当研究所では、本年6月から8月まで掲題委員会を開催したが、今般 その報告書が完成したので、概要を報告する。
座長 鈴木 宏昌 早稲田大学商学部教授
委員 吾郷 真一 九州大学法学部教授
石黒 一憲 東京大学法学部教授
小原 道郎 通商産業省通商政策局国際経済課長
梶原 弘和 千葉経済大学経済学部助教授
笹島 芳雄 明治学院大学経済学部教授
長谷川啓之 日本大学商学部教授
長谷 光昭 東レ株式会社人事部海外人事課長
藤村 幸義 日本経済新聞社論説委員
オブザーバー 松生 卓哉 通商産業省通商政策局国際経済課
・貿易と労働を巡る問題点と解決策の総括
<主要地域の基本的スタンス> | アメリカ | EU | アジア |
貿易と結社の自由 | 絡めるべき問題制裁を含む | むしろ個別の問題 制裁には表面上消極的 |
反対 |
<貿易と国際労働基準> | アメリカ | EU | アジア |
公正労働基準と国際労働基準 | 同一視 | 国際労働基準 ILO 条約の重視 |
国際労働基準には反対しないが、公正労働基準は拒否 |
国際労働基準の範囲 | 結社の自由団体交渉、 児童労働、 強制労働 |
ILO 条約基本的人権関連を重視 | 特定の条約重視 はしない |
労働条件に関する国際労働基準 | できれば、将来的に含める | 消極的 | 拒 否 |
基本的人権関連の基準の理念 | 普遍的な権利 | 同 左 | 西欧的発想と否定的 |
結社の自由と経済成長 | 全く別個の問題成長の疎外要因にはならず | 同 左 | 疎外要因、制限的な通用が必要 |
<今後の検討課題>
(1) 基本的人権の内容の中核に結社の自由がはいるか?
発展途上国の労働事情をみるにつけ、貧困からの脱出、職場に於ける安全といったカテゴリーの方が、結社の自由などに優先するのか?むしろ、途上国の発展へのニーズを考えた場合に、結社の自由の通
用にはある程度の弾力性が認められるべきでふる。例えば、発展段階の初期にはある程度の結社の自由の制約があったほうが経済発展には良い方向に働くことをアジア諸国の例は示している。
(2) 権利型の基準の論理と労働条件改善の論理
現在、アメリカなどの主張する国際労働基準は個人の権利型の基準であって、それは経済的な効果
や結果とは違った次元の論理である。したがって、各国の発展段階や政治体制を超えた普遍性を持つ。一方、労働条件型の労働基準(労働時間、最低賃金etc.)は結果
が重視され、経済的効果の論理が支配する。
(3) アメリカやEUへの依存度を減らす努力
貿易と労働の問題が提起された背景には、アジア諸国の先進国市場に対する依存度が高い事がある。したがって、例えば、アジアの域内貿易の比重を高めることで、その依存度を減らす事ができれば、一つの解決策になる。そして、そのためにはアジアで大きなマーケットを持つ日本の一層の市場開放も必要になってくるだろう。
(1) 国際労働基準の意味
アメリカの主張する公正労働基準とILOの国際労働基準とは根本的に異なる。そして、ILOの基本的人権条約、特に結社の自由に関する条約こそが真の国際公正労働基準と解釈できる。従って、アメリカのいうように貿易と自国に都合のよい労働基準の結び付けには無理がある。この問題には、東西の文明的相互理解があって初めて政治経済上の協力もスムースになる。
(2) 世界貿易体制と労働基準
アメリカは、GATT体制下では、表面的に自由貿易体制を支援する立場をとりながら2国間では政治的な貿易制限を行ってきた。今回の貿易と労働基準のリンクは、アメリカが従来個別
にやってきた政策をWTOの中で国際的にルール化しようとのものであり、到底容認できない。また、通
商問題以外のものをなんでもWTOで処理しようとするのは誤りである。各分野の専門機関が対応すればよい。
(3) 貿易と雇用
日本の例でみると、輸入の増加は必ずしもその産業の就業者低下につながらず、国内需要や物的生産度の変化の及ぼす影響の方が輸出入の効果
よりはるかに大きい。また、OECDの数値を使った分析では、貿易による雇用縮小効果
は生産性要因や最終需要要因に比べれば一般的には極めて小さい。
(1) アジア型発展モデルと労働
一般的にアジア型発展モデルとは、輸出志向工業化の初期には労働集約財を輸出するというよりも、国際分業の中での労働集約的な部分を製造した、とする。そして、この国際分業体制のアジア域内での拡大がアジアの発展をもたらした。また、従来、アジアはアメリカやEUなど先進国市場への輸出依存度が高かったが、順次域内貿易の割合が増加している。
労働との関係でみれば、労組の一般 的な目的が労働者の雇用提供を通じた生活改善にあると見なすならば、結果 的にその目的は経済発展に伴って達成された。
(2) アジアの経済発展と日系企業の役割
アジア諸国に於ける労働事情の実態、特に日系企業の内部からみた各国の実情を紹介。中国やマレーシアでは組合運動に積極的なはずの米系企業は反組合的であるのに対し、インドネシアでは、アメリカの影響がある。
また、日系企業が円高に伴いアジア諸国に進出する際には、各国の労働事情に配慮した経営が要求されるとしている。
(3) アジア諸国の人的資源開発と輸出志向工業化
アジア諸国の人的資源開発を中心とする労働の質的向上が輸出志向工業化ないし貿易の拡大を通 じての経済発展に重要である。日本やNIESの経済発展では、その決定要因の大部分が基本的に西欧文明の需要側条件の中に存在する。また、NIESと比べてやや経済成長に陰りを生じているASEAN諸国には、技術の学習段階において、R&Dとそれに適合した人的資源開発を平行的に進展させるべきである。