EIJS-GISPRIシンポジウム
「アジアの危機とその国際的影響」開催
さる1998年5月26日(火)在日スェーデン大使館講堂において標記国際シンポジウムが地球産業文化研究所と欧州日本研究所(EIJS)の共同主催で開催された。国内研究機関、会員企業、大学、各国大使館から約100名の参加者が集い、活発な討論に耳を傾けた。
開会に当たって、欧州日本研究所理事、また地球産業文化研究所顧問でもある(株)電通
総研福川伸次社長より、次のような挨拶があった。今日のアジアの状況を1−2年前に予見していた人はほとんどなかった、アジアの成長は「世界の奇跡」といわれたが、今、アジアは困難に直面
している。しかしながら、インドネシアを除けばIMFをはじめとする国際的援助と関係各国の構造改革への努力により、各国はその最悪期を脱しつつあるように見える。勤勉で、高い貯蓄率をもつアジアの人々、チャレンジャブルな企業家と優秀な官僚群等の人的条件を考えれば、必ずやアジア経済は現在の混迷から調整へ、そして回復から再成長への軌道に戻ってくるであろう。今、困難な時期にあるアジアにとって、問題解決のためにどのような方策を、また日本をはじめとする先進諸国はどのような支援ができるかと、いった有意義な議論がこのシンポジウムで展開されることを期待する。
1.アジア動揺の展望 :
コロンビア大学経済学部教授
ロナルド・フィンドレー
現今の「アジア危機」はアジアのみならず世界から注目を集めている。それはこの危機がどこまで広がり、どこで収束するかわかっていないことにもよるが、ここ30年間誉め称えられたアジアの成功がなぜ頓挫してしまったのか、アジアの開発戦略が間違っていたのか、あるいはアジアの成功は幻だったのか、よしんば成功であったにしてもどうして脆く崩壊してしまったのか、その理由さえ判れば問題解決の方策も見えてくるし、先進各国の責任、役割も見えてくる。
真の精巧モデルは本当にあったか?
1950年から60年に香港から始まって、台湾、それから韓国、シンガポール、タイ、インドネシア、そして重要なことは70年代終わりから中国本土に広がってきた輸出指向のモデルは輝かしい成功を収めた。その戦略は、始めは労働集約的、低技術製品を途上国へ輸出して外貨を稼ぐ、そして輸出品をより資本集約的な、より先端的なものに代えていく、すなわち古典的な「比較優位
の梯子」を上っていったのである。その間、賃金、輸出額、国民所得、貯蓄率も上昇していった。成長の源は、物的、人的な資本流入によってまかなわれ、要素生産性の向上はなかったという批判はあるが、成功したのは事実であった。50%に近い国内貯蓄率が国内資本形成に回り、輸出指向的な外国資本取り入れもアジアの成功に貢献した。
なぜ危機は起こったか
世界経済にはある程度のバランスというものが必要である。香港、台湾などの4タイガーの経済規模が小さく、一方で先進国の市場が大きく成長率が高かったときはタイガー達の輸出品を先進国市場が吸収して問題は起こらなかった。1980年代以降、アジア各国に加えて中国が供給国として登場し、また先進国の市場の拡大が鈍化し始めたため、輸出製品の需給バランスが崩れた。供給過剰により価格は下落するといった経済学のモデル通
りとなった。またアジア諸国の中には比較優位の梯子を一段一段上るのではなくて、エレクトロニクス、ジェット機国産などハイテクへの急激な移行といった一足飛びに飛躍を試みた国もあった。飛躍は貿易部門ばかりでなく建設、不動産など非貿易部門へも波及し,その過程で汚職、贈賄、ネポティズムなど不透明な事件が噴出した。これが現在の危機につながっている理由の一つであろう。加えて金融システムといったファンダメンタルズが弱い、タイ、インドネシア、マレーシアという国々では危機のどん底に沈んでいる。
アジアと先進諸国の課題
如何に「創造的破壊」(Destructive
Creation)を行い、如何に必要なものを残すかこれがアジアの課題である。米国はアジアからの輸出を吸収することが必要だ。これは米国のインフレ、金利引上げを押えるためにも有効であり、したがって当面
の貿易赤字拡大も許されるべきだろう。欧州はEUM確立のためにいくらかの引き締め策をとることになりうるが、過度の引き締めはアジアにとってよい影響を与えない。日本は現在の景気後退から脱却して、規制緩和により国内の景気回復を目指すべきだ。
2.21世紀におけるアジアの貿易と投資の傾向
ハワイ大学経済学部教授
チュン H リー
東アジアの経済危機
東アジアは、日本を中心として戦後、目覚しい経済発展を遂げた。アジア各国は日本を見習って、貧困に苦しむ農業国から新興工業国への転換を遂げた。まさに日本を先頭にした雁行型発展モデルがおこったのである。日本はNIEs諸国にとって、資本、技術、中間財の供給国として、より重要な役割を果
した。日本がアジアに投資した額は750億D^Yであり、それは日本の海外投資額の35%にあたるものであった。東アジアから日本への輸出は、80年代の22%から94年の12.6%に下がっており、日本から東アジアへの輸出は同25%から38.7%に拡大している。東アジアからの輸出を引き受けたのは米国であって、94年における東アジアからの輸入は40%にも及び、これが東アジアの輸出主導型の発展を可能にしたのである。
アジアの核は中国と日本
中国は80年代から90年代にかけて投資のブラックホールと呼ばれるほど各国からの直接投資が流入した。比較優位
を持つ労働コストと潜在的市場規模が投資を引き付けた所以である。中国の世界貿易における財、サービスのシェアは、90年の1.7%から2000年の3.6%に伸びると予想されている。台頭する中国は労働コストで韓国、タイ、インドネシアを蹴落とした。中国が行った94年の元切り下げは明らかに今回のアジア危機の引き金になっている。
中国は周辺諸国にとって市場や資本、最先端技術を提供するには至っていないが、朝日新聞の船橋洋一氏の言うように軍事面
のみならず経済面でも地域の大国になる可能性が強い。日本は憲法の関係で軍事大国には成り得ないが、技術、資本面
で卓越した機動力を発揮できる経済大国としてアジアのリーダーシップを担いつづけるであろう。中国は多様な国であり、人口の1%を教育するだけでも1300万人の技術者が得られる。中国はローテク、ハイテクの両面
で競争力を持ち、アジアにおいて日本と並ぶ核を形成するだろう。日本の懸念は少子高齢化が進み、貯蓄率が1970年半ばの23%から94年、12.8%、そして2010年にはマイナスに転じると見られていることである。高齢化した社会は、変化からくるリスクを回避しようとするだろうし、生産より消費の方へ向かう。しかしチャールズ・キンデルバーガーが言うように高齢化がすぐ経済の停滞を意味するというものではない。世界は、日本が明治維新で見せた変化に立ち向かう勇気と、西欧に追いついた素晴らしいエネルギーを忘れてはいない。日本は国際環境にあった制度改革を果
敢に達成することにより、その勇気とエネルギーを再び見せることだろう。
3.中国の金融市場の行方
香港科学技術大学教授 K.
C. チャン
中国は、アジア危機の中にあって、経済運営を旨くやっているように見える。これは中国の資本市場が開放されていないこと、輸出が好調で外貨準備高も充分で、外資もタイ、韓国とは違って長期資本が大半で金融不安がそれほどないことによる。それでもアジア危機は中国にある種のメッセージを投げかけた。市場開放と内部の制度改革が行なわれなければ、同じ問題が中国にも発生するだろうということある。アジア危機直前の中国は国有企業と金融制度改革を進めようとしていた。この2つの改革がない限り、資本の分配がうまく行かず、経済発展とインフレ克服ができないと中国首脳部は考えていた。国営企業の効率は余りにも悪く、政府部門と癒着しており、デスクロージャーは欧米の基準からは程遠い。金融部門は審査無しで、政府部門からの指示により国営企業への融資を行っている。これは、政府による補助金ともいえるもので市場原理とは相容れない。98年3月の全人代では企業と関係省庁の癒着防止が決議され、官僚機構の40%減を打ち出して、改革にコミットしている。幸い、今の中国政府はこれまでの政府に比べると開かれた、有能な政府であり、問題解決に十分な力量
を備えている。対外債務は少ないし、輸出も好調で貯蓄率も高く、ファンダメンタルズは決して悪くない。政府が力を入れている情報通
信システムへの開発投資は透明性の改善に役立つだろうし、民間資本主導による住宅建設も内需による成長に寄与するだろう。中国の不良債権の規模は3900億元でGDPの6.6%である。80年代の米国のGDP比、2.6%より大きいが、管理できないわけではなく、国債発行によって凌げるだろう。
アジア危機は中国にとってタイムリーなときに起きた。それは中国に制度を作る大切さと制度改革断行の必要性を深く認識させたからである。
4.コメント
1)コメント:早稲田大学社会科学部
教授 浦田 秀次郎
今、世界の金融市場では毎日、実需の50倍もの資金が取引されている。その中にあって金融制度の脆弱なアジア諸国が狙い撃ちされた。外国直接投資に頼った輸出主導の経済成長路線が競争の激化、インフラの不整備で壁にぶつかった。これからはバスケット、あるいは変動相場制のなかでの為替管理が必要でなろう。中国は、金融の規制を緩和し、健全な制度を持つことが望ましいが、早急な緩和は混乱を招くだろう。しかしこの規制緩和無しには、成長に必要な外国資本の流入は期待できないわけで、ここの兼ね合いが問題だ。中国の順調な発展は、域内の貿易量
(輸入も含めて)を増やし、全体として望ましい。しかし金融改革と国営企業改革が進まないとしたら、その時こそ中国が世界経済の脅威となるだろう。したがって、先進国が中国の改革に対してどういった支援を行えるか、を考えることが必要だろう。
次ぎに日本を先頭とする雁行型発展理論は、コンピュータソフトや金融面
で日本は世界のトップの位置にあるとは言えず、最近では色褪せた議論となっている。
日本とアジアは、社会の変化に応じた、新たなる発展理論を試行錯誤で見つけていかなければならない。
2)コメント:通商産業省
通商政策局 国際経済課長 石毛 博行
このところG8サミット、OECD、WTO閣僚会合等で東アジア経済の問題が熱心に討議されている。そこで日本が主張しているのは、3つあって、まず、日本は景気回復のための手段をとるということ、次ぎに東アジアの回復の為にアジア各国は輸出を増やさなければならないが、それに対して先進各国は保護主義的な動きは止めようということ、特に米国が安易なアンチダンピング政策を取らないようにということである。第3に貿易投資自由化交渉を通
じて保護主義の動きを押えようということである。いまや稀少資源となった海外直接投資を再びアジアに呼び込むための環境整備、ルール作りを広く呼びかけている。
5.パネルディスカッション
モデレータ
ストックホルム商科大学 M. ブロムストローム教授
パネリスト
コロンビア大学 フィンドレー教授、
ハワイ大学 リー教授、
香港科学技術大学 チャン教授、
早稲田大学 浦田教授、
通商産業省 石毛国際経済課長
アジア通貨基金(Asia Monetary
Union)の可能性について
アジアはマクロ経済的にも相互依存性が高まっている。金融面
でアジア諸国がIMFにとって代わるアジアの金融メカニズムを考える時期ではないか。これは中華圏、日本を合わせて5000億D^Yと言う外貨準備高、昨今のIMFの苛酷なコンデショナリーを考えると、当然の提案ではある。しかしながら、今回のアジア危機はアジアが単なる被害者であったのではなく、アジアのモラルハザードと言う内的要因もあった。中央銀行的な組織をアジアに考えるとき、このモラルハザードが必ず起こり、自国の政策の失敗による金融危機が起こっても、人のせいにして、誰かが助けてくれると言う安易な考えを生むことになるだろう。アジア的な甘さがどうしても露出するのではないか。
アジア諸国は、金融システムの進歩度合いもそれぞれ異なるし、IMFのような組織を持つにはまだ期が熟していない。スワップなど各国中央銀行間の非公式な協力などできるところから進めていくべきだろう。
いつアジアは回復するか、またその条件は
アジア回復のためには人的な支援が必要だ。IMF、世界銀行は充分なスタッフがいないと聞いているので、技術的な支援、時間がかかるにしても人材育成に対する先進国の支援は有効だ。一方、危機に直面
しているアジア各国も為すべきことはある。それは簡単に言えば「態度を改める」ということだ。制度や国際機関のやり方を取り入れることは可能かもしれないが、体制との齟齬が起こってはなにもならない。変化を受け入れて、変わろうとする自助努力がないかぎり、真の回復はない。
アジアは発展状況の異なる国々の集まりであり、EUのように発展度合いが揃うまでの間、様々な構造改革が要求されるだろう。
アジア危機と日本の立場
日本の円安が、アジア諸国の輸出品の競争力を奪い、結果
としてアジア危機を招いたと意見があるがそれは間違っている。そもそも為替レートは、市場が決定するメカニズムで、日本政府が円安誘導政策を取ったことはないし、また、取れるはずもない。実質ドルとの連動制により割高となった為替水準を維持したことが、危機の一因ということでは各国政府、国際機関の分析は一致している。また、各国の金融制度の不備、政策の失敗も原因にあげられている。
日本は、不良債権の処理の国際的公約、所得減税の景気刺激策を打ち出し、また規制緩和を進めて、アジアからの輸入を増加させようと努力している。
規制緩和についてはOECDが初めて行う「規制改革調査」の対象国として率先して手を挙げ、今夏、OECDの調査団の来日が予定されている。
アジアにおいて、中国は心理的には過大視されるが、世界のGDPの18%を占める日本がやはりアジアにおける真のプレーヤーであろう。日本は先進国の中ではぬ
きんでて、アジアに対し、最大の支援を行っている。国際機関や先進各国も、今回の危機を国際社会全体の問題と認識して協力していくことが重要である。
(文責 中西 英樹)