気候変化における広範囲の科学的・技術的・社会経済的な研究の評価を行い、それらの科学的知見をまとめた第三次評価報告書には、過去2つの評価報告書の内容を踏まえた上で、以下のような項目について取り上げられている。(各作業部会のSPM目次を参考に作成)
特に注目すべきは以下の点である。(気象庁・環境省・経済産業省 監修『IPCC地球温暖化第三次レポート-気候変化2001-』「はじめに」より抜粋)
統合報告書は、TARの一部であり、各作業部会が作成した報告書の内容を横断的に捕らえ、各国が政策を決定する際に役に立つ事項を9つのQ&A
(UNFCCCに関連した質問も含む。)にまとめた報告書であり、ページ数も少ないことから科学者でない読者(特に政策決定者)にも読みやすい構成になっている。又各作業部会の報告書とは違い、統合報告書にはUNFCCC内における議論や交渉内容に直接的に情報を提供する性質も持っている。以下、9つのQ&Aを要約して記す。
Q1. |
「気候システムへの危険な人為的干渉」(UNFCCC第2条)を構成するものを断定する上で、科学的・技術的・社会経済的分析はどういった貢献ができるのか。 |
A1. |
自然科学・科学技術・社会科学は「気候システムへの危険な人為的干渉」を構成するものを断定するのに必要な情報や証拠を提供するが、実際の決定は社会政治的なプロセスを経て下される価値判断である。「危険な人為的干渉」の構成は、地域の特性(適応力・緩和力)や変化の規模、速度によって変わってくるため、1つの答えを見つけるよりも、様々な政策の健全性(robustness)や、そういった政策を持続可能な発展に関する政策にどううまく組み込んでいくかを検討する方が重要である。 |
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Q2. |
気候が工業化時代前から変化している証拠・原因・結果は何か。
① |
地域規模的分析と地球規模的分析。人間の影響に起因する変化の指摘。自然現象に起因する変化の指摘。起因の根拠。 |
② |
工業時代前以降、特に最近50年において、気候変化による環境面、社会面、経済面への影響についてはどのようなことが知られているか。 |
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A2. |
気候は、地域規模・地球規模両方においてGHGやエアロゾルの濃度が上昇しているため変化していると言うことができ、その上昇は主に化石燃料の燃焼、農業、土地利用の変化という人間活動によってもたらされている。観測データによれば、1861年~2000年においてもっとも温暖な10年は1990年代であり、その中でも1998年が最も温暖な年であった可能性がかなり高い。最近50年間において言えば、観測された温暖化のほとんどは人間活動に起因する。又、地域的な気候の変化は、多くの物理・生物システムに影響を及ぼしており、社会・経済システムも影響されている予兆があり、気候による損害など社会経済コストの上昇は、気候変化に対する脆弱性が増していることを示唆している。 |
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Q3. |
TARで用いられた、気候政策による関与を含まないGHG排出シナリオによると、今後25年、50年、100年間における地域、及び地球への気候的・環境的・社会経済的影響に関して何が分かっているか。
可能な範囲で次の点について評価する。
・ |
GHGの大気中濃度、気候、海面水位の予測される変化 |
・ |
気候及び大気組成の変化の、人間の健康、生態系の多様性と生産性、農業・水といった社会経済部門に対する影響と経済コスト及び便益 |
・ |
コスト・便益・挑戦事項を含めた適応オプションの種類 |
・ |
地域規模・地球規模レベルの影響や適応に関連する開発・持続可能性・公平性に関する問題 |
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A3. |
すべてのIPCC排出シナリオにおいて、21世紀中にCO2の大気中濃度(2100年には540~970ppm)、地球の平均地上気温(1990年から2100年の間に1.4~5.8℃)、海面水位(1990年から2100年の間に9~88cm)が上昇すると予測されている。これら気候的影響は環境・社会経済システム双方に好影響・悪影響を与えるが、気候変化の強度及び速度が大きくなるほど悪影響が支配的になる。特に気候変化の影響は途上国及び全ての国々の貧困層で最も深刻なものとなり、又、一部の脆弱な種の絶滅リスクも増大すると予測されている。適応は、気候変化の悪影響を低減する可能性をもち、副次便益を作り出すが、すべての被害を防止するわけではない。 |
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Q4. |
大気中におけるGHGとエアロゾルの濃度増加の影響について何が分かっているか。又、地域・地球規模における人為起源の気候変化予測について何が分かっているか。(気候変動の頻度・規模、極端な現象の期間・場所・頻度・強度、GHG排出源や吸収源等に生じる急激な変化のリスクとその定量化の可能性、生態系における急激な変化のリスク) |
A4. |
モデルによると、GHGガスなどの濃度増加により気候の変動性が増大し、極端な現象の頻度・強度・期間の変化も予測される。又、GHGの強制力は、今後数十年から数千年にわたり、物理・生物システムに対して影響が大きく、不連続で、急激な変化をもたらすことが、広範な可能性をもって予測される。 |
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Q5. |
気候システム・生態系・社会経済部門の変化、又それらの相互作用に伴う慣性と時間規模に関して何が分かっているか。 |
A5. |
慣性のため、一部の人為起源の気候変化による影響はすぐには表面化されない可能性がある。又一部は、気候変化と速度を閾値内にとどめることができない場合に不可逆的になる可能性がある。気候システムにおける慣性に関して言えば21世紀以降に起こりうる一部の気候変化は事実上不可逆的であり、生態系における慣性は、生物によって異なるが、その反応時間が異なる結果として生態系が乱される可能性もある。社会経済システムにおける慣性は政策や個人の選択により変化させることが可能である。なお、各システムには慣性のみではなく不確実性もあり、よって気候システムへの危険な干渉レベルを回避するための戦略を練る場合は安全のために余裕を持つことが必要である。又、慣性が存在するため気候変化に対する適応は避けられないものであり、予防的な適応や緩和行動は有益である。 |
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Q6. |
① |
一連の排出削減活動を導入する規模とタイミングは、気候変化の影響・規模・頻度をどう決定し、影響するのか。又それらは、地球規模の経済や地域経済にどう影響するのか。 |
② |
大気中のGHG濃度を現在の2倍かそれ以上のレベルに安定させた場合、地域・地球規模における気候・環境・社会経済への影響に関する感度研究では何が分かっているか。又、各安定化シナリオにおいて、Q3で挙げた4点に加え、安定化に利用できる技術・政策・実施方法について国別・地球規模でコスト・便益を査定し、その結果と排出削減のコスト・便益とを定量的、又は定性的に比較すると何が分かるか。 |
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A6. |
① |
予測される気候変化の速度と規模はGHG排出削減によって減少させることができ、削減量が大きければ大きいほど、又削減開始が早ければ早いほど変化はより小さく、遅くなる。 |
② |
濃度が安定するようにGHGを削減することにより(緩和活動)、気候変化によって引き起こされる被害を遅らせ、又低減させ、適応活動にかかるコストをも低減させることができる。しかし、GHG濃度が安定されていても、それから生じる昇温の程度には不確実性があり、又海面水位と氷床は、GHG濃度が安定した後も多くの世紀にわたり温暖化に反応し続けると思われる。なお、適応は気候変化の緩和努力を補完するために必要な戦略であり、適応と緩和は共に持続可能な開発に貢献する。又、気候変化の現象を減らすことは、全ての国(特に環境変化に対して脆弱な国)に便益をもたらし、将来の世代にもたらすリスクの低減することにつながる。 |
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Q7. |
GHG排出削減の潜在力・コストと便益・時間枠に関して何が分かっているか。(京都メカニズムや政策措置オプションに対してその経済的・社会的なコストや便益、公平性が示唆することは何か。気候変化に対する技術を開発する、及び普及させるのに一番効果的な政策・投資・R&Dの組合せはどういうものか。どういった政策が、現存の、又は潜在的な障壁を取り除き、各国における技術移転や技術開発を促進するか。それら政策は排出予測にどういう影響を与えるか。又、それら政策を導入するタイミングによってコストや便益、次世紀以降の大気中のGHG濃度がどう影響するか。) |
A7. |
排出削減には技術オプション等多くの機会があるが、その普及には障壁が存在する。もし国家対策をGHG排出削減する政策手段のポートフォリオとして配備すればその対策はより効果的なものとなる。コストに関する予測は不確実性などに取り巻かれているため、それぞれのモデルの結果は異なるが、ボトムアップの研究によれば、2020年までに36~50億トン/年(炭素換算)の排出削減が達成可能であるが、その潜在的削減量の半分は直接便益が直接コストを上回った状態で2020年までに達成することができ、残りの半分はUS$100/t(炭素換算)以下の正味の直接コストで達成できるとされ、かなり低コストの緩和機会も存する。時間枠に関しては、炭素の保全と隔離が、必ずしも永続的ではないが、他のオプションを開発し実施するための時間を提供する可能性がある。そして、技術開発やその普及はGHG濃度安定化のコストを削減する上で決定的な役割を果たすことができる。なお、特定の安定化目標を達成するための経路は、緩和コストに影響を与えることが分かっている。 |
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Q8. |
人為起源の変化予測とその他環境問題との相互作用について何が分かっているか。又、地方・地域・地球規模レベルにおける広範囲な持続可能な開発戦略の中に公平に気候変化対応戦略を組み入れる場合、環境的・社会的・経済的なコストと便益やそれらの相互作用による影響について何が分かっているか。 |
A8. |
地方・地域・地球規模の環境問題は不可分であり、持続可能な開発に影響を及ぼすことから、より効果的な対応オプション(高便益・低コストで人間のニーズを持続可能な形で満たす)を開発する相乗的な機会が存在すると言える。なお、各国の適応力及び緩和力は、気候政策を経済・社会・その他国内の開発政策と統合するなら強化することができ、又、多国間環境条約が扱う環境問題にはかなりの相互作用が存在し、それらの実施にあたって相互協力を探ることができる。 |
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Q9. |
気候変化の特性や将来におけるGHGとエアロゾルの排出や濃度、将来の地域・地球規模の気候変化とその影響、緩和・適応オプションのコストと便益といったモデル予測について、最も明確に分かっている見解と、主要な不確実性とは何か。 |
A9. |
明確に分かっている見解(robust findings)の多くは、人間活動に対する気候システムの応答の存在や応答の兆候に関するものであり、主要な不確実性(key
uncertainties)の多くは、応答の規模及び/又はタイミングの定量化に関するものである。TARでは、気候変化とそれに対する人間の反応を理解するために必要な知識について、多くの側面で顕著な進展が見られたが、特に次の点に関してさらに作業を進めることが必要である。
① |
気候変化の検出及び原因特定 |
② |
地域気候変化及び極端な気候現象についての理解と予測 |
③ |
地球・地域・地方レベルでの気候変化の影響の定量化 |
④ |
適応及び緩和活動の分析 |
⑤ |
持続可能な開発に向けた戦略の中への気候変化問題の全側面の統合 |
⑥ |
「気候システムに対する危険な人的干渉」を構成するものが何かについての判断を支える包括的かつ統合的な調査研究 |
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