ニュースレター
メニューに戻る


2003年 6号

Opinion
創造都市―文化による都市再生

大阪市立大学大学院教授

佐々木雅幸


 バブル経済崩壊後の「失われた10年」からいくらかの年月が経過してもなお日本の経済力は回復の兆しを見せないが、新しい日本の「文化力」はダグラス・マッグレイの論文などによってJapan's cool として海外から広く評価されるに至っている。当の日本人は「ものづくり世界No1」から「クールな、カッコイイ日本」への海外からの評価に戸惑いながらも、政府も「技術立国」から「文化立国」へ大急ぎで目標を移しつつあり、経済ではなく「文化による日本再生」が話題に上るようになった。

 国境を越えた経済社会統合が進む欧州に目を転じると、独自の芸術文化を育て、革新的な経済基盤を持つ「創造都市」の動向に関心が集まり、「芸術文化による都市再生」の動きが急ピッチで進められている。

 イギリスではブレア首相が登場して以来、大規模な行政改革が行われ、社会の創造的な力を引き出す芸術文化政策への転換が進んでいる。文化・メディア・スポーツ省は「個人の創造性、スキル、才能を源泉とし、知的財産権の活用を通じて富と雇用を創造する可能性を持った産業」を「創造産業」として定義し、その「豊さ創造能力」を引き出すために振興策を打ち出している。具体的には、音楽、舞台芸術、映像・映画、デザイナー・ファッション、デザイン、クラフト、美術品・アンティーク市場、建築設計、テレビ・ラジオ、出版、広告、そしてゲームソフトおよびコンピュータ・ソフトウェア関連の13業種にその他産業の創造的労働者を含めて1995年には140万人(全産業の5%)以上が雇用され、約250億ポンドの付加価値(GDPの4%)と75億ポンドの輸出額をあげる一大産業となっており、5年間で55万人の雇用が増加し、年平均伸び率5%に達し、GDPでは7.9%を占めるに至った。ロンドン市内ではさらにその比重は高く、210億ポンドの生産額を挙げてビジネス・サービス業についで第2位につけ、約53万人の雇用を生みだしているために、ロンドン市長は「創造産業委員会」を立ち上げて、その成長可能性を引き上げて観光産業など都市経済全体へのインパクトを高めるための政策を打ち出した。

 創造産業や創造的企業が話題に上る中で、都市や地域の創造性についても関心が広がり、相次いで「創造都市論」が登場することになる。

 現代都市研究の第1人者であるイギリスのピーター・ホール著『文明における都市――文化、技術革新、都市秩序』が1998年に登場しているが、これは都市論の古典として有名なルイス・マンフォードの『都市の文化』を念頭において、それを凌駕する新たなる古典とも言うべき位置にある。すなわち、古代アテネから現代の世界都市ニューヨークやロンドンにいたる歴史上の典型都市を取り上げて「創造的環境と革新的環境」の二つの視点から分析を加え、芸術と技術の新たな融合による「来るべき黄金時代の都市」の展望が語られる。

 欧州の新動向に呼応するかのように、アメリカでも創造都市あるいは創造的コミュニティに関する研究が現われた。その一つが、リチャード・フロリダによる『創造階級の興隆』(2001年)である。ポスト・フォーディズムの視点から地域経済分析に従事してきた彼はオースチンやサンフランシスコといった最近注目される成長都市にはIT産業やハイテク産業の技術者が集積すると同時に、前衛的な芸術家が多数集まっている。これら二つの社会集団の集積を示す指標である「ハイテク指標」と「ゲイ指標」には地域的相関が見られ、これらが重さなりあう都市に新たな創造的コミュニティが形成され、そこでは創造的なライフスタイルが発展し、産業と文化の両面で新たな活力が生まれるとしている。このように創造都市論は欧州から始まって、アメリカでも新しい都市モデルとして注目を集めている。

 翻って、日本でもまた長期不況に悩む関西大都市圏などでは「創造都市」や「創造産業」への待望感が強まっている。2003年大阪梅田に登場した新しい社会人大学院は「創造都市研究」を看板にし、大阪再生のための人材養成と、実践的な知恵を開発しようと設立された。私の新しい勤務先である大阪市市立大学大学院創造都市研究科がそれである。文化による都市再生に関心強い創造的市民のための研究機関として発展させたいと願っている。