世界の一極構造が定着してしばらく経つが、何が起きているのだろうか。確かに軍事力だけではなく経済力も米国の一人勝ちになってきたが、これの裏返しは、世界の憎しみも米国に一極集中して向けられるようになる。これが去る一月に米国政府によりワシントンD.C.で開催された非公開会議の開催理由であった。
筆者はこれに招待されたが、今後の日本の産業創出の課題を、一極構造の世界における持続的発展という文脈で、どのように構想すべきかについての多くのヒントを得たように思う。会議の性格上、その内容の詳細を述べるわけにはいかないが、米国の安全保障について従来とは異なる観点から、各参加者が個人の意見を披露するという会議であった。特に、技術革新の今後の展開を考慮して、従来の発想とは異なる安全保障(unconventional
security)の方途について意見を述べてくださいというものであった。会議に参加するものは、100ページに及ぶ書類(Read
Ahead Material)を事前に配布され、しっかりと読んでおくことが課せられた。
この事前配布資料は各所から出された報告を束ねたものであったが、安全保障の専門家ではない筆者にとっては、事前配布の段階で既にいろいろと興味のあるものであった。まず、今後の世界の安全保障にとって不安定を持ち込む地域を指定することから始まっていた。北アフリカから東南アジア諸島に至るベルト上に展開する地域を、不安定性の原因となる地域帯(The
Arc of Instability)と呼んでいる。しかし、この不安定アークには、世界で経済発展がもっとも著しい人口大国のインドと中国が含まれていることは論を待たない。
続いて、この成長がもたらすエネルギー消費量と炭酸ガスの排出量へと議論が展開されていく。しかし、原子力を今後の20年間に増加が期待できない唯一の主要なエネルギー源と明らかな形で断定している。このような前提と予測に立てば、必要とされるエネルギー資源の供給確保は誠に不確定と言わざるを得なく、安全保障上の大きな問題となるという。しかし、このような論理の組み立てに見られるように、議論はエネルギーの供給源をいかに確保するかに集中する形で分析は進められ、エネルギーの大幅な供給(特に石油資源の供給)を伴わない形の経済成長を如何に達成するかへの分析は少ない。会議の副題は、従来とは異なる発想で議論しようということであったが、分析は従来の思考方法から少しも出ていないというのが筆者の感想であった。
事前配布資料の内容の基本路線は以上のようなものであったが、参加者が個別に米国大統領に直接進言するとするならば何かを、3つの提案として各自が披露せよというのが最後のセッションであった。筆者は、3つの1つとして省エネルギーに役立つ技術開発を世界で共同して行うという提案をした。今後のエネルギー技術の技術体系は、省エネルギー、脱石油、分散型供給システムという要件を満たすものでなければならない。米国の技術体系と比較すれば、日本の技術体系はこれらの要件に、より合致していることは明らかである。しかし、分散型技術体系かと問われれば、肯定もできなく、今後の一層の技術開発を強力に進めなければ実現できるとはいえない。
具体的な提案としては、日本技術を出発点として、中国やインドの高度経済成長を、世界への総合安全保障上の問題を引き起こさない形で、可能にする技術体系の確立を、米国をはじめとする先進諸国の資金を基に、積極的に推進する。望むらくは、この技術体系を基盤にした新産業群が次々と創出されることである。逆に言えば、このような新技術体系の確立が新産業群の創出に結びつくという良循環の技術進化・産業創出サイクルを確立しなければ、中国とインドの高度成長を可能にするシナリオを描くことはできない。
最後に、米国の会議での体験を基に、筆者がこの巻頭言で言いたかったことを要約すると、次のようになる。分散型のエネルギー供給技術を含む、広い意味での省エネルギー・脱石油についての技術開発は、何も日本だけに必要な技術ではなく、世界の安全保障にとって最も必要とされている技術であり、産業創出であるのだ。21世紀の日本の産業創出戦略は、世界の持続的発展と整合性がある形で立案されるべきである。