2006年3号

21世紀の安全調和型産業社会に向けて

tamura1


 近年、原子力、宇宙開発、化学、輸送、建設等、種々の産業分野において安全問題が発生した。これら安全問題の原因として、安全倫理の欠如、安全意識の低下、安全知識の不足や安全管理の問題が挙げられているが、その背景に、人や社会の変化があったことも考える必要がある。

 20世紀後四半世紀の日本経済の発展等により、我々の生活は豊かなものとなったが、産業の高度化、多様化、国際化の進展のなかで、人のものの考え方や社会構造も変わってきた。

 安全な生活環境の中で育つと、危険に遭遇する機会も少なく、危険に対する感性が低下する。かっては、ベテランがプラントなどを回っていると、わずかな音や振動やにおいの変化で、異常を感知し、適切な対応を取ってきた。最近では、現場を歩いてもそういう問題がなかなか見つけられなくなってきている。感性を高め、技術伝承をいかに行うかは現在の課題の一つである。

 また、高度成長期では、産業の拡大に伴い種々活躍の場があり、多くの者は組織のために懸命に働いてきたが、成熟期では活躍の場も少なく、むしろアフターファイブで自分の人生の生きがいを見いだそうとする人たちも増えてきている。

  一方、産業の高度化、多様化、国際化の進展の中で、潜在危険は増大し、システムは複雑化し、作業も分化、専門化が進み、コンピュータの導入により、全体像や中身が分からなくなってきており、トラブルが生じたときの対応が困難になってきている。中身をよく知っていたベテランがいなくなっていくことも、今後の課題の一つである。


 こうした状況の中、21世紀は安全調和型産業社会であることが期待されており、安全は物作りの必須の要素である。安全の確保のためには、安全の基本の理解が重要であり、そのためには安全教育・啓発を推進し、安全環境を構築する必要がある。

 安全の基本は、高い安全倫理感と危険に対する感性をもって、リスクの存在を理解し、ベネフィットとリスクを基に、ものごとを科学的に判断することができる素養を身につけることである。かっては絶対安全という考え方が定着し、それがうまくいった時代もあった。しかしながら、最近の安全問題を考えたとき、安全のレベルアップのためには、絶対安全という考え方ではなく、リスクの存在を前提にしたリスクの低減を考えるべきであろう。

 安全の基本を身につけるためには、安全教育・啓発の推進がキーとなる。家庭教育から始まり、初等、中等、高等教育、社会人教育あるいは市民教育、技術者教育など、各段階でそれぞれ適切な安全教育を行う必要があろう。

 安全環境の構築としては、まず、安全の基本と安全の基礎知識について教育・啓発を行うことができる人材育成のための環境づくりである。そして、高度化、先導化に対応できる安全の専門家を育成することである。また、近年の技術の複合化に対応するためには、単独の分野だけの知識では困難であり、総合的な視点での安全研究や安全性評価機関が必要である。さらに、安全情報の整備と共有化である。ホームページやインターネット等々で与えられる情報は貴重であるが、そこに、専門家のワンポイントのアドバイスがあると、価値の高い動的な情報になる。知識も経験も豊富なOBの方の協力を得た安全情報サービスは情報の共有化をいっそう推進するであろう。

 最近の安全問題とその背景についてふれ、21世紀安全調和型産業社会における安全について私見を述べた。今後、我が国の産業社会における安全調和の推進に向けて、大いに議論が深まることを期待したい。

▲先頭へ