1999年4号

CDMワークショップにおける議論


京都議定書の国際的メカニズムである「クリーン開発メカニズム」の導入において技術的に難しい点として、プロジェクトがなかった場合の「ベースライン問題」がある。この問題に関して、1999年2月25、26日、東京のホテル・ニューオータニにおいて、この問題に関する専門家を招いた国際ワークショップが開催された。主催はNEDO、共催が通 産省、環境庁、外務省、事務局をGISPRI(地球産業文化研究所)がつとめた。以下は、その報告である。


ワークショップの目的と概要 

  昨年の気候変動枠組条約第4回締約国会議(COP4)において、従来柔軟性措置と呼ばれていた「京都メカニズム」が、2000年末のCOP6を目途に具体的なスキームの詳細が詰められることが決定された。その中でも、プロジェクトをベースにしたクリーン開発メカニズム(CDM)に関しては、今後の課題が山積している。特に、プロジェクトが存在しない場合の温室効果 ガス排出量の「ベースライン」設定問題は、排出削減量すなわちクレジットの同定に不可欠であるものの、任意性が大きく、AIJのネックのひとつとなっている取引コスト削減のためにも、なんらかの「標準化」がなされることが期待されている。
 しかしながら、実際に多種多様なプロジェクトに対し、どのような方法が可能であるかという点に関して、研究者レベルにおいても意見が分かれており、決定打となる方法論が確立されているとは言い難い。したがって、本ワークショップにおいて、CDMのデザイン上のボトルネックともいえるこの「ベースライン問題」に焦点を当て、本課題に精通 している国内外の関係者を招き、国際的な研究およびそれに対する議論を行うことによって、この問題に関する認識を深め、特に日本におけるこの分野の研究のキックオフとなることを目的とした。

ワークショップの総括と所感

 ワークショップは、技術的な問題に焦点を当て、かなりインテンシブな議論がたたかわされた。その意味で、参加した諸外国の専門家にとって、さらには日本の役所や研究者にとって、充実した内容だったとの声が寄せられており、主催者の一員として満足している。
 テーマである「ベースライン設定問題」は、「当該プロジェクトがなかったとした場合の排出経路」をどのように設定するか、という問題であり、生成されるクレジット量 は、このベースラインと「実際の排出経路」(測定可能)との差で定義される。なお、ベースラインはあくまで「仮想的」なもので、実測は不可能である。
 CDMの場合、排出削減量(クレジット量)の認証は「運用機関」という第三機関が行うが、運用機関によって同じようなプロジェクトの場合にベースライン設定方法が異なったならば、スキームの信頼性が低下する。また、プロジェクトごとに妥当なベースラインを検討することは、(ただでさえ大きな)取引コスト増につながり、スキーム全体の発展に影を落とす。したがって「いかにして【標準化(規格化)】されたベースライン設定方法を「定義」するか」が非常に重要なポイントとなる。
 このワークショップにおいては、さいわい、諸外国から多数の専門家、およびコメンテーターとして政策担当者の参加をえて、技術的な課題にもかかわらず、かなりインテンシブな議論を行うことができ、主催者、共催者、そして参加者にとって、得るものが多かったといえよう。

ワークショップ進行経過

 ワークショップにおいては、この技術的な問題に焦点を絞り、まず、松尾(GISPRI)、Heister氏(世銀)、Kelly氏(CCAP)から、問題の総論的なサーベイと、その解決策のメニューを検討する発表があった。続いて、Ellis氏(OECD)から既存の試験的なAIJ(共同実施活動)の経験事例研究、竹田原氏(NEDO)、Mendis氏(AED)からエネルギー関連プロジェクトに関わる点、Trexler氏(TAA)から森林関連プロジェクトに関わる点が事例をまじえて紹介された。
 二日目は、AIJの経験として、米国USIJIの全般をDixon氏(USDOE/IGES)、EPAのベースライン研究成果 をFriedman氏が紹介した。続いてBegg氏(Surrey大学)、Jepma氏(JIQ)が、ベースラインにかかわる不確実性問題などの指摘と、全般 の総括的なとりまとめを行い、さいごに、木村氏(MITI)のチェアのもと、全発表者およびコメンテーターによるパネル・ディスカッションがあった。

共通の理解

 このワークショップで確認されたこととしては、ベースライン問題にとっての重要なことは、

▲シンプルさ、透明性の確保と第三者による削減量の認証、
▲標準化(規格化)の必要性(無矛盾性と低取引コスト)、
▲ベンチマーク法、技術マトリクス法、マクロ・ベースライン法などあるが、一つに絞ることはコンセンサスが得にくい(その中ではベンチマーク法が広く用いられやすい)
▲時間経過と共に変化する要素、プロジェクトスケールの考慮も重要、
▲用語の統一(共通化)の必要性、
▲Leaning-by-Doingの方法が現実的、
▲キャパシティー・ビルディングの必要性などが共通の理解としてあった。その一方で、かなり意見の相違をみたものとしては、
▲「資金」の追加性の解釈(「効果」の追加性との関係、公的資の利用可能性、収益性のある民間プロジェクトの場合)(

などであった。ベースライン設定の方法論、リーケージ問題などの間接効果 、不確実性に関する点などもコンセンサスが得られていない。 

 議論の中で、今後の国際交渉における現実的方法として、暫定理事会によるstep-by-stepで標準化の枠を広げていく(標準化を前提にcase-by-caseではじめ、プロジェクトタイプごとに方法論を徐々に確立していく)方法なども指摘された。また、この問題では、各種パラメタの「設定方法」を含めた「方法論(methodology)」の確立(交渉による合意)によって、不確実性などの問題を「取り扱う」ことができる、という指摘もあった。

成 果

 このワークショップの成果としては、現在、このベースライン問題に関して、世界でどのような議論が、どの程度まで進んでいるか、という点がほぼ明確化したことである。主たる課題はほぼ抽出され、それへの対処方法に関しても、方法論としては(少なくとも概念的には)メニューが得られているものも多い。今後のUNFCCCプロセスの中での「取り扱い」のための「整理」はできたと言うことができるかもしれない(プロジェクト・タイプ個別 への適用の問題はまだ残されている)。 

 印象としては、現状でのAIJの経験はそれなりに役に立っているものの、それだけでは不充分で、今後の研究で補う必要がある。課題の整理や問題点の所在は、今回のワークショップである程度はっきりしてきた。今後はCOP6に向けて、さらに具体的で突っ込んだ議論が必要となろう。 今後、このワークショップの議論が、京都メカニズムのデザイン交渉において有益なインプットとなることを期待したい。

GISPRI/IGES 松尾 直樹



注) 議定書第12条においては、「プロジェクトがなかった場合と比較して」排出削減効果 が必要である、というように「追加性」を定義している。したがって、「資金の追加性」を明示しているわけではないが、発展途上国などでは、これを(運用上のガイドラインとして)重要視している見解が多い。

 

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