平成10年4月17日、日本自転車会館3号館において標記懇談会を開催した。その中で(社)日本冷凍空調工業会 久島俊也 技術部長にご講演いただいたので、以下にその概要を報告する。
まず、冷凍空調と環境問題がどうかかわってきたのかというところで、その話に入る前に、冷凍空調の歴史的な動きと流れをお話しさせていただきます。冷凍空調というものがいつ始まったのだろうというので、私も随分古い文献をいろいろ調べました。これを冷凍空調と言って良いかどうかわかりませんが、エジプト時代、紀元前500年から600年ぐらいだと思いますが、素焼きのかめにワインを入れて夜のうちに屋上に持って行って置いておくと、次の朝に冷たく美味しいワインが飲める。これが一番古い冷蔵庫ではないかと言われております。
このぐらいの時期ですと、公害問題は全く無くやれていたのではないかと思いますが、その後、いろいろ歴史をひもときますと、例えば平安時代ですと、冬の間に氷室というものの中に雪をつき固めた氷をしまっておいて、暑くなってくるとそれを掘り出して使う。江戸時代には新潟とか金沢から、将軍に献上する氷が運ばれたというような文献もいろいろ残っております。いずれもそういう天然の冷蔵庫でしかなかったわけです。
これからお話しする機械的な冷蔵庫なるものが動き出したという時期は、随分歴史が浅うございます。現在、カルノーサイクルが冷凍の基本になっているわけですが、カルノーがこの理論を発表したのが1824年です。その後、1842年にマイカーが熱-仕事当量 という理論とその数値を発表して、冷凍空調のシステムが組めるようになりました。
まず1849年、アメリカで空気を使った空気圧縮式の冷凍機が作られました。これが最近でもエアサイクルの冷凍というので、公害のない冷凍機の一部で挙げられたりしている一番古いものになります。それから、もう少し理論的なものになりますと、1850年に熱力学の第2法則が確立され、1851年にフランスのフェルジナンド・カレーがアンモニアを使った冷凍機を初めて設計し、商業的に使えるようになりました。これが現在の機械式冷凍機のスタートと考えております。ただ、このアンモニア冷凍機はかなり大きくて、アンモニアが漏れると毒性があったり燃えるということがあり、必ずしも冷凍空調というものは発展して行きませんでした。
1930年に、米国人のトーマス・ミッジェリーがフロンの合成に成功しました。このフロンガスができたことによって冷凍空調分野における急激な発展が進みます。このミッジェリーは、ゼネラルモータースの家庭用冷蔵庫部門からの委託を受けて弗素と塩素の化合物の開発を行いました。この特許をデュポンが受け、フレオンというデュポンの商品名で大量
生産を始めたわけです。これは余談ですが、このフレオンをとりまして、今、日本ではフロンと言います。世界的にはフロンという言葉は無いのです。この時の逸話でミッジェリーが米国の化学学会で発表に際して、コップにCFC-11のガスを持ってきて、口に含んでポーっと吹いて見せました。その先で火をつけても全く燃えない。従来のアンモニアだと、もう口をつけるどころでなくて、コップに入れただけで部屋じゅうの人がもう鼻をつままなきゃいけない、涙だらけになるという物質だったわけですが、全く無味無臭、燃えない、こんな理想的なものはないということで、デュポンがこの商品化を始めました。1931年に220万ポンド生産していまして、1945年には4400ポンドになり、その5年後には7600万ポンドまで大量
生産しております。当初は冷凍機用の冷媒ということで開発したのですが、その後、発泡剤、洗浄剤と用途が広がって行きました。
1974年にローランド博士のオゾン層破壊という現象があるという論文が出ました。それに基づいて1985年にウィーン条約、その2年後にモントリオール議定書が締結されて、このフロンの生産規制が急激に進みました。先進国では、1995年にCFC冷媒の生産全廃が完了しておりますし、HCFC冷媒の生産量 の上限が規定されており、これが2003年末に35%、実質的には2020年に全廃というスケジュールで動くことになります。
一方、1992年にリオサミットがございまして、地球の気候変動という問題を大きく取り上げるべきだという論議がなされました。リオサミットで採択された気候変動枠組み条約が1994年に発効しておりますが、この時点では、まだ冷媒ガスそのものを温暖化ガスとして扱おうという動きはありませんでしたので、むしろ、我々はエネルギー論議だけで対応できるという判断をしてきました。それが、昨年の12月のCOP3で京都議定書の段階になりまして、化学物質もそれに含めるという議定書が採択されました。その結果 、この冷媒問題がさらにプラスアルファで問題になってきたというのが私ども冷凍空調における環境問題のメーンの問題というふうに理解しております。
私ども冷凍空調で使っている冷媒の中に、先ほどのフルオロカーボン系のもの、それから自然系冷媒のものがございます。例えばCFCと言っているのは、炭素を中心にしまして弗素と塩素をつないだもので、オゾン層破壊係数が最も大きい物質になります。これに水素分子を一部加えたもの、このCFCにHが加わったという意味でHCFCという冷媒があります。現時点で冷凍空調に使われている冷媒は、これが最も多いのですが、塩素イオンを持っていますのでオゾン層破壊係数は0ではありません。
そこで、HCFCに代わるものは何かないかということでいろいろ検討してまいりまして、次に出てきたのがHFCという冷媒になります。塩素イオンが全く含まれておりませんので、オゾン層破壊係数はゼロということになります。ただし、やはり弗素と水素と炭素の単純な結合物ですので、化学的に極めて安定的で温暖化係数が高いということで、今度は地球温暖化問題として取り上げられることになったわけです。
先ほどのGMの家庭用冷蔵庫用に開発したという、ミッジェリーが最初に開発したものはこのCFCの冷媒になります。これは塩素イオンを含んでいるためにオゾン層破壊係数が大きいのです。そこで、CFCを1996年の1月1日から先進国では生産全廃ということで、私どもも新しい冷媒の評価と利用技術を開発しました。現在、新規に生産され日本市場へ供給されるものについては、CFC冷媒を使っているものは全くございません。
次の流れ、これはHCFCになるのですが、水素イオンを含んでいるために、このCFCよりも化学的な安定度がワンランク落ちますけれども、それなりにかなり安定したものになります。ただ、まだ塩素が入っているために、このCFCに比べますと、オゾン層破壊係数が20分の1ぐらいではあるんですが、オゾン層破壊係数が存在するということで、これも徐々に生産、使用を禁止していこうということで、段階的に削減してゆく対象になっています。
従来、ご家庭のルームエアコン等の空調機に使っている冷媒で、どちらかというと空調領域、人間の居住空間ぐらいの温度領域を作りだすものについては、従来からHCFCが使われてきています。業界としてはこれをやめなければならないというので、次なるものを1990年から業界全体で、それも日本だけではとても対応できないということで、特にアメリカ、それからヨーロッパ、カナダの研究者、同業の研究者が集まり共同研究をしてまいりました。この結果 、次なるもののメーンはHFC系であろうということで、これを選択しました。カーエアコンだとか家庭用冷蔵庫は、いち早くCFCからHFCに移っておりますが、空調機や業務用の冷凍機は、これからHCFCからHFCに移ろうとしているところです。
次に、我々日本で冷媒というものがどのくらい使われているのかお話ししたいと思います。1992年、年間5万トンぐらいの冷媒が日本国内に供給されております。いろいろオゾン層保護問題、温暖化問題が出てきて、1996年時点ですと、大体4万トンまでに冷媒の生産量 は下がっています。ところが、実際には冷凍空調機器の生産そのものは、右肩上がりでずうっと上がっているのです。右肩上がりに上がりながら、実際の冷媒の量 が減っているのは、やはり機器メーカー、工事業者が、環境問題にご理解を下さり、非常に注意深く大気排出を抑制するように使うようになったからです。また機器メーカー自身も、できるだけ少ない冷媒でやろうという開発を続けてきております。そういう意味で、5万トンから4万トンへの冷媒生産量 20%減、実際には空調機器生産の増大を考慮すると30%強の減ということになりますが、実際の冷媒使用量 削減を図ってきたという状況にございます。
さらにオゾン層破壊係数の一番高いCFCは生産全廃になって、96年にはもう既にゼロになっております。ほとんどはHCFCにかわっておりますが、ここでHFC冷媒なるものが徐々に増加しております。将来を考えますと、将来というのは、あと10年ちょっとですが、このHCFCもほとんどゼロになってHFCに切りかわっていく。その総量 をいかに抑えることができるかというのが、中期的に見た我々の業界の一番大きい課題になろうかと思っております。
次に、用途別に見ます。これは1996年ベースで、私ども業界として整理したものですが、業務用の冷凍空調機器が日本全体の30%強、家庭用のエアコンが17%強で、カーエアコンが17%強ございます。私どもの工業会がカーエアコンとルームエアコンと業務用冷凍空調をやっていますので、我々の業界が半量 以上の冷媒を使っていることになります。
1996年の通産省の化学品審議会において、各業界の了解のもとに、それぞれの用途における代替への転換の自主目標を立てております。冷媒用途で使っているHCFCは、2010年までには、工場で新規に生産するものについては全廃しましょうというのを、業界の自主目標にしております。それから、アメリカ、カナダ、ヨーロッパにも同業者の団体がございまして、これらの団体と私どもの工業会が集まってICARMAという会合をつくっております。このICARMAの会合でも、2010年までには、とにかく新規の生産するものは全廃しましょうという約束をして、今努力をしているところであります。
ただ、冷凍空調といいますのは、製品をつくってお客さんにお納めしてから、寿命の長い製品ですと25年もお使いいただいていますし、多分エアコンでも、皆さんのところで12年から15年ぐらいお使いになられますので、そういう意味では、冷媒の供給がなくなってからでも修理サービス用の冷媒は確保しなければなりません。単にモントリオール議定書のように、冷媒ガスの生産供給をとめるだけでということでは対応できませんで、むしろ、ユーザー保護というものを考えながら、できるだけ生産を早目に切り上げていくという操作をしなければならないというのが業界の基本的な考えになっているところでございます。
次に、温暖化問題について、少し話を変えていきたいと思います。現在IPCCで問題になっていますのが、例えば2000年時点までに地球の平均温度が0.3度上がりますと海面 が6センチ上がると予想していますし、例えば21世紀末でいきますと、気温が3度上がると海面 が65センチ上がるというような推定がされております。温室効果ガス全体から見ますと、HFCの温暖化への影響度は比較的低いのですが、やはり我々としては対策を講じなければならないと理解をしているところです。
では、日本の中で一体どうなっているのかというところを、我々なりに様々なデータから分析したものがこの図1になります。京都議定書では、炭酸ガス、メタン、亜酸化窒素については1990年、それから残りの3ガスについては1995年も選択可能ということに決まっております。日本の大気排出量 を見ますと、残りの3ガスは95年の方が若干多いので、95年の値を使って試算してみました。全体で12万3400GWP万トン(温暖化係数を掛けた量 )に対して、我々の扱っていますHFCというのが全体の1.5%程度の影響度になります。3ガスを全部足して3.4%ということになりますが、ただ、実際にはCFC、HCFCからHFCに移らなければならない状況にありますので、この3.4%というのは、もう少し時間が経過しますと、もっと大きくなります。したがって、このぐらい少ないからいいじゃないかと言える状態ではないというのが、業界の認識になっているというところでございます。
ただ、問題としては、先ほどお話ししましたように、CFC、HCFCを無くすためにHFCに移ろうとしておりますので、95年のレベルから、それより削減していくということは業界としても非常に難しいということで、CFC、HCFCからの代替ということを十分考慮していただきたいと主張しているところです。中央環境審議会の報告書の中では、トータルの排出量 のプラス2%以下に抑えるような努力をすべきという唯一のプラス方向の言葉をいただいて、関係業界を含めて、この中に何とかおさめるべき最大限の努力をしようという状況になっております。
次に、温暖化問題を考えるときに、私ども大きく考えなければならないことが2つございます。元来、冷凍空調というのはエネルギー多消費型の製品ですので、エネルギー効率の高い、電力消費、エネルギー消費の少ない製品をつくることが、冷凍空調の最も大事な仕事であると考え続けてきました。そして京都の会議の結果 を受けて、今度は冷媒そのものに対しても大気排出を防止しなければならない。2つ目の問題が出てきたことになります。
では、この2つの関係がどのくらいの影響度にあるのかということをお話しさせていただきます。私ども、この問題に対しては1つの指標、TEWIという指標を使おうということで、これは先ほど申し上げましたICARMAという世界の業界の会合の中で統一した指標にしたいと考えているものでございます。
TEWIというのは、Total Equivalent Warming Impactの略です。これは冷凍空調から出てくる冷媒の直接大気排出による炭酸ガス等価量 と、機器使用に伴うエネルギー消費に基づいて、例えば発電、あるいはボイラーをたくということによって出てくる炭酸ガス量 、これを足し合わせたもので評価する指標です。ただ、このTEWIそのものも、まだ理論的に少し欠点がありまして、これ一本でやりますよと、大威張りできるほどの内容になってございません。ただ、かなり大きな見方ができるのではないかと思っているものです。
TEWIの評価の一例を図2でご紹介します。図2の左側のグラフが家庭用エアコンを、東京でお使いになった場合を想定して検討した例です。横軸が先ほどのTEWIという値で、このTEWIが大きいほど温暖化影響が大きいということになります。この図2の分析例ですと、一番左の黒いところが、東京で冷房に使うためのエネルギー消費に伴う温暖化影響、真ん中が暖房の影響になります。それから一番右の部分は冷媒ガスが大気排出した影響度ということになります。これには回収何%という実績を入れていますので、その回収率によって影響度は変わります。
我々は、冷媒を大気排出するという行為については、それを取り扱う業界の努力によってある程度セーブできるのですが、エネルギー効率の悪い機器を世の中に供給してしまいますと、これは人為的にコントロールできないということがございます。ご覧いただくとわかるように、エアコンを使うことによるエネルギー消費に伴って出てくるCO2の方がはるかに影響度が大きいので、やはりエネルギー効率の高い機器をつくることを第一優先にすべきであると考えています。その上で、機器を使った後の冷媒回収も最大限の努力をすべきであるというふうに考えている根拠のデータでございます。 この関係をさらに図3で説明いたします。これはパッケージエアコンという業務用の空調機をベースにして分析した例でございます。これは東京地区の冷房専用機だけで分析しております。東京地区で14キロワットといいますと、ちょうど喫茶店でお使いいただいている業務用空調機の大きさです。それで、大体使用時間が年間600時間ぐらい、製品寿命10年間、そして発電によるCO2排出を0.473CO2/kwhという仮定で計算しております。また横軸にエネルギー効率(COP)を入れております。我々がCOPと言っているのはコエフィシェント・オブ・パフォーマンス、いわゆる1の電気エネルギーを入れて、どれだけの熱エネルギーをそこから取り出しているのかという比率になります。具体的に言いますと、例えば一番左のCOP=2.5というのは、1の電気のエネルギーを入れて、その電気エネルギーの2.5倍の熱エネルギーを移動させたということになります。ですから、これは、このCOPが大きいほどエネルギー効率の高い機器になります。
では、エネルギー効率を高くしていったらどうなるのかというのが、徐々に上げていっておりますが、現在、業務用の空調機ですと、COP=2.5とか3.0というのがごく標準的なところかと思います。最近の省エネ法でトップランナーという表現が使われていますが、技術的にはCOP=3.5~4.0の高いトップランナーも可能だろうと思います。例えばCOP=4.0の空調機を使用する場合を想定しますと、冷媒の回収をしないで全量 大気へ出したとしても、このCOP=2.0のエアコンを使うよりは温暖化影響が少ないことになります。
これをご覧いただいてわかりますように、エネルギー効率の高い機器をつくり出すかということが、温暖化防止に一番効果
があると我々考えており、先ほど申し上げたように、エネルギー消費の少ない機器を製造することを第一優先、それから使った後の冷媒はできる限り回収する努力をしよう、これが業界の方針としているところの所以でございます。
もともと冷凍空調といいますのは、生活環境の快適性をどう守るかとか、食生活の利便性をどう上げていくかというために、機器を供給してきております。1番目は、快適性、利便性というものの追求と、環境問題の調和というのをどの程度に持っていけばいいのかという問題です。これは機器の供給側から言いますと、非常に大きな問題になると思っております。
2番目は、複眼評価と単眼評価です。地球温暖化防止問題というのは、複眼的な視野で総合的に判断していかなければいけないということがございます。しかし実際に実行するときには、かなり単眼的な視野で限定して実行に移さないと、結局、的を絞れなくなるのではないでしょうか。地球温暖化問題の中で、例えばリサイクル問題だとか、あるいは国民のライフスタイルの問題だとか、もう1つLCA的な評価を温暖化問題の中にどう取り込むかとか、非常に複雑な動きがございますけれども、余り複雑にして具体的なアクションが出ないような評価では、やっぱり元も子もなくなるだろうということで、全体を考えるときには複眼的に見るんですが、実際にアクションを起こすときには単眼的な見方をせざるを得ないだろうと考えています。
3番目は、環境庁が温暖化防止の基本法の国会上程を検討しているという新聞報道がございましたけれども、私どものように、一般 の生活の中に密着したところで製品を供給していますと、単なる法規制だけではどうしても解決がつかないのではないかと考えております。やはり法的な規制というものと自主的な活動、これは我々メーカーもそうですし、ユーザーの皆さんのところも含めて、そのベストミックスをどうしていくかというところが非常に大事ではないかと思っています。
4番目は、日本国民のライフスタイルを変えていくことが話題に挙げられていますが、実はこの問題、我々の業界全体が将来どう動くかという、一番根源にかかわる問題でございます。言い換えると生活の快適性・利便性の追求や欲望に限度を設けるとか、抑制することができるのかということです。これは、ほとんど結論が出ない大きな問題になっているという状況でございます。
(文責 事務局)