来月はポーランドで温暖化の国際交渉が行われる。筆者は以前から温暖化交渉では最も重要なことが議論されていないと感じている。それは温暖化対策の究極目標である。気候変動枠組み条約では第2条に条約の究極目標として「危険でない濃度での安定化」をあげ、付帯条件の一つとして「経済が持続可能な態様で発展する」事を挙げている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)でもこの点に関し、「温暖化のリスクと過度の対策の経済への悪影響のリスクのバランスを考慮して定めるべきである」と解釈している。つまり温暖化対策と経済の両立である。しかし現時点では温暖化対策の究極目標について未だに国際合意がない。究極の到達点の合意無しに経済に大きな影響を与える大幅削減の交渉をする、これが現状である。誰が考えてもこれはおかしい。しからばどの濃度を目指すべきか。筆者は縦と横のバランスで決めるべきだと考えている。
縦のバランス
これは正に経済と温暖化対策のバランスである。温暖化を放置しておくことは経済に対する悪影響が発生するので好ましくない。しかし過度の対策はコストの上昇を招き経済が持続可能でなくなる。従って経済成長とのバランスのとれた温暖化対策の究極目標が必要となる。
究極目標の考え方は大別して二つある。一つは容認範囲アプローチ、もう一つは費用便益アプローチである。前者は温暖化による損害が許容範囲を超えない範囲で濃度を安定化させるという主張である。たとえば気温上昇と水不足、飢餓、マラリアなどにより悪影響を受ける人数を調査し、ある閾値を超えない範囲におさえるという考えである。確かに一見合理的であるが一体何人が影響を受けたら閾値を超えるのか、水不足とマラリアなど悪影響の間の重み付けをどうするのかといった点で客観性に欠ける。
もう一つの費用便益アプローチは、対策をとることによる便益(対策により回避できる損害)が対策のコストより大きい限り対策を実施するというものである。しかしこの為には生物多様性の減少など温暖化の非市場損害も金銭評価しなければならず、将来の損害を現在価値に引き直すための割引率をどうするかなどの難問がある。
EUは工業化以前に比べた気温上昇を2℃以内に抑えることを主張している。これはCO2濃度にすると350ppm程度にあたる。どちらかというと容認範囲アプローチ的発想から出てきたものであるが、費用便益的観点では行き過ぎである。近年の原油や食糧高、アメリカ発の金融・経済危機など経済情勢激変の中で、無理な主張は破綻の可能性が高い。環境と経済の両立(縦のバランス)の視点からどの程度の濃度を目指すのかについての日本案の策定こそ最重要案件である。
横のバランス
もう一つ留意が必要なのは温暖化とそれ以外の地球規模の緊急案件との間のバランスである。世界が協力して取り組まねばならない問題は温暖化のみではない。この例として2000年に国連で採択されたミレニアム開発目標がある。貧困、飢餓、病気、初等教育の充実など8項目から成り、環境持続性もそのうちの1項目である。地球の資源(資金も含む)は有限であり、こうした項目全てに亘って十分な対策を実施することは不可能である。必然的に項目に優先順位をつけ、希少な資源を効率的に配分しなければならない。
2004年と2008年の2回にわたり世界の緊急課題に対する優先順位付けが試みられた(コペンハーゲンコンセンサス)。優先順位付けは費用便益分析を基に行われた。つまり対策のコストに対して得られる便益が大きいほど優先順位を高く評価した。順位付けはノーベル経済学賞受賞者多数を含む8名の経済学者により実施されたが、温暖化対策についてはいずれの場合も高い評価は得られなかった。例えば同じお金を使うのであれば貧困やマラリア対策の方が効果は大きいということである。勿論温暖化は他の問題に比較して超長期の問題であり割引率次第で結論はかなり変わること、費用便益のみが評価基準ではないことなど異論を挟む余地は多々あるが、筆者がここで言いたいのは順位付けの「結果」ではない。世の中には温暖化以外にも重要案件が山積しているので、温暖化にどの程度資源を配分するかに際してはこうした問題との「横の」バランスが必要と言うことである。
以上述べたとおり縦と横のバランスを十分考慮した目標と対策が必要で、こうした対策こそ本当に長続きし実効性ある対策となるのである。