地球環境
メニューに戻る

 


[環境保全と成長の両立を考えるについて] [第1回日米共同会議に向けた日本側論議]

京都議定書の「柔軟性メカニズム」と
温室効果ガス削減への国際的参加について
日米ワークショップの議論の概要


(1998年10月19日〜20日)

黒田 昌裕 マイケル・トーマン Michael Toman
慶應義塾大学教授 Resources for the Future
kuroda@fbc.keio.ac.jp toman@rff.org

------------------------------------------------------------------------

1998年10月19日〜20日、日米の専門家20名程度のグループが、京都議定書の「柔軟性メカニズム」−附属書B諸国間の排出量 取引、附属書B諸国間の共同実施、非附属書B諸国間との協力活動のためのクリーン開発メカニズム(CDM)−について討議するため、ワシントンで会合をもった。出席者はまた、温室効果 ガスをコントロール下におくことと、非附属書B途上国の持続可能な発展を図ることという2つの要請の間の対立と共存の関係を含め、温室効果 ガス削減への国際的参加に関連するより幅広い問題についても議論を行った。

この会議は、主に学術分野と非政府研究機関の専門家の出席を得て開催された非公式の非政府間会合であり、効率的で、信頼性に富み、各国の国益も反映するような国際的な地球温暖化対策を設計するという共有された目標の実現に向けて情報や意見の交換を促進することを目的とした。率直な意見交換を促すため、学術分野において伝統的に行われているように、各出席者は自らの帰属する組織から離れた立場で参加するとのルールを採用した。見解の相違を調整したり、いかなる問題についてもコンセンサスを得たりする試みは行われなかったものであり、本文書の内容についても、上記2名の執筆者のみが責任を負うものである。しかしながら、下記の諸点については、会議に出席した多くの出席者の間で一定の基本的な合意があるように見受けられる。日米双方のグループともに、相互の理解を深め、より効果 のある国際的な政策を促進するため、気候変動問題に対する様々な問題について協力的な相互の意見交換を継続することを期待している。

1.柔軟性メカニズムは、気候変動枠組条約の目的の達成に関し、先進国と途上国双方の利益を促進する上で決定的に重要な要素である。

  • 柔軟性メカニズムがない場合、京都議定書の実施コストはより高いものとなる。

  • 柔軟性メカニズムは、信頼性のある形で実施することが求められるが、温室効果 ガスを削減する活動をより少ない費用で可能とすることにより、環境保全を促進しうるものでもある。

  • これに加え、柔軟性メカニズムは、国際的な削減コストの格差を低減し、対応策の面 での公平性を向上し、持続可能な発展に寄与する機会を提供しうる。

2.柔軟性メカニズムを現実世界で実施した場合、現在のモデル分析が示すよりも高いコストがかかることとなるなど、理想の姿には及ばないであろう。モデル分析の結果 は有用ではあるが、現実の世界で起こる多くの問題や予測不可能な出来事を組み入れられるわけではない。

  • 実験によって最善の実施策を開発すること(実施前の実験室レベルでの実験を含む)により、時とともに柔軟性メカニズムの効率性が向上してくるであろうが、初期段階での実施においては問題が生じることを覚悟しなければならない。

  • 柔軟性メカニズムのルールや規制は、変更や修正を容認するものでなければならない。善良な意図をもったルールであっても、初期の段階で制限的過ぎる場合には、取引コストを不必要に引き上げ、相互便益の可能性を損なうこととなる。

3.附属書B諸国間の排出量取引は、各国の政策の間にばらつきがあったとしても機能しうるが、その場合、効率性は制約され、各国当局間での緊密な協力関係が必要となる。

  • 温室効果ガスの削減のための国内措置として、排出量取引よりも市場を使わない政策手段や炭素税を志向する国もあろう。ハイブリット型(混合型)の政策手段として考えられるものは多くあるが、現実の世界においていかに効果 があるかについて慎重な分析が必要である。

  • 国内取引を導入せずに排出量の国際取引を導入することについて考えるに当たっては、いかなる状況の下で法人が政府との間で国際的な取引に参加しうるかについて明確にすることが特に重要である。

4.CDMプロジェクト活動は非常に価値のあるものとなりうるが、取引コストの問題や認定できる排出削減量 を定義し計測することの困難さから、この手法のもつ潜在的な可能性には限界がある。

  • 先進国が市場本位の効率的なCDMを志向するのに対し、途上国の大半は自国の国益を保護し、CDMプロジェクトを規制してくれる多国間組織を志向するというように、CDMに対する見方には両者の間に相違がある。

  • たとえCDMが効率的な取引メカニズムに発展しなかったとしても、温室効果 ガスの排出削減に途上国を取り込むきっかけを作る上で有用な方法となりうる。

  • CDMプロジェクトの排出削減の「追加性(additionality)」に関する技術的な論点(CDMプロジェクトが及ばない範囲で排出の増加が起きてしまうという「リーケッジ」の問題を含む)に加え、資金面 での追加性も条件としているかどうか、また様々な条件がそれぞれメカニズムの効果 にどのような影響を与えるかについて、議定書の規定が引き続き曖昧であるとの問題がある。


5.非附属書B途上国が部門別、国別の温室効果ガス排出のベースラインを任意に採用する場合、CDMに付随する諸問題は軽減されうる。ただし、非附属書B諸国自身にとって自国の利益に合致するとみなされなければ、こういうことは起こり得ず、また投資家側も認定される排出削減量 (クレジット)がどのように定義されるかについて明確に教えてもらわなければならない。

  • 部門別、国別のベースラインは、追加性やリーケッジなど、CDMプロジェクトからの取引に伴う問題を軽減するであろう。

  • しかし、途上国は、ベースラインが設定されれば、それが将来の割当量 の計算に使われ、途上国の将来の交渉上の立場を弱めるのではないかという大きな懸念を抱いている。途上国の参加を促進するには、こういった懸念に対処していく必要がある。

  • たとえクレジットの計算に伴う技術的な問題の一部が、部門別や国別 のベースラインの採用により改善されたとしても、受入れ国における国内の温室効果 ガスの計算の仕方や、このプロセスに対する国際的な監視の面で、海外の投資家が自らの投資からどのくらいのクレジットを確保できるかについて、明確に理解できるようにしなければならない。


6.途上国に長期的には現在の附属書B諸国と同様に拘束力のある排出制限義務を負ってもよいという意思を増してもらうためには、途上国の能力開発、技術、資源移転が必要であるとともに、公平性により一層留意することが求められる。

  • 途上国に対する排出制限については、交渉を通じ、現在の附属書B諸国に対する排出制限とは異なる色々な方法(例えば、排出増加に対する制限)が考えられる。

  • 途上国は、現段階では、温室効果ガスの排出割当量に対する法的拘束力のある制限を受け入れることにほとんど利点を見いだせないでいる。途上国にとって拘束力のある排出制限をより受け入れられやすいものとするためには、現在の附属書B諸国が相当な技術移転と資源移転のいずれか又は双方を提供するという公約が決定的に重要な材料となるかもしれない。

  • 一部の途上国にとっては、拘束力のある排出制限の受入れに成功するには、国内政策実施のための途上国の相当な能力開発も必要となってくるであろう。


7.柔軟性メカニズムは、市場であるべきであり、官僚機構であってはならない。

  • 新たに設けられる監視機構については、その機能は認証とモニタリングに限定され、その市場支配力が限られるようにするべきであり、資金の調達、取引の仲介、保険に関しては民間市場に任せるべきである。

  • 多国間機構が柔軟性メカニズムにおいてプロジェクト推進者、資金提供者、管理機構として果 たしうる様々な潜在的な役割についてかなりの議論が行われている。


8.遵守義務の問題は、引き続き複雑な論点であり、更なる試行が必要である。

  • 附属書B諸国間の取引では、全ての参加者に資格が与えられるなら、売り手責任の方が魅力的である。というのは、これにより、流動性が高く、取引コストの低い市場が実現するであろうからである。

  • 売り手責任が信頼性のある排出量取引をもたらすためには、全ての参加国が、附属書B諸国としての排出削減目標が確実に達成されるように、自国の民間部門の行動を監視し、規制する能力と意思をもたなければならない。これを達成するためには、各国の行動についての適格性審査と継続的なモニタリングが必要である。

  • CDMにおいてクレジットを認定以前に取引が可能とするならば、買い手責任の方が望ましい。なぜなら、受入れ国である途上国側は、CDMプロジェクトが所期の成果 を確実にもたらすようにする意思も能力もないであろうからである。買い手と投資者には、CDMプロジェクトの質の高さと成功を確保する財政上のインセンティブがあり、第三者である保険引き受け者がリスク管理者として関わってくる。しかし、買い手責任はクレジットの流動性を減らすこととなるため、取引総量 は限られてくる。

  • 排出削減が実際に新たに発生した後に当該排出削減から生じるクレジットに関する認定と取引を行うのであれば、責任や遵守義務に関わる多くの懸念を払拭することができるが、取引の流動性はより乏しくなり、取引コストはより高くなる。


9.「補足性」は、政治的な論点であり、柔軟性メカニズムの利点を損なわないように対応することが必要である。

  • 大半のモデル研究は、柔軟性メカニズムの適用に上限や制限を設けた場合、大変又は全ての附属書B諸国にとって京都議定書を遵守するコストが大幅に増大するとの結果 を示している。

  • 「補足性」条項の支持者の大半は、一義的には、温室効果ガス削減義務の履行に対する長期的な信頼性や、特定部門における国際競争力の問題について、懸念を有しているようである。こうした懸念に対しては、柔軟性メカニズムの補足性に関する具体的な制約条項を入れるよりもコストの低い選択肢を考案することが可能であり、考案すべきである。


10.関係者が共に勝利できる共栄(win-win)をもたらす解決は、現実に可能であり、特に途上国において進められるべきものである。

  • エネルギー関連の補助金が依然として多くの途上国(及び先進国の一部)で導入されている。これを段階的に解消するならば、その結果 として、経済効率の向上、政府にとっての費用節減、場合によっては大気の質を向上させる可能性、そして温室効果 ガスの排出削減をもたらす可能性がある。CDMや他の方法を通じてそういった改革を誘導することを考えるべきであろう。

  • 広範囲な森林伐採を伴わない代替エネルギーや再生可能エネルギー技術は、途上国における温室効果 ガス削減という便益をもたらすとともに、相当程度の付随的な環境上の便益をもたらしうる。地域的な大気汚染の軽減、地域的な水質汚染の軽減、生態系の保全が、このような付随的な便益に含まれる。