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学校法人 慶應義塾常任理事
兼慶應義塾大学法学部教授
田 中 俊 郎
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本年5月1日、EU(欧州連合)は新たに10カ国を加えて25カ国に拡大した。新加盟国のうちキプロスとマルタを除いた8カ国(ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、リトアニア、ラトビア、エストニア)は、かつて「鉄のカーテン」の向こう側で対峙していたワルシャワ条約機構やコメコン(経済相互援助会議)のメンバーであった中東欧諸国である。「ベルリンの壁」が崩壊した後わずか15年で、これらの諸国がNATO(北大西洋条約機構)やEUのメンバーなるとは想像できないものであった。ブルガリアとルーマニアについても、2007年の加盟を目指して交渉を継続しており、クロアチアも交渉開始が決定され、マケドニアも加盟申請をした。
この結果、ヨーロッパの分断に最終的な終止符が打たれ、EUは、ノルウェーやスイスを除いてヨーロッパの大部分をカバーすることになり、残るは、トルコとロシアである。ともあれ、面積393万平方キロ、人口4億5500万人、GDP9兆6130億ユーロ(2002年名目値)で、米国(人口2億9100万人、GDP11兆840億ユーロ)に匹敵する経済圏を形成することになった。EUの決定は、国際経済、通商、金融にとってますます重要な影響をもつことになる。
新規加盟国は、これまでEC/EUが蓄積してきた法(アキ・コミュノテール)に最大7年の過渡期の間に、自らを適応していかなければならない。また、逆に、共通農業政策が新規加盟国に完全適用されるのは2013年であり、人の自由移動のように、既存の加盟国が最大7年間にわたって制限を課すことができる政策領域もある。とくに予算は、EUは、1999年ベルリン欧州理事会で取り決めた財政枠組みのなかで、新規加盟国に対する財政負担を最小限にしようとし、新規加盟国はEUから少しでも多くの予算を獲得したいと考えており、両者の主張が真正面から激しくぶつかりあった交渉の結果であった。少ないと不満も残っているが、新規加盟国のEU予算は、すべて純受け取り(黒字)になっており、バルト3国では、GDPに占める純受け取り額は、8-10%にもなることが予想されている。ポーランドは、3.6%であったが、全体の半分を受け取ることになっている。
他方、EUでは2001年12月から欧州憲法を作る作業を進めてきた。ジスカールデスタン元仏大統領を議長とした「ヨーロッパの将来に関する諮問会議」が2002年2月に招集され、2003年7月には欧州憲法条約草案が提出された。さらに10月からは条約改正に必要な政府間会議を舞台に、草案を土台に最終的な合意を目指してきた。昨年12月の首脳会議では、理事会の表決方法をめぐってスペインとポーランドが強く反対し、欧州委員会の定数をめぐって大国と小国の間で意見が対立し、分裂していたが、スペインやポーランドでの政権交代もあり、6月17-18日に開催されたブリュッセル欧州理事会で基本合意に達した。次の課題は25カ国の批准であるが、発効すれば、大統領(実質は欧州理事会常任議長)や欧州委員会の副委員長を兼ねるEU外相など、EUを対外的に代表するポストが新設される。EUが、イラク戦争のように内部の意見が対立していると力が削がれるが、25カ国が一致団結すれば、国際政治、安全保障の面でもますます重要なパワーとなる。
現在、わが国とEUの間には、かつての貿易摩擦が顕著であった1970年代後半から1980年代半ばのような重要な対立案件はない。6月22日東京で開催された日・EU首脳会談でも、両者の関係がきわめて良好であることが確認されている。むしろイラク問題、北朝鮮問題、停滞気味のWTO(世界貿易機関)のドーハ・ラウンドの推進、京都議定書の発効に向けての作業、とくにロシアの批准確保など、世界共通の問題での協力が議題の中心であった。
なお、2005年は、日・EU市民交流年である。これまで、英国における日本年や日本におけるイタリア年のようなわが国とEU加盟国との文化交流イベントはあったが、EUとの交流年は初めてのことである。これを機に、わが国では「過小評価」されているEUをもっと知り、わが国にとってより重要な対話と協力のパートナーとして正当に認知されるべきである。 |
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