この度(財)地球産業文化研究所専務理事に就任いたしました安本皓信です。新たな意欲をもって財団の業務の発展に尽くしたいと存じます。前任の故清木克男氏同様、宜しくご指導ご鞭撻賜れば幸甚に存じます。
思えば、産業革命以降のこの2世紀余、社会の変貌と経済の繁栄には実に目覚ましいものがありました。その要因として科学技術の進歩がまず思い浮かびますが、民主主義と市場経済の制度的進化とグローバルな展開は、それに劣らない重要な要因と考えられます。市場経済の顕著な特徴は、社会を構成する無数の人々が自分の欲求を満たすために行った日常の意思決定が、社会全体の意思決定に逐次的に直結し、さらに、それが個人の利得にフィードバックされてくる点にあります。民主主義による社会的意思決定は、市場経済ほどの逐次性や分権性はないものの、一部の公共財等、市場による社会的意思決定が困難なものについて、個別 の構成員の意思を社会全体の意思決定に反映するという点で、比較的良好なパフォーマンスを示してきました。民主主義と市場経済は、個人と社会の間に潜在する深刻な利害衝突を、上のような個人と社会の意思決定を直結させるさまざまな制度的工夫によって克服し、個人の努力を、その人自身のためだけでなく、社会の利益の増進につなげることに成功してきました。その結果 、これら両制度をとる国々には、社会の進歩と繁栄がもたらされたように思います。
残念なことに、このように優れた制度である民主主義と市場経済が機能するためには、社会が一定の条件を満たす必要があります。社会の構成員相互の間に制度は遵守されるものとの信頼が存在すること、正確な情報・知識が構成員相互で利用可能(透明)であることなどは、就中重要な条件だと思います。市場経済移行国や開発途上国の経済的不振は、この点に問題があるからではないでしょうか。確かに、強権による独裁は、制度の遵守を国民に強制するが故に、国民の間に制度に対する信頼を回復して、経済活動を活発化させる効果 をもつ場合があります。しかし、情報の透明性に欠ける社会では、必然的に政権にモラルハザードを生じ、開発独裁による成功は、永続きしようがありません。問題は、信頼も透明性も、民主主義と市場経済の前提条件でありながら、これらは民主主義と市場経済の制度的進化の中で培われてきたものである点です。この「鶏と卵」に似た関係をどうやって解くかは、人類の平和と繁栄を確保するに当たって、重大なグローバル・イッシューだと考えられます。
もうひとつ、重要なグローバル・イッシューがあります。それは、私たち人間の合理性の限界に関わる問題です。民主主義や市場経済が社会的意思決定方式としていかに優れていようとも、それらが人間の合理性の限界を補完することは不可能です。自分が行った意思決定の、時間や世代を超えた結末を、正確に予測できる人は誰もいません。それができれば回避できる問題は多々あります。地球環境問題などは、その好例でありましょう。バブルやさまざまな政治経済的なカタストロフの発生もその例に含められるべきでしょう。合理性が有限であるとすれば、現在の知識・情報が完全であるはずもなく、改善の余地があるのは明白です。絶えず正確な知識や情報を科学的に探究し、社会の利用に供することは、今後の人類の平和と安寧にとって、どれほど必要なことか測り知れないものがあるように思います。世界の叡知を集め、グローバルな問題の解明と発信に取り組んできた地球研の使命は、益々重要になるものと存じます。その意味で、尊い人を失ったという思いが改めて募ります。
どうぞ一層のご協力をお願い申し上げます。