用を最小にできると考えている。
基調報告・コメントのあとに休憩をはさんで、パネラー4氏による討論会を実施した。
4氏とも活発に意見を述べ、充実した討論会となった。環境税と排出権取引に関して行われた議論の中から、西條先生から諸富先生への環境税の制度提案に関する質疑をきっかけに、環境税についてだけでなく排出権取引の制度設計上の論点である規制ポイントや割当方法についての議論がなされたので、その部分をご紹介する。
安い環境税は効果的か?
西條教授: 諸富さんは安い環境税から始めるべきだと主張しているが、その場合(日本は京都議定書上の)目標は達成できない。達成できない分は、規制で削減させるか、海外から排出権を買ってくるかのどちらかになる。購入することになるなら、安い環境税の下で
は日本の排出権需要は大きくなるので、国際排出権価格が高くなる。日本が安い炭素税をかけることで高い排出権価格になるという状況から始めて、どう調整していくつもりか。
諸富助教授: 国際排出権取引の始まっていない2008年までは移行期間として安い環境税でいく。2008年以降は、国際排出権取引価格に連動させる。つまり、国際排出権取引制度を
使いながら、環境税を導入する。ただし、税率設定の実行可能性の問題で難があることは認めざるを得ない。方法論としては、国際排出権価格に連動するように環境税率を設定す
るよう国会で決めればよいと思う。
西條教授: 国際排出権制度を使いつつ、炭素税を使うということか?だったら排出権取引の方がよいのでは?
諸富助教授: 国際制度と国内制度を連動させるなら、国内も税ではなく排出権取引と言うのがシンプルな考え方かもしれない。しかし、環境税は国内の数多くの排出主体を包含することができるという点で優れており、捨てがたいと考えている。
佐和教授: ここで1点コメント。排出権取引は外から買ってくれば良い、と言う考え方であり、これについては海外に所得が移転すると言う点で明らかにマイナスである。
安本専務: 排出権の考え方は、今までタダであった炭素を出す、石油・石炭を燃やすということに金がかかるというものだ。したがって、排出権は一つの資源または原料の一つとして考えることができる。たとえば鉄鋼会社が高い国内炭ではなく安いオーストラリア産の石炭を購入するのが合理的であるように、排出権についても海外から安いCO2排出権を買うことには十分メリットがある。海外への所得移転をマイナスと考えるのは、貿易の利益を捨てているように感じる。
排出権取引制度はどうあるべきか(規制ポイントと割当の方法)
諸富助教授: 環境税にこだわるのは、
排出権取引の制度
設計に疑問があるから。 もしオークションで割当をするとい
うなら、環境税と同じ負担が発生する。 割当をグランドファ
ー ザーにすればよいといっても新規参入者を拒むといった問
題はある。割当を上流にするか、下流にするかも大きな問題。
家計・交通セクターをどうするかも重要。 最近、自分として
は、ポリシーミックスを考え始めている。排出権取引は企業に
その他の施策は家計・交 通セクターに、という風に。
ところで、西條さん、安本さんは、排出権取引の割当方法は、
オークションでやるべきだと考えるか、あるいはグランドファ
ーザーでやるべきだとお考えか。
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西條教授: オークションでやるべき。オークションでやれば、二重の配当が可能。排出権
の割当は上流でやるべき。
安本専務: 環境税のメリットであるダブルデビデントはオークションでも実現できる。
佐和教授: だったら、環境税と一緒ではないか。
安本専務: 排出権取引を行うことで、限界削減費用が明らかになる。炭素税では(税率決定の)トライ・アンド・エラーが実際上ほとんど出来ない。環境税で問題なのは、通
常中 環審で言われている最終調整メカニズムが働かないということだ。規制ポイントを上流か、
下流かという議論については、上流でやるべき。下流割り当てでは、取引費用がかかりす
ぎる。排出権は、原料の輸入段階で割り当てればよい。たとえば、90年のCO2排出量
を100 とした場合の日本の排出割当分の94を輸入・生産段階で割り当てる。そして、海外で発行された排出権を日本国内でも同等に扱えるようにする。たとえばアメリカの排出権を買え
ば、日本でのCO2排出のために使えるようにするということ。さすれば、上流でキャップ
をかけても実際には何ら制約がなく効率的な経済が実現できるようになる。もちろん上流
割り当ての場合には独占の心配などを排除することは出来ないが、輸入業者・製造業者だ
けに権利を与えるのではなく、市場リスクを分散させる意味で、いろいろな事業者が入り
込める制度にすればよい。
佐和教授: 二人(西條教授・安本専務)とも有償(オークション)が良いといっているの
は、結局は理論的には税をかけるのと同じということ。税は事前に税率を決める制度であり、排出権取引はそれを事後的に決めるということ。排出権取引の場合は、価格の変動が激しくなる可能性がある。ただし炭素税と排出権のひとつの大きな違いは、排出権取引の場合は国際的な取引市場と連動できるということ。ところが排出権取引を採用するには、
前提としてその時点で国際排出権取引市場ができていないといけないが、その市場がすぐには出来ないと思う。国際市場ができるまで日本がとりあえず炭素税でやることは何ら悪
い政策選択ではない。国際市場ができて、それと連動させるような排出権取引をワークさ
せるようなことができるようになるとすれば、そのときに(炭素税から排出権取引に)制
度を変えれば良いと思う。政府には今までは炭素税の歳入としての収入、その後は排出権
をオークションで売るという収入があることになり、全体としてみれば細かな違いはあるが、同じである。