題記委員会にともなう現地調査として、同委員会の委員である清好延日印調査委員会委員・事務局長が本年2月上旬にデリーとボンベイを訪問し、インドの有識者との間で、委員会での討議経過を踏まえた意見交換を行った。以下は清委員に同行した事務局(地球産業文化研究所企画研究部岸本)が主な訪問先とそのさいに頂いたコメントの概要を記したものである。
アスラニ元駐日大使(氏は経済官僚出身で、現在は銀行の経営に携わっている。)
日印関係は、二国間関係だけに的を絞って考えるべきではなく、国際社会全体の視野でとらえるべきだ。日本人は、印パ関係を問題視しているが、ネパール、バングラ等との水利権問題をはじめ、パキスタンとの民間レベルの交渉も活発化しており、インドは南アジア(SARRC)内の足元の外交課題にはもう心配する必要はない、と考えてほしい。また、インド中国関係も進展している。(カシミール問題や中印国境問題は棚上げするしかない。)
これからは軍事力よりも経済力の時代である。アジアの各国の間には距離はあるが、そのことを言うのはもう終わりにして、経済的なパワーとしてのアジアの連携(その中での日本インド関係)を考えるべきだ。家族の重視、貯蓄の重視等が、経済的なパワーとしてのアジアの背景にある共通 の傾向ではなかろうか(アジアのアイデンテイテイー)。
1950年代の印日関係は親密だった。永野重雄氏の影響、岸・池田首相の訪印など。清委員はその頃に物理学者や天文学者の交流があったことに言及。インドの或るシンポジウムの席上で若いインド人が、インドの好意に対し日本は冷たいのではないか、という質問が出たが、自分はそうではないと答えた。
(将来的なエネルギー戦略、中央アジアの石油資源等について見解を伺ったところ)インドはイラン・イラクと付き合いがある。中央アジアの石油開発については、インドは中央アジアへのパイプ、回教徒との付き合い方を心得ており、日本の資金・技術と提携することが考えられる。アメリカがパキスタン、アフガニスタンに肩入れするのも一つはこのような文脈ではないか。
当面の政治経済の動向については、景気の停滞は、政権交代の影響だろう。経済改革は状況に迫られてまた動きだすだろう。
チャクラバテイ氏(元インデイア・タイムズ社のジャーナリスト、Syndicated Columnist and commentator for BBC)
ポピュリズムの問題があることはご指摘の通 り。政治と宗教との関係については基本的にはどの政党も世俗化している。コングレスのこれまでの政策は、公共への配慮が足らなかったが、だからといって他の政党が変わり得るかどうか。今年の末に選挙をしたとしてもBJPが多数をとっても安定多数にはなるまい。
21世紀のインドは、“as strong as china”になっていると思う。インドにはヒューマンインフラストラクチャーがある。潜在的なマネジメント能力の蓄積はあり、国内的には高い品質のものを作って来たが、近年の外国資本との接触を通 じて、たとえば日本の支援があれば、国際的に通用する品質を達成することが可能だとインド人自身もわかってきた。たとえばマルチ社の事例のように。
インドの電力不足はご指摘の通り。今、米国の資本が出ているが、インドの電力を制する者はインドを制するという観点からすると、アメリカ以外の国にももっと出てきてほしい。
(また、石油資源の問題について質問したところ)インドはインド洋に海軍力をもっており、日本のシーレーンであるインド洋の安全保障については、オーストラリアその他の先進国と対等の役割を果
たすことになろう。
元蔵相マンモハンシン氏
21世紀のインドの資産はヒューマンインフラストラクチャーだ。
インド国家計画委員会委員ティマイア氏
インドのユニテイーは、宗教、言語、民族、カーストなどに関する寛容性、多元主義、独立戦争など歴史的な経緯があって、欧州のようなネーションステートとは違うインドなりのユニテイーが確かに存在している。また「草の根」民主主義がある。分権化。閣僚のメンバーにも少数派が入っている。
メデイアとしてはテレビだけでなくラジオの影響が大きい。
政治と宗教の関係については、多元主義的な世俗主義が定着し、一部の宗教政党が支配的になる可能性はない。
選挙には国民に対する「教育」という面 がある。
インドの人的資源は、技術者から労働者まで層が厚い。
インフレは10%未満で推移している。経済成長のためには10%未満のインフレは必要であり、それ自体は問題ではない。
日本企業の投資について、部品供給の問題があることはご指摘の通 り。ただし、中小企業のリスクとなるかも知れないルピー相場は下がっていないし、高い利子率は是正するつもり。
インドの中小企業の品質に課題はある。技術・マネジメントの移転を期待する。
外国企業の投資にあたっての「政治的介入」なるものはないと思う。
財政赤字はGDPの5%から4%になってゆくので大問題ではない。
労働組合の影響力は大きいが、賢明な連中は自由化の流れに沿うことが得策だと考え始めている。
市場開放にともなう外国企業との競争については財閥等に警戒感があったが、今は、それを前提に物を考える方向に変わって来つつある。
地方財政の課題は確かにある。対策として直接税を増やす、オリッサでのSEBの民有化などがある。
輸出競争力の不足が経常収支の制約に結びつく、ということはないと思う。
とくに労働に関する国内市場の未成熟、社会保障等の課題はご指摘の通 り。
中間層が総人口の何%いるという話はその定義にもよる。
民間銀行を増やしつつある。
SAARCについてはバングラ、ネパールとの水利権など着実に進展している。
農業も食糧の確保は達成したので農業技術を高度化し、商品性のある農業・農産物の輸出に力を入れたい。
21世紀のインドの最大の資産は「人的資源」だ。
WTOルールへの適応については、子供に対する最低賃金の適用を行うなどの対応を考えている。
以上の調査報告に添え、若干のエピソードを記しておきたい。
「恒河沙」的発想
若いジャーナリストのセス氏という人と面 談した。彼は話途中にだしぬけにコバヤシ氏を知っているかと我々に訪ねた。日本にコバヤシ氏はたくさんいると言うと彼は納得したが、恒河沙の中の一粒の砂に目をとめるような発想だ。それがインド人の発想の特徴らしい。
タクシーの運転手が道を聞くときも、さっきのコバヤシ氏の例と同じで、○○通 りはまだ先なのに「○○通りはどこだ」と聞かずに、「○○通りの何番地はどこだ」と聞く。聞かれた方も何番地までわかるはずはないのに、それはあっちだ、ともっともらしく答える。不思議に思っていると、聞かれた人の答は出鱈目だった。
「ノー・エビデンス、ノーペイ」
タクシー料金の支払いに関し、小さな事件が起こった。我々が確認しないうちに運転手はメーターをゼロに戻し、百ルピーを請求したのだ。清氏は烈火の如く起こった。「ノー・エビデンス、ノーペイ」と言った後、凄い剣幕でヒンディー語をまくしたてる。運転手は八十ルピーに折れたが、結局清氏は支払わなかった。「アイムソーリー」という運転手に対し、清氏は「ユアソーリー」と応じた。帰りの料金が九十ルピーだったから、私は運転した運転手が可哀想だと思ったし、彼には我々が我侭な日本人に見えたのではないかと思った。しかし、一連の清氏の行動から、氏の考え方がだんだんわかってきた。清氏は、インドにきちんとしたビジネスが根づき、それがいつかは貧しい人々に及ぶことを願っているのである。どんな仕事でも真面 目に努力をしているインド人がいるのに、不真面目な態度で儲けようとするインド人に外国人が手を貸してはならない、ということらしい。私などは自分が恵まれた国の人間だと思うから、貧しい人々に負い目を感じないでもない。しかし、清氏には、白タクや物乞いに対する感傷は見られない。大きな目でインドの発展を考えようというのである。
待合室で
霧のため、デリー空港の待合室で二時間近く待った。この間、清氏は、同じテーブルに座って待っている人々に次々に話しかけた。大阪の家具メーカーと組んでインドで家具製造をしようというビジネスマン。バンガロールの研究所で海流の研究をしようというドイツ系イラン人の物理学者。デリーにある病院経営者。彼は医療保険制度が完備した日本を羨ましがっていた。