ニュースレター
■
メニューに戻る
2002
年 1号
EXPERIMENT
排出権取引公開実験実施報告
11月30日(金)地球産業文化研究所会議室にて、排出権取引公開実験を実施した。本実験は、大阪大学の西條教授を委員長とする国際排出権取引制度研究委員会にて検討・構築されたコンピュータシミュレーション実験システムを使用している。そこで公開実験の報告に先立ち、本システムの概略及び実験経済学に関する簡単な解説を行い、引き続き公開実験に関する報告を行うこととする。
1.排出権取引実験の概略− 実験経済学からのアプローチ
平成11年度より始まった国際排出権取引制度研究委員会では、排出権取引について、どのような制度を用いれば京都議定書における温室効果ガス削減目標を経済効率的に(市場全体で見て最も安い費用で)達成することができるのか、という点について検討してきた。最終的には具体的な制度提案をすることを目的とし、主として実験経済学からのアプローチを試みている。
具体的には、被験者を用いたコンピュータ実験を実施し、排出権取引における問題点・市場の傾向等に関するデータを蓄積・分析することによって、その最適解を見出すことを目指している。ここで実験の可変条件としては、「責任制度(売り手責任か、買い手責任か)」「取引方法(相対取引・取引所取引)」「情報の開示・非開示」といったファクターを用いており、これらの条件を様々に組み合わせることによって、どの要素を組み合わせた制度が最も効率的な市場を創出するかを分析・検討している。
こうした実験の特徴は
複数の制度を設計し、それらを比較対照できる点、
同じ制度の実験を繰り返し行うことによりデータの信頼性を確保できる点等であり、すでに本システムでも9通り計18回(延べ180名)の実験を大阪大学にて実施した。
また、排出権取引実験については他の企業・シンクタンク等でも実施されているが、他実験の多くが排出権取引市場における仮想取引の体験に主眼をおいているのに対し、本実験は条件を変えた数多くの実験結果から制度設計を目指している点が大きな違いといえよう。
2.公開実験報告
今回の公開実験は、(財)地球産業文化研究所および(財)エネルギー経済研究所の会員企業を対象としており、20社20名の方に被験者としてご参加いただいた。業種としてはエネルギー関連が過半数を占め、その他研究所・メーカー等からの参加を頂いている。
スケジュールは、午前に実験の概要説明とシステム操作練習、午後に実験本番と結果解説を実施した。参加者の方には、事前に実験の概要(排出削減、排出権取引の考え方と方法等)に関する30ページ以上の資料を配布しており、当日はこの資料を読んでいることを前提に説明を実施している。
被験者は2名1組(計10組)となり実験に参加した。各組がそれぞれ、日本、アメリカ、ロシア、フランス、イギリス、ドイツ、その他EU国、東欧、オーストラリア・ニュージーランド、カナダのうちの1カ国(地域)として、1期5年分の排出権取引および自国内での排出削減を行う。1年は10分の削減時間と20分の取引時間とで構成されており、はじめの10分で翌年の削減投資を実施し、残りの20分でその年の排出権取引を行うこととなる。
今回の実験で、被験者は、削減と取引を行った結果としてなるべく多くの利益を出すことを求められている
(1)
。全取引期間終了後、余った排出権は価値をもたないが、足りなかった場合には1単位あたり250ドルのペナルティを支払うことになっている。
本実験における削減については、短期削減費用と長期削減費用の2つの概念を用いることによって、削減が可変要素(燃料転換や労働力)の投入量と、固定要素(資本設備)の量によって決まることを表している。またコンピュータシステム上では、投資を行って1年が過ぎてからその効果が現れるように設定し、投資のライムラグ(追加投資の意思決定をしてからそれが稼動するまでのタイムラグ)を設けた。さらに、一度投資した資本を回収することはできないという投資の不可逆性(一度投入した固定設備は破棄できない)の概念も取り入れている。よって被験者はこれらの前提を踏まえた上で、行いたい国内削減の規模に応じて短期削減と長期削減のための投資を毎年行うこととなる。
取引について、本実験システムでは前述のように責任制度(売り手責任・買い手責任)、取引方法(取引所取引・相対取引)および情報開示(相対取引の場合のみ:情報非開示・開示)という要素に焦点を当てており、これらの条件を様々に組み合わせることができるが、今回の公開実験における取引は「国先買い手責任」「相対取引」「情報開示」という条件で行った。
「国先買い手責任
(2)
」とは、取引期間終了後に取引した国(被験者)同士で排出権(ここでは一種の債権と考える)の受け渡しを行い、その後に遵守・不遵守の認定をする制度である。ここで、A国が保有する排出権以上にこれを発行していた場合、A国の排出権を受け取るはずだった国は約束を果たしてもらうことができなくなり、A国が保有する全排出権は関係国の間で(債権の保有割合にしたがって)分配されることになる。(分配された量は、受け取るはずだった量以下となる。)よって被験者は、取引の相手国がデフォルト(債務不履行)を起こさないかという点にも注意しつつ取引を行うことになる。
責任制度についてCOPでは「売り手責任」が採用されることが決まっているが、現実に取引が始まれば、買い手責任制度における取引のように、発行した国によって異なる排出権価格がつくことが予想される。そこで今回の公開実験では、被験者の方に国先買い手責任制度を体験いただくこととした。
3.結果概観
公開実験前に大阪大学にて実施してきた実験結果からは、4つのケース
(3)
が観測されている。今回の結果についての詳細な分析はこれからとなるが、ケースとしては4つの中で「失敗ケース」と名付けられたパターン、すなわち取引が高い価格で始まり、その結果各国における削減が過剰となり、市場全体で排出権が過剰となった結果、最後に価格が暴落するという市場効率性の低いケースとなった。
被験者の方々からは今回の実験に対し、市場原理的な仕組みが理解でき、制度設計型の実験を体験することができて非常に有意義だった旨の御意見を多く頂いた。質問も実験中・前後ともに多く、またその内容もかなり詳細・多岐にわたっており、実験および排出権取引市場の仕組みに対する理解・興味が高かったことが推察される。
また今回の実験は、今までは学生を被験者としていたのに対し、実施条件は厳密には同一ではないが、初めて企業の方を対象に実施したものであり、そういった観点からも今後の参考となるデータが取れたのではないかと考える。
今後も、排出権取引制度研究において各制度における実験の回数を増やしデータの精度を高めるとともに、排出権取引市場に対する理解を深める一手段として、企業の方を対象とした実験についても視野に入れていきたい。
(文責:伊藤麻紀子)
(1)
通常は被験者に対し、実験のパフォーマンスに応じた謝金を支払う(今回は実施せず)。
(2)
本実験システムには、「国先買い手責任」に加えて「管理先買い手責任」、すなわち他国に売却した排出権を渡す前に、それを自分の遵守に使うことのできる責任制度もデザインに入れている。
(3)
「成功ケース:低い取引価格→価格があるべき値に上昇→最適削減」「失敗ケース(本文参照)」「価格高騰ケース:低い取引価格→不十分な削減→最後に価格高騰」「計画倒産大量発生ケース:計画的デフォルトが大量に発生(管理先買い手責任でのみ見られた)」