(財)地球産業文化研究所は1990年に「人口変動と国際システムを考える研究委員会」(座長:大山昊人東京国際大学教授)を組織し、約1年半研究活動を続け、1992年4月には「世界の人口爆発と日本」と題したシンポジウムも開催した。1994年(本年)9月にはカイロで国際人口開発会議が開催されることでもあり、これら一連の研究活動を基にして、人口問題の重要性や緊急性を世の中に訴えることは大変タイムリーであると考え、ここに「静止人口社会」(電力新報社)を出版した。本書は、従来の人口に関する専門書と異なり、人口問題を多方面 から分かりやすく記述した入門書である。主な内容は以下のとおり。
(世界人口の爆発的増加)世界人口が12.5億人から2倍の25億人(1950年)になるのに100年かかったが、その2倍の50億人(1987年)になるのにわずか37年の時間しか要しなかった。現在(1993年)の世界人口は56億人に達していると推定される。今世紀中は、世界の人口は毎年1億人ずつ増加するとみられている。
世界の人口増加は開発途上国(途上国)において著しく、世界人口に占めるその割合は徐々に増してきており、今では80%程度にまでなっている。人口増が途上国に偏在するからと言って人口爆発に由来する問題を、途上国の地域的問題であるとしてかたずけるわけには行かない。そこには、人道的問題もあるし、直接または間接的に先進国に影響を与える地球的問題もあるからである。速やかに地球規模で「静止人口社会」を構築する必要がある。
(途上国の人口問題)途上国では一人当たり消費の向上と栄養水準の改善、幼児死亡率の低下、識字率の向上、平均寿命の伸びといった経済・福祉面 の目覚ましい進歩もあった。しかし相変わらず生死の境に生活する絶対的貧困も、幼児・子供の死亡や妊産婦の死亡もそして識字不能の人口も増加している。途上国では、人口が増加したからといってすぐに公共投資を増やす財源を確保することはできない。一人当たり公共投資の減少は幼児・子供および女性に影響を与える。家族から見ると、人口急増はひとりの女性が沢山の子供を生むことである。これは母親である女性と生まれる子供にとって、健康や教育等の機会の喪失を意味する。幼児や子供が虚弱になりそして死亡して行く。女性にとっては地位 の向上の妨げとなる。このことが家族の出生期待となり人口増に繋がって行く。
(地球的規模の人口問題)増大した人口の活動は地球が持っている能力に影響を与える。その第一は地球環境への影響である。現在、森林破壊、砂漠の拡大、土壌の悪化、地球温暖化等が世界的な問題となっている。この点の地球の能力は拡大できないのであり、人口爆発または人間活動の抑制を考えなければならない。第二は食糧・エネルギー資源需給への影響である。食糧の生産性の向上または、生産用地の増大、あるいは新旧エネルギーの開発状況に依存する。このための人間活動は第一の地球環境へ影響を与える。第三は人口移動である。農村から都市へ、途上国から途上国へ、途上国から先進国へ、生きるための職を求め、より豊かさを追いそして災害や紛争を逃れて国内に留まらず国境を越えて移動する。これがまた地域紛争や国際紛争の原因ともなる。
(人口問題の複雑性)静止人口社会を地球規模で達成するには、途上国の人口増と貧困のスパイラルを断ち切ることが重要なことである。一般 に人口は、所得水準が向上するに従って静止状態に向かうことが、欧米や日本の先進国で経験済である(人口転換論)。経済成長著しいASEANやNIES各国では人口転換の兆しが現れている。しかし、所得水準の向上が全てでない。国によっては政治的社会的状況または宗教や習慣と言った文化が人口抑制の動きを妨げることもある。一方、人口静止に入った先進国では高齢化社会が到来し、労働人口の減少=外国人労働力の受入れ等で新たな問題に直面 している。地球的視点にたった静止人口社会のデザインの検討が必要な時期に来ている。