もちろん、インドの未来が全てにおいてバラ色に染まっているわけではない。91年の経済自由化以降、急激に発達したITサービス産業は、これまでのインドには見られなかった「高学歴、高収入」を看板とする産業部門を出現させた。IT産業が、現下のインド経済の成長をけん引していることは周知のことであるが、一方で所得格差の拡大という負の結果を招いたことも事実だ。1日1ドルの生活を強いられる人口が約35%いると言う国で、IT産業の新卒初任給は5万ルピー(約12万円)にも達するという現実がある。高度成長を維持する経済運営の中、順風満帆に見えたインド人民党(BJP)前政権が、あえなく選挙で破れたこともこうした所得格差の拡大と無関係ではない。経済成長から取り残された人々の反発はことのほか大きい。この意味から、あらゆる格差の是正はインドの為政者にとって何時如何なる時でも最重要課題であると言える。他方、インドは好調な国内消費によって経済成長が支えられているが、経常収支は常に赤字という国である。原油高の煽りを受け、拡大する一方の貿易赤字を如何に縮小するかも重要な課題だ。そのためには、立ち遅れた製造業をリハビリし、輸出指向型の企業も育成してゆかねばならない。現在ITサービスと国外からの資金送金に偏重している外貨収入をより磐石たるものにし、更なる成長へと結びつけて行くためにも輸出産業の育成は不可欠だ。
これらの課題は一見途方も無く遠大な作業に聞こえるかもしれないが、実は、ここにこそインドにおけるもう一つのビジネスチャンスがある。インド政府は、パンチャヤット・ラジ(農村自治開発的なもの)省のイニシアチブの下、インド産業連盟と連携し、「RBH(Rural Business Hub)Project」と言う、いわゆる一村一品活動に着手している。インドのRBHのユニークなところは、地方産品で商業化が有望なものを複数の民間企業が役割を分担しながら開発してゆく点である。民間企業がビジネスとして取り組む上で、決して利益の見込めないものには乗り出さない。綿密なビジネスプランを作成し、民間部門のノウハウで商業化してゆくものだ。パッケージングや製品化に取り組む企業があれば、その周辺の物流の構築に乗り出す企業も出てくる。自動車産業に投資の6割が集中する日本企業にはなかなか気がつかない盲点かもしれない。
消費力を持った2億超の中間層の存在にばかり注目していると、インドそのものを見誤る可能性すらある。光が当たっていない約8億人こそインドの実像であり、これを如何に活性化してゆくかが、2050年に世界第3位の経済大国たるインドを創出する鍵となる。