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2004年 3号

Report
平成15年度
「ツーリズムの競争力強化に向けた産業的対応」
研究委員会報告書
平成15年度日本自転車振興会補助事業


概要 

総論
  日本のツーリズム産業力強化のために今何をなすべきか 《福川 伸次》
 本総論では、まずツーリズムが注目を集めるグローバルな背景と日本におけるツーリズム振興の動きが概観され、さらにツーリズムがもたらす革新効果として、開かれた社会の実現、国際的信頼醸成、経済成長促進、日本のブランド力の復活が挙げられた。そして日本のツーリズム産業の国際競争力について統計に基づく定量的評価に加え、コンテンツ、インフラ、情報発信などの非定量要素についても解析され、さまざまな課題が指摘された。
 これらの考察に基づきツーリズム産業の競争力強化策として、下記六大項目それぞれについて具体的包括的な対応策が提案された。
(1)ツーリズムの位置付けと総合戦略の展開
(2)日本の魅力の高揚
(3)日本の魅力を生かすインフラ整備
(4)ツーリズム産業の活性化
(5)情報発信の充実
(6)人材の養成

第1部 日本のツーリズムの競争力(集客力)について
  第1章 ツーリズムの競争力強化に向けて 《小林 英俊》
 日本では、余暇産業の社会的位置づけが低かったこともあり、ツーリズムの社会的役割が正当に評価されてこなかった。近年、各方面からツーリズム振興への期待が寄せられ合わせてツーリズムの重要性に対する認識が高まりつつあるが、それでもツーリズムの振興というとすぐにプロモーション主体の訪問客数の増加策が検討されるなど、ツーリズムの持つ人の移動や消費などの現象面にのみ目が向けられている。本文では、ツーリズムの根元的な意味や社会的な役割を明らかにすることから、ツーリズム振興の国家的視点での意味や意義を考え、ツーリズムの競争力強化について方向性を考察している。
 まず、観光行為とは文化的な行為であると規定し、この認識をもとにしたマーケティングがツーリズムの競争力を高める上で不可欠なこと。つぎに、社会的な価値観の変化とともに人生における旅行や観光の意味も変容しており、ツーリズムが町づくりや地域づくりとも密接に結びつくようになったことからツーリズム振興が快適で美しい国土づくりと同じ意味を持つようになったこと。この意味で、ツーリズム産業が単に人を移動させたり宿泊させるという運輸の付帯的な産業から、どのように感動させるか楽しませるかといった内容が問われるコンテンツ産業へと変貌しつつあること、などの認識を示している。

第2章 新時代における集客力とは
 ―地域間競争とムーブメントの仕掛け 《橋爪 紳也》
 新時代の集客力とは、各地域、各都市が実践する集客力創出の総和である。各地域・各都市において、観光やツーリズムに立脚した、これまでにない都市の理想を示したいという意欲を示すことが重要である。総合的な都市政策の柱としてツーリズムを位置付けることが不可欠である。本章では、製造業に依拠する産業都市を脱し広義のビジター産業を基幹産業のひとつとなしつつ文化観光とブランド化を施策にとりこんだ「集客都市」の概念を確認、東アジアにおける競争を意識しながら、内発的、自律的な集客力強化をなすことの意義を説いた。新たな集客力を得るうえで重要な視点として下記の四項目を掲げ、結論とした。
・ ツーリズム振興に関わる総合的な都市政策の確立と規制緩和
・ アジア圏域における都市間競争を意識した展開
・ ツーリズム振興に関するムーブメント
・ 集客系コミュニティビジネスの重点化

第3章 海外から見た日本の観光 《田中 秀範》

 2003年1月に「観光立国懇談会」が発足し、その4月に報告書が提出された。その内容は日本の国として画期的な観光政策の基本方針が盛り込まれ、各界から期待されたが、具体的な施策は世界のレベルから見ると初歩的なことができていない現状である。その理由は、一般の企業で当然行われている「マーケティング」が欠如していることの1点につきる。観光は国としての事業であるが、その事業のマーケティング分析→マーケティング戦略→マーケティング・コミュニケーションの基本動作ができていない。例えば、世界の人々から見て日本観光の魅力は何なのか?、訪日観光客が少ないのは何故なのか?、日本観光のブランドはどう作るべきか?、世界の観光客は日本に何を求めているのか?、などの基本的な分析とその戦略が体系立てて行われていない。外国人観光客向けの商品開発も国家として総合的かつ統合的に行われておらず、お客様である観光客は不満が絶えない。そのお客様の第一の窓口である外国の旅行会社や見識者のヒアリングを通して、今後の日本観光の戦略を提言した研究レポートである。

第2部 競争力(集客力)強化に向けた戦略
  第1章 国家ブランドの再構築によるツーリズムの情報発信戦略 《島川 崇》
 国土交通省は、わが国の外国人旅行者の受け入れが世界的に見ても低位にある最大の理由として、日本の魅力を海外へ向けて熱心に広報してこなかったことにあるとし、日本ブランドの効果的な発信のための戦略を練る必要性を説いている。
 観光においてのブランド構築が商品のブランド構築と最も異なる点は、ブランド・アイデンティティをその地域に住む人の間でコンセンサスを取る必要があるという点である。観光における商品価値は、観光地そのものの価値だけでなく、その地域に住む人々のホスピタリティに対し旅行者が感謝の気持ちを感じて生まれてくるコミュニケーションによるところが大きい。よって国家レベルでインバウンドの振興を考えるときは、国民がそのブランド・アイデンティティに共鳴し、観光客を心から迎えるホスピタリティの心を持ってもらえるようにしなければならない。
 その上で、新しい日本のアイデンティティを定義する際、まず日本についているネガティブ・イメージの払拭を試み、他者が絶対に真似のできない、強いメッセージをアイデンティティとして設定し、さらに、海外だけでなく国内に対してもメッセージを発信することが戦略として大切である。

第2章 魅力ある集客資源の新たな発掘と発信
─生活文化ツーリズムを中心に 《藻谷 浩介》
 現代人が旅行に出かける最大の動機は、歴史的遺物を見ることではなく、個性ある「現役」の「生活文化」を現地生活者に混じって味わうことだ。従って日本の観光振興の王道は、例えば和洋中混交の日本人の食生活、千年の歴史を持つ漫画文化や小説文化、街の一人歩きが当たり前な若い女性優先の消費環境など、万人が楽しめる日本独自の現代生活文化を再発見し、洗練して世界に発信することにほかならない。
 しかるに現代日本人の生活はほとんど海外マスコミに乗らない。日本からの現代生活文化の発信の絶対量自体が特に欧米に対しては非常に少なく、あるのはアニメやゲームのように必ずしも生身の日本人を伝えているのではない分野だ。「日本の現代生活文化」の国際的な発信・普及を国是の一端に加え、トレンディドラマなどの映像の輸出、モノ輸出にあわせたライフスタイルの輸出に戦略的な重点をおく必要がある。また世界各地に確実に存在する日本生活文化の愛好者層に対して、英語での国際コンベンションを次々と打ち出し来日を促すことも必要だ。SFアニメ、食文化、携帯インターネットコンテンツ学会など、テーマは無限にある。
 戦後の欧米諸国は、まさに上記のような生活文化発信力で国際的な位置を保ってきた。日本にも、先進国としての総合的な文化発信力の涵養が求められている。


第3章 集客競争時代における地域マーケティングの課題
―「観光立国」に向けた地域戦略― 《東 徹》
 これからの地域づくりにとって交流人口の獲得は、地域発展の方向を左右する重要な戦略課題である。集客競争の時代を迎えた今日、人々を地域に集め、活力に結びつけていく集客産業の振興と地域のマーケティング力の強化が地域発展にとって不可欠な戦略課題となる。集客志向の地域づくりがめざすところは、多様な人々が集い、ふれあうことで、活気あふれる地域をつくることであり、ビジター満足と住民満足が相互作用的に好循環をつくり出し、「住んでよし、訪れてよし」の地域づくりの実現を図ることである。集客志向の地域づくりにおいて地域マーケティングのめざすところは、単により多くの人々を集客するのみならず、住民満足とビジター満足をともに実現する仕組みづくりを通じて地域に活力を生み出すことである。それは、市場との相互作用を通じて地域のありようを再認識し、新たな地域づくりにつなげていこうとするプロセスの推進力となるがゆえに、地域の文化やコミュニティ、地域アイデンティティの再発見・再構築の機会と契機を提供する。集客志向の地域づくりはまた、「まちは誰のものか」について再考を促す契機となる。まちは、その恵みを共に分かち合って生きる人々の「共生」の場であり、人々が共に創り出す「共創」の場なのである。

第4章 観光における地域文化提示の問題と「文化の創造」 《中村 純子》

 土産品や民族舞踊ショーに代表される観光文化は、研究者により従来「伝統文化」との対比から「偽物」のラベル付けをなされ、批判の対象となった。観光開発による先進諸国と開発途上国の関係は観光における「南北問題」として、「文化の画一化」「文化の商品化」に当てはめられる。ゲストがホストの文化を覗き見したい欲求から地域文化は見世物化し、地域「伝統文化」の消滅および改変の事例が報告された。
 岐阜県白川郷荻町は世界遺産登録により年間約140万人の訪問者を受け入れる。しかし観光者増加でホストのプライバシー侵害やゴミ投機問題が発生した。ホストの日常生活の場である町がゲストに「生きた文化」として価値付けられるが、屋外博物館や文化センターのような非居住型観光施設をモデル・カルチャーとして利用することでプライバシー問題を回避できうる。白川郷の合掌造り民家園はモデル・カルチャーでの成功例といえる。ここでは事務局長の公募等で多様な文化活動を行う。
 またゲストとホストの折り合いが図られるような文化創造を目指す必要があり、ホストの地域文化への誇りを維持しつつ、ゲストの興味を促す文化提示が望まれる。さらにリピーター等特定のゲストとホストの密接な交流も観光における地域文化の創造に重要であり、今後観光業者やマス・メディアの文化理解を進めるような地域の文化専門家の活躍が期待される。

第5章 旅主社会形成と新テン・ミリオン計画への期待 《寺前 秀一》

 政府は、日本人海外旅行客が1600万人であるのに対して、訪日外客数が500万人であるのは少なすぎるとして、これを2010年には1000万人に増加させる目標を示している。日本人海外旅行者数が大幅に増加した最大の理由は日本の経済成長にある。外国政府の日本人観光客誘致政策が功を奏したからではなく、日本人の所得水準上昇のもと、日本の航空会社、旅行会社がビジネスとして行った日本人海外旅行マーケット拡大政策が成功したからである。日本人海外旅行が自由化されたのは1964年のオリンピックの年である。台湾が自由化したのは79年、韓国は89年ソウルオリンピックの翌年に海外旅行を自由化し、日本等への旅行客が増加した。2008年オリンピックを開催する中国も、順調に経済発展をすれば、日本を訪れる観光客は確実に増加するはずである。漢字文化圏の日本は欧米と比して華人観光には優位性がある。中国本土からの観光客数は、団体観光ビザ発給地域の拡大等の措置を行うだけで急増する可能性が高い。治安問題、労働者問題とは切り離してでも、早急に実施してもらいたい。日本人自身が日本の観光資源を厳しく評価しておかないと外国人観光客の支持はえられない。日本が観光立国を目指すのであれば、旅行市場においてその手配権を保有する旅主社会を形成することが肝要である。

第3部 個別課題への取り組み
  第1章 日本型エコツーリズムの可能性とビジネスのあり方 《小林 英俊》
 エコツーリズムは、従来の日本の観光には無かった新しい視点がいくつか内包している。地域の自然や文化環境を保全と利用のバランスを取りながら楽しもうということ、地域貢献という考え方とツーリズムを融合させたこと、インタープリターの導きで参加者自身が五感を使って感じる手法などである。市場調査では、是非やりたいという人はまだ5%程度であるが、一度はやってみたいという関心ある人が3割を超えており潜在的なニーズはかなり高いと判断される。実際、各地でエコツーリズムを展開している事業者を調べると2000年頃から参加者が急増しており、エコツーリズムを専門に事業展開する事業者が増えている。
 日本における今後の展開を考えると、北海道や沖縄などの特色ある自然に恵まれているところではオーストラリアやコスタリカ型の自然体験をメーンにした事業が有望であるが、豊かな自然でも特異ではない中山間地では、自然との関わりが深い地域文化や農山村での生活文化をも含め幅広く地域の魅力を見せる日本型のエコツーリズムの開発が必要である。いずれにしろ、エコツーリズムは楽しませるプログラム開発の手法さえ習得すれば地域で比較的容易にスモールビジネスが起こせることから現在全国各地で取組まれようとしている。

第2章 都市型テーマリゾートの集客戦略
―オリエンタルランド社のケース 《安岡 譲治》
 本章ではまず、東京ディズニーリゾートを構成する各施設の概要を紹介したほか、来園者の各種データ変遷を提示し、1983年の東京ディズニーランド開業以来、東京ディズニーリゾートの各施設は概して順調に集客を続けていることを示した。
 その好調な集客状況は、根本的なディズニーのソフトの強さ、地の利、時の運などの恵まれた環境に因ることも間違いないが、それに加えて、高い再来園率のゲストをいかに飽きさせず、繰り返し来園していただけるよう新鮮さを保つかというリピーター対策、パークの内外において可能な限り非日常体験をゲストに提供するための、エリア全体での徹底した非日常空間創出、また、首都圏観光のうちの一目的地ではなく単独目的地とするゲストの増加、さらに滞在型ゲストの旅行長期化も進んでいるという動向から、滞在目的地としてのリゾート性を重視した環境整備などを実施してきている。
 そして、来園者のほとんどであるリピーターゲストの、満足することへの期待度の高さに応えるためには、物理的な鮮度や利便性だけでなく、キャスト(従業員)の高いレベルでのゲストサービス、ホスピタリティが一体となり提供されることが不可欠であると考える。

第3章 京浜臨海部の再生―ツーリズム産業を活用した戦略
 《講演:岩森 耕太郎氏・三枝 茂樹氏》
 川崎市から横浜市にまたがる京浜臨海部は、日本を代表する近代産業の発展地域であることなどから、平成8年ごろから構想が始まった「手塚治ワールド」の候補地となった。前編ではその構想と経緯について紹介された。また、後編では、しかしながらかつてほど活力がなくなったといわれる京浜臨海部の新たな活性化に向けての取り組み、中でも産業観光の試みやその情報発信の具体策が紹介され、今後は産業観光としても日本を代表する地域を目指して推進体制を整備していくとの見解が示された。

第4部 結び
  第1章 すべての産業に観光の視点を 《講演:青山 佳世》
 観光立国における最も重要なポイントは、農林業、水産業、鉱工業、小売り業はじめさまざまなサービス業が元気に、そして誇り高く輝くよう、つねに外から眺められている、といった意識を持ち続けることであり、これらをないがしろにして、単に観光産業のみの隆盛に力を入れることではない。
 そうした基本に則って、観光立国を実現するためには、第一に日本の魅力を高め、ブランド化することが大切だ。さらにそのブランドを広く知らしめるような、発信戦略が二番目に重要であり、それを受信し観光に来た人々をきちんと受け入れる意識を持ち、態勢を整えることが三つ目に重要である。これら三位一体の取組を具体的にどう進めるべきなのか、また、如何なる課題があるのか、事例を参照しつつ考察を加えた。

第2章 総括 《小島 明》
 「観光立国」が広く議論されているが、それを実現するには「観光」あるいは「ツーリズム」を、それに直接関与する事業者の視点を超えて、豊かで魅力のある「真の成熟社会」としての日本の国づくりの視点で問題をとらえ、それにふさわしい価値観を確認し、定着させることが重要である。また、日本人による国内観光と外国人の誘致する国際観光とを別々のものとして考えるのではなく、一体として議論すべきだろう。日本人自身が自分の住んでいる国に魅力を感じ、誇りをもてるような国・社会にすることが、国内観光と国際観光を持続的に発展させるポイントとなる。
 日本は、貧乏克服をめざし、キャッチアップ努力をするなかで、効率偏重を続け、貴重な観光資源を破壊してきたことを認識する必要がある。観光資源を確保し、観光立国を追求するには大変な時間を要するものであることを覚悟しなければならない。そうでなければ、一村一品運動的な観光振興になり、地域間のゼロサム的な客引き合戦になりかねない。
 日本全体の文化的な魅力、人をひきつける磁力を確保することを長期的な観光立国戦略の基本としなければならない。魅力は画一主義からはうまれない。個性豊かで、多様性に富む地域が相互に魅力を競うことが国全体の魅力を生む。