1998年10号

平成10年度地球産業文化委員会開催

 去る8月27日(木)14時より17時まで弊財団会議室にて平成10年度地球産業文化委員会が開催された。地球産業文化委員会は当研究所の諸活動につき、中長期的見地から助言をいただく有識者の会合である。今年は当研究所が10周年を迎える節目の時期に当たっており、10周年の記念事業についても報告、討議が行われた。

 報告、討議の中で今回は特に研究委員会報告、地球産業文化研究所の長期戦略の部分に焦点を当てて報告する。3.の「地球産業文化研究所の長期戦略について」の部分は、故清木克男専務理事の手になるもので、本人の絶筆となった。


1.出席者ならびに議事内容

〈出席者〉

委員長: 木村 尚三郎 東京大学名誉教授
委 員: 石井 威望 慶応義塾大学
環境情報学部教授
公文 俊平 国際大学グローバルコミュニケーションセンター所長
河野 光雄 内外情報研究会会長
福川 伸次 株式会社電通総研社長
森嶋 昭夫 上智大学法学部教授
薬師寺泰蔵 学校法人慶応義塾常任理事
報告者 白石 隆 京都大学
東南アジア研究センター教授
明日香壽川 東北大学
北アジア研究センター助教授
川添 護 東海大学研究推進本部次長
通商産業省: 勝田 龍平 大臣官房企画室長他
地球産業文化研究所: 清木専務理事、
小松参与、
川松理事他

 

〈議事(司会、進行:木村委員長)〉

1.研究委員会の報告

  • アジアの中の日本を考える研究委員会 (白石 隆)
  • アジア地域における環境技術移転研究委員会 (明日香 壽川)
  • ロシアのハイテク産業と日・ロ関係研究委員会 (川添 護)

2.地球産業文化研究所の長期戦略について (清木専務理事)

3.政策提言についての自由討議

4.地球産業文化研究所10周年記念事業について

2.研究委員会報告より

・アジアの中の日本を考える研究委員会

(白石 隆)

 過去50年のアジアの国際的政治・経済秩序は、基本的に米国のヘゲモニーのもとに形成されてきた。安全保障はもちろんのこと経済においても東南アジア、日本、米国の3つを拠点とする三角貿易のシステム、ここに1980年代から中国が入ってきたという構造である。ここにおける日本の基本的スタンスは「アジアと日本」という言葉に代表される軽い統合の中にあるというのが基本であった。

 ところがプラザ合意以降,円高に炙り出されるように日本の製造業が東南アジア、中国沿海州に進出していき、日本の製造業はアジアの中に埋め込まれてくるようになった。

 ヨーロッパにおけるドイツの地位は「ジャーマニー・イン・ヨーロッパ」、つまりドイツはヨーロッパの中に制度的にも経済的にも深く埋め込まれている。いま、アジアにおいて日本がアジアに埋め込まれた「ジャパン・イン・エイシア」、(アジアの中の日本)、あるいはグレータージャパンという状況が過去10年の日本の製造業進出によって成立しつつあるのではないか。

 ところがそういった現実に対して、日本のアジア政策はそういったグレータージャパンの現実を踏まえた整合性あるもののようには見えない。むしろ過去の「アジアと日本」を前提とした軽い統合、排他的な日本の利益を一義的に考えるといった政策のスタンスがまま見られるのではないか。「アジアの中の日本を考える」研究委員会ではグレータージャパンの現実に対応し得る政策の全体的な整合性、長期の戦略について、いろいろな角度から検討を行った。ではそういった戦略の基本としてどういったコンセンサスが表れつつあるかというと、1つは開かれた、公正な、そして英語と日本語の2つの言語に基づくシステムであり、2つ目はそのシステムに乗ったネットワーキングの構築である。このネットワーキングには人材育成、技術協力などが含まれるだろう。こういったコンセンサスを可能にするには、モニタリング、広い意味での情報収集、分析能力の向上が必要となるだろう。

・アジア地域における環境技術移転研究委員会

(明日香 壽川)

 中国に対する環境技術移転という問題を中心に取り上げた。環境技術移転はテレビの製造技術移転とは根本的に違う。テレビの製造技術移転は民間の海外直接投資で行われるが、環境技術移転はODA中心であって民間ベースではうまくいかない。経済的なインセンティブが働かないからだ。高価な日本の環境技術を中国が導入しても利益がでない。そこで官を中心としたパブリックポリシーというものが必要となるだろう。これは日中両国においてどうして一見経済効果 がないように見える環境技術移転が必要なのか、なぜODAのような公的資金の導入が必要となるのかといった共通 の認識を醸成していくことの必要性ということである。まずは研究者レベルでの地道なコンセンサスを作り、それを政治レベルに上げていくしかない。中国に対して、環境技術移転が結果 として経済的効果をもたらすという説明ができたら、日本外交としてのある種のアカウンタビリティを持つのではないか。

 報告書の中で、日本の原子力を含めた発電技術についての現状を書いてもらっているが、それが酸性雨や温暖化ガス排出防止に対して、日本の力が発揮できる国際貢献に関するある種の示唆を与えている。

 中国は経済成長を続ける中で深刻な環境問題を引き起こしており、それはとどまるところを知らない。公害を出している企業に限って公害を防止する資金的、技術的能力がないように見える。中央政府としては環境問題の重要性を認識するようになったが、地方レベル、企業レベルではまだ具体的な対応策がとられていないのが現状である。

 日本で環境問題が環境産業を生んだように、中国内部でも環境産業が発展し、環境対策が利益を生むような状況になれば民間ベースでの日中協力は進展するだろう。環境対策が利益を見出せるようになるまで、ODAの資金を有効に使い、両国のコンセンサスをつくりあげていくことが求められている。

・ロシアのハイテク産業と日・ロ関係研究委員会

(川添 護)

 ロシアは、サイエンスの分野では先進国ではあっても、テクノロジーの分野では後進国という定義付けができる。それは政治的背景から軍需産業中心の産業構造があったからといえる。フルシチョフの時代、宇宙産業、軍需産業はその頂点に達した。また2度にわたるオイルショックは世界有数の産油国であるロシアに多額の資金流入をもたらしたが、その儲けは軍需産業に費やされた。軍事技術は基本的に国家機密であり、産業技術として広く民間に伝播していくものではなかった。一方、日本を含めた西側諸国はオイルショックを契機として省エネ、エレクトロニクス化に走り、その産業構造を変化させた。

 その後ロシアはアフガン進攻を行い、世界から経済制裁を受け、西側諸国との格差を広げてしまった。いまだにロシアの軍民転換は進んでいないが、ロシアは世界平和、人類の福祉に貢献できる技術を持っている。例えば天然ガス発電、これは原子力融合技術のつなぎとなるクリーンエネルギーとして有望視されている。また天然ガスからのヘリウムの分離とその技術の延長にある超伝導、燃料電池などもロシアが実際に持っている技術である。また小型原子力発電は温暖化ガス排出削減という意味ではここ15年で日の目を見る技術であろうし、ロシアの発明であるレーザーも応用範囲が広い。

 日本とロシア間の国レベル、民間レベルの協力は他地域に比較して、低位 にとどまるのみならず、両者の心理的距離は大きいものがある。現状を打破し協力体制を整えるためには、両国のトップレベルでの政治的意図の合意が必要である。「橋本・エリツィン・プラン」では投資協力イニシアティブ、改革支援のための借款・貿易保険・中小企業育成、エネルギー・環境分野での協力等がうたわれている。

 この意思決定を実効あるものとするために日・ロ双方が情報を共有する枠組みが重要である。ロシアのサイエンスと日本のテクノロジーを効率よく合体させることにより、21世紀のシナリオの明るい1ページが描けることになろう。

3.地球産業文化研究所の長期戦略について

地球研、清木専務理事

 地球産業文化研究所は、この12月1日に10周年を迎える。次ぎの10年に向けて、地球産業文化研究所は、Public Policy Research Instituteとして、さらに、本格的な活動を目指す必要がある。

(調査研究活動の基本的視点)

1.当所の調査研究活動は、これまでの地球産業文化委員会で審議されたように、(1)地球容量 の物理的制約の深刻化(人口、エネルギー、食糧、環境問題等)(2)Globalization、情報化、新しいNationalismの台頭等社会経済的条件の変化(3)NGOや多国籍企業等新しいActorsの登場、新しい国際システムの模索、が必要になっていると言う諸状況を総合的に捉える視点に立つ必要がある。また、個々の調査研究のテーマについては、上に述べた視点をterms of referenceとして、通商産業省、産業界の二一ズを勘案しつつ、先に述べた関心のもとで、個々の地球規模の諸問題を適時、適切に取り上げていくこととする。

(調査研究分野の位置づけ)

2.当所の調査研究活動については、今後、それぞれの活動の意味や位 置づけを明確にする必要があると思われる。

 第一は、持続可能性やGovernanceと言った当所のコアとなる基礎的分野で、当所の諸活動のよって立つ基本的な考え方を構築することを目的とする。同時に、この分野で、当所は、Center of Excellence(COE)として、内外の研究をリードする役割を果たす必要がある。<・P>

 第二に、通商産業省や産業界の二一ズに即し、その委託等により、行う研究活動で、現在、気侯変動政府間パネル(IPCC)や国連気侯変動条約(UNFCCC)、途上国への技術移転に関する研究等を行っている。これらの分野では、委託等の趣旨に沿った質の高い研究が必要であり、継続的な研究活動を通 じ、当所のexpertiseを高めて行く必要がある。<・P>

 第三に、海外の研究所と協力して、ネットワークで共同研究を行うもので、現在、エネルギーセキュリティに関するAEIとの協力、globalizationに関するEvian Forumを通じての協力等がある。地球産業文化研究所の課題が、地球的規模の問題の解決に向けての視点の確立、普及にある以上、こうした海外の研究所とのネットワークの形成を通 じた共同研究を、今後とも、推進する必要がある。

(Staffの専門性の強化)

3.これまで、当所の調査研究活動は、外部の有識者や研究者のグループを組織し、それに委ねる形で実施されてきたが、当所の活動を上のように意義づければ、Organizer的活動に加えて、内部の調査研究業務を充実させる必要がある。そのため、それぞれの調査研究活動を複数年継続的に行うこととし、研究スタッフの専門性を強化するとともに、幾つかの分野には、時限的に、Post Doctoral等の専門家の採用を行うことが必要である。

(研究成果のimpactを高める必要性)

4.近年、各国のPublic Policy Research Instituteは、単なるThink Tankではなく、“Do”Tankとして、研究成果 の普及、実行に向けて、具体的政策の提言、Mediaの活用等による広報の充実、内外のネットワークの形成等を行っている。地球産業文化研究所としても、今後こうした事業を充実する必要があり、そのための人的資金的資源の確保に努める。具体的には、

    (1)地球産業文化委員会を通じての各種提言

    (2)WebsiteやInternet Networkの充実、海外広報の強化

    (3)内外のMediaとの連携

    (4)国際SymposiumやSeminarの充実

    (5)海外共同研究のOrganaizerとしての役割の強化。

(各分野の事業)

5.今後2~3年にわたり、地球産業文化研究所としては、以下の事業に重点を置くものとする。

(1) IPCC事業IPCC第三次評価報告書

 この報告書は、2001年末に完成されることとなっているが、このプロセスで当所は、通 商産業省から、委託を受け、報告書作成の様々な局面で、指導的役割を果 たすことが必要である。このため、年間約1億円程度の資金を確保し、2名の新規スタッフを採用する。また、IPCCの接術移転特別 報告でも、1999年の報告書の完成を目指して、これまでの知見を生かしつつ、結論部分の執筆に中心的役割を果 たしていく。

(2) UNFCCC事業

 昨年12月のCOP4で採択された京都議定書中、最も注目されるのが排出権取引・共同実施、C1ean Deve1opment Mechanism等の“柔軟性措置”である。柔軟性措置の制度設計の作業は、京都以後の交渉プロセスに委ねられており、削減目標の実施が開始される2008年まで、息の長い検討が続くと考えられる。当所としても、制度設計の作業に参画するとともに、海外研究機関のネットワークに参加し、情報の収集整理を行い、必要に応じ、関係者に情報提供の業務を行うこととする。そのための必要な人的資金的resourcesを確保する必要がある。また、通 産省の補助等により、日米の有識者の間に議論の場を作り、気侯変動問題の重要問題に関し、クリティカルな分析を行い、適宜、共同提案を行うプロジェクトが今後2年間にわたり、実施される予定である。

(3) 途上国との技術協力、China Councilヘの協力

 途上国との技術協力については、前述の通 り、当所がこれまでに蓄積した知見をべ一スに、IPCCの特別報告執筆作業に貢献を続けるものとする。China Councilについては、1997年から2002年までの第ニフェーズの間、引き続き、Councilで議論される重要問題(例えば、環境政策と経済政策の統合に関する新しい作業グループの活動等)やC1ean Production WGの活動に対し、必要な貢献を行う。

(4) エネルギーセキュリティ

 今日、アジアのエネルギーセキュリティの問題について、APECをべ一スに政策対話を行う気運が醸成されている。エネルギーセキュリティの問題は、エネルギー需給逼追に関わる通 常の意味での問題だけでなく、シーレーン防衡、核燃料サイクル、天然ガスパイプライン、環境問題等幅広い考慮をも必要としている。当所としては、今年度から、インドのTERIを中心とするAEIのグループとアジアにおけるエネルギーセキュリティの問題に関する共同研究を始めており、今後2~3年にわたり、アジア諸国のヱネルギー環境シンクタンクに蓄積されたexpertiseを活かしつつ、共同研究を読けることとする。

(5) Governance

 この分野では、現在今井大使を座長とする研究会を組織し、governanceのconcept作りを中心に作業したが、10年度は、g1obalizationが進展する中で、一国の政治の在り方といった問題を中心に検討を行う。今後とも、逐次、この分野の重要問題を検討の対象としていくこととする。また、Harvard大学の21Century Vision for Governance Groupや Carnegie Endowment等のlike-minded institutesとの連携を図る。

(6) G1obalizationの諸問題

 地球産業文化研究所は、過去3年問、ヨーロッパのパートナー(最初は、EIJS、後にスイスアジア財団)との協力の下、政府、産業界、intellectualの3者構成になるEvianフォーラムを主催し、WTOの問題、国際投資に関するレジームの問題、地域主義の台頭等g1obalizationに関する諸問題の議論を進めてきた。ヨーロッパ側パートナーは、EUの支持も受け、今後3年間このフォーラムを継続したいとの意向を申し越してきている。地球産業文化研究所としても、これを受けて、引き続き、このフォーラムを通 じて、積極的に国際社会に向かって、提言を行っていく。

(7) 持続的発展

 この分野では、これまで3年問、WRIとのSustainabi lity2050の共同研究で、知見を蓄積し、研究成果を3冊の出版物によりまとめようとしているところである。10年度は、アジアの新しい開発戦略の問題を、現在の危機の状況から立ち上がり、どのような中期的な発展基盤を構築するか、また長期的視点に立って、気侯変動等の地球環境問題と両立し得る発展戦略を構築するか等の問題を取り上げることとし、平行して、世銀の資金的支援(Japan Trust Fund)を仰ぎ、アジア各国の国際共同研究を組織していくことを検討中である。

(8) アジアの諸問題

 地球産業文化研究所では、平成9年度より、京都大学白石教授の指導の下に、“アジアの中の日本”プロジェクトで、新しい日本のアジアとの関わりを検討するとともに、東大山影教授の指導の下、“ASEANと日本”のプロジェクトで、ASEAN諸国に勃輿するnationalismを背景にASEANと日本が今後どのような関係を構築すべきかについての検討を始めている。さらに、神奈川K-FACE財団とも連携して、新しいアジアの知的リーダーとのネットワーク形成の活動にも携わっている。当所としては、今後ともアジア問題を世界の政治経済との関りの分折、日本の対外戦略の構築という観点から、アジア各国との共同研究を含みつつ、調査研究を行うこととする。

(9) 情報化

 当所としては、これまでも、GLOCOMとの協カのもとに、様々な情報化に関する課題に取り組んできた。平成10年度以降は、アジアの情報化の推進に向けて、どのようなInitiativesが適切かといった、政府や産業界の二一ズに近いプラクティカルなテーマを取り上げるとともに、アジアのlike-minded institutesとネットワークを形成し、適切なプログラムの実施を促進することとしたい。

(業務処理体制の拡充)

6.以上の事業以外にも、現在、当所に対し、各方面 から、以下のような協力要請があり、当所として、これらを受けるかどうかを検討中である。

    (1)WEFのTrustees21の作業への参加、

    (2)UNCSD2001年会合のテーマ“エネルギーと持続的発展”の検討へ参加、

    (3)米国At1antic Instituteから、“アジアの経済発展と大気汚染”の共同研究の提案、
    Nautilus Instituteから、“クリーンコールテクノロジーと革新的資金調達”のプロジェクトヘの参加要請、
    “環境と貿易”の問題について、Chatham House,GETS Group,CAITEC等からの協力要請等。

 今後とも、こうした要請は、増加するものと思われ、適宜適切に、当所の事務処理体制および調査研究体制の拡充強化を図って行く必要がある。

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