後世の歴史家は、2010年代後半を歴史的な大転換期であったと評価するだろう。米国では2016年11月国民が国内の格差への不満と内向きの志向からトランプ氏を大統領に選び、国際社会の秩序維持のリーダーの立場から離脱する可能性が高まってきたからである。20世紀から続いてきたパックス・アメリカーナの終焉である。
欧州においても、英国が2016年6月国民投票でEUからの脱退を決め、EUの結束に不安が生じている。グローバルな統治構造のモデルになるとの期待されていたEUであったが、難民、移民問題を契機にその結束が崩れ、米国を支えて世界の秩序維持に当たることがもはや困難となった。
日本は1990年代初頭には世界のGDPの16%を占め、やがて米国と肩を並べることも夢ではないとさえ思われる時期があったが、「バブル経済」が崩壊して経済力は急速に低下し、2014年にはその比率が5.8%まで低下し、米国を支える力が落ちている。
一方、中国、ロシアなどが発言力を高めていた。その結果、国際連合の安全保障理事会、WTOなどの国際機関での合意が困難となり、主要国の協調体制が崩れ、世界のガバナンス・リスクが高まっている。
パックス・アメリカーナの次に来るレジームは何であろうか。米中2極であろうか。中国中心のパックス・アシアーナであろうか。現実に、世界が多極化構造に進むとすれば、私は、何としてもグローバリズムを再生し、定着を図らなければならないと考える。何故ならば、グローバリズムは19世紀から20世紀前半にかけてのナショナリズム及び20世紀後半の東西のイデオロギーの対立を超えてようやく手に入れた共存と協調のメカニズムだからである。それには、主要国が地球益と人類の価値を優先してそのビジョンを形成し、国際公共財を共同して提供する協調のメカニズムを造り上げなければならない。
最近、世界経済の成長力が低下している。IMFのエコノミック・アウトルックによれば2016年の成長予想では、とりわけ先進国の成長力が低下し、3.1%になっている。世界的に需要が低迷し、イノベーション力が低下しているからである。
米国経済は、トランプの国内重視の期待から株価が上昇しているが、潜在的には不確実性を抱えている。EU経済は低迷し、日本経済はデフレから脱極できず、中国経済は新常態への移行の目途が立たずにいる。かつてのG7に代わって国際経済政策の調整を担うG20も効果的な機能を発揮できない。
市場管理機能の停滞が経済運営への不安を増幅している。主要国の政治がポピュリズムに流れ、経済運営の規律が乱れて拡張主義に走り、市場に過剰流動性をもたらしている。これが世界の市場の投機リスクの増幅に繋がっている。主要国の政治が将来世代の選択の幅を拡大するよりも、政権維持のためにばらまき政策をとるもの多く、将来に禍根を残す政策が続いている。
さらに、自由貿易の求心力も低下している。2000年から始まったドーハ・ラウンド交渉は10年の交渉の末失敗に終わり、世界貿易では2国間又は地域間のFTAが急速に拡大した。TPPは、米国トランプ大統領の反対で推進力を失い、これをきっかけに保護貿易主義の波及が懸念されている。しかし、メガFTAの流れは当面続くであろう。米国も形を変えたFTAを模索するであろうし、英国が離脱してもEUは持続するだろう。アジアでも、日中韓FTA、ASEAN+6を対象とする東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP),アジア太平洋経済連携協定(APEC)を基礎とするFTAAPなどが検討されている。
WTOの新ラウンドが期待できない現在、メガFTAが複数存在することになるが、それが地域主義に陥らないよう、自由貿易を基調にFTA相互間の協調が必須の課題となる。
現在、産業文明の大転換が滔々と進行している。
その第1は、資源、エネルギ-、環境の条件変化への対応である。20世紀の産業文明は、豊富な石油などのエネルギ-資源を背景に、大量生産、大量消費、大量廃棄のシステムの上に、豊かな物質文明の形成に成功したが、石油などの天然資源が限界に近づき、かつ地球温暖化が進行して、人類は産業構造の抜本的な改革が迫られている。
2016年11月に開催された気候変動枠組み条約第22回締約国会議では、其の前年に温暖化ガスの主要排出国が合意した「パリ合意」の具体的措置を2年以内に決定することを決定した。トランプ大統領が「パリ合意」を離脱する意向を示しているが、人類は、この地球を守るために、あらゆる英知と対策を結集して地球温暖化を防止しなければならない。
それには、エネルギ-消費及び供給の両面の構造改革に向けて、次世代自動車、蓄熱装置などの開発、水素エネルギ-の利用、スマート・シテイの実現、原子力の安全などに取り組むとともに、産業構造を環境負荷の低く、付加価値の高い知的な方向に改革しなければならない。これらに関する国際協力を強化する必要がある。
第2は、情報通信革命の展開である。20世紀後半から始まったこの技術革新は、21世紀に入って目覚ましい進展をみせ、ビッグデータやクラウドなどの技術の活用を通じて「インダストリ4.0」といわれるような大変革をもたらしている。これは、社会、管理、政治、経済、経営、技術、文化、価値など社会体系の大変革につながるに違いない。
今や、世界中の人々や経済主体は、ユビキタス時代にあって、連携の輪を形成している。グローバリゼーションは必然の流れであり、それに即したシステムの形成を求めている。
2020年の東京オリンピック、パラリンピックを経過したころには、日本は人口減少と高齢化によって一層成長力が低下する。日本が生き残る道はグローバリゼーションによって市場を海外に求め、イノベーションを展開して成長のフロンテイアを拡大する以外に道はない。
日本は、どのような社会をめざすべきであろうか。私は、世界から尊重される質の高い社会を目指すべきであると考えている。そこでは、グローバリゼーションを基軸に倫理と秩序が尊重され、経済に活力があり、文化性が高く、創造力が活発で、人間価値が尊重されるものでなければならない。経済的に見れば、GDPで測る国全体の経済規模でなく、一人当たりのGDPの高さを目指すべきであろう。そこでは知的価値を高める創造力が社会のフロンテイアを拡大するものである。日本の一人当たりのGDPは、46222ドル(2014年)で、世界で27位にとどまっているが、これを2倍にすることは決して不可能ではない。
それを実現するには、政治、経済、社会、文化をめぐる特質を評価し、経済成長、科学技術、など定量的に表される要素と、感性、倫理、信頼、文化、寛容など定性的な要素の総合力が高められるよう政策体系を再編しなければならない。政治は、国民の力を最大限に引き出すところに使命がある。「あれもしてあげる、これもしてあげる」という「ばらまき政治」は、本来の政治ではない。
企業もその活力を最大限に発揮しなければならない。日本企業は、グローバル展開が韓国、台湾、中国、シンガポールなどの企業に後れを取っているし、AI、FINTECなど革新的な情報通信技術についても、米国はおろか、中国、インドなどにも立ち遅れている。起業意欲も乏しい。
同時に、日本社会の特質を高める必要がある。日本社会には強みと弱みがある。日本には、自助公助の精神が流れ、異文化への寛容性があり、自己研鑽への努力が高く、自然を尊重する特色がある。一方で、横並び意識が強く、論理思考に弱く、内向きの傾向が強く、コミュニケーション力に欠けている。日本がグローバリゼーションとイノベーションを基軸に日本社会の充実を図るとすれば、これらの強みを伸ばし、弱みを是正する努力が不可欠である。集約していえば、二番手発想を超え、複眼的に考える力を養い、フロンテイアに挑戦する勇気を持ち、決断と実行の能力を高めることである。「百聞は一見に如かず」、「百見は一考に如かず」、そして「百考は一行に如かず」なのである。