公開シンポジウム:日米の温暖化対策について
「環境保全と成長の両立を考える」研究委員会では、アメリカの研究機関である未来資源研究所(Resources
for the Future)の研究者を迎えて5月25日ホテルニューオータニにおいて「日米の温暖化対策」と題して公開シンポジウムを開催した。その概要を紹介する。なお、本内容は、速記録をもとに、事務局でまとめたものです。
<SESSION1> 日米の温暖化対策
基調講演:「アメリカの温暖化対策について」
マイケル・トーマン博士(Resources for the Future)
- 京都議定書目標達成上重要なのは、京都メカニズムと呼ばれる柔軟性メカニズムである。たとえば温室効果
ガスの排出をアメリカで削減する方が日本で削減するよりもやさしい場合、削減コストの安いアメリカで削減する方がアメリカにとっても日本にとってもよい。削減は安くできるところでするのがよい。
- 実際に米国が京都議定書を批准し、これを実施して国内に対し温室効果
ガスの排出制約を課すならば、排出権取引プログラムを用いるだろう。
- アメリカの気候政策について、1つめに電力業界の規制緩和がある。これは環境学者からは一つの機会であり、脅威であると考えられている。電力産業をリストラしてしまって電力価格を下げると、石炭による発電所が稼動してCO2排出量
が増えるであろう。しかし電力価格が下がれば、こっそり痛みのない形で炭素税を導入できると言われている。
- アメリカの気候政策について、2つめに早期排出削減のプログラム導入がある。このプログラムは企業が自主的に温室効果
ガスを削減したときは、信用枠(クレジット)を得て、これを将来使うことが出来るというものである。自分としては、この仕組みをきちんと構成すべきと考える。
- 京都議定書が実行されなかったらどうするか。一つの可能性として考えられるのは、ターゲットをよりソフトにする事。例えば、セーフティー・バルブという概念がある。このアプローチは京都議定書と矛盾するものではない。
- 途上国の参加がないと、気候変動緩和策は成功しないのであり、その意味で、CDMが途上国にとって、持続可能な開発のためによいものだと認識してもらう必要がある。また、グラデーションを討議する必要がある。つまり途上国で経済成長が達成できた国はもっと責任を持ってもらいたいということだ。
コメント:
十市勉氏((財)日本エネルギー経済研究所
理事・総合研究部長)
- 排出削減について、途上国の参加を勝ち取るためにまず先進国が具体的な行動を起こす必要があるという認識の有無で日米に温度差がある。
- 具体的な政策手段についても、米国が経済的インセンティブを主体に考えているのに対し、日本は、技術基準による規制的な手段を重視している。エネルギー資源的条件が良い米国とそうでない日本という違いが温暖化対策に出ているのではないか。
- 電力分野について、米国では、電力の規制緩和がCO2排出削減にプラスとの評価のようだが、日本では状況が違い、電力小売市場の自由化は、将来の電力需要に不確実性を招き長期のリードタイムを必要とする電源の開発が難しくなる恐れがある。
山口光恒氏(慶應義塾大学経済学部教授)
- アメリカは、京都議定書の義務の85%を排出権取引で賄う予定であり、議定書の言う「補足的」というのとは反対になっている。アメリカは世界一のCO2排出国であり、アメリカが国内削減の具体的な数値を示すことがと途上国との関係においてもよいのではないか。
- アメリカでは、京都議定書が批准しなければどうしたらいいんだ、という議論が出ている。日本では議定書をやることを前提に進んでおり、ここは日米に大きな違いがある。
- AIJ(共同実施活動)の取り組みでも日米に違いがある。アメリカは商業ベースで中南米を中心に件数を上げており、日本はNEDOのような組織で、アジア、特に中国が相手。日本は他の地域とも組むことを考えても良いのではないか。
- 現行は自主行動計画と直接規制で日本は動いているが、これを国内・国際の排出権取引とどのくらいコストが違うのか、そういう試算をする必要があると考える。
松尾直樹氏((財)地球産業文化研究所
主任研究員)
((財)地球環境戦略研究機関 上席研究員)
- 環境問題を考えると、日本では規制でやってきて上手くいったが、コストがかかった。アメリカでは、たとえばSO2の排出権取引制度などで成功している。ヨーロッパでは、硫黄税を導入して上手くいっている国もある。結果
としてよければ、また国民がよければどのような手段でもよいと思う。ただやり方は他のものと比べてどれがいいか視野に入れて考えるべき。
- トーマン氏の言及した制度デザインに、セーフティーバルブという視点があった。排出権の価格があまり高くなったら上限値をつけてしまおうというもの。例えばニュージーランドの考え方で、排出権取引制度と炭素税を組み合わせ、炭素税の価格を排出権取引の上限値にするというものがある。これもセーフティーバルブの一種。
- 排出権の初期割り当ての問題でもグランドファザーリングがよいか、オークションがよいかと単純に議論するのではなく、その国の制度にもっとも適した方法を選択することが大切。
議長総括:奥野正寛氏(東京大学経済学部教授)
最大の問題は、米国を京都議定書にコミットさせることであると思う。そのためには、EUと日本が協力して、アメリカに圧力をかける、また中国への技術援助などを進めて逆に中国側からアメリカにコミットさせる。こういった戦略を日本が考える時期であると思う。
<SESSION2> アメリカの国内排出権市場
基調講演:「米国の酸性雨プログラムの実績」
ダラス・バトロー博士(Resources for the Future)
- SO2プログラムは排出権取引をするだけでなく、排出権にキャップ(上限)を設けるという、二つの取り組みがなされた。実施は2段階(?期1995年〜、?期2000年〜)のフェーズに分かれている。フェーズIでは、平均排出量
を4ポンド→2.5ポンド/mmBtuに軽減。フェーズIIではさらに1.2ポンドに軽減することになる。排出権については、無料で電力会社に、これまでの排出量
、発電量がどれくらいだったかということをベースに割り当てられている。競売も行なわれているが、競売による利益は政府にはない。
- SO2の遵守のコストは過大評価されていた。1980年代半ば、スクラバーを義務化することによる1トンあたりの限界削減コストは1500ドルと予測。90年代になると、トレーディング・アプローチを導入することで、予測値は600ドル/t。しかし、実際の取引価格は、1997年で125ドル。98年が160ドル、99年が200ドル。2010年には300ドルになると予測される。
- SO2プログラムが開始された1995年以降、軽硫黄の石炭を使うこと等により94年から95年にかけて急激に排出量
が下がり、プログラムは効果があった。
- 排出権は、連邦政府が作った無形財産権で新しい富の発生源である。電力会社は、このような排出権を無料で与えられたとしても、無料で出すことはしない。つまりこのような規制によって電力料金が値上がりした場合には、その中に潜在的な隠れたコストが含まれているということである。政府はこのコスト増分をもとに他の税金(例えば所得税)を減税することができる。したがって、政府の方策の一つとして考えられるのは、この排出権を無料で電力業界に渡すのではなく、オークションなどにより売却して政府の利益にするという形であろう。
コメント:
山口光恒氏(慶應義塾大学経済学部教授)
- 酸性雨プログラムは、コストが安くて、しかも排出量
を大幅に削減でき、成功を修めたプログラムである。しかしこれから革新技術が出てきたわけではない。また酸性雨プログラムの成功は、基準がそれほどくつなかったことがあるのではないか。酸性雨プログラムは成功したといっても、対象が少ないわけで、CO2にその経験が役立つかどうかは難しい問題である。
- オークションは課税の一種であり、環境に害を与える行為に課税してたとえば所得税減税にまわすことは、結果
として企業から個人への所得移転になる。このあたり、エクイティーの問題はどうなるか。また、法人税減税ということをどう考えるか。
- 過去に企業は合法的に一定の排出量を排出してよかったものを急に制度を変えてあるときから全てオークションで買わないとだめというのはやや現実性がないと思う。
西条辰義氏(大阪大学社会経済研究所教授)
- SO2は排出権として成功したというがどういう点が成功したのか多角的に評価する必要がある。その視点としては、公平性、効率性があるが、ブローカーの立場で成功したのか、産業界の立場で成功したのか、十分に考える必要がある。基本的には、健康被害や環境影響の減少が達成できたかどうかだ。また、設定した目標がゆるかったのではないかどうかも見る必要がある。
- 日本でCO2の排出権売買をする場合、初期の排出権割当をしなければならないが、どういう方法がよいのか。税とか初期保存量
をオークションするとか、いろいろな方法を組合せるのが良いという話だったが、日本でやるならどうするのが良いのか。
議長総括:奥野正寛氏(東京大学経済学部教授)
温暖化対策について、規制(コマンドアンドコントロール)や取引(トレーディング)に加えてセーフティーバルブの概念があることが提示された。また、技術、リサイクルも含めてさまざまなやり方がある。最善の手法はありえず次善の方法で行くしかなく、各国の条件、国民性、環境要件を考えた政策(市場型と自主規制型の補完性のある政策など)が望ましい。
(文責 児島直樹)
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