市場の優位性と民間企業の活力さえあれば、未来社会は繁栄し福祉も向上するであろうという楽観的なシナリオがある。これを、私は「市場にまかせる世界」と呼んでいる。
このシナリオの信奉者達は、自由市場主義、企業の再構築、起業家精神が成し得たものこそがアメリカ経済の好景気の拡大であると主張している。技術革新のペースはインターネットの登場や電子商取引の拡がりを見てもわかるように、驚くべきスピードで新しい機会を作り出している。国際通
貨取引額は、今では一日約1.5兆ドルに上っているのである。しかしこれは、将来起こりえる唯一のシナリオではない。
いつまでも続く貧困や拡大する経済不均衡の拡大、広まりつつある環境汚染など未解決の問題が実に数多いことを考えれば、全く別
の世界、それは貧困と絶望の海に、繁栄の島々が浮かんでいる世界――私は、この世界を「要塞にまもられる世界」と呼んでいるが――になることもありえるのである。
この第2のシナリオ「要塞にまもられる世界」の信奉者は、市場それ自体は、必ずしも社会悪を正しはしないし、環境破壊を防ぐこともない――逆に悪化させることすらしばしばある――と指摘している。さらに、国際市場の好景気は、真の意味で国際的であるには程遠い――民間投資は開発途上国に著しく集中しているし、平均所得は70カ国以上の国で、1980年当時よりも下がっている――ということも、彼らは指摘している。
我々は、この「要塞にまもられる世界」の影を、難民や不法移民が大挙して押し寄せたり、私的な傭兵が今や数の上では全世界の警察の4倍にもなっていることや、国が裕福か貧しいかに関係なく居留地や隔離政策がまかり通
っておりそれが拡大していること、などにみることができる。
最後に、より希望のもてるシナリオとして提案するのは、「改革される世界」と呼んでいるものである。このシナリオの未来社会は、デジタル・ネットワークの発達により、人々が真にグローバルな情報や市場にアクセス出来、社会や政治プロセスへ参加する機会が拡がり、それによって権力が分散され、新しい政治的連携によって草の根的にも、グローバル的にも、種々の機関や政府がなすべき事を具体化でき、統治形態を拡げていける社会である。民間企業の活力を利用しながらも、市場のインセンティブを社会的・環境的ゴールと結びつけられる、そんな未来である。このシナリオに沿った変化は、既に現れてきている。自らに厳しい環境基準を課し様々なステークホルダーと良い関係を持とうとしている数多くの国際的な企業が現れていること、無視できない力として台頭してきている市民グループがいること、また、地球上にあるどんな村でも、個人の携帯電話に直接アクセス可能であり、情報、金融サービス、電子商取引へのグローバルなアクセスが可能であることなどにである。
これら3つのシナリオは、予想というより、我々の将来を決定する選択肢に主眼をおいたものである。私は、多くの人間社会が、今直面
している課題を乗り越えるための意思と創造力を見出し、「要塞にまもられる世界」よりは「改革される世界」に向けて道を作り出すであろうと楽観的な展望を持っている。
しかし人間は、もはや宇宙船地球号の単なる乗客の一人ではない以上、戦略的思考を持つことが必要である。我々が、限り有る地球に、そして貧困と無知に縛られている事は現実である。親が子に、前もって考えること、ただ流されて生きるのではなく将来を選択することを教えようとするように、今まさに人間社会全体が、同様のことを学ぶべき時である。
The author is senior scientist and director
of strategic analysis at World Resources Institute, a non-profit, non-partisan
policy research institute in Washington, D.C. The article is adapted
from Dr. Hammond's recent book, Which World? : Scenarios for the 21st
Century (Island Press, Washington, D.C. 1998).
注)文中のシナリオ名は 邦訳本「未来の選択―21世紀に人類が創る3つのシナリオ」
著 書:アレン・ハモンド
監訳者:竹中平蔵
訳 者:世界資源研究所 WRI
発売元:株式会社トッパン 1999年1月29日発行
より引用。