このたび、本年1月に世界資源研究所(WRI)の所長に就任されたジョナサン・ラッシュ氏が来日される機会をとらえて、11月9日(火)、当研究所などが事務局を務める地球環境日本委員会主催により講演会が開催された。米国の「持続可能な開発大統領諮問委員会」の共同議長でもある同氏に、米国における官民挙げての取り組み状況等を同委員会の動きを中心にご講演頂いた。冒頭、環境情報普及センター理事長に安原正氏がわが国の状況として、気候変動枠組条約と生物多様性条約の批准手続きの終了や環境基本法の成立が目前にきていること、また本法の成立後は環境基本計画の策定や具体的作業の進展が期待されることなどを述べた。以下にラッシュ氏の講演要旨を記す。
持続可能な開発についての取り組みは、世界約80か国で進められている。これは、昨年の地球サミット及びプルントラント委員会の意志を実現しようとするものである。この持続可能な開発は、地球の将来の鍵を握るものである。
米国では連邦レベルで環境関連の法規が12以上あるが、大気汚染や水質汚濁などの個々の問題に対して立法化されており、一貫性のある環境政策は存在しない。従来の米国の環境政策は、Command
and Controlで対処している。すなわち、規制づくりと許可の付与である。このやり方は、非常にコストがかかり、例えば、連邦の環境関連の規則が1万ページ以上にわたって書かれており、州レベルではさらに5万ページである。また、毎年100万件以上の環境関係の非常に細かい認可が出されており、このための連邦・州の職員は10万人以上である。
Command and Control型環境政策の所長としては、(1)システムが厳格で明確なので、結果
の予測が可能である。(2)ルールに則っているかどうかの判断が容易に可能である。(3)どの企業も同じルールに従うことになり、フェアであるなどが挙げられる。一方、問題点としては、(1)コストがかかる。(2)技術革新に制約がある。(3)多くの許認可が必要となり、行政府の負担が大きい。(4)特定の施設の特定の鉛に対する規制というように、非常に細かい区分けが必要である。
以上の問題から、産業界、NGOには、米国の環境政策を大きく変えるべきだという意見があり、これに応えて政財官民が共通
の認識を持ってもらうために、クリントン大統領が諮問委員会の設置を決めた。メンバーは、もう一人の共同議長がダウケミカル社の副社長であり、委員としては、産業界からはエネルギー産業、資源ユーザー、製造業など、環境団体からは自然資源防衛評議会(NRDC)、シエラクラブなど、政府からは内務省、商務省、環境庁、農務省、エネルギー省など、その他として全米黒人地位
向上委員会(NWATC)、労働組合、消費者団体、アメリカインディアン団体など、さまざまな団体の代表者が名を連ねている。
本委員会の意見は、クリントン大統領の今後のさまざまな政策に反映することになるが、米国経済の活性化にもつながるものとなろう。ゴア副大統領も高い関心を持ち、たびたび本委員会に出席している。閣僚も多数委員となっており、ここにも本委員会の成果
を確実に実行しようとするクリントン大統領の意志が表れている。だだし、現在はテレビ生中継が入るなど注目を集めており、逆に委員同士のフランクな信頼関係ができないでいる。委員会にはいくつかのタスクフォースがある。
(1) 持続可能な開発の定義と原則の確立
委員同士が共通の認識を持つために重要なものであるが、例えば、シエラクラブと大手石油会社の代表の合意は難しいかもしれない。いずれにしても、ブルントラント委員会が示した定義以上のものはできないかもしれない。
(2) 委員会と国民のリンク
持続可能な開発の問題は、政治問題でもある。よって、本委員会のリコメンドを効率良く実行に移すためには、国民に知ってもらい、協力してもらうことが必要である。また、持続可能な開発は、心や信仰の問題でもあり、宗派を超えた教会の協力も必要である。約3万の教会が、1994年の春までに持続可能な開発に関するビジョンを示す予定になっており、場合によっては教会の人を、委員に加えることも考えなければならない。
(3) エネルギー
エネルギーや輸送の分野での対応策を考えるものである。ここでは炭素税の問題を取り上げることになりそうである。また、エネルギー税も再検討したい。
(4) 地域社会
環境保護政策が貧困層に届かなく、例えば、黒人やヒスパニック系住民の移住地域ほど環境問題が深刻である。これは米国固有の問題かもしれない。また、ここでは人口の集中による都市問題も扱うことになっている。
(5) Eco Efficency
製造プロセスと環境との調和を考えるものであり、これは日本が進んでいる。また、ここでは、水質汚濁の元凶ともなっている農業の問題も扱う。
(6) 天然資源の管理と保護
例えば、河川を単に経済的価値としてではなく、生体系の1つとして捉える。
(7) 人口問題と消費
人口問題は、人口中絶の問題がからみ非常に難しい。また、米国は、世界最大の消費国であり、固形・有害廃棄物、温室効果
ガスも最大の排出国である。よって、米国の環境政策が他国に与える影響は大きく、米国が首尾一貫した環境政策を持たなかったことは大きな問題である。
リオサミットでは、米国の環境政策の混迷ぶりが露呈されてしまった。今後は、持続可能な開発の明確なビジョンを提示し、世界の志を同じくする組織とのリンケージをつくっていきたい。
以下会場からの質問に対する答えの要旨を示す。
-国別行動計画を各国で作成中であるが、米国は、中間報告を今年末までに出し、最終報告はさらに1年後となろう。本委員会は、この国別
行動計画に対して特に貢献する予定はないが、何らかの形で意見が反映されれば良い。
-10月に発表された気候変動行動計画は、企業の自主努力に期待しすぎており、落胆している。Btu税などの財源もないため、実行は難しいのではないか。問題は1990年レベルに温室効果
ガスを安定化することよりも、さらに減らすことが重要である。CO2固定化技術が実用化しないと、かなりのエネルギー使用量
を削減しなければならなくなる。
-地球環境日本委員会には、持続可能な開発問題に関して日本でのリーダーシップをとって欲しい。
-宗教界が関心を持ったのは今回が初めてである。それは、環境問題は、人間の福祉の問題でもあり、天然資源の持続性の問題と同一視されたのではないか。キリスト教は、元来開発の思想を持っているが、環境保護という概念は新しい傾向である。保守的なキリスト教の信者の人ほど、持続的開発に関心が深い。
-クリントン大統領は、選挙中から経済が大切であると言ってきた。持続可能な開発は、環境政策と経済政策が同じゴールに向かうことであり、本委員会では、長期的視点にたって経済の問題を考えていく。
-委員に産業界や環境NGOの方々を含めることに関しては、信頼関係ができ上がっていたわけではない。大統領の名において同意したまでである。お互い共通
の利益があるということを確認するかどうかが鍵である。持続可能な開発は強い環境政策と経済政策が必要である。よって、何らかの合意に達することは可能であり、これが信頼関係の構築につながるであろう。