2015年1号

地球研年頭所感2015 ポスト・アベノミクスの課題

 第3次安倍内閣が発足し、2015年10月に予定されていた消費税率の引き上げの延期もあって2014年にみられた景気停滞を超えてやや回復傾向がみられるようになった。円安傾向から2015年3月期には、多くの企業が史上最高の利益を計上するとみられている。その点では、アベノミクスはこれまで成功を収めたといえるが、期待されている「第3の矢」が必ずしも明確でない。しかも、日本をめぐる国際情勢は、イスラムのテロ活動、ウクライナ情勢の混乱、欧州の景気後退、石油市況の混乱など不安要因を抱え、日本経済にどのような影響があるか予断を許さない状況が続いている。

 このような時期にこそ、日本は、抱えている構造問題を掘り下げ、解決策を提示して持続的な成長基盤を整え、不安定な国際情勢にも耐えうる体質を構築しなければならない。 

 日本に解決が迫られる構造問題の第一は、人口構造問題である。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2010年に1億2085万人であった人口が2060年には8674万人に、2100年には4959万人に減少するという。ちょうど20世紀に増加した人口が21世紀中に減少することになる。最近に至ってようやく政府が育児施設の増設などの対策を打ち出してきたが、出生率低下の主因である「未婚化」、「非婚化」、「晩婚化」そして「夫婦出生児数の減少」に歯止めがかけられるかどうか。
日本ではこれに高齢化という現象が加わり、現行制度では社会保障費の負担が増大する。それが悪化している財政と減少する生産年齢人口に重くのしかかる。

 第二は、経済成長力、いいかえればイノベーション力と市場の魅力を高める必要がある。OECDの予測によれば、2010年から2030年に至る年平均実質成長率は、世界平均が3.3%、OECD平均が2.3%であるのに対し、日本のそれは1.1%に止まるという。米国2.5%、EU1.6%、中国5.4%、インド5.8%より劣位にある。

 バブル崩壊後のデフレ期に日本産業の生産機能が海外に移転し、日本の産業競争力が低下した。円安になっても輸出が伸びない構造となっている。かつて日本が競争力を誇った家電製品でも最近は需要の半分が輸入品に置き換えられている。対内直接投資を国内総生産に対比してみても、先進国はもとより台湾、韓国、中国よりも低位にある。日本産業のイノベーション力を高め、市場の魅力を高めることが不可欠である。

 第三は、人材力を高めることである。教育こそが人間の能力と資質を高める基礎であり、イノベーションを起こす源泉となる。しかしながら、日本では初等中等教育の国際比較は高いが、大学及び大学院となると、評価が低い。

 政府は、大学に関し学長に責任と権限を集中することにより高等教育の国際競争力を強化しようとしているが、その成否は定かでない。大学全体が意識改革を進め、創造性と国際性と自律性を目指して改革に取り組むことが基軸である。

 そして、政治、経済、経営、科学、技術、デザイン、ファッション、ジャーリズム、スポーツなどの各分野において世界の舞台で活躍するいわゆる「ニュー・エリート」を輩出するとともに、グローバル社会を支える中核人材の育成に努める必要がある。

 第四は、文化力を高揚することである。日本は、自然との共存を図りつつ、優れた文化や文化財を育んできた。文化は、美、感性、倫理の集約であり、その素晴らしさは、人々の感動を呼び、海外で魅力と映るものである。

 最近では、革新的な情報通信技術に支えられて芸術と技術、文化と産業の融合が進んでいる。アニメなどのコンテンツ産業がそれであり、美しい都市づくり、魅力的なファッションなどもそれを表象している。こうした現象は、経済の成長にも貢献するものである。

 第五は、社会保障制度を改革し、財政再建を進めることである。少子高齢化が進めば、市年金、医療、介護などの社会保障制度への負担が増加し、財政構造がさらに悪化する。かかる事態を放置すれば、将来世代への投資配分が低下し、成長基盤が揺らぐばかりでなく、世代間の対立を招く。この解決に関し早期に目途をつける必要がある。

 社会保障制度の改革に関しては、健康寿命の延伸を取り上げ、マイナンバー制度を活用しつつビッグデータなどの先進的な情報技術を駆使して保険制度の収入と支出を合理化し、医療と介護の連携を保つなどの抜本的な改革が必要である。

 財政に関しては、歳入及び歳出を合理化、効率化しつつ、税収の増加を図り、早期に欧米先進国並みの構造に改革する必要がある。

 第六は、グローバル・リスクへの対応力を培養することである。エネルギー、資源、食糧、市場の多くを海外に依存する日本としては、グローバリズム抜きには経済を維持できない。しかし、現実の世界の現状を見ると、世界構造が多極化し、基軸機能が後退し、グローバル・ガバナンス、安全保障、市場機能、資源エネルギー、環境などの面でリスクが高まっている。

 日本としては、外交能力を高めるとともに、人類がナショナリズムを超えて手にいれたグローバリズムの定着に向けて主要国と協力する体制を整備する必要がある。

 以上、日本力を再生に向けてポスト・アベノミクスとして取り組むべき6つの課題を指摘した。いずれも困難なものばかりであるが、一刻も早く手を付けなければならない。政治の決断が期待される所以である。我々としても、これらの課題に一つずつ着実に取り組み、その解決の指針を提示していきたいと思う

▲先頭へ