平成7年9月29日、日本自転車会館3号館において標記懇談会を開催した。その中で、東京大学工学部松橋助教授に講演していただいたので、以下にその概要を報告する。
IPCCのWG-2のエネルギー供給グループによるファイナル・ドラフトが本年7月にまとめられました。その中で提示された2100年までの超長期エネルギー供給シナリオは、各方面 で様々な議論を巻き起こしました。本日の講演では、その概要を紹介すると共にそこにある問題点を検証してみたいと思います。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、本来、政治的状況にはとらわれないで気候変動に関する科学的知見を整理してまとめていくのが使命なのですが、実際は各国の政府の方も参加していますので、その報告書の内容等はかなり政治的な影響をこうむります。そこではどうしても各国の思惑や国益といったものが出てきます。そして、研究者の作成した報告書が政府レベルのレビューにかかると、色々と修正されて最後には何も面 白味がないような報告書になってしまう事が多かったように思います。しかし、今回の報告書は非常にユニークで、ある意味では物議を醸し出す、IPCCのレポートとしては、従来のものと較べると非常に異なるものであったと言えます。
この報告書の最後の章で、LESS(Low CO2-Emitting Energy Supply Systems for the World)というものが書かれています。すなわち、世界全体のためのCO2 放出量 の低いエネルギー供給のシナリオということになります。このシナリオの特徴をいくつか挙げると以下のようになります。
LESSは予測や最適化の結果 ではなく、整合性の取れたエネルギー・シナリオである。*1
*1 LESSは、最近のエネルギー経済モデル等を使ってシュミレーションして得られた結果 ではありません。むしろ、エネルギーに関する色々な技術を一つ一つ当たっていって、価格の競合性があれば新たな技術が入るといった前提で、各分野の技術を積み上げていったものです。したがってボトムアップで出てきたもので、トップダウンのモデルの結果 ではないということです。
本シナリオは2100年までの100年以上を想定しており、この間のエネルギーのインフラは2回更新される。従って、エネルギーシステムを抜本的に革新することは可能である。
2100年までの各技術の市場を評価することは、非現実的であるが、一方現在商業化されている技術のみを考慮するのも、保守的すぎる。そこで、LESSでは、10年~20年の間に商業ベースに乗りうる技術まで考慮にいれた。
LESSでは、炭酸ガスの大幅削減を可能にする6通
りの以下のシナリオを描いた。
1)バイオマス強調シナリオ、2)原子力強調シナリオ、3)天然ガス強調シナリオ、4)石炭強調シナリオ、5)高需要再生可能強調シナリオ、6)高需要原子力・石炭強調シナリオである。
上で述べた6つのシナリオの内、1)、2)の基準シナリオで最も詳細に検討された。3)、4)は化石燃料を1)、2)よりも多く消費した場合でも、炭酸ガスの大幅削減が可能かどうか調べるために構築された。5)、6)の前4つよりエネルギー需要が高い場合の示唆を得るため構築された。
このような前提によって報告書の中で出されている結論は、2100年までのレベルにおいて、CO2放出量 の大幅削減が可能であるとしています。大幅削減というのは、現状の半分以下です。地球全体のCO2放出量 が、90年で大体60億トン・カーボン、それを30億トン・カーボン以下に減らすことが可能であると大胆に結論づけています。それに加えて、CO2放出量 の大幅削減を可能にするエネルギーシステム費用は、従来のエネルギーシステムが2100年においてかかるであろう費用とほぼ同じであると言っています。従来、一定の炭素税なりインセンティブをかけてCO2を減らしていくという考えはありましたが、従来のエネルギーシステムとほとんど同じ費用でこれが可能と言ったのは初めてで、その意味で今まで世界で発表されてきた研究の中でも、かなり異色のものだと言えます。
但し、その実現のために何もしなくていいというのではなく、幾つかの有望な技術について研究開発が必要だといっています。そこにお金をかけてくださいと言っています。そして、それが十分に開発されれば、2100年においてCO2を半分以下に減らすためのエネルギーシステムの費用は、従来とそれほど変わらないと言っています。
次に図1について説明したいと思います。これは、一次エネルギーの供給量 で、時間軸の断面としては、2025年、2050年、2075年、2100年を取っています。また、ケースとしての前に説明した6通 りです。この図1で特徴的なのがバイオマスのウエィトで、2100年には、全体のエネルギー供給の半分近くがバイオマスになっています。また、高需要のケースでは石炭の利用と原子力を増やすことで需要増に対応しています。原子力については2025年に高速増殖炉が可能になると想定しています。この場合、この100年における原子力の設備容量 は3300ギガワットとなり、現在の10倍の数の原子力発電所が世界にできるということになります。
今回のシナリオでやはり一番問題になるのは、将来のエネルギーの半分をバイオマスが占めるという点だと思います。エネルギーモデルを研究している立場から言うと、このシナリオはかなりバランスを欠いているということになります。バイオマスは基本的には作物の栽培ですが、その栽培面 積があるかということが問題です。面積に関しては、2100年での必要面積を世界で550万平方キロとなります。これは日本の面 積が34万平方キロですから、その15倍以上土地をバイオマスエネルギーを作るために確保しなければならないということになります。ここでは、食糧生産に必要な土地も確保して、それ以外にこれだけの土地が確保し得ると言っています。
しかし、この点には問題があると思います。今、石油や石炭はトン当たり2万円とか3万円という値段です。仮に2万円とすれば、100グラム当たり2円となります。バイオマスエネルギーを畑で野菜を作るのと同じと考えると、野菜の値段は100グラム当たり100円とか200円になります。そうすると、畑で作るバイオマスは価格的に野菜と太刀打ちできません。農家がバイオマスを作るというインセンティブは、ある程度それでもうかることが必要ですが、食糧を作れば100グラム当たり200円で売れる状況でこちらに生産が向かうとはとても思えません。おそらく食糧が一桁ぐらい値崩れして、エネルギーの方が一桁ぐらい上がらないと競合する価格にはならず、そういう状況にならないと駄 目だと私は思います。
その他にも、ここでは細かく触れませんが、既存の化石燃料とバイオマスの価格競合の問題、大量 のCO2回収処分の問題等があります。もう一度最初にもどりますが、ここでの一番特異な点はやはりコストをかけずにCO2を半分以下に減らすという点です。何もインセンティブをかけずに、R&Dだけで持続可能なシステムを実現できるのかという点に関して、疑問があります。私の考えとしては、やはり何らかの経済的・技術的インセンティブが必要であろうと考えています。以下その点について少し説明したいと思います。
一つはエネルギーシステムをライフサイクルで考えましょうということです。例えば、エネルギー資源が採取され、タンカーで輸送され、発電や石油精製などの変換プロセスを経て、最終利用される。この一連のライフサイクルの中で、総合収支を考える。これは効率というものを拡張した概念ですが、なぜこの考えが必要なのかというと、再生可能技術と効率向上技術を同じ土俵の上に乗せて議論したいためなのです。もう少し具体的に言うと、太陽光発電はCO2を出さない、あるいは化石燃料を使わないとの見方があります。しかしよく考えてみると、このシステムを作るために鉄やアルミ、あるいはシリコンアモルファスを作る時に化石燃料を投入しています。従って、燃料として投入したものと設備の建設に必要なものを両方統合して、そのインプットとアウトプットの比を見たものが、統合収支ということになります。これで見ると、太陽電池はエネルギー収支が2.4となり枯渇性のエネルギーを1投入すると、2.4のエネルギーが得られることになります。これが普通 の発電所ですと、統合収支で0.37ぐらいになります。このような計算から、それぞれのエネルギーシステムの統合収支が、そして全体のシステムの統合収支が出ます。それが技術の改善により一定の率で上がっていけば、持続可能であるということになるわけです。
私たちは、エネルギーシステムを考える上で、あるいは社会生活、文明を考える上で、持続可能な発展ということが最も重要な概念であると考えています。そこで、そのために必要な条件をまず出して、そこからエネルギー技術を逆に評価していこうというのが、ここでの考え方です。そこで、現時点でのエネルギーシステム全体のライフサイクル総合収支と需要の伸びを勘案して、この傾向が続いた場合どこまで資源が持つかということを計算します。ここから、一つの資源の持続可能性の限界、持続可能な条件をというものが導き出されます。これはエネルギーが将来足りるかどうかという事を、今の変化率から判断するという考え方です。
ライフサイクルの統合収支の向上率が、需要の増加を上回っていなければ持続可能とは言えません。現在の人口増加率、エネルギー資源の究極埋蔵量 等から必要な統合収支の向上率をはじき出すと、毎年統合収支が2.7%ぐらい上がっていかないと持続可能とは言えません。これは技術的な面 から見るとかなり厳しい値です。現状は、技術の向上率が需要の増加率に負けて全体ではマイナスになっていますので、持続不可能ということになります。そしてそのマイナスの幅が、いかに持続不可能な状況にあるかという乖離の度合いを表しています。これと同様にCO2についても同様の乖離度を出します。(条件としてCO2が現状の倍まで許容する)細かい計算式は省きますが、それぞれの結果 は図2・3のようになります。この乖離度1は、エネルギー資源の持続不可能さの度合いを表し、乖離度2はCO2の地球全体での持続不可能さを表しています。そこで、この二つをゼロに制御していけば、地球全体として持続可能となるわけですから、これを常にモニターして、これに比例したインセンティブをかけていけば、将来のどこかの時点で持続可能な線上に乗り、資源と環境の破綻を避けることができると考えるわけです。
最後に、これからの超長期の流れを考えてみますと、図4のようになります。ここでは分かりやすくするため、代表選手として三つだけを取り出しました。実際にはもっと複雑な組合わせがあります。我々の現在の出発点がAとすると、CO2の濃度が増えてくる。そして資源が枯渇するに従って両方のカイリ度が上がってきますから、ベクトルの方向は右へ上がっていきます。そうすると、CO2の回収設備が導入されるかもしれません。更に時間が経つと資源の枯渇もかなり進んで、CO2の回収はもはや経済的ではなくなって、再生可能エネルギー技術(太陽光、風力、バイオマス)が浮上してくるという図式が考えられます。
現在、政府が中心になって考えている地球再生計画というものがありますが、そこで考えられているCO2の長期的な削減イメージは図5のようになると思います。省エネは、まずできるものをやっていこう。そして、超長期には再生可能エネルギーというものが浮上してくるでしょう。しかし、そのつなぎとしては、CO2回収が必要とされるでしょう。それは、少なくても、今後数十年間は化石燃料に頼らざるを得ないからです。この図式の中で、技術開発とCO2削減に必要な炭素税等のインセンティブを考えて行きましょうということになると思います。