平成28年度 排出クレジットに関する会計・税務論点等調査研究委員会報告書 要約


■ まえがき ■

 2015年12月COP21にて採択されたパリ協定は、2016年11月、1年足らずの短期間で発効するに至った。これは、国際社会が気候変動に向けた取組みを加速していくという力強いメッセージを示したと言える。また、モロッコ・マラケシュで開催されたCOP22では、パリ協定実行に係るルールづくりに向けた前進もみられたところである。
 これらの動きと連動して、わが国でも2016年5月に「地球温暖化対策計画」が閣議了解されるなど、国内外で地球温暖化対策についてさまざまな動きが見られ、実際の取組みも進められている。
 他方で、米国の新政権下での気候変動政策にはこのような前向きな動きとは異なる方向性も見られ、今後の世界全体での動向には注視が必要である。

 当研究所においては、過年度から京都メカニズムの会計・税務問題について調査研究を進め、国内排出クレジットに関する会計・税務問題についても幅広い調査研究を実施してきた。平成28年度は、「平成28年度排出クレジットに関する会計・税務論点等調査研究委員会」として、これまでに蓄積してきた知見をベースに、昨年度までの議論を踏まえ、会計・税務の観点を中心としながら、JCMを含む市場メカニズムその他諸論点について調査研究を行った。これにより、わが国産業界、さらにはわが国の地球温暖化対策の推進に資することを本委員会の趣旨とする。


■ 名簿 ■

委員長: 黒川 行治 慶應義塾大学教授 商学部・大学院商学研究科
会計学専攻 商学博士
委 員: 伊藤 眞 公認会計士
委 員: 大串 卓矢 株式会社スマートエナジー 代表取締役社長
委 員: 髙城 慎一 八重洲監査法人 社員 公認会計士
委 員: 髙村ゆかり 名古屋大学大学院 環境学研究科教授
委 員: 武川 丈士 森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士
委 員: 村井 秀樹 日本大学 商学部・大学院教授
(五十音順・敬称略)
(平成29年3月現在)
事務局    
    蔵元  進 一般財団法人 地球産業文化研究所 専務理事
    村澤 嘉彦 一般財団法人 地球産業文化研究所 地球環境対策部長 主席研究員
    梶田 保之 一般財団法人 地球産業文化研究所 地球環境対策部 主席研究員
(平成29年3月現在)


■ 第1章 開題 ■

平成28年度排出クレジットに関する会計・税務論点等調査研究委員会「開題」(黒川委員長)

 英国のEU離脱を選択した国民投票、米国の事前のマスメディアの予想に反したトランプ大統領の登場に続き、EU域内先進国における極右政党への支持拡大の予測もあって、2017年は、社会・政治現象から目を離せない。これまでマスコミ各機関の論評の多くで指摘されている英国・米国の内向き化、EU域内先進国の右傾化の原因は、①グローバリゼーションの進展によって資本主義の特徴である市場至上主義・優勝劣敗原則に起因する富の格差の増大・中間層の没落と、②民主主義を支える多数決原則を意識した右派ポピュリストの言動への庶民の共感、である。(注)
 市場至上主義の特徴を持つ資本主義経済体制であっでも市場が分散していれば、それぞれの市場における勝者と敗者の格差は、その市場の規模の範囲に収まっている。そして、世界全体を見れば、其処個々にその市場に見合った勝者が散在している。ところが、グローバリゼーションの進展によって、市場が統合されると、統合市場における一握りの勝者がその市場から得られる成果を一人占めし、散在する勝者の存在を許さない。富裕層と称せられる人々が世界の富を独占的に所有するようになる。
 統合された単一市場での競争は、競争参加者がそれぞれの市場に分散していないので、熾烈さを増し、資本効率性の要求は止まる事はない。コスト・リーダーシップ戦略を各社が採用するようになると、利益計算上のコスト項目とされる労働者の賃金を抑制するインセンティブは必然であるし、労働生産性の要求から正規雇用者総数の切り詰めも実施される。こうして、独立個人営業者と企業の従業員の地位・権利の低下は、社会全体としてみれば中間層の没落として現出する。
 このような経済社会で、下層階級への没落を恐れる「中の下層」あるいは古き良き中間層の生活を経験した人々に危機感があり、そこに右派ポピュリストが働きかけた。ともあれ、武力を背景とすることなく国政選挙によって決したのであるから、民主主義の欠陥ではなく、民主主義の原則は機能したと見るのが中立的な見方であろう。
 そこで私たちは、今一度、国とは何かということを確認したくなる。国の特徴の1つは、内と外とを分けること、すなわち境界の存在である。民主主義体制の国においては、境界の内部では、そこに属する市民(国民)は、属する国(領域)内の法律のもとで、基本的人権が保証されているし、相応の義務が課せられる。境界内では、人、財・サービス、資本が自由に移動できる。平等な教育機会・平等なケイバビリティを持つことが理想であるとする社会規範が尊重されている限り、国民の間に広がる過度な所得・富の格差に対しての再分配政策が、政府の役割の1つとして重視されるのである。
 英国のEU離脱の国民投票の結果は、英国がEU域内では豊かな国の1つであったが、その英国の中の比較的豊かでない人々が、EU域内と域外という境界を放棄し、国という境界を選択したことに他ならない。他の国の豊かでない人々に対する援助(移民の受入れを含む)を取りやめ、再度、国単位での基本的人権の尊重、国境を設けての経済政策や英国の国民同士での社会保障政策による格差是正の実行を選択したということである。一方、米国のトランプ大統領の発言は、このような国境を意識した国内の財・サービス(付加価値)生産拠点の回帰による国内の雇用の創出だけではない。当委員会の検討事項に関係するものとして、地球温暖化という現象が事実ではないという仮説を採用したのであろうか定かではないが、ともあれ、米国企業への温暖化対策に関する規制が米国企業の国際的競争力のマイナス要因であるという、京都議定書離脱理由に逆戻りした観も呈している。
 温室効果ガスの地球規模での増加・地球温暖化の進展により、たとえば地球規模の気流の変化、亜熱帯地域の拡大と温帯地域の縮小のような恒常的な気候の変化、海水温度の上昇、それらの結果生じる砂漠化の進行による食糧生産地域の移動・減少、水面上昇による居住可能地域の消滅、強大な積乱雲の発生による過去の記録を更新する豪雨・竜巻のような局所的な現象、熱帯伝染病蔓延地域の拡大などは、スーパーコンピュータの活用によって、すでにある程度予想されている。画期的な科学・技術の開発・普及のために全人類が挑むアイデアの創造努力と、先進国が中心となってすべての国が温暖化抑止のために富を投下すべき時代・状況のなかで、地球市民は生存していると認識する必要がある。国境を意識した国単位での政策では、われわれの子孫に、われわれの世代が享受している地球環境資源を残すことはできない。
 このような前提で、わが国のJCM制度についての私の理解、主な願意を以下に列挙してみよう(これまでの当委員会の報告書でも記述したものもある)。

 ① 発展途上国の国民の生活環境の向上に資するものであり、そのためには経済的発展(とくにエネルギー生産の必要性)と環境保全を矛盾させることなくバランスをとって両立させる手段の1つである。
 ② ODAの目的との共通性を強調し、ODA案件との共催を推進する。
 ③ 子孫に残すべき地球環境問題は、温暖化に限らず生物多様性の保存もあり、そのため熱帯雨林の保存の方策の案件化を検討する。
 ④ 大型水力発電ダム・太陽光発電施設の建設ための技術および資金援助の工夫や農業の改善の技術指導の案件化を検討する。
 ⑤ 相手国との長期的友好関係の構築のために、親日家・知日家を増やす長期計画として、日本の技術を学び、日本の技術に親近感を持つ若者への教育機会の提供による人材の育成を方策リストに加える。
 ⑥ これらを実現するために、環境省、経済産業省、内閣府、外務省、文部科学省が連携し、予算設定・計画の推進を図れる仕組みへの進展を願うものである。

 (注)黒川行治「英国・米国の出来事は国とは何かを考える機会」『産業経理』第76巻第4号(2017年1月)巻頭言、3頁、の一部を修正し引用している。



■ 第2章 国際枠組 ■

  ・2-1 COP22の合意と今後
  ・2-2 市場メカニズム


■ 第3章 JCM ■

  ・3-1 JCMクレジットの取引に係る税務上の取扱い
  ・3-2 JCMクレジットの会計処理等に係る取扱い


■ 第4章 地方自治体 ■

  ・4-1 東京都の取組み


■ 第5章 その他 ■

  ・5-1 炭素価格の動向
 炭素価格を巡る国際的な動向について(日本エネルギー経済研究所)
  ・5-2 適応問題





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