平成7年5月29日、日本自転車会館3号館において標記懇談会を開催した。その中で、東京大学生産技術研究所・山本良一教授に講演をしていただいたので、その内容についてこの紙面 を借りて報告する。
我々が現在恩恵を受けている近代工業文明は、(全人口の約15%が享受している文明である)今や限界を迎えていることは明らかで、この文明が既に地球環境の容量 に達しつつあることは客観的な事実であると思います。現在、地球温暖化の問題が各所で議論されていますが、その中の一つの説として、温暖化が引き金となって氷河期が早まるとの見方が、昨年あたりからかなり議論されています。つまり、温暖化により南極の氷が解けて氷山がたくさんでき、地球の海がオンザロックになってしまうと言うのです。そして、それが引き金となって氷河期に入っていくとの考えが、現在専門家達の頭を悩ませています。また、資源枯渇の問題も現実のものとなりつつあり、石油、天然ガス、金属資源等の可採掘量 は表1に示す通りです。金属資源の多くは寿命が50年を切っている状況ですし、森林等も我々が利用できる量 はあと100年分ぐらいしかありません。また食料についても、例えば漁業を取り上げて考えて見ると、世界の漁獲量 が約一億トンで現在飽和しつつあり、海面漁業でこれ以上の魚を取ることは無理だと言われています。
そして、このような制約条件が出てきたのにも拘らず、人類だけが爆発的増大を続けている状況はどう考えても不自然であり、我々は今や地球環境の容量 に達しつつあるということを厳しく認識する必要があります。
地球史と環境という観点から、地球生命圏という考え方がこの20年で確立したと言えます。これはイギリスの科学者ラブロックのガイヤ仮説ということで、その言わんとする所は、環境と生命がお互いに持ちつ持たれつ関係によって、地球が維持されているということです。また、アメリカの研究者の推定し直したところでは、炭酸ガスの分解までの寿命は9億年、水は20億年で、炭酸ガスの寿命が尽きる時に生命の寿命も尽きますので、地球生命圏の寿命は9億年ということになります。従って、我々が無事に氷河期を乗り超えれば、人類種族として9億年長生きできることになります。
生命の進化と環境という問題については、既に46億年の歴史上、地球環境の激変によって生物種の大量 絶滅が繰り返されて来ました。人類が登場して農耕による定住社会が形成されたのが1万年前とされていますが、この後の文明の盛衰と環境という関係を見てみるといろいろな教訓が得られます。環境と文明という切り口で見ると表2の通 りで、環境の変化により文明の興亡が何度も繰り返されて来た事が良く分かると思います。
そして、現代につながる画期的変化が今から二百年前の産業革命であり、この時に初めて人類は石炭、石油にエネルギー転換を図って近代工業文明を成立させます。しかしこの文明は、その成立当初から内部に矛盾を抱えており、それは一過性の枯渇性資源に依存した文明形態であったということです。その結果 として、地球温暖化等の問題が起こったわけで、近代工業文明には文明を持続、永続させるという点での配慮が欠落していたといえます。いま我々は、近代工業文明の最終段階に位 置し、今後の事を考えるならば、今や大きな価値観の転換が必要だという所まで来ています。
その時大きな問題となるのが、経済の問題と技術の問題です。経済と環境という視点で考えると、従来の経済は、空気、水、枯渇性資源、化石燃料等の地球公共財と呼ばれるものを、物のコストとして考えてこなかったように思います。これは、マーケットメカニズムを誤って用いたと言われていますが、このメカニズム自体が万能のものではありません。例えば、枯渇性資源について考えてみると、我々の子供あるいは孫の世代は資源配分に対して意見を表明することができないわけで、マーケットメカニズムはそういう枯渇性資源の適正配分に関しては、全く無力であることをさらけ出しているわけです。そのため、現在環境コストの内部化、南北間あるいは世代間の資源配分の公平化等の議論の対象となっています。
現在の資本主義自由市場経済に対しても厳しい批判があります。資本主義は人々の欲望を拡張し、それに対して商品を絶えず与えていく運動であって、この運動には行為はあっても目的がないという批判です。しかも終わりなき発展という妄想に取りつかれており、これは近代が陥っている瞑妄であると言っています。これは、本質的に現在の我々の価値観の変更にも迫る問題であり、その意味で経済は失敗したと言わざるを得ません。
また技術についても、大量 生産、大量消費、大量廃棄という問題に関しては、現在のところなす術がないという状況にあります。これは技術の中に、いわゆるサスティナビリティ(持続可能性)というものがビルドインされてこなかったからです。例えば、LSIのチップは現在日本で年間150億個以上も作られていますが、このチップを丸ごとリサイクルすることは、現在の経済的諸条件のもとでは全く不可能であり、全く持続可能性を持たないわけです。したがって、技術についても我々は失敗を認めなくてはならないという状況にあります。すなわち、我々は経済についても技術についても今や失敗を潔く認め、今後どうするかを考えていこうという事が、今や世界に共通 する認識となりつつあるように思います。
日本について考えると、東西冷戦下において奇跡的な経済成長を遂げてきたわけですが、その構造を見ると非常に脆弱な面 があります。その一つは資源の問題で、日本は資源、食料、エネルギー等を海外に依存しており、年間23~24億トンの資源・食料を消費しています。この状況では、今アジア諸国が急速に成長していることを考えると、遠からず資源の奪い合いになります。一方国内においては、急速な人口構成の高齢化、企業の海外移転による産業の空洞化といった問題を抱えています。したがって、今後我々が進むべき方向としては、一つは環境主義市場経済、アジア地域の水平分業の展開であり、もう一つはこれからお話するエコマテリアル、エコプロダクトのような高度技術の開発であり、これが今後日本の重要な戦略となると思います。
産業技術の中に、あるいは社会システムの中に持続可能性をビルドインすることは、日本のみならず欧米先進国にとっても、非常に困難な問題であります。これに対してオランダでは、オランダ地球の友という組織がSustainable Netherland(持続可能オランダ)というアクションプランを既に出しています。これは2010年の世界人口を70億人と仮定して、その時の地球市民一人当りの環境容量 を推定しています。例えば、CO2の排出量は一人当り年間1.7トンに抑える、農耕地は人間一人当り0.19ヘクタールにする、肉は人間一人当り一日30グラム、牛乳は同じく600ミリリットル以下というように具体的な数字を挙げて、その環境容量 の枠内で成立しうる産業形態、あるいはライフスタイルを追求していくもので、この様な考え方を既にオランダを初めヨーロッパ各国は考えつつあります。
持続可能な発展の概念については、現在世界で百数十通 りぐらいの捉え方があると言われています。代表的なもので、デイリーの持続可能な発展の条件というのがあります。そこには、再生可能な資源の消費スピードはその再生速度を上回ってはならないとか、汚染の排出量 は環境の吸収能力を上回ってはならないといった事が書かれていますが、これを真剣に受け止めて科学技術の側から討論したことは今まで殆どありません。従って我々が今直面 している問題は、まさにこの持続可能性を徹底的に科学技術の面からアプローチして、解決の方向を模索する事だと思います。これは、逆に言えば現在の産業技術体系が全くサスティナビリティを欠いていることを意味する訳で、ここで初めて、これからはエコデザインが非常に大事だということになります。
エコデザインにはマテリアルデザインもプロダクトデザインもありますが、どちらにしても環境改善に直接寄与するものをデザインすることを指します。二つ目は材料、製品そのもののライフサイクルを考えることです。これは製品の製造、使用、廃棄等のその全ライフサイクルにわたる環境負荷を軽減することに依って、環境改善に間接的に寄与していく事です。いずれにしても、我々が環境改善をしていくことを目的とするデザインがエコデザインということになります。
以上の事を踏まえて、サスティナブル・インダストリーをどう実現するかという事ですが、これは有限な地球への技術的適応を考えるという事であり、具体的には、第一に製品がエコデザインされていること、すなわちエコプロダクト、エコマテリアルを作ろうということです。第二は、エコデザインされたものが優先的に社会に於て購入され、回収され、再利用されるような社会的、経済的条件が完備していることが必要であり、そのためには環境負荷がより少ない製品が優先的に購入されなければならないということです。その為には法令によって強制的に調達すること(グリーン調達)が必要になります。三番目は、広くクリーンエネルギーを確保していくことが必要です。最後には、全ライフサイクルにおける環境負荷を下げ地球環境容量 以下に抑える、つまり製品の総量規制が必要になります。これからは、持続可能な製品開発をして、その総量 を規制して、持続可能な消費をすることがどうしても必要になってきます。
このような動きは今世界に広がっており、例えば、1992年のアメリカ議会の調査局によるグリーンプロダクト調査、来たヨーロッパにおける環境調和型製品開発プロジェクト、ユーレカプロジェクトにおけるエコデザインプロジェクト、IOS/TC207、IECの中でのエコプロダクトのガイドライン作成の動きなどです。また、日本でもこれに対応した動きは既に始まっています。今後、そういうエコデザインができるかどうかが、現在の工業文明の命運を決めることになります。これは企業についても当てはまり、エコデザインができない企業はやがては淘汰されていく事になると思います。
そこで問題になるのが、如何にグリーン調達を広げていくかということです。グリーン調達には、官公庁が民間から購入する場合、民間企業が民間から購入する場合、一般 消費者が購入する場合の三通りが考えられます。いずれにしても、今後グリーン調達を強力に推進しなければ、いくらエコプロダクトを作っても、それが社会的に流通 しマーケットが形成されないと意味がありません。各国の政府もその様な認識から、グリーン調達を拡大しつつあります。日本も現在環境庁の方でその率先行動計画をつくっている段階です。各国の実施状況は表3の通 りです。
環境への負荷の少ない製品の利用についてアメリカでは、大統領令に基づき各省庁は再生品等を極力購入することになっています。そのために当該官庁では仕様書や調達基準を見直し改定することになっています。また、連邦調達庁では物品購入のガイドラインを作成するという作業が進められており、既に全体で3,000品目について作業が終わっています。これにより、年間2,000億ドルに及ぶ莫大な予算がそちらに振り向けられると言われています。また、ドイツではエコラベル・ブルーエンジェルつきの製品を優先的に買うことになっています。国連についてもこの問題の重要性に鑑み、グリーン調達の考え方を今年になって打ち出してきています。この様な流れを受けて、一昨年からISOにおいて環境管理監査の規格化が動きだしたわけです。
グリーン調達をする場合、製品を買う側にとっても、環境負荷に関する客観的な指標が無いとグリーン調達はできません。製品にどれだけの環境負荷があるのかを判断した上で、買う、買わないを決めることが必要です。そうするとLCAが極めて重要なツールになってきます。
LCAとは何かということですが、これは揺りかごから墓場まで一貫して物を考えようという事です。事例を挙げて説明しますと、台ふきとティシュペーパーでテーブルの上の汚れを拭くとした場合、どちらが環境の視点からべターかということを判断するとき、それぞれのコスト分析をします。原材料コスト、水処理、ゴミ処理等のコスト、環境負荷などを考慮した上で、全体のかかるコストを比較することによって、机上の汚れは台ふきで拭いた方がベターとなるわけです。これはライフサイクル・コスト分析と言われています。一方、農産物の生産投入エネルギー分析、これはライフサイクル・エネルギー分析といわれています。これは野菜の露地栽培とハウス栽培でどれだけエネルギーのインプットが違うかという事を計算しています。当然ハウス栽培の方がエネルギー消費量 が膨大になるという結果が出ます。また、ライフサイクルの炭酸ガスという考えもあり、アプローチの方法はいろいろあります。
そして、ヨーロッパ等でこれらの考えを一般 化したのがLCAと呼ばれるものです。これは物質収支全部を含めてしまうもので、インプット、アウトプットを全部包括的に評価しようという事で定式化されています。従って、資源エネルギー等のインプット側と排出されるアウトプット側を製品の全ライフサイクルにわたってデータを集めてくるのがイベントリー分析と呼ばれるものです。それに対して排出されたものが環境にどう寄与するかということを具体的に計算するのがインパクト分析と呼ばれるものです。そのインパクト分析の結果 を見て製品の設計をどう変えればいいか、製造をどう変えればいいかを議論するのが改善分析と呼ばれるものです(表4参照)
このLCAについては批判もあります。一番の批判は何かというと、ライフサイクル・エネルギー分析も大変なのに、それをもっと一般 化したLCA自体が、定式化はできても実行することは大変であるという事です。改善分析のところまで行くと、現状では殆ど具体例がありません。そのため、LCAを国際的な規格として使うのは時期尚早であるとの意見も一方にはありますが、現実にはこの手段以外に環境負荷をトータルに把握する手段がないため、どうしても理念先行型で、とにかくガイドラインをつくろうというのが欧米諸国の考え方です。ISOもそれに引っ張られている状況だと思います。
今後は、LCAをいかに使いこなしていくかが重要になると思われます。ヨーロッパはイベントリー分析では飽きたらず、インパクト分析をここ5年来やっています。これは酸性雨、水の富栄養化、あるいは地球温暖化という要素を指数化して、全体の総和を取る。一つのインデックスにして、それをもとにして二つの製品を比較する。こういう事をヨーロッパは既にチャレンジしています。
一つヨーロッパでの実例を挙げますと、それはトイレットペーパーにおける環境ラベルの基準が該当すると思います。この基準は、再生資源の消費量 、非再生資源の消費量、二酸化炭素の排出量、二酸化窒素の排出量、水への有機物の排出量 、塩化有機物の排出量、廃棄物の量の7項目で評価することにより点数づけされ、その点数の総和が7.5を越えた場合には、その製品は環境ラベルは与えられないと言われるわけです。これはインパクト分析そのものです。
ここには大きな問題があります。日本はインパクト分析やLCAに関しては処女みたいなものですから、ヨーロッパの方がどんどん理念先行で進んで行って、エコデザインされたものしかエコラベルを与えない、エコラベルがついていないと官公庁調達から外す、また民間の企業においてもイベントリーを出せという可能性が当然出てきます。その際に、LCAやインパクト分析の経験が無ければ、それに対して有効な反論もできなければ、我々の方でもエコプロダクトを開発するのに支障をきたすことになります。更に、もう20年以上前からヨーロッパではエコロジー簿記というものが提案されています。これは普通 の企業の会計簿記の他に、環境的側面から簿記をしなさいという事です。その中では、実はインパクト分析そのものをやっており、エネルギー消費、原材料消費、土地、固定廃棄物、排水等、全部同じ単位 で簿記をやって環境影響度の指数化しています。従って、ヨーロッパではこの方面 についてかなり経験を積んでいます。インパクト分析のプラスの点、マイナスの点をわきまえた上で、また学問的にも未発達であることは十分承知の上で、しかし、現在の所この方法でしか環境負荷を減らし、我々の産業を持続可能にすることはできないとの結論に達しているように思われます。
我が国においても、産業の持続可能性を一刻も早く作らなければならないと考えると、このグリーンプロダクト優先購入を、一刻も早く実現しなくてはいけないというのが私の結論です。そのためには、公共機関によるグリーン調達の義務づけをなるべく早く法令化する必要があります。企業間取引あるいは一般 消費者が物品を購入する場合にも、製品の環境、品質に関する情報の開示を求めていくことが必要であり、製品にその製品の環境負荷を表示する、Environmental Report Cardはその一つの手段だと思います。民間企業にとっても、エコデザインをする場合の有力な手段としてLCAを採用していく、こういう事が現在の我々に求められているように思います。
私がいま一番憂慮するのは、アジアの国々がいま成長期にあり、その中でも中国のような国が今後とも10%以上の成長を続ければ、あと5年か10年以内のうちに、日本と同じ規模の資源・エネルギー・食料のブラックホールが隣にできてしまうことです。そのような状況になれは、誰が考えても世界は破綻すると思うでしょう。最近出されたいろいろの予想でも、2010年から2020年にかけて現状のシステムは行き詰まるというものばかりです。したがって、経済社会のシステムを始めとして、我々の技術そのものも徹底的に変えないと、現在直面 している危機を乗り越えることはできないと思います。企業においても、従来とは全く違って経済社会システムの中で、これからはどこのフィールドで競争するのかという事を再検討する必要があります。すなわち、儲け方をどう変えていくのかという問題だと思います。