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1995年4月号

ジェシカ・マシューズ博士講演

--地球環境問題と安全保障--


 本日は、環境の変化及び人口の変化に対する安全保障の係わりという話をしたいと思います。また、冷戦終焉後の世界政治情勢における大きな変化が、環境問題に対していかなる影響を与えたのかという点にも触れてみたいと思います。

 まず一番重要なポイントとして指摘したいのは、私たちのライフスパンを1950年〜2040年と考えた時、この期間は人類の文明史の中で最も重要なライフスパンになるであろうということです。この期間に、世界の人口は25億から95億と約4倍に達する見通 しであり、経済成長は既に4倍増を達成し2040年には9倍になり、エネルギーの使用も現状から2倍程度増えると予想されています。生物の種の絶滅に関しては、非常に不確実性が高い分野ですが、悲観的に考えると、この先25年間の間に全ての種のうち10年タームで5〜10%が喪失されるという感じになると思います。私たちが今、歴史的に全く新しい時代を迎えようとしているのは明らかで、人類始まって以来、世界的規模で地球のサポートシステムの幾つかに、人類が影響を与える時代となったわけです。

 人類が影響を及ぼした環境上の変化は、科学的データから長期的に予想できる分野で考えても、紀元前8000年から1950年までの変化と1950年から今日までの変化を比べた場合、後者の変化の方が大きいという結果 が出ています。このように、人類はテクノロジーや経済活動を通して、非常に大きな変化を地球に与えています。

 これからの人口増を考えると、伸び率は鈍化して来ましたが、絶対数では今後とも大きく上昇を続け、毎年9,300万人ずつ増えているのが現状で、10年で10億の人口が増えるということは、人口大国のインドが10年毎に新しく誕生するということになり、この状況はこの先20年間は続くと考えられます。

 この先1世紀を考えるとき、地球上の成長の95%は途上国において起こると考えられます。途上国において二、三十年の間に人口が倍増するような状況になった場合、今既に失業率が高く、食糧、ヘルスケアの問題、あるいは文盲率、資本不足の問題を抱えている状況からすると、これらの問題は途上国自ら対応可能な課題とはとても思えないわけです。第二次大戦後の段階では、先進国が世界の人口の40%を占めていましたが、今は20%となり、将来は12%へ減少すると予想されています。そこから問われる問題は、わずか10%の人口が世界の資源の90%を使い尽くすような、言い換えれば、偉大な貧困の大洋の中の小さな富の島といった状況で、強力な国際協力がありえるのかという問題です。

 またもう一方で、現在進行中の歴史的変化があります。それは国家主権に係わる大きな変化で、300年前に国民、国家を律するルールとして作られた主権のあり方に大きな変化が生じています。現在、各国の政府は全く異なる二つの大きな超国家的な力に挟まれています。それにより、国家主権が薄められ、さまざまな事象をコントロールする能力が減少しています。一方の側に存在する力とは、世界的な経済的市場展開という流れであり、各企業は今や国境を越えて供給源を求め、市場を求め、資本あるいは労働力でさえ調達しようとしています。もう一つの力は、国の下から突き上げている力、草の根の力というべきものです。これらは国境を越えて働いているわけで、地域的、民族的な形で展開している場合もあれば、世界規模でグローバルに展開しているものもあります。その後者のグループの中には、女性、環境論者、宗教のメンバー、科学者、開発関係のグループ、人権関係のグループ、その他非常に多くのグループが含まれています。そして、これらのグループの影響力は、冷戦後のさまざまな事態によってかつてない程の力を持つに至っています。

 そして現在、情報およびテレコミュニケーション革命により、従来の情報のバランスが崩れつつあります。政府はもはや情報を独占できる状況にはないわけです。その意味で、安く簡単なコミュニケーション手段、あるいは安価なかつ強力なツールの存在、そして、それを分析する能力、これらとNGOの最近の爆発的な成長との間に、直接的な関係があることは明らかです。

 この結果として、新しい力が台頭し、新しいファクターが現れ、そして優先順位 の置かれ方が変化しています。そして人々の関心が、今や自らの個人的ニーズに向けられる傾向が強くなってきています。例えば、景気の停滞、失業、貧困、麻薬、人口過剰及び環境悪化という問題であり、ナショナルセキュリティではなくヒューマンセキュリティということに圧倒的な関心が高まるようになってきています。ここから言えることは、政府だけが唯一のアクターである時代は終わったという事です。現状は、混乱した状況の中で他のグループと競争し合うのが政府の置かれている状況であり、彼らの持てる力は減少している、そして、ますます大きな要求を抱えるに至っているのが今の状況です。

 次に、このような状況がどのような意味を具体的に持つか考えてみたいと思います。

 まず第一に、国内問題という概念がこれからも崩れていくと思います。内政問題に対する外部からの介入を禁止することは依然として国際法の礎ですが、厳密に国内問題と言えるものは、それ自体では今や絶滅に瀕した種ということになります。例えば、米国はG7各国全部を足した以上に温室効果 ガスを排出しています。これは米国に言わせると国内問題となるわけですが、他のG7各国にとっては違うと言うでしょう。また、貧困の問題は移民を引き起こし、国境を越えた安全保障の問題、不安定な問題として広がっていきます。

 二番目として、世論、パブリックオピニオンは、国内及び超国家的意思決定の中において、ますます大きな力を持つことになると思います。世論はただ国内の意見として影響を与えるだけでなく、多くの場合政府をバイパスして、国際的世論として影響力を持つようになります。いずれはこの世論が国際的交渉の場に、NGOあるいは企業によって代表されて影響を与えることになると思います。

 三番目が、多角的機関の役割増大ということで、この役割の増大と供に負担の増大も起こって来ると思います。もともと現状維持のために作られたこのような機関が、変化の触媒としての役割を本当に果 たすことができるのかという問題はあります。ともかく、新しい多角的機関に対する欲求に伴って、メンバー国政府とこれら国際機関との関係も変わっていくと思います。

 四番目に挙げる最大の変化が、これらの多角的な機関と国民との関係の変化です。これらは、国際的な意思決定にNGOの参加を強化せよとの要求にも見られますし、また、意思決定における透明性確保に対する要求、市民参加を求める声の増大、もっと世論にフィードバックしなければいけない等の要求が強まっていることを見ても明らかです。このような要求は今後ますます強まっていくことが予想されます。その結果 として、これらの国際機関が強化される事はあっても、弱体化されるべきではないと思います。国際機関の制度的な改革は、最も高い優先事項として考える必要があります。現在の国際的諸機関は、国連の機関にしても、もともとは現状維持を保つ、紛争を管理するという目的、あるいは平和を維持するという目的でつくられたものです。協力を推進するという役割は余り急速な伸びは見せてきませんでした。

 現在の状況を見たとき、特に環境と安全保障の観点から考えたとき、地球温暖化を抑制する枠組みというのは、単に地球温暖化の規模とインパクトとスピードに対する不確実性を解明するだけでなく、先進国と途上国の資源の配分という問題にも答えなければなりません。世界の先進各国が経済成長を実現するために、無制限に資源を利用してきた。そして今、途上国が貧困から脱出するためにより急速な成長が必要とされる。そのために必要な資源は、これを配給にして割当なければならない。このような解決の方法は、正義に満ちたものと言えるでしょうか。これらは全く新しい種類の問題であり、中国、インド、また多くの途上国との関係において直面 しなければならない問題で、新しい枠組みをつくり上げることは極めて困難であると言えます。

 今まで何が達成されたか振り返ってみると、気候変動条約が完全に実施されるとすれば、それは今までの条約の中で最も多くの要求を背負った、また国内に内政干渉するという形で、かつてなかった程の国際協定だと言えると思います。また、初めての地球的な安全に対する取り組みとして、各国が積極的に参加する事を求める協定でもあります。これはエネルギーの利用に影響を与え、経済政策、南北間の公平性の問題に影響を与えるものです。そして、今まで長い間にわたって行われた温室効果 ガスの排出に対して責任を問うものであります。また外交的な視点で見れば、この条約は隕石が落ちるような大変なスピードで実現されたと言えます。そして、この交渉を進める原動力となったものは世論でした。世界の三つの主要なエネルギー生産国、米国、旧ソ連、サウジの反対にもかかわらず進められたのです。このような変化を受け、当然政府、NGO、ビジネス及び国際機関の役割が違ってくるわけで、全く異なる視点から国際的なシステムを見直すことが必要になってくると思います。今、古いものから新しいものへ変わる移行期に我々は直面 しています。しかも、この移行は大変なスピードで起こっています。これからの課題に対処するため非常に大きな協力を必要としますが、見方を変えればこれらはプラスの要素でもあります。なぜなら、多くのプレーヤーが超国家的な性格づけを行っており、それは超国家的な問題に対応するにふさわしいものだからです。今後解決すべき分野としては、環境、開発、人口、麻薬及び国際的な経済成長のマネジメント等が挙げられます。以上、将来がどう展開するかということを概略的に説明させていただきました。

【講演に対する意見及び感想】

  1.  グローバル・ヒューマンセキュリティの持つ意味は今後大きくなると思う。これは三つの要素から成り立っており、一つは環境、二つ目は貧困、三つ目は女性の周囲にある諸問題を通 しての人口の問題であると思う。NGO側の視点としても、本日の講演で説明された考えを大いに生かして行きたいと思う。

  2.  第三世界の国々の発展と政治の問題を研究している立場から言うと、依然として国家は極めて重要な役割をしばらく果 たしそうである。しかもそれは、開発の促進の名前で進むことはあっても、地球環境問題の多くの交渉という形ではいかないだろう。その意味で、第三世界、特に開発が進んでいる第三世界の協力をどう得たらいいかという問題にある程度答えられないと、どのような政策も実現できないのではないか。また、地球環境問題も、その元凶は先進国の側ではないか。そして、環境汚染の最大の元凶はアメリカである。つまり、アメリカ自身がどのように自らの問題を変えていくか、このパラダイムの変革をどうするのかということなしには、今説明されたことはだれも信用しないと思う。

  3.  国際機関の見直しの必要性については、現状の国際機関が本当に現在直面 する問題に対してうまく機能しているかという点で、私は個人的には疑問を持っている。環境についても色々な機関が調査研究や議論をしてきているが、有機的にうまく連携を保っているとは言えず、その観点からも国連あるいは国際機関再編の必要性があると思う。

  4.  人口や経済成長あるいはエネルギー、このような個別 の問題のセキュリティ議論を少しやってみると、それぞれの解というものがつながってきて、そして最も曖昧な最後の環境問題の答えにつながっていくような気がする。話の中で何倍に上がってきているという統計的データがあったが、現状からすると既にその話から限界論に入ってこないといけないと思う。やはり、悪い人、悪さを特定しないと戦略は生まれてこない。統計的センスで一度それを整理してみる。そして戦略のマトリックスを色々やってみる。そうすると少しは答えが出で来ると思う。

  5.  講演の中で言われた、理解してもらうことが大事であるという点は重要な事だと思う。色々な具体的な条約などが考えられるが、一番大事なのは、小・中学校の教育課程に始まって学校教育の場で環境問題の大事なことを徹底的に教えることだと思う。また一般 の人に対してはこうした考えの再教育が必要である。時間にかかるかもしれないが、その力が国の政治や政策を動かしていくという事を本当に考えていく必要がある。率直に言って、いくら条約や取り決めをつくっても、今の環境が悪化していくことは避けられないと思う。これがひどくなっていった場合、NGOの力では済まない。そのときどうするか、その辺を考えてある程度対策を考えておく必要がある。

  6.  情報化との関連で、ここ10年ぐらいの情報革命で環境に対する情報のアクセスとか共有化が随分進んで来ている。そして情報化の流れは、よりコンピューターが小型化され、ソフトウェアが進歩して、地球規模の統合が進んでいく。そういう情報革命の中で得られた情報を共有化して、南と北の情報格差を埋めながら物事を決めていくことが、だんだん大事になっていくと思う。


追伸−事務局から−

 我々が現在置かれている状況を、大変分かりやすく説明してくれたと思う。だが聴講者の意見にあったように問題点も幾つかある。しかし、講演者にその答えの多くを求めるのは難しいようにも思う。現在、その正しい解答は誰にも分からない。それは問題があまりにも複雑に絡み合っているからである。したがって、ここでは質問とその応答は省くことにした。ただ、講演の中にあった気候変動条約の進む方向は、我々の未来を占う試金石となるであろう。そこに集まる先進国、産油国、途上国の利害は明らかに異なる。利害を越えて協調が図られるのか、それとも問題を先延ばしするだけなのか、そこに我々は未来の構図を見ることができると思う。