1998年1号

GISPRIシンポジウム1997 「アジアと世界のグローバリゼーション、 日本はどうなる」


昨年11月21日に経団連で開催された当研究所主催の国際シンポジウム"アジアと世界のグローバリゼーション、日本はどうなる」の第2セッション"グローバル、企業が国を選ぶ時代、日本の進路」(モデレータ、小島明日本経済新聞論説主幹)の概要を報告する。

<セッション2> グローバル、企業が国を選ぶ時代、
日本の進路

伊丹 敬之(一橋大学教授商学部教授)
「日本企業のアジアンネットワーキング」

 日本の輸出先として明らかに東アジアが選択されており、また日本の海外生産子会社5700社(94年)のうち大半がアジアに設立されている。東アジアで生産された部品類の日本の輸入額は95年に原油輸入額を上回った。日本の海外子会社は日本及び日系企業から部品を購入し、製品を日本以外の国々に販売している。このネットワークの意味するところは日本は輸出を減らすことなく、製造拠点を東アジアにシフトし、それが日本にも東アジアにも利益をもたらているということである。日本の製造業は、いわゆる空洞化(ドーナッツ)ではなく拡大するピザパイという現象を示している。日本の製造業はここ10年は拡張主義と呼ばれても仕方ない行動をとり、それは日本ばかりでなく、東アジアにとっても有益なことであろう。

白石 隆(京都大学東南アジア研究センター教授)
「アジアの政治とグローバリゼーション」

 ポリーシング(plicing, 社会秩序の維持といった警察用語)を提案したい。ポリーシングはそれぞれの国家の歴史、文化を背負っており、国によってポリーシングのやり方が違う。状況の変化についていけず、マーケットのポリーシングがタイではうまくいかなかった。日本は合理的で、国際的に透明性の高いポリーシングを目指さないといけないし、多くの人はそれがわかっているのだが、日本のように国家の様々な機構が社会に組み込まれている社会では国家にぶら下がっている人が多いだけに問題解決は中々難しい。

 次にヘゲモニー(構造的優位)について述べたい。戦後50年、アジアは米国のヘゲモニーのもとにおかれてきたが、明らかにそれは崩れつつある。しかし日本に新秩序を作る能力はない。ただアジアにおける日本の製造業がヘゲモニーを持っているといえるだろうが、これは意図してそうなったわけではない。日本のなかで日本の社会の将来に対するコンセンサスが何かにつながり、アジア新秩序形成の役割が生まれるかも知れない。

黄 紹倫(香港大学教授、アジア研究センター所長)
「エマージングエコノミー」

 経済交流が経済の平準化をもたらすことにはならない。経済のネットワークも国によって異なる。日本は大企業同士の繋がりが強く、中小企業も大企業の支配下にある。韓国は政府との関係が強い、家族所有の財閥が中心である。中国は家族経営の中小企業コングロマリットというべきものでありこれら3カ国のシステムが一つに収斂 するとは思えない。それは経済構造が社会規範と価値観によって形成されているからである。

 中国経済については香港、台湾の域外ネットワークが形成され、対中投資がさかんになってきた。中国の官僚的国営企業と域外のフレキシブルな家族経営システムが混じりあっている。この経済交流は台湾海峡の緊張を緩和するのに効果 があるだろう。将来的に中国がグレートドラゴンとして近隣諸国の経済的脅威になることを心配する向きもあるが、それは誇張された見方である。中国は拡大する市場であり、国外の投資家にも大きなチャンスを与えるものになっており、排他的なものではない。また中国だけが低賃金労働力の源ではない。

 これからはアジアにおいても多くの人々が国境を越えて、活動する。移民、市民権について各国政府は対応が迫られるであろう。グローバル化では自由市場と民間企業の活動に任せておいてはいけない部分については政府の役割が重要となる。国同士の協調、また利潤を目的としない学術界などのネットワークづくりの必要性が高まってくるであろう。

パネルディスカッション

リーポーピン(前マレーシア大学教授)

 50年代のアセアンの対日貿易は10%であったが70年代には30%に急増した。"日本から搾取されている」といった論調が高まり、タイ、インドネシアでは反日デモが起こった。確かに一方的、かつ不平等な経済関係であったといえるが、その後ODA等、日本の努力により、今ではアセアン、日本の経済関係はバランスのとれたものとなっている。またアセアン諸国も当初、異質と感じられた日本の商慣行に時間の経過とともに慣れてきた。その代わり、日本の非経済的側面 に目がいくようになってきた、つまり軍事的側面、安全保障の責任を日本が東南アジアで積極的に果 たすべきだという意見が台頭してきており、これは経済的実力から見ても当然だという人もいる。日本人はイデオロギーを出さない、世界観をあきらかにしない。知的リーダーシップでは日本の対外赤字は大きい。十分な貢献をしていない。英語、活字、メディアなど米国の知的リーダーシップはまだまだ大きい。

 マレーシアの「ルックイースト」政策についてさえ、日本は困惑の表情を隠さなかった。他のアセアン諸国が日本をモデルにしようとしたときも日本は積極性を示さなかった。

 日本は東南アジアで一体何がしたいのか、それをはっきり打ち出さない限り、東南アジアにおいてヘゲモニーを持つことはできないであろう。

飯島 健(さくら総合研究所副社長)

 最近の日本の中小企業の海外戦略のアンケートをみると、国内で利益が上がっている、海外要員不足、国内の名目賃金上昇、国内での過当競争などを理由に全くグローバル化の意向は見られなかった。ところが東洋経済社のデータによると96年の海外進出企業数は1700件を越えており、アジアを中心に進出意欲は高い。今後は通 貨危機もあり、ウエイトアンドスタディの企業が増えるかも知れないが、アジアのポテンシャリティは依然として高いとみるべきだろう。

小島

 通産省のデータによると95年に日本の製造業の海外での生産高が日本からの製造業の輸出額を上回った。アジアは総て輸出主導経済にはいっているが日本はアブソーバーになりうるのか。アジアと日本の問題点は。

伊丹

 日本への大規模な外国資本の流入はここ10年は有りえない。製品輸入では入るべきもの、例えば、衣類は圧倒的な輸入国になっている。機械産業は国内企業同士の:]M_ティションが激しくて外資はいれない。さらに大きなバリアーは言葉である。

白石

 橋本首相が日本と東南アジアの交流の拡大の深化を述べているが、その目的、目標をどこに置くのか明確にしていない。リー教授が言ったように日本は政治的ビジョンをおしつけない、それどころか出してもこないともいえる。しかし"これまでの経済関係の充実の上に交流の拡大の深化をはかる」といっており、明確には言っていないが、アジアの中の日本というビジョンを出しているといえる。

 つぎに日本は米国の様な知的リーダーシップはもてない。それは教育がシステマティックになってないからである。ただ日本の大学は給与面 で国際競争力があるので、アジアからの学者を呼ぶシステムを考えるべきである。企業も人事システムを改めて、広く人材を海外から集められるようにすべきだろう。

 グローバリゼーションのなかでは国境というものが曖昧になってきて、国を超えたネットワーク、EU, NAFTA,ASEANができつつある。このプロセスに参加できないと問題である。日本や中国は言語がバリヤーとなっているが、英語だけに依存するだけではなく、現地語を使えることが重要となろう。香港では英語も含めて3つの言語が使えるような教育を始めている。

飯島

 94年以降、日本の海外撤退企業は100件以上を続けている。日本は海外展開をしながら国際化を勉強していった。国際化は海外でするものとの認識が一般 的で、そのため内なる国際化が遅れている。

 海外事業は相手のフィールドで相手のルールでやるという難しさがある。日本への外国投資が少ないのは外国企業が事業展開できるような土壌になってないからであり、この面 でグローバル化を進めるべき。日本の中小企業は元気がある。日本にはいってくる外国企業と日本の中小企業が一緒に仕事をし、経験を積めば海外での失敗も少なくなるだろう。

小島

 英語どころか日本語も難しい。在日米国商工会議所会頭、グレン・フクシマ氏によると規制についても20以上の単語があって役人でさえよくわからない。許可、認可、免許、承認、指定、承諾、認定、確認、証明、認証、検査、試験、検定、登録、届出、審査、提出、報告、これは役所の裁量 権が大きいということを示しており、それだけ不透明ということができる。
 つぎに外資導入にあたっての日本の条件はどうだろうか。

白石

 国家としての政治的意思が重要だ

 米国は政府だけが強いだけではない。市民団体、ボランティアの活動とその政府に対する影響力が重要であろう。

リー

 中国の台頭は事実だが東南アジアにおいて日本の役割は減じることはない。資本、製品の輸出力では、将来的にも中国は日本にかなわないだろう。

フロアからの質問1

 日本はどうなるではなく日本はどうすべきか海外からのパネリストにお伺いしたい。

リー

 まず日本は何をしたいのか、世界のために何をすればよいのかを考えるべきだ。この50年間の歴史を見ると、日本は東南アジアの役割について優柔不断だった。だからどれだけ頼っていいのかわからない。この通 貨危機についても米国の方針に追随するだけなのか。
 また安全保障面ではアジアで日本がある役割を演じることを望む雰囲気が生まれている。安全保障についての日本のはっきりした方針を東南アジアの人は聞きたがっている。日本の東南アジア外交政策は曖昧だ。

 日本は経済の強力なネットワークを作るのに成功したが、文化の開放についてはうまくいっていない。日本は外資だけではなく、外国人を日本に入れたくないと思っているようだが、それは間違いだ。やはり次世代が次のレベル、経済統合を目指すのであれば、外国人労働者の積極的流入を計るとともに、多言語教育、英語以外のアジアの言語教育が必要だ。その多言語教育を通 して多文化を学ぶことができるだろう。そしてそれは自己の文化への自信を弱めることにはならない。日本は環境、教育、国防問題等のNGOの戦略的ネットワークづくりへの貢献が求められるし、そのリーダーシップを発揮すべきだと思う。

フロアからの質問2

 戦後の成長期30年の垢がたまり、これから2020年までは日本は停滞の時期ではないのか。その間に改革を行う必要ある。それが「日本はどうなる」への私の感じである。ところで日本の大学ほど護送船団方式で守られているところはない。こんなに国立大学はいらない。

白石

 日本を、社会を今後どう作っていくかを考えるうえで教育の問題は避けて通 れない。大学はこんなにいらないかも知れないが大学の中からの改革は難しい。これは政治的意志の問題である。

伊丹

 日本は停滞期ではなく、長い成熟期にはいる。性急に改革を行うとろくなことにならない。知的リーダーシップの無さは国の資源の投入がなかったせいである。昨今の改革案でも思い付きばかりが目立ち、いわゆる原理がない。ただ日本は適当にうまくいくのではないかという漠然とした楽観論を持っている。

フロアからの質問3

 日本は何をなすべきか。

伊丹

 一つだけ言いたい。リーダーを若い世代に総とりかえして欲しい。サッカーワールドカップ予選でも監督、選手を思い切って変えたから勝てたのだ。

白石

 今必要なのは日本の政治的意志、これに尽きる。

まとめ

小島

 「政治の意志」が共通のキャッチフレーズとなった。単なるペシミズムではなく、改革の意識を持った危機感を国民が共有するなかで、政治的ウィルが出てくることを期待したい。

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