特別座談会「21世紀の展望と課題」
昨年12月、「21世紀の展望と課題」と題する座談会が開催され、御出席諸氏から地球環境
と温暖化、科学技術と新産業、国際関係の行方など、21世紀を展望して頂いた。
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御出席(敬称略,五十音順)
茅 陽一(慶應義塾大学教授)
小島 明(日本経済新聞社常務取締役)
島田晴雄(慶應義塾大学教授)
福川伸次(地球産業文化研究所顧問)<司会>
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福川 さて、いよいよ21世紀を迎える訳ですが、今日は、一体どのような風が21世紀に吹くのか諸先生方に論じ合って頂こうと思います。
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先日のハーグでのCOP6は残念ながら成果が得られず、持ち越しとなりました。
21世紀を考えますと、人口は100億に、途上国の経済成長で資源エネルギー消費も相当膨
大になる。環境負荷の増大で、地球環境悪化と温暖化がさらに進みましょう。
資源エネルギー問題、地球環境の問題は、人類にとって21世紀最大の課題とも思われます。
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○温暖化抑制に向けて○
茅 COP6がまとまらなかったのは残念でしたが、逆にこの問題の大きさを示したものといえます。
京都のCOP3合意の達成目標は誠に厳しいもので、今回その細目が詰められなかったのは当然ともいえます。
しかし、この目標を達成しても、温暖化問題の本質的解決にはなりません。
IPCCは大気中の温室効果ガス(GHG)濃度を産業革命以前の数値の倍程度、約550ppmに
治めるシナリオを作りました。途上国の発展に伴うGHG排出の急増を、途中から抑え込み、
21世紀末に今のレベル、その後200年で現在の約3分の1から4分の1に削減するという絵
です。
結局、21世紀の課題は現在のレベル以上にGHGをふやさないということです。
発展途上国の排出増加に打勝ってGHG濃度を下げることが21世紀最大の問題になります。
小島 エネルギー大量消費、石油文明等CO2を大量排出する20世紀型システムが限界に来たという認識が20世紀の最終段階で京都合意へ導きました。21世紀は既に20世紀最後の10年間に始まったともいえます。
この問題は、冷戦時代のイデオロギーに代わり、21世紀社会の行動、発想を規定する新しいイデオロギーになると思います。
日本はこの課題解決に向け、システム変革と、革新技術導入に積極的に取組むべきです。
日本の政治面での対応、マクロな問題は、21世紀の早い時期に決着するでしょう。技術開発のようなミクロの問題は、企業にとって新しいチャンスとなりましょう。
グローバルなマクロの政治的な問題は、日本が国際的な合意形成まで主導できるか、その後
ミクロな問題に対応できるかです。日本の社会、経営者達の発想転換が必要となる重要課題です。
福川 小島先生ご指摘のように、技術革新等、日本が国際貢献できる分野が多くありますが、
その一つが環境問題です。日本の外交は顔が見えないといわれる中で、環境外交は顔を見せる
努力をすべき分野ですね。
島田 21世紀、22世紀以降の展望として、産業革命当時の倍程度のGHG濃度で均衡させる
シナリオは妥当と思いますが、問題は、先進国も開発途上国も具体的行動を起していないことです。
日本はオイルショックの後、省エネ技術開発でスリム化しました。米国・欧州はその努力をせずCOP3で、1990年を基準にすることにしました。米国・欧州にとって僅かな努力で目標
は達成できる一方、日本の削減目標は過大で、全く不公平です。
先進国間ですら大きな不公平感が残るのですから、後進国においてをやです。
小島さんは21世紀初頭に政治決着とおっしゃるが、私は、まとまらないと思います。
しかし技術的対応の可能性は種々あると思います。
社会技術として、政治変革、ライフスタイル転換等どういう工夫があり得るかを考えるべき
です。原子力も、数十年程度の短期間でなら一つの社会技術として原発を使った方がいい。こうした問題はイデオロギーの問題です。科学技術と社会技術とイデオロギーとを総動員し、
GHG濃度を抑え込むのです。
茅 将来の答えが分かれば温暖化抑制の努力もできます。我々はそういう認識で将来の絵を書く努力をしています。
ただ問題は将来社会をどうイメージするのか、です。 |
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人間は循環社会の概念に共鳴する一方で量
の拡大を求める動物でもあります。 資源がない、環境は有限だと言うのは、地球表面
の深さ1キロ、高さ10キロの非常に狭い 範囲の話で、これを未来永劫拡げないのでは、答えはありません。この先何千年も生き続けた
いなら、今の世界空間から外に飛び出す努力をすべきです。
21世紀は、その可能性を探る重要な時代だと思います。 |
島田 大航海時代のサードミレニアム版ですね。
茅 宇宙には充分な資源とエネルギーがありますが、殆ど使われていません。最も重要なもの
は太陽エネルギーで、これはほぼ無限です。宇宙空間で採取し地上に送るという方式は将来最
も実現性の高い方法と思います。
島田 それは人類空間の拡大の可能性を与えてくれる。大変夢のあるお話しですね。
茅 そうですね。
○ゼロ成長で世界は・・・?○
島田 資本主義市場制度は成長を前提にしています。循環社会・ゼロ成長を前提とした環境問
題の議論は、実は資本主義制度崩壊の問題と境界を接しています。
小島 確かに大きな問題です。ゼロ成長が一つの答えだとするローマクラブの議論がありましたが、これは資本主義市場制度の本質に反します。概念としてはあり得るが、実際の行動規範
としては成り立たないと思います。
企業でも、ゼロ成長を経営目標にした途端、マイナスに転落します。静止衛星は一見止まっ
ているようですが、地球の自転のスピードに合わせて動いています。
福川 経済成長を促そうという市場経済推進者とゼロ成長の議論を行うエンバイロンメンタリストがそれぞれの論理をふりかざしますから、二つのグループの間で議論がかみ合いません。
先日のニースでのEU会議でも、反グローバリズムが突出しました。この2つはどのようにリンクしうるのでしょう。
島田 エンバイロンメンタリストは自己矛盾しています。グループ間対立以上に、同一の主体内で矛盾しています。我々が理論的な解を出すべき問題です。
小島 経済はグローバルなオペレーションであり、このゼロ成長の10年間でも、一部の企業
は大成長しているわけです。企業の経営というのは別の発想があればいいわけですから。だから、そのくくりで全体的な議論が違ってきますよ。
60年代に日本で公害の問題がありました。公害基準が厳しくなり企業収益が落ち経済が縮むと、大反対でした。が、既存の経済のコストは増えても、その一方で新しい産業が生まれ、しかも、公害についての解もできました。
島田 10年〜30年という短期間で考えるなら、エネルギー原単位を縮小していく技術、あるいはCO2削減技術、バイオマス・水力の利用等多くの技術革新は可能ですが、資本主義市場
制度はトータルのゼロ成長とは相容れないですね。
茅 拡大指向は人間の基本特性ですね。 宇宙発電のような長期的な絵とターゲットをまず設け、そこへの到達をどうするか考えると、
島田さんのおっしゃるようになると思います。
島田 努力すればできますよ。海も使えますよ。
小島 エネルギー分野での供給側の技術革新がありません。電力会社等優遇されながら抜本的
なブレークスルーが何もない。エジソン以来ないのではないですか?
エネルギーの蓄積技術、あるいは送電時ロスの軽減等多くの改善余地がある筈ですが。
茅 エネルギー供給側は成果を出していると思います。発電の変換効率は現在は平均40%です
が、2004年頃にコンバインドサイクル技術で多分53%程度の効率になる。
小島さんがそうおっしゃる理由の一つは、エネルギー供給分野で目覚ましい変革がなかなか
起きないことにあると思います。
小島 その理由は簡単だと思いますけれども。価格が市場での競争で決まる一般
商品の分野と は違い、コスト・プラス適正利潤で価格が決まります。その結果
、日本のエネルギー価格は世 界よりも高い。まさにモラルハザードの点においても、国民は怒っているんじゃないでしょう
か。
島田 しかし、中期的な視野で見ると、相当な技術革新が起きていませんか。
茅 ステップ状には上がりませんね。例えば燃料電池など、起源は古いが、現実に注目され出
したのが80年頃、実用性が出てきたのは最近です。
島田 パソコン用電池のここ数年の蓄電容量の上昇は目覚ましいですよ。
茅 効率が上がる、蓄電能力がふえるという変化はグラジュアルで、目立ちませんが、相当進歩していると思います。
島田 技術課題の克服よりむしろ、ライフスタイル転換の問題の方が大きい。例えば人々の行
動が時間的にバラバラならばピーク・ロード・プライシングなど不要になります。
福川 島田さんがおっしゃった社会技術に関連しますが、例えば政府の政策に企業がミクロのベースで対応します。最近はこれにNPOが絡むようになり、色々な主体が現れてきています。
社会技術をどう進化させていくのがよいでしょうか。
小島 社会の価値観を変えることです。価値観が変わらないと、生活スタイルも変わらず、社
会システムも維持できません。日本では価値観の転換が遅れています。
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京都会議に世界中の環境NPO、NGOが参加して情報を共有し、一緒に議論しました。彼等
には対等なパートナーシップがありました。が、日本のNPOはそこまで成長していません。
官主導の縦の関係で対等ではないし、育てようともしない。その発想を変えないといけません。
NGOが欧州型の社会的位置付けを与えられれば、大変な価値観変化が起こり、具体的な行動
から、一つの可能性を生み出すのではないかと思います。
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福川 フライブルクでは、自動車の町中への乗り入れは認めないし、ハノーバーの万博では8マルクのビールがコップ持参で7マルクになる。ドイツの人たちは極めて自然にそれができる。
島田 欧州から学ぶものは大変多いと思います。一方、米国では産業界は政府に圧力をかけて
大変なディスターバンスになっています。
福川 アメリカは変わりつつあると思います。今までは技術開発が遅れていた。例えば小型の
原子力発電で効率のいいものができるようになって、さあ、これからは原子力発電だと言い出
しました。
島田 原子力に回帰ですか。これまでより安全性の高い……。
福川 そうです。大型発電所ではなく、小型で効率のいいもの。
小島 リスクも何分の一あるいは何十分の一かに小さくなります。
島田 一体我々自身はどうすべきか、見直さないといけませんね。
福川 そういうことですね。
○21世紀の科学進歩と技術パラダイム転換○
福川 さて次に、技術パラダイムが21世紀にどう変わっていくか伺いたいと思います。
エネルギー消費とか地球環境保全などのこれまでの話題は、今後、IT技術と密接に絡むこと
になりそうです。また、ポストITと目されるバイオ・生命科学の発達も環境改善にかなり寄与
すると期待されます。
今後、IT技術が21世紀社会にもたらすものについて、島田先生はどう評価されますか。
島田 IT技術は非常に大きな豊かさを我々にもたらすと思いますが、私はここで問題提起させ
て頂こうと思います。先頃のIT戦略会議報告では、5年後に日本を光ファイバーで包み込み、
IPv6で4,400万の各世帯で何十、何百ものデジタル家電を遠くからパソコンで操作できるよ
うになる。
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しかし、そこへ到達する道筋、戦略が見えません。光ファイバーの幹線網整備と4,400万の
家庭にラストワンマイル引く話は別問題です。末端はやはり民間がやるべきで、政治的に資金
を張りつけたら、かつての公共工事の一番悪いパターンになりかねません。
まずITがどれだけ便利で楽しいかを味わってもらう。全国の郡部や中小都市にIT特区というモデル地区を作り、どれ程生活で楽しくなるかを実体験させる。
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特区とは、インフラ、ハー
ドが充実しているだけでなく、規制が撤廃された特別地域です。これまで役所が補助金を出し、
民間企業が育たなかった部分の規制を撤廃し、企業が活躍できる環境を整えるだけの話です。
NTTの独占で、日本のADSL導入が遅れる一方、韓国、香港、シンガポールのADSLは遥
かに進んでいます。このままでは日本の競争力はこの数年間で相対的に低落する。ドッグイヤーで言えば、5年後というのは35年後に相当する。35年後に「美女と野獣」の世界を作りま
すというのは、遅すぎます。
私は、今、日本の経済の浮揚には、生活者に対するサービス産業整備が最も必要と考えます。
貯蓄を持った国民が高齢化しつつあるのに、この人たちへのサービスがほとんど構築されてい
ません。
私は、21世紀に日本がもし成功の方程式をもう1回つくるなら、生活産業分野だと思
います。
これは社会技術ですが、ITは多様な要求の個人サービスに応えられる決定的に有効な領域で
す。
問題は、社会技術です。規制を超える考え方と、その利用に関する考え方がないためにそうした技術が使えない。その克服が日本の21世紀を展望できるかどうか、一番大きなチャレンジになると思います。
福川 身近な例では、これから女性の社会進出が非常に大事になりますが、同時に育児も大切で、そのために一番必要なものは託児所です。駅の託児所に子供を預けて出勤し、休憩時間に
iモードなり、携帯電話で映像のやりとりをして子供とお母さんがコミュニケーションをとる。
そういうサービスを増やしていけば、生活面、需要面で使おうという機運も一層高まってきま
すね。
島田 民間保育所は、政府補助が受けられる施設と競争しなくてはいけなくて、現在は参入が
限られています。この辺の規制の緩和・撤廃が進めばサービス体制の整備も進むことになります。
○モノの技術とITのバランス○
福川 茅先生、ひとつこの21世紀の技術パラダイムの展望を……。
茅 ITが生活の中で非常に大きなインパクトを持つことは認めます。でも、結局、ITは、我々
の物質生活の補助手段にすぎないんです。我々にとって、エネルギーは要るし、物は要る。それらの技術的な変化がなければ、本質的に我々の生活は豊かにならないと思います。
エネルギーと材料・物質の分野で起こることが我々にとって一番重要なポイントです。
特にエネルギー、環境は最もシリアスな分野で、ここで何かドラスティックな変革があれば、
これは大変素晴らしいことです。
が、エネルギー分野の大きな技術革新には、長い時間がかかりリスキーです。核融合がいい例ですが、スタートして40年たちますが、本当に完成するかなお分からない。
一方、ITの場合は、言葉自体の登場がごく最近で、短期間にこれだけ広まりました。物すご
く速い。ITのように非常に進歩が速く、普及が速い技術と、物質に依存した進歩の遅い技術、
これらを21世紀の中でどうバランスさせるか、私達にとって大変難しい課題です。重い技術
がゆっくりとしか変化しないときに、果たして身軽なITのみで薔薇色の世界が開けるのか、簡単に開けないような気がします。
その意味で、重い方、エネルギー・資源関連技術に関し、かなり大胆な取組み、新しいもの
を探す努力が必要だと思います。さきほどの宇宙発電などでも、これまでにない技術を色々探
し、身軽な技術と重い技術の二つをうまく調和させないといけないと思います。
島田 今の重い技術を前提にしても、ITは、生活者に大きな豊かさを与えるのではないかと思います。リモート医療ケアができる、あるいは、保育や子育てや教育も、とにかくこれ一つ持
てば世界のすべての資源に繋がるということが一応可能です。
茅 それはわかります。実際、我々は物自体ではなく、サービスを楽しんでいますから。が、
享受するには、物を使わなければならない。幾らITがあっても、例えば私がアルプスを見たいと思うとき、その場に行きたいのです。その際、ITでアルプス画像を楽しむ場合と同じ程度に
少ないエネルギーで簡単にそこに行けるという技術があれば、ITも更にいいものが出て来て、
バランスがとれますが、今は残念ながらその重い部分が簡単には進歩しない。だから、この二
つの進歩のスピードをどうマッチさせるかが問題だということです。
島田 重い技術の進歩が非常に重要だというのはわかりますが、今の社会制度とか産業制度は
ITによって想像を超えるほど便利に、楽しくなります。そこに、重量級の次世代のエネルギー
技術が加われば、さらに大きなインパクトがもたらされる訳ですね。
茅 そういうことですね。
○グローバル化とガバナンス○
福川 ITが一つの引き金になり、技術改革とパラダイム変化を促すと同時に、今、グローバリ
ゼーションが滔々と進んでいると言われます。
トーマス・フリードマンは、これまでは、単に企業活動の地球規模化に過ぎなかったが、いまや東西冷戦にかわる世界秩序運営のシステムである、と言っています。
世界のシステムは、政治面、経済面、社会面で大きく変わりつつあることも事実だろうと思います。
80年頃からグローバルガバナンスという言葉が使われるようになってきましたが、21世紀の地球秩序運営のシステムは、20世紀型とは違ったものになると思います。
21世紀の世界秩序、地球の運営の展望と課題をお話し下さいませんか。
小島 グローバル化は、技術や経済の世界で現実に進んでおり、それは多少の停滞や迂回があ
っても一段と進むでしょう。
今ガバナンスの話に触れられましたが、グローバル化する経済・社会の実体に対し、それを管理するグローバルガバメントがなく、そのギャップが問題を大変難しくしています。
21世紀のグローバルシステムのイメージが提示されないままグローバル化だけが進むので、
99年のシアトルのような反グローバル運動が起こりました。以後、色々な国際会議で毎回対立が起きますが、それはグローバルガバナンスがないからです。
97年のアジア危機も、アジア経済がこの問題の犠牲者になりました。実体経済はグローバル
化していたのに、それを管理するシステムがない。金融経済のペースは実体経済のペースをは
るかに超え、瞬時で兆円単位のカネが動いた結果です。
実体経済と金融経済のディバイド、グローバル経済社会の実態とグローバルガバナンスのディバイド、国と国との間、同じ国の中の地域・世代の間に色々なディバイドがある。この時代
状況において出て来たディバイドに対し、それをうまく吸収し、管理するガバナンスがないの
です。
ジョン・ネイスヴィッツは「グローバルパラドックス」の中で、グローバリズムが進むほど、
個人や小さな国家、民族がそれに危機感を持ち、個性を主張し、対立が起こると言いました。
グローバリズムのモメンタムは強いが、例えばオーストリアのネオナチの様な反動勢力、エスノナショナリズムのモメンタムも同時に大変なパワーを伴って動きます。
経済の世界でも、様々な制度・機関が、グローバルな実態に対応した調整メカニズムをビル
トインしないと、非常に不安定な世界となり、世界秩序が安定しない時期が続くのではないか
と思います。
一つの解は、エスノナショナリズムとグローバリズムとの間にソフトパスとして、リージョナルな解を埋め込み、両者の対立を緩和する。恐らくグローバルガバメントは21世紀100年かかってもできない。だから、こうした中間的な解を工夫するしかないという印象です。
福川 島田先生、いかがでしょう。
島田 今、中間的解として、日本はシンガポールと2国間の自由貿易協定を結びました。これはエコノミック・パートナーシップ・アレンジメントといえる深い広がりがあり、積極的な意義があります。
一方、国内では、中間的解をどこに求めるのかという問題が起きています。自由化や規制緩
和は資源配分のためにいいという議論はあるが、農村地帯も、零細企業も、生活保護世帯も、
こういう自由化問題に対し強烈に反発しています。救いが見えない。これは世界の問題である
と同時に国内のガバナンスの問題でもありますが、解はありません。
小島 難しい課題です。
福川 茅先生いかがでしょうか。世界が大きく動いていますが、日本の政府はただ傍観してい
るやにしか見えません。日本はどう対応すべきなのでしょう。
IT分野では、世界標準化で市場独占の動きがあり、世界市場の競争性確保という理念に反するから、何か一つの秩序をつくらないといけないのか、また知的所有権ではビジネスモデル特許をどういう仕組みでつくったらいいかという議論もある筈です。地球温暖化でも、世界の秩序運営をどうするかという議論等で日本はもっと提案をする、貢献するべきだという意見があります。
茅 今までグローバルな問題について、日本は追従型、自分からイニシアティブをとることをしていません。デファクトスタンダードが本当のスタンダードになった殆どの例が欧米発信で
す。ITの普及拡大で、日本から発信できるようになることが期待されます。
アカデミックな分野では、既にインターネットが活用され、日本もここなら可能と思います。
反面、発展途上国の生活水準や地域の文化、生活習慣は、ITで埋まらないし、埋めてはいけな
いのかもしれません。ローカルな文化或いは生活体系とグローバルな利点とをいかにバランスさせるか、今後非常に大事なポイントでしょう。
日本はアジアでの地域的役割は果たせると思いますし、最近、アジアの活動の中に深くコミットしようとしていることは、非常に望ましいことだと思います。
○人材が集まる社会へ○
福川 そのITも、テクノロジーを超えて、どう使うかが問題になれば、文化的な要素が絡み、
結局人間の能力に関わってくる。ドイツの経済大臣と話しましたが、いい人材がみんな米国に
吸い寄せられ、欧州、ドイツとしては大問題だと強調していました。
コンピューターサイエンスで、MITでは6割は非アメリカ人で、いい人材は米国に集まる。
日本が貢献を目指し、新しいフロンティアを開こうとするとき、人材が必要で、それは日本人でなくてもいいけれど、日本自体が魅力のある社会にならないと、人も集まらず新しいものは
生まれてきません。
茅 その問題を考えるときに必ず言語が問題になります。文化という意味では各国それぞれの言葉は非常に大事だけれども、世界的に共通
な言語を持とうという機運が出て来ないと、本質的な解決になりません。そろそろ言語の共通
化を考える時期に来ている気がします。
島田 私は今、アジア諸国の学生とeメールで学習・交流しています。韓国、台湾は非常に熱
心で、例えばソウル大の学生は今度定期的にゼミに入って来るようになった。そういう意味で、
新しい時代、共通語は英語でもいいんです。
小島 それが現実的ですね。なぜなら現実問題として英語は完全に国際語になりましたから。
島田 僕は、国民が自分の国に誇りを持てるか、国の栄光をどう考えるかが大切だと思います。
ヨーロッパでは、ドイツが経済計算を超えてヨーロッパ民族の栄光を選択し、EUをまとめました。
我々がそういうものを持ち得るかが問われていると思います。
福川 小島さん、私はこれからは、結局、人だと思うんです。
日本全体で知的なレベルを上げようという社会の雰囲気、活力を引き出し、日本の中に新しい風が吹かないものかと思います。社会全体として知的な創造を評価し、優れたものを讃える
雰囲気が大切です。努力をしたら報われるというシステムが日本でできないと、国際貢献にも
繋がらないと思うんです。
小島 人材評価の仕組みを変えないと、折角の人材が社会の力になりません。技術のパラダイムが変わり、価値観が変わったのに、人材評価だけ旧態依然では有能な人材は海外へ出てしまう。
以前、東京を国際金融市場のセンターにしようと当時のJ.P.モルガン会長のウエザーストー
ンと議論しましたが、結論は、可能性がほとんどゼロということになりました。
本当の国際的金融センターになるための条件は、規制が市場にとって優しく(マーケットフ
レンドリー)、透明なことが必要で、通信コストが安くインフラが整っている、等々日本は半分
以上の項目で落第でした。
島田 知的な水準を高め、評価することは大賛成ですが、それは民族の誇りとか、栄光、命をかけられる何かを達成するための条件で、どのような価値をどう共有するかが最も重要と思います。欧州は大ヨーロッパの栄光、ローマ時代の栄光を再現したいという強い意志を近代から
数百年抱えてきています。
小島 だから、彼らがEUを生み出したときに、これは冷戦後の新しいイデオロギーだと言ったんですね。
島田 日本が国際的にどういう役割を果たすか。アジアとアメリカの仲介を果
たすというのは 条件で、一体、我々は日本人として何を誇りに思い、何を栄光と思うのかの議論を徹底的にや
るべきと思います。
茅 その意識は、高校生とか若者に多分、ないんです。
小島 若者が情熱を傾ける対象がなくなりました。悲劇なんです。
茅 それはやはり非常に重要なキーポイントですね。
福川 では、最後に、地球研への期待を……。
○21世紀の地球研○
茅 私と地球研とのおつき合いは、ほとんど環境関係ですが、21世紀の地球的な問題は環境から技術、文化、政治と非常に広範です。地球研は、我々が抱えるこうした問題を常に広い視点でとらえ、研究を続けて頂きたいと思います。
小島 バーチャル・リサーチ・センターをつくり、地球研が世界的な環境研究、地球問題の研究のハブになるとよいと思います。
ネットを通じて、地球研にアクセスすると、世界のすべての研究成果に導かれるという仕組みが欲しい。地球研は環境というテーマに特化していますから、チャンスがあると思います。
経済開発発展のテーマでは今、世界銀行が中心になって、世界の開発経済学、理論、実績デ
ータ、これらのネットワーク化を進めています。
地球研が日本の地球環境問題研究のハブ、情報のハブとして、世界とリンクし、ネットワー
クの窓口になったらいいと思います。
島田 以前、地球研の総合研究プロジェクトをカーネギー財団と一緒にやったことがあります。
かなりの資金的支援を受け、自由に勉強させてもらいました。インターディシプリナリーに、
深い総合研究を行い、成果を米国と日本で発表しました。
日本に多くのシンクタンク、研究所がありますが、ああしたプロジェクトを実行できる研究所は日本には余りありません。
地球研には、自由な、質の高い議論ができる知的なサロンを確保し発展させて頂きたいと思います。運営は大変ですが、長い目で見て最も価値があると思います。
福川 引き続き地球研のご支援をよろしくお願いします。本日はどうもありがとうございまし
た。
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