2004年12月26日に起こったスマトラ沖大地震とその津波は、インドネシア、タイ、スリランカ、インド、モルディブなど脆弱な社会基盤しか持たない途上国社会を瞬時に襲い、未曾有の被害をもたらした。その被害はアジアばかりでなく震源地から6000キロも離れたアフリカ沿岸、ソマリアにまでおよんだ。また、被災した地域にアジアの有数な観光地が含まれ、しかも多くの人々がクリスマス休暇を楽しんでいた時期であったため、被害の範囲は大きく拡大した。2月に発表された国連の調査によれば、死亡者15万8792人、行方不明者13万3414人とのことであるが、被災した人々の数は数百万人にも及び、その被災した人々と関係する国々は30カ国以上と言われている。
この過去に類を見ない大規模な自然災害への国際社会の反応は早かった。国際機関と各国政府は緊急援助チームと調査団を次々と派遣し、ジャカルタ支援国会合などで日本の5億ドルの無償を含め、総額50億ドル(5000億円以上)規模の支援を表明した。
日本の緊急援助活動も素早かった。災害発生の翌日27日、医療チームがスリランカへ出発したのを皮切りに、JICAは、被害の大きかった4カ国に政府ベースの緊急援助隊を次々と派遣し、各地にあるJICA現地事務所のサポートを得つつ、最大規模のオペレーションを展開した。緊急援助活動に参加した隊員は計1849名(緊急援助隊:13チーム、281名、自衛隊:1568名)であり、今回の活動では、救助、医療、鑑識、救援物資の輸送などが特に注目を集めた。現場からの報告によると、経験豊富な緊急援助のプロの人達と、現地語に堪能で、現地事情に精通した協力隊員・帰国研修員・留学生グループなどボランティアの人達による献身的な共働作業が貢献の大きな原動力となったようだ。私は1月下旬に別件でタイを訪問したが、先方政府関係者・現地の人々から「日本は本当に良くやってくれた。ありがとう。」との言葉を何度か聞いた。
津波の襲来から2ヶ月が過ぎ、援助活動は、救助・鑑識活動などの緊急支援から、生活物資の輸送、ライフラインの整備など復旧・復興支援に移りつつある。応急措置が一段落する中で、現地では新たな問題が見えてきた。家屋・職場・家族・友人など「人生の基本部分」を一瞬のうちに失い、精神的にも傷ついた数百万といわれる被災者、特に貧困に苦しむ人々、社会的弱者の人達が各地に大勢いる。この不幸な人たちをどう支援していくかという問題である。
復旧・復興支援としては、生活に最低限必要な社会インフラ(住宅、上水道、道路、電気など)から、生計を得るための手段(漁業、農業、観光業など)、感染症(コレラ、チフス、デング熱、マラリア、麻疹など)の予防、津波の恐怖と大切なものを失った悲しみによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)のケアー、保護者を失った子供・老人への対応(児童施設・養護施設の設立、トラフィッキング予防など)、津波の被害を2度と繰り返さないための津波予防・防災システムの確立などが対象となろうが、多くの課題・難問が山積している。
復旧・復興のための援助活動を行うには、膨大な資金と、政府と住民の信頼関係に基づく、中長期的な共同作業が不可欠である。しかし最大の被災地であるインドネシアのバンダアチェ、スリランカ北東部は、政府と敵対している反政府組織の活動地域であり、復旧支援が順調に進むかどうか危ぶまれている。武力紛争や政治的な駆け引きで、復興援助が滞ったり、被災者の生活がないがしろになったりすることは、是非とも避けてほしいものである。
援助国側にも課題がある。一つは各国が表明した50億ドル規模の支援について、如何に迅速かつ効率的に被災者の手に届けるかという課題である。また、二番目は国際社会が約束した中長期的支援が、資金拠出段階で往々にして尻つぼみとなりがちなことである。国際会議の場では、そのようなことがないよう、しっかり協調・調整・監視を続けて欲しいものである。
一方、津波対策に競って資金提供を表明した各国と国際機関に対し、津波に熱心なあまりそれ以外の援助がおろそかになってしまうのでは、と心配する向きも多い。1月下旬に開催されたダボス国際会議(世界経済フォーラム)では、「サイレント津波」という言葉で、このことが有識者の間で多く語られたそうだ。津波の被害を受けて苦しむ被災者と同じように、貧困・飢餓・紛争・感染症にあえぐ人々が世界にはたくさんいる。イギリスのブレア首相は、「1日に6千人の人々が、エイズなど貧困のためにアフリカで死んでいく。」と言っている。このような事実を見過してはならない。また、WHO(世界保健機構)も、「生後4週間以内に感染症などで死亡する赤ちゃんは、毎年400万人、またエイズ・マラリアによる死亡者はそれぞれ、年間290万人、200万人」と最近報じた。私達はこれらのことを他人事のように感じていないだろうか。健全な社会を構成する一市民、また地球家族の一員として、中越地震・インド洋津波被害の時のように、他者の痛みに関心を持ち、痛みを分かち合う精神で、政府も市民社会も、これまで以上に地球規模の問題に目を向け、積極的な援助活動を展開する必要があろう。