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1996年5月号

「21世紀のインドと国際社会」研究委員会から


1.はじめに

 「21世紀のインドと国際社会」研究委員会が昨年12月から発足した。

 発足にあたっては、この委員会において題記のテーマで研究をすすめる場合に、そもそも、どのような点がポイントになるか、について冒頭に入念な議論を行った。

 以下はその一端を紹介するものである。

2.インド研究者の関心分野

 インドについては、日本にとっての重要性がしばしば指摘されている反面 、その実情が日本によく知られていないとも言われている。

 当研究所で先に行われた「中国の行方と日本の戦略」という研究委員会においては、中国という巨大な国を、国際的な枠組みの中にどのように位 置づけ、安定と協調を図るかという点が問題意識の基本にあった。

 これと同様、インドについても、インド自体の巨大で複雑な内部を見るとともに、国際社会における大きな行動主体の一つとしてのインドのあり方にも目を向ける必要があると考えられる。

 この研究委員会に集まって下さったインドに関心をもつ研究者、ジャーナリストなどの方々の関心分野の一端を見てみよう。

〔政治社会〕
○人口と教育
○対中国関係、回教問題
○南アジアの国際関係
○内政・外交の両面における政治と経済のかかわりの重要性

〔経済〕
○インドの経済政策…産業政策 貿易・通商政策
○産業の動向…鉄鋼業 繊維・アパレルなどの輸出産業 自動車 ソフトウェア
○開発経済学の観点から…南アジアの構造調整 大国型の工業発展パターン 経済自由化のもとでの混合経済体制の変容
○その他…資源 金融 公企業・インフラ等(電力など) 日系企業にとっての事業環境

3.今後のインド研究のポイント

 インドについては、研究機関あるいは個人の研究者による実績が蓄積されているが、今後、研究会等をすすめてゆく上で、下記のような点がポイントになるのではなかろうか。以下は研究委員会冒頭の討議をもとに抜粋・要約をこころみたものである。

(1)「インドの対外構想」に関するポイント
「南西アジアの地域大国インドを、アジア太平洋の枠組みの中でどのように位 置づけるか。」

◇インドは冷戦後、南西アジア地域の地域大国、リージョナルパワーとしての道を進めつつある。その意味において、自国の経済発展をいかにして進めるか。膨大な財政赤字や対ソ連関係の行き詰まりから、現在は新しい市場経済、あるいは外貨の導入、貿易の自由化を進め、経済発展を優先して地域大国としての道を進めつつある。

◇APEC、ARFへのインドの参加が検討されているが、インドがAPEC、ASEANとの連携をすすめるには、まずは「南アジア」内の安定と協調が必要ではなかろうか。

◇長期的にはアジア全体の視野の中で、中国を巻き込んだ国際システムの安定とインド洋の安全保障のために、インドの存在が重要であろう。

◇インド洋の海上輸送路に対する脅威という観点でインドと東南アジアとの政治的な関係が大きな問題になっている。東アジアと南西アジアの大国たるインドをどのように関係づけるか。

◇次世紀アジアの大きな政治経済圏は、西側にインドがあり、拡大された10カ国のASEAN、中国、日本、この大きな四つのまとまりの中で動いていく。豊かにはなるが束になっても中国にはかなわないASEANは、中国に対する不安感が消えない。アジアの政治経済圏の中で中国がアジアの安定要因になるためには、日本が、拡大ASEAN、インド、アメリカという三つの勢力とどのような信頼関係をつくるかが重要だ。

◇リージョナリズムはまず地域のサブリージョンの経済発展を促進し、それが徐々に政治的な問題を話し合える枠組みへと発展する傾向を示している。

 インドが東アジアの枠組みに入るかどうかという問題よりも、南アジアにおける地域統合がどう進むかということがまず問われなければならない。

 インド、パキスタン問題を多国間で話し合うことにインドが抵抗しているのは、東アジアの枠組みで南シナ海の問題を多国間で話し合うことに抵抗している中国と同じだ。しかし、長期的に見ると、南アジアと東アジアとの結びつきを考える必要がある。

(2)「インドの経済発展」に関するポイント
「自由化政策の推進とその効果とともに、インド経済の実情と課題を見極める必要がある。」

◇中産階級が消費を拡大している一方で、農村は貧困にあえいでいる。社会的な格差が広がっていった場合に、インドの政治は経済自由化を許していけるだろうか。

◇インド経済は表経済だけでは語れない。裏経済の存在も考慮する必要がある。

◇インドの変化した部分が注目されているが、変わらない部分の剛構造の度合は、中国より高い。インドは今後も変わらないというシナリオもある。

◇インドは、雇用の重視など、成長一本槍でない多元的な成長を今後も目標に置いている。

◇中国はそろそろ食糧危機に入っている。インドについても経済発展をしていく過程で食糧需要は急速に伸びる可能性がある。経済発展する中で食糧不足になったときに、食糧の実質価格が下がって、実質賃金が上がってしまう恐れがある。

◇1991年以降、経済改革路線を支えるような気候に恵まれた。75%以上の人がまだ農業に従事している。農業を放置して産業政策をいじっている。教育問題と同じで、大多数が放置されるのではないかという危惧がある。

◇インド経済の強みと弱みを考える場合、有力な民間企業が多くある、ということが、中国とかソ連とか東欧とかの市場経済化した国と根本的に違う。民間企業が既に存在するということがインドの強みだ。

◇経済発展の過程においてインドの労働市場がどのように形成されてくるか。

◇ボンベイを含む西インドは欧米志向。アメリカの電力など、インフラや自動車産業など相当な勢いで資本進出がある。他方、南のマドラスではシンガポールが共同のプロジェクトをつくって工業団地を開発するなどASEANを向いている。北インドは農業の問題を含めて取り残されている。市場経済化は、かつての非同盟、あるいはネール王朝、幾つかのシンボル、社会主義路線といったシンボルを失わせていく。市場自身の中には秩序を生み出す能力はないと考えると、市場経済化は、インド全体の紐帯を弱めつつある。APECやASEANとのアプローチにさいしても、地域的な利害の違いと密接に絡んでくる。インドを統一する政治のシンボルはあるか、西インドとAPEC、南アジアとASEANというつながりが今後どうなるか、など複数の座標軸が必要となる。

◇世界中で構造調整に代わって民活ブームだが、問題点がある。インドの官僚のガバナビリティーがあるからこそ民活ができる。

「東西の結節点としてのインドに注目」

◇東南アジア・東アジアからの資金や技術の流れと、印僑から、主に西側からの流れ。この印僑の経済活動と東アジア、特に華人社会の経済活動とが初めてインドで結節する。これはアジアだけでなくて、世界的に大きな出来事だ。

「中国との比較」

◇行政や司法、あるいは国際関係の中での比較、開発体制など、中国とインドを比較するとよい。中国は人治、インドは法治、民間企業の有無など。

「金融と財政」

◇不良債権の処理は、インドや中国にとっても最大の問題だ。経済自由化の中でマクロ経済運営をいかに安定的・効率的に行ったらいいか。金融政策についてもインドと中国は例えば地域の分断性を抜きにしては語れない。大きい国をどう運営するのか。日本と同列には扱えない。

◇インドの為替は、変動相場制に事実上移行した途端に、事実上の固定相場のような様相だ。なぜそうしたか。短期資本移動が激しくなったとき為替相場をフラットにしておいた方が国際的に信頼性が高く、浮動的で不安定な資本移動を阻止することができる。また、資本財の輸入が一巡し、貿易赤字が大きくなった後でルピーを切り下げた。そのしたたかさ。中南米で短期の資本移動を許している国では、為替の自動調整力を前提にした構造調整の政策が失敗している。その理論と実際のずれ。

◇財政赤字がインドの財政政策の中で最大の問題。地方財政の赤字が膨大だ。政府による調整の枠組みがもうもたなくなってきている。

◇計画経済的なシステムから市場経済的なシステムに変えていく中で、財政赤字を長期的にプランニングできないシステムになっている。しかし、伝統的な既得権ゆえにシステムを転換することは難しい。政治の流動化の裏側で、システムの行き詰まりということがある。

4.おわりに

 以上抜粋した論点の他にも、地方経済の独立性と州財政の赤字、市場経済化による州間格差の拡大、公企業のリストラ、労働・土地・金融などの本源的生産要素市場の制度化やルール化という根本的な課題、インド以外の南アジア経済の問題、パキスタンとの関係、1996年の総選挙後の影響など、様々な点が挙げられた。

 また、APEC、ASEANとインドとの関わりの中で日本がどういう立場をとるか。中国を牽制する役割をインドが担うことを日本が期待するのか否か。インドの核の能力をどう考えるか。等々、日本の考え方・行動が問われる場面 があり得ることも指摘されている。

 本研究委員会においては、以上のような多様な論点を踏まえ、今後の議論を深めていきたいと考えている。