2000年1号

東京アメリカンセンター・マンスフィールドセンター ・GISPRI共同セミナー報告 -制度の多国間調整と各国の各国の自主性-

昨年12月8日、東京アメリカンセンター・米国モンタナ大学マンスフィールドセンター・(財)地球産業文化研究所共催でマンスフィールドセンター客員教授J.シェルトン女史を国際文化会館に招き、「制度の多国間調整と各国の自主性」と題するセミナーが開催された。  セミナーには100名以上の参加者が集い、地球産業文化研究所安本専務理事が進行役を勤め、参加者は熱心に講演を傾聴した。

 前OECD事務総長代理で通 商問題に造詣が深いシェルトン氏は、我が国が規制緩和の重要性を認識していることを評価しつつも、OECD対日勧告に沿って新たなダイナミズムを萌芽させるためには独自の技術革新による生産性向上(人的・制度的両面 からのアプローチが必要)、コーポレートガバナンス等を変更することの重要性を指摘した。また、グローバリゼーション進展の中で各国が独自性を守っていくためには、変化を恐れず将来への希望を持ち続ける事がキーポイントであると主張した。

 質疑応答も活発に行われ、セミナーは大きな盛り上がりを以て終了した。

  1. 主催者挨拶

      東京アメリカンセンター:スペクター館長
      米国モンタナ大学マンスフィールドセンター:フレーク専務理事
      地球産業文化研究所    :安本専務理事
      (本講演はマンスフィールドセンターにとっては自己が主催するアジア・パシフィック・レクチャーの     一環であり、本年米国側では緒方貞子氏が3月に首都ワシントンで講演された)

  2. 講師紹介

      シェルトン女史と15年に及ぶ親交がある外務省野上外務審議官(前OECD日本政府代表部大使)が、ユーモアも交えられ講師紹介の労をとられた。

  3. 講演内容

     現代はグローバリゼーション進展により、社会的傾向や新たなアイディアが世界各地に急速に伝播されるようになり、米国をも含め、世界の人々は海外からの圧力が自国の文化に脅威を与えていると憂慮する傾向にある。WTOシアトル閣僚会議の不調も貿易が国内問題に密接にリンクし、他国の動向が自国に強く影響する事が背景であり、貿易の自由化で自国が不利益になるのではないかという各国が持つ不安のためである。
     しかし、一方でグローバリゼーションに対応し、政治・経済・社会制度も変貌してきた。具体的には市場経済化の進展や民主的な政治制度の普及が挙げられよう。社会環境の変化は各種要因から何時でも発生し得るものであり、我々はこの変化に対応する準備を怠ってはならないのである。
     折しも現在はミレニアムにあるが、100年前の日米においても社会環境は変化しつつあった。日本においては明治維新後30年に当たり、時の明治政府は広範な改革を実施し、教育向上等にも力を注ぎ、それが当時の日本における発展の礎になった。米国では産業革命が進展し、産業が勃興し都市へと労働力が移動する一方、スラム地区、独占問題等が発生していた。要すれば、社会状況の変化は当時も存在したのであり、これに直面 した人々に大いなる不安をもたらすこととなったのである。
     現在の状況はどうであろうか?日本においては、近年規制緩和政策の重要性が広く認識されている。この概念をベースに高齢化対策、コーポレートガバナンスの変更等を行おうとしているが、一部の人々はこの動きを単なるアングロサクソン被れとして批判していることも事実である。米国は、史上最長の好況・低い物価上昇を謳歌し、景気サイクルの消滅を唱える人も出てくるほどである。だが、米国においても制度的な変革は常に必要であり、80年代の不況の再来を完全に否定することは出来ないのである。
     それでは日米両国において、将来に備えるために今、何を行うべきなのであろうか?まず、日本においては「高齢化社会においても生活水準を向上させるべく生産性向上が不可欠」である。また、「高齢化に従って財政負担の増大が予見され、現在の政府債務の削減に速やかに着手する」ことも重要である。この点で、OECDは日本が持続可能な成長を達成する手段として勧告を行った。この勧告は、新たなダイナミズムの萌芽を目指し、

    1. 日本独自の技術革新(日本の製造業生産性は他先進諸国と同レベルにまで高まり、もはやキャッチアップ型の行動だけでは立ち行かない)

    2. 制度改革による従来のコーポレートガバナンスの変更(企業内部の統治関係等)

    3. 政府省庁の構造と機能に関する提案、競争政策の役割、電力%通 信分野での規制緩和を主旨とするものである。

    米国はどうか?米国では、新たな変革に対する準備として、新たな技術$商慣行の採用・労働者の質的向上の実現・貧困層の学習機会創出等が必要であると思われる。また、米国内の一部に、「米国は他国とは関係なく自らの道を進めば良い」と考える人々が存在するのは問題である。米国は、国際社会との新たな関わりの模索が必要である。その際、検討のベースとすべきことは

    1. 国際協力こそが唯一の世界発展のキーポイントである

    2. 国際機関において、米国の主張の正当性を地道に説得することの重要性認識

    であろう。

     さて、この様に多くの点で変革が必要な状況下において、将来にわたり国家の独自性はどの様にすれば保つことができるのであろうか?

     一般的に人々はローカルアイデンテティー(自己が親しみを持てる分野)を求めているように見える。自己の伝統$考え方を守るのに安全な避難場所だからである。このことは、多くの多様性の源となり、世界はこの多様性を尊重すべきである。

     日本は過去、政治%経済%社会制度の大きな変化を経験してきたが、日本人の中核的な考え方、良い行動様式は今でも残存している。変化を恐れず将来に希望を持つことが、正に変化に直面 した時に自らを守る力となろう。

     技術は確実に進歩し社会環境は変化していこうが、人類は自己の創造性%性善性を信じ、コミュニティーを守っていかなければならない。

     

  4. 質疑応答

    Q1.グローバリゼーションと世界全体の経済発展は両立するのか?先進国と途上国間の貧富の格差は大きな問題だが、グローバリゼーションのために格差は拡大するのでは?
    A1.国際間の貧富の格差は、安定に対する潜在的な危険要因。格差問題を解決するためには、貿易%投資の流れが如何に貧困な国々のメリットとなり得るか検討すべき。

    Q2.世銀総裁は、貧困問題の解決が最重要課題と表明。しかし、先進各国の状況を見ると、貧困問題対策機関は縮小を余儀なくされている。このジレンマをどう考えるか?
    A2.特定の国際機関のみで貧困問題を解決するのは、無理。世界各国が徐々に貧困問題に関する処方箋を理解していけば、より基本的な原理に戻れる。そして、その基本原理が被援助国の法治・経済政策等に組み込まれることが重要。

    Q3.米欧関係をどう見ているのか?米欧関係が安定しないと、世界も安定化しない。WTOシアトル会議等を見る限り、関係が疎遠になりつつあるように感じられる
    A3.貿易面で対立あるが、基本的に米欧関係は良好。CTBT、WTO等で米国の内向き姿勢が報じられているが、米国は国際問題について常にどの程度貢献ができるか模索。国際合意ついて、米国民はこれを支持。WTOについても、米紙社説は合意成立を支持。

    Q4.WTOの経験からの教訓は?
    A4.教訓や今後なすべきことを把握するには、もう少し時間が必要。我々は新たな状況に直面 しており、WTO問題に真摯に取組んでいる人々とどの様に対話するかが重要課題。

    Q5.北東アジアの多国間協力における日本の役割は?NGOでの対応はどうか?
    A5.当該地域の一部では、二ヶ国間又は地域間協力が現実的。

    Q6.国際機関はどの様に統治され、その指導者はどの様なルールで選任されるべきか?
    A6.国際機関の存在意義を訴えるために、透明性の増大・説明責任の明確化を推進すべき。指導者選任は政治的選択だが、指導者として最適任という国際合意が必要

    Q7.日米とも企業は60年代までは、社会的責任(教育%福祉等)が求められてきた。近年は、株主利益の極大化することが最重要課題と認識されるようになってきた。社会的責任と株主利益の追求は、誰がどの様に調和させるべきか?
    A7.企業が社会に対しどの様な貢献をすべきかは、企業自身のイニシアティブに依るべき。OECD調査でも、企業はローカルコミュニティーのメンバーであり、地域にとって何が重要かということを検討すべきと主張。政府は労働者の健康%安全や環境保護等につき明確な規制を設けるべき。

    Q8.地方銀行はローカルコミュニティーの中で営業しているため、経済合理性だけでは割り切れない基準で活動しなければならない場合もある。米国での状況はどうか?
    A8.世界各国に、数多くのローカルコミュニティーに密着した銀行があることは事実。しかし、現代においては資本は内外で比較的容易に調達可能。この意味で、地方銀行の意義がある場合も確かに有ろうが、地方銀行のみがローカルインタレストにかなう最良の存在かは分からない。

(文責 増渕友則)

▲先頭へ