1998年5号

平成9年度日本小型自動車振興会補助事業 2050年のサステイナビリティ研究委員会 WG-1終了報告


 平成6年度より行われた、2050年のサステイナビリテイ研究委員会WG-1の研究成果 が「サステイナビリテイの長期定量的評価」と題し平成10年3月、最終報告書完成に至った。委員会の開催は合計39回を数え、A4版306ページという報告書のボリュームにも、その活動の活発さが伺える。あらためてWG-1の方々に深く感謝したい。以下、研究報告書を抜粋し概要を紹介する。


 本研究の目的は、地球環境問題をはじめとする様々な制約の下で、社会がどのような姿になれば持続可能と言えるのか、また持続可能性を失うのか、この条件を描き出すことにあった。人口問題、食糧問題、エネルギー資源問題、社会経済問題、開発問題、総合モデルの構築、解析・評価研究等の第一線の専門家により、地球環境問題と持続可能性の問題を、広い分野から包括的かつ定量 的に接近した本研究の成果は、世界的に見ても例の少ない、きわめて独創性の高いものとなっている。

 第1章では、サステイナビリテイの問題の背景と構造を副題として、2050年をとりあげる理由等、研究の基本スタンスの説明と全体構成を紹介。

 第2章では、持続可能性に対する概念の歴史的背景を総括した。持続可能性とは、決して資源の無限時間利用可能性だけを議論するものではない。資源は一般 的にその消費主体である人間活動により次第に、摩耗し枯渇に向かうものであるとは言え、人間は決して完全な閉鎖系の中に生存しているわけではない。一方、主体のその消費のモチベーションは、決して生存のための必要条件だけからなるわけではない。したがって、現在の消費パターンを変えることは、決して生活の水準低下だけを意味しないし、まして生存を脅かすとは限らない。しかし、それがどのような条件下でなら受け入れ可能であり、かつその実現性がリアリティを持ちうるのか。

 第3章では、人口問題が詳細かつ具体的に論じられた。2050年は、国連等では一つの増大傾向が定常的状態に移行するまでの一つの端境期として考えられている。本章では、その必要条件となる出生率がどのような要因により影響されるのか、様々な角度から分析された。ここで、経済成長は出生率の低下に寄与するものの、その速度は急速でなく、安定化する前に時間が必要であることが示された。これはまた、人口安定化のためには経済成長以外にも人為的な様々な政策が必要であることを示すものである。ここまで人類が経験していない問題点として、世界的な都市化の急速な進行と、高齢化社会が指摘されている。

 第4章では、食糧供給の問題が、豊富なデータに基づく解析とモデルシミュレーションの双方から詳細に議論された。ここで、超長期的にも物理的な供給力は国連中位 推計に対してはほぼ満たされると考えてよいとする一方、備蓄の減少傾向や耕地の土壌劣化などの危険性から、次第に供給はタイト化し、システムが次第に脆弱的となる危険が指摘された。ことに、温暖化の農作物への影響評価、低所得層に与える影響等が示唆された。同時に、将来の食糧生産を確保するために最も重要な点について指摘。

 第5章では、エネルギー資源を個別に展望した。ここで、化石燃料資源の量 的な枯渇による危機的状況が回避される手段、すなわち現在コスト的問題から普及しないバックストップ技術は様々な可能性があるものの、戦略的な石油備蓄は減少傾向にあることから、将来的には短期的な市場の攪乱はあり得る点が指摘されている。これは、食糧問題と同様である。

 在来型エネルギー技術とされるものの中でも、石炭と原子力についてはコスト、技術開発の余地等の理由から、必ずしも量 的な拡張を急ぐより、21世紀後半の主役としての出番に備え、次世代型利用技術の開発と熟成に力を注ぐべきではないか、との指摘がなされている。技術開発による問題の解決は、最も抵抗の少ない解決の道である。

 第6章は、やや長期的な観点から理論モデルを中心にエネルギー資源の問題が論じられた。ここで中心となるのは技術開発と導入の速度の問題である。持続可能な消費は、次第に消費を減少させられるなら有限な資源でも達成可能である。ここでは、そのための条件を導くとともに、いくつかの資源について現状がこのパスからどれだけ乖離しているかの試算を試みた。また、具体例としての太陽電池、共同実施にも言及した。技術による解決が万能ではないことは周知ではあるものの、持続可能性にどのような条件でなら貢献できるかを定量 的に論じた点で意義深い。

 第7章では、産業構造と経済の問題を論じる。都市化の進行、第一次産業と第二次産業の生産性向上を合わせると、雇用吸収がどの産業でどれだけなされなければならないかが必然的に導かれる。雇用問題は、生産の量 的な確保と同時に、分配のための社会システムでもある。

 第8章は開発問題のより具体的な問題点を論述している。持続可能性は、地域的な自立を除外して考えることはできない。途上国においては、農村地帯と都市地帯の格差の解消が大きな課題であることは従来から指摘されてきた。したがって、農村部がいかにして経済的に自立できるかは、社会の持続可能性のための重要な問題である。ここでは、具体的な途上国の農村部の開発の現場においてどのような問題があり、どのようにして解決されていかねばならないかが具体的に論じられる。ここで、「コモンズの悲劇」を回避するための条件である、「土地使用権」の問題、適正技術の開発、教育と短期的利益の創発、という具体的問題が指摘されている。

 第9章では、統合評価モデルによる超長期視点からのシミュレーションを行った。ここでは、資源の物理的な制約による破局の危険性は低いものの、決してそれは頑健な成長を意味せず、むしろ脆弱な基盤によるものであろうことが指摘されている。また、2050年は資源・エネルギー・食糧需給からも一つの区切りであり、21世紀前半までに、いかにして21世紀後半の安定化社会に移行できるかの過渡期であることが、モデルシミュレーションから示された。これらは、ここまでの各章の個別 分野の問題で論じられた結論ときわめて整合的なものである。

 以上を振り返ると、本研究WGの各章は、一つの共通 した知見が存在することが見て取れる。これをもとに、持続可能性への提言を導いてみよう。

  1. 地球温暖化、資源制約、環境制約、人口増加等の諸要因はあるものの、これらが直ちに物理的制約となって人類に破局をもたらす危険性は低いであろう。

  2. しかし、それは決して人類の将来が頑健な基盤の上に立ち成長が続くことを意味するものではない。需要の増大圧力と限界的な供給力の低下傾向は存在し、需給関係がタイト化し、従って短期的な変動に対する脆弱性は高まろう。

  3. 21世紀前半は、人口成長が安定化すると考えられる21世紀後半への移行期である。広義の再生可能資源に依存した人類全体の安定成長期に軟着陸するかは、2050年までの最重要課題である。

  4. 需要増大圧力と資源制約を考えると、技術のみによって持続可能性の問題を解決することに期待はできないものの、技術開発を除外した問題緩和の可能性を考えることはできない。エネルギー、資源、食糧、産業のいずれにおいても、現在を乗り切るだけでなく、21世紀後半の安定成長期に向けての移行プロセスを意識した継続的な技術開発努力を怠ることが、最も危険である。

  5. 市場メカニズムの持つ効率的生産が意義を失うことはないものの、需給のタイト化と脆弱性は分配に著しい不公平性を生み、これを通 して社会全体が不安定化する危険は高い。これは、社会の安全保障を損なう要因となろう。従って、市場メカニズムの他に、分配のための社会システムを確立する必要がある。

  6. 人類全体は、持続可能な社会に向けて格差を解消させていかねばならない。それは、空間的な格差とともに、時間軸方向に対しても格差拡大をもたらすものであってはならない。先進国にあってはリサイクルを含む資源の効率的な利用を価値観の中心に据え、途上国にあっては格差解消を目指しつつ、短期的視点でない、「持続可能な」開発の道を探らねばならない。それは、「地域資源の収奪」ではない「地域の自立」を基礎とする開発の道となろう。

  7. 以上、「技術」と「協力体制」を持続可能な道へのキーワードとしよう。

 

―目  次―

第1章 はじめに(--sustainability 問題の背景と構造--)
(森 俊介リーダー)
第2章 持続可能な発展の背景と課題
(石田 靖彦氏:元(財)地球産業文化研究所
  地球環境対策部長(現:豊田中国技術中心代表))
第3章 人口問題 ―持続可能な社会構築のための前提条件―
(縄田 和満委員)
第4章 世界の食糧問題 ―人口扶養力の可能性―
(中川 光弘委員)
第5章 エネルギー 資源問題(1)
―エネルギー問題の各側面における破局と回避の可能性―
(長野 浩司委員)
第6章 エネルギー 資源問題(2)
―拡大する消費と技術進歩の相克性―
(松橋 隆治委員)
第7章 経済発展と地球環境
(大平 純彦委員)
第8章 途上国の開発問題
―発展途上国の農村地域における
 「持続可能な開発」へのアプローチ―
(小島 道一委員、渡辺 道雄委員)
第9章 統合モデルMARIAによる持続可能性の評価
(森 俊介リーダー)
第10章 おわりに
(森 俊介リーダー)

 

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