この国際シンポジウムは、トヨタ財団の設立20周年記念事業として開催されたものである。開催期間は平成7年1月9日(月)~1月11日(水)の3日間で、場所は国際交流フォーラム・イベントスペースと国際交流基金国際会議場の二ヶ所で行われた。
初日は、基調講演と海外のパネリストによるパネルディスカッションが行われた。基調講演は川田順造氏(東京外語大学教授)により、「地域文化の主体性と創造力を求めて」という表題で行われた。パネル・ディスカッションの参加者は、ヌット・ナラン(カンボジア王国文化芸術大臣)、ティエリー・ヴェルヘルスト(ベルギーのNGO、文化と開発・南北ネットワーク所長)、ルールド・アリスペ(ユネスコ事務局長補、メキシコの農村人類学が専門)、トウー・ウェイミン(ハーバード大学東アジア言語・文明学科教授)、メアリー・ズルブヒェン(フォード財団東南アジア地域代表)、そして司会が石井米雄氏(上智大学アジア文化研究所所長)というメンバーであった。
時間の関係で、私は初日に行われたパネル・ディスカッションを傍聴しただけであるが、そのなかでも多様な意見が活発に発表された。紙面 の制約もあり全部は紹介できないが、私の印象に残ったものを3点ばかり紹介したいと思う。
最初はカンボジアから来られたヌット氏の意見である。20世紀のキーワードである「開発」は、途上国に惨たんたる結果 をもたらした。カンボジアの例をとっても、クメール文化は衰退の一途をたどっている。文化遺産を密輸により海外に持ち出すという破壊的行為が横行している。このような状況下、文化をどのように継承すべきかが大きな問題である。カンボジアでは今後の文化政策として、各村々にある寺(国内におよそ3,000ヶ所ある)を復興することにより、地域ネットワーク社会を構築していきたいと考えている。寺院が多目的センターの役割を担い、地域文化の中心となる。現在5つの州を選びパイロット・プロジェクトを進めつつあるとのことであった。カンボジアでは過去戦乱が続き、現在も完全に平和が確保された訳ではない。しかし、将来の国造りに向けて色々なアイディアが出始めており、国として未来に向けた道を歩み始めたように感じられた。
二番目は、メアリー女史の意見である。最初の意見にも関連するのだが、「開発」のあり方に対する意見である。彼女は東南アジアにおける開発の状況を数多く見てきた。その中で言えることは、政府の役人、エリート層は欧米に留学して得てきた最新の知識を使いたがるということである。そしてこれらの開発は殆ど失敗している。変化の担い手は、あくまでもそこに住んでいる人々であり、彼らの文化も開発には必要であることを、もう一度よく考えるべきとの意見であった。「開発」と「文化」を考えるとき、文化の担い手は真に誰かという事だと思う。
三番目は、ティエリー氏の意見である。グローバリゼイションは、人々がより豊かになるため、他者に対して耳を傾けるという意味でいいチャンスである。一方、これは「商品の論理」「一つのモデル」といった経済論理が優先される可能性を持っている。それに唯一対抗して行けるのが文化であろう。そしてこれからは、統一のルールと文化をどのように融合させていくかという視点が大切であるとの意見であった。また、彼の考えの一部には、インド的宇宙観を前提にした様なところがある。我々は欧米を見るとき、個人主義と合理主義の一枚板で固まっているように欧米を捉えがちであるが、個人レベルで見ればアジアが多様なように、また、欧米も多様なのである。そして国を越えてそれを理解することが、これからはいっそう必要であると感じた。