去る9月27日、米国ワシントンD.C.にて、当研究所と米国・国際生産性機構(I.P.S.)との共催によるシンポジウム「製造業分野における新規事業創出戦略」が通 産省、米国労働省 (DOL) 同商務省 (DOC) の後援を得て、開催された。当研究所の平成四年度テーマ「地球規模での製造業活性化を考える」研究委員会(唐津一委員長)で我が国製造業のマネジメントシステムが議論され、従業員を人的資産として扱う日本式経営のグローバルな普遍性が研究報告書(平成5年9月)にアピールとして盛り込まれた。今回のシンポジウムは、雇用の維持・拡大の観点から、企業マネジメントと人材育成に強く関心を持つ、米国労働省及び関連のI.P.S.が研究報告書に注目、このアピールを共通 認識とし、両国製造業が直面している課題を議論すべく共同で企画されたものである。
「新規事業と雇用の創出」をテーマに、起業と事業の育成、効率的経営戦略としてのネットワーク型製造システム、人材の教育・訓練、等について両国の産官学各界の関係者により討論、夫々の考え方の差異を対比しつつ、今後に向けての新たな方向を探ることを目的に開催された。
日本からは研究委員会座長の唐津一・東海大学教授、同委員会委員の五味紀男・松下電器ワシントン事務所長、更に委員推薦で出席を受諾された宮武義幸・日本電気支配人のほか水谷榮二・ワイアットカンパニー取締役、小枝至・日産自動車取締役、の計5名の講師陣の出席を得た。
一方、米国からはR.M.ポートマン・労働省次官補代理を始め、S.J.ハイダック・EDS副社長、R.W.ホール・インディアナ大学教授ほか6名の出席を得た。
当日、会場となったオムニ・ショアハム・ホテル・ハンプトンルームには労働省から18名、商務省13名、州政府関係8名の他、議会、大使館、大学、企業(日本含む)等多方面 から計約120名の出席を数え、テーマへの関心の深さを窺うことが出来た。
冒頭、国際生産性機構事務局長・J.アライ氏及び当研究所・秋山企画研究部長(清木専務理事代理)による主催者挨拶の後、ポートマン次官補代理、唐津教授の基調講演を皮切りにプログラムに沿って会議が進められた。各セッションは、日米双方より2人づつの登壇者によるプレゼンテーション或いはコメントと、フロアからの質疑への応答という形式で進められた。大企業中心の日本側講師陣と、比較的小規模の企業経営者を主体とする米国側講師陣の講演は、夫々の立場・役割と社会システムの違いを背景に、論旨が鮮明に対比され、フロアからの熱心な質疑も加わり、終始、密度の高い議論が交わされることとなった。ラップアップセッションでは、唐津教授及びK.ユスコ・メリーランド大学教授による、事業・雇用創出にはテクノロジーとマネジメント両面 のイノベーションが今後一層必要、とのスピーチで纏められ、会議は盛会のうちに閉幕した。
〔プログラム〕
基調講演
米国労働省次官補代理・R.M.ポートマン
東海大学教授・唐津一
セッション1 「起業」……雇用創出の源泉
(司会)
米国新製造業連合会会長・G.ブルックス
(スピーカー)
日本電気支配人・宮武義幸
日産自動車取締役・小枝至
コラボラティブ・ストラテジー社長
G.A.リヒテンシュタイン
エンジニアード・エナジー・システム社長
P.ミラー
ランチョン・スピーチ
米国商務省次官補代理・K.H.カーンズ
セッション2 「ネットワーク型製造システム」
(司会)
製造業生産性センター部長・K.マッキー
(スピーカー)
日産自動車取締役・小枝至
松下電器ワシントン事務所長・五味紀男
インディアナ大学教授・R.W.ホール
EDS副社長・S.J.ハイダック
セッション3 「人材教育」
(司会)
“人材研究”副社長、全米雇用製作委員会議長
A.カナビル
(スピーカー)
日本電気支配人・宮武義幸
ザワイアットカンパニーJAHRNET本部長・水谷榮二
フレキシブルマニュファクチャリング社長
W.スターン
RESコーポレーション会長・S.ムーン
ラップアップ「21世紀の製造業の活力と新規事業」
(スピーカー)
東海大学教授・唐津一
メリーランド大学教授・K.P.ユスコ
〔講演・討論〕
基調講演
ポートマン氏は、米国失業率が6.8%に低下したが、高給知的職の減少傾向を懸念材料とし、雇用創出源である中小規模企業に対する1) 技術援助、2) 訓練プログラム、3) 企業間ネットワークの組織化等の活力維持政策を紹介し、また良好な労使関係が競争力強化と良質の雇用をもたらすと述べた。一方、唐津教授は日本経済の近況にふれ、回復基調の因に、1) サイレントピアノの様な新概念製品の開発、2) コスト削減による価格低減、3) 暑かった夏、4) 企業リストラの進行、等を挙げた。ロボット850台を導入と余剰700人の再訓練・再配置で5年間に生産性を6倍に改善した事例から、「雇用を維持する」という労使間信頼が基本的に重要であり、終身雇用システムは将来保証という特長を評価すべきとした。
セッション1 「創業・雇用創出」
米国では、中小企業の雇用創出力に期待がかかっている。これに対し、日本では大企業における新事業創出・育成に多くの努力が注がれている。本セッションではそのカギとなる要素、具体的アプローチを紹介、議論された。
リヒテンシュタイン氏は「中小企業の革新的挙動」と題し、企業内での課題解決システムとして個別 の問題毎に専門家派遣による“ワン・オン・ワン”プログラム、企画開発段階から企業間協力でプロジェクトを進めるネットワークシステムという、二つの外部資源活用アプローチを紹介した。ミラー氏は自社経営を紹介し、社内情報共有化の為の会議、業績考課の客観化の為の俸給決定方程式、新人訓練法等を紹介した。企業文化の差異から、転職者採用は原則行わず、また、顧客・頭脳の漏出が危ぶまれる為、外部との連携には消極的である。
小枝氏は日産自動車・座間工場移転プログラムを例に、企業の雇用維持努力と従業員の職種変更への協力の実態を紹介、雇用維持が企業の社会的使命との信念を強調した。従業員再訓練への助成の有無がフロアから質された。
宮武氏は資本調達の点で、日本での独立創業が極端に難しい情況を説明、新規事業創出は大企業も負うべき役割とした上で、その成否は、?経営陣の先見性、?従業員の柔軟性、?トップの決断力にかかるとした。更に、NECでの社内企業助成制度を紹介、2件の試行創業の経過が開示された。質疑は企業の社会的役割、金融システムの利用の難易度、女性の参画、企業からのスピンアウトの割合、パーツ納入業者の技術的協力等、広範囲に亘る質疑が提出され、日米間の企業システムと意識のギャップが改めて浮き彫りにされた。
ランチョン・スピーチ
カーンズ女史が現政権の科学産業政策と雇用創出について、中小企業の技術開発支援プログラムを中心に報告した。
セッション2 「ネットワーク組織運営」
本セッションでは、顧客ニーズへの迅速な対応を目的にどの様に外部機能をネットワーク化するか、また如何なるキーファクターが議論された。
ホール教授は「迅速製造」(Agile Manufacturing)の目的を?顧客要求への迅速対応と、?高い付加価値の創出、とし、外部機能とのネットワークにより多様化する顧客要求への対応に有効とした。但し、ネットワーク参加は、顧客要求充足にどう貢献出来るか自らの特性を規定する必要があるとした。
五味氏は自社半導体製造を例に、「迅速製造」と同様の趣旨で構築されたMTMシステムを紹介、「系列」と批判されてるが、極めて合理的な機構であると主張した。
小枝氏は日産自動車・英国工場での経験に基づき、優れた概念・理論のみでシステムは動かず、経験を積上げる、地道なカイゼンの思想が重要とコメントした。
セッション3 「教育・訓練」
新事業の為の技術研修ほか人材グレードアップについて、双方での取組みが披瀝された。
スターン氏は経験を積ませるという従来からの時間のかかる訓練方法を改め、習得スピードを上げるプログラムを考案すべきあると説き、ムーン氏は自社ワーカーの技能水準改善を紹介、プライド、参加意識、顧客重視などの意識改革を通 じ、生産性改善、品質向上を果たしたと報告すると共に、その費用は全て自社負担であると述べた。
宮武氏はNEC傘下企業(100以上)を対象とする研修専門会社とその教育・訓練システムを紹介、経営側による教育方針明示の重要性を力説した。質疑では、訓練費用の全額会社負担、費用の対売上比0.1%、新人採用基準の市場指向マインドと創造性の評価等が回答された。
水谷氏は流動的雇用の中ではOJT、カイゼンに加え、今後、「組織を継続的に教育する」という考え方が必要となると、カナダでの実施結果 アンケートとともにワイアット社の教育プログラムを紹介した。
ラップアップセッション
まず、唐津教授は今後の新規事業創出には経営の革新と技術の革新が必須であり、エレクトロニクス分野ではビデオレコーダーに次ぐ、新製品とその為の新技術が求められていると結んだ。ユスコ教授は新規に事業・雇用の創出こそ競争力であり、人材開発を、コストでなく、人的資源への投資とす長期的視野に立つべきと述べ、マネジメントの転換を促し、従業員と経営の間の相互信頼が最も重要であるとのメッセージで締め括った。
本シンポジウムは、先進諸国群共通 の課題となる新産業・新事業及び新規雇用の創出への足掛かりを国際的な議論から探ろうとした。幸い、唐津教授御紹介の国際生産性機構・J.アライ事務局長の開催趣旨賛同を頂き、米国側パートナーとして開催諸準備全般 に多大の御尽力を賜り、実現した。改めてJ.アライ事務局長と国際生産性機構(I.P.S.)に謝意を表わしたい。当日の議論は、時間的制約もあり、更に堀り下げた議論が持たれる部分はあるものの、出席講師陣の貴重な御発表・御討論により、日米双方の事業創出・育成への取組みの差異を通 して、いくつかの検討課題が浮び上がった。日米両国がクリティカルな課題を抱えているこの時期に、今回の様な共通 の関心課題を議論出来たことを率直に慶びとし、遠路を厭わず御出席下さった唐津教授はじめ日本側講師諸氏と現地にて合流頂いた在米日本講師諸氏、並びに米国側講師陣に御礼申上げたい。
ニューヨーク日本協会で昼食討論会開催
ワシントンD.C.での製造業シンポジウムに先立ち、前日の9月26日、ニューヨークの日本協会・ムラタルームにて唐津東海大学教授、小枝日産自動車取締役、及び自動車産業アナリストで1990年の著作「GM帝国の崩壊」で名を知られる、マリアン・ケラー女史の出席により、「日本の製造業のリストラクチャリング」と題する昼食討論会が開催された。当研究所の開催提案を受諾された日本協会により、同協会会員対象の「日米交流プログラム」の一環として企画・実施された。
50名収容の会議場は開会前に満席となった。まず、J.ウィーラー協会副理事長による挨拶があり、唐津教授の回復基調にある日本経済紹介があった。小枝氏は、自動車産業のリストラクチャリング例として、自社の具体的取組みを紹介した。ケラー女史は、日米の自動車産業の現況を分析し、米国の好況持続は疑わしく、いずれ日米を問わず個別 メーカー間の競争力の差が現れるとの予測を明らかにした。討論会は終始、寛いだ雰囲気の中で進められ、会場との、いくつかの質疑応答を経て、幕が閉じられた。