2003年3号
排出削減における会計および認定問題研究委員会報告書
1997年12月に行われたCOP3で採択された京都議定書は、先進国に対して温室効果ガス排出量の定量的目標を課すことで、温暖化防止に向けた大きなマイルストーンとなると同時に、先進国が目標を達成するために京都メカニズムと呼ばれる経済効率的な手法を利用することを認めた画期的な国際条約となった。換言すれば、京都メカニズムを導入することで、京都議定書は温室効果ガスの排出を削減するという行為に単位数量当たりの証書を発行し、これに経済的価値を与えたのである。
その後、2001年11月に行われたCOP7では、京都議定書に規定された主要な事項に対する考え方や運用則を定め、法文書化したマラケシュ・アコードが採択され、これを受けてわが国、EU等、多くの国が京都議定書を批准した。2003年3月時点において、京都議定書はまだ発効の条件を満たしていないが、英国やオランダに見られるように、欧州では京都メカニズムの利用も含めた温暖化政策を行う国も出てきている。また、国の政策とは関わりなく、将来的なリスクヘッジとして、自主的に京都メカニズムのスキームを利用して排出削減を行ったり、排出枠を購入する企業も増加しつつある。
しかし、このような取り組みをより一層促進していくためには、排出枠が企業会計上も正当に、すなわち、企業がかけただけの費用に見合う評価を得られることが必要となる。なぜならば、今日、企業価値を図る上での財務諸表の重要性はますます増大しており、企業経営の存続に大きな影響を及ぼすからである。
こういった中、平成12年度に設置された「排出削減における会計および認定問題」研究委員会では、排出枠の会計上での考え方、取り扱い方に焦点をあてて検討を行ってきた。機を同じくして、H14年に、英国、フランスにおいても温室効果ガス排出枠会計に関するディスカッション・ペーパーが公表されたことから、研究委員会の最後となるH14年度は、これら他の機関による知見と、これまで本研究委員会で得られた知見との比較を行った。すなわち、過去2ヵ年の検討結果である「原則として排出枠の現物は無形固定資産として扱う」「原則としてその派生商品については金融商品の基準を適用する」との方向性をベースに、米国SO2排出枠取引、英国排出枠取引、温室効果ガス排出枠のフランス会計基準及び国際会計基準での各会計処理との比較検討を行った。会計理論的なアプローチと市場重視のアプローチの両論を併記する形で、排出枠の評価方法・分類・負債の認識等と、排出枠スワップ、バッズのコストの測定と排出枠の会計処理についての知見をまとめた。特に、取り組みにおいて先行している米英仏三国での処理との比較はわが国の制度検討において示唆を与えてくれるものである。ただ、その前提となる制度の差が、排出枠の扱いの差として現れていることに留意する必要がある。
米国SO2排出取引では、法律的に各排出源の削減義務(明確な数量制限)が課されているが故に、規制による負債(法的義務)と、資産(排出枠)が生み出される。一方、わが国では、現状においては、これらの他国の例のような法的義務は課されておらず、当面は自主行動計画などをもとに自主的に削減をしてくものである。よって、資産や負債としてどう捉えるかは議論の余地がある。
また英国排出枠取引制度では、政府との気候変動税協定において政府に対し目標達成義務を負う参加者と負わない参加者があり、負う参加者については気候変動税を80%減免してもらうかわりに自主的排出目標について政府と協定を結び、負わない参加者は自ら設定したベースラインからの削減量をオークションを通じて政府に奨励金として買い取ってもらう制度になっている。後者については、排出削減義務や割り当てられた排出枠、無償取得した排出枠の会計上の取扱いが問題となるが、遵守目的であれば必要コストとして利上原価を構成する無形の棚卸資産、と捉えることができる一方で、取引目的であれば金融資産的な捉え方となる。
当委員会では、「主観のれん」(使用価値と公正価値の差額部分)を根拠に、排出枠は無形資産でかつ非金融資産と捉えている(資産は主観のれんの有無により、事業資産と金融資産の2つに分類でき、事業資産は使い方によっては独自の利益がでるので主観のれんがあるが、金融資産は独自利益を得られないので主観のれんはない。排出枠は前者)。
また、負債という点についても、英国では、実際の排出に応じそれと同額の義務を毎期負債として計上することが考えられるが、わが国では法的な削減義務がないため、制度的・契約的に、会計上の負債になりうるかについて議論が必要である。
仏国でも、同国会計基準および国際会計基準にのっとった温室効果ガス排出枠の会計処理において、排出枠は譲渡性がある限り会計上の資産(無形固定資産)、反対勘定は国に対する負債、会計上の分類も政府への前払金という捉え方をしている。わが国では、国に対する負債、とは捉えていない。また、仏国会計基準では、無償で入手した排出枠は公正価格で評価し会計処理される。この点、支払対価がないことからオフバランス(BSに載せない)とする考え方になりうる英国での処理基準と異なる(贈与として捉えられるか議論の余地がある)。
以上のように、各国の制度や会計思想を前提として排出枠の会計処理は多様であるが、わが国でのより適切な会計処理を検討する基礎的な知見が得られたものと思う。
委員名簿(五十音順、敬称略)
顧 問 |
井上 壽枝 |
日本公認会計士協会経営研究調査会環境会計専門部会副部会長
中央青山監査法人社員、環境監査部部長 |
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黒川 行治 |
慶應義塾大学商学部教授 |
委員長 |
村井 秀樹 |
日本大学商学部助教授 |
委 員 |
大串 卓矢 |
日本公認会計士協会経営研究調査会排出量取引等専門部会部会長
中央青山監査法人環境監査副部長 |
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小野里 光博 |
東京工業品取引所企画部長 |
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工藤 拓毅 |
(財)日本エネルギー経済研究所環境グループマネージャー |
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古室 正充 |
日本公認会計士協会経営研究調査会環境監査専門部会専門委員
(株)トーマツ環境品質研究所代表取締役社長 |
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高城 慎一 |
日本公認会計士協会経営研究調査会排出量取引等専門部会副部会長
朝日監査法人環境マネジメント部マネジャー公認会計士 |
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田口 聡志 |
慶應義塾大学商学部助手 |
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野崎 麻子 |
日本公認会計士協会経営研究調査会環境会計専門部会専門委員
監査法人トーマツ金融インダストリーグループ |
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浜岡 泰介 |
みずほ第一フィナンシャルテクノロジー(株)業務企画部次長
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オブザーバー |
末武 透 |
朝日監査法人新規事業第2部マネジャー |
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月村 裕子 |
日本公認会計士協会経営研究調査会環境会計専門部会専門委員
中本国際会計事務所 |
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仲尾 強 |
デットノルスケベリタス 監査員 |
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春田 五穂 |
ナットソース・ジャパン(株)マネージャー |
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松尾 直樹 |
Climate Experts代表・シニアリサーチフェロー |
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水野 勇史 |
野村総合研究所国土・環境コンサルティング部上席研究員 |
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森 哲郎 |
(株)KPMG審査登録機構主任研究員 |
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矢尾 眞穂 |
日本公認会計士協会経営研究調査会環境監査専門部会専門委員
朝日監査法人マネジャー公認会計士 |
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山岡 博士 |
東京工業品取引所企画部調査・国際課長 |
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湯本 登 |
(株)エネルギー環境研究所代表取締役 |
事務局 |
木村 耕太郎 |
(財)地球産業文化研究所専務理事 |
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纐纈 三佳子 |
(財)地球産業文化研究所 主任研究員 |
(名称・役職はH15年3月時点)
目次
I.国際交渉について
II.排出枠会計に関する他機関での検討との比較
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1. |
米国連邦エネルギー規制委員会 SO2排出枠取引会計処理コミッション・ペーパーについて |
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2. |
英国排出枠取引に関するIETAディスカッション・ペーパーについて |
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3. |
温室効果ガス排出枠の会計処理-フランス会計基準および国際会計基準 |
III.排出枠の会計上の取り扱いについて
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1. |
当委員会での見解・他機関での見解との違い |
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【補遺】 |
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2. |
負債の考え方について |
IV.排出枠スワップについて
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1. |
温室効果ガス等の排出枠取引におけるスワップ取引の実例 |
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2. |
排出枠スワップの会計上の考え方について |
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【考察】バッズのコストの測定と排出枠の会計処理 |