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2005年 2号
Conference
第15回GISPRIシンポジウム
「東アジア経済圏における経済連携と競争力強化を考える」
開催報告

平成16年度日本自転車振興会補助事業

2005年3月10日(木)、都市センターホテル 5階 オリオン(東京都千代田区平河町)にて、経済産業省と日本貿易振興機構(JETRO)の後援を得て、標記シンポジウムを開催した。早稲田大学大学院教授、小林英夫氏の基調講演「東アジア地域サプライチェーン構築に向けた官民の役割」のあと、パネルディスカッション−1「東アジア経済連携における企業戦略と通商政策の在り方」とパネルディスカッション−2「ASEAN地域におけるビジネス展開の実態と課題」を行った。以下にその概要を報告する。


1. 基調講演「東アジア地域サプライチェーン構築に向けた官民の役割」
 小林 英夫 氏(早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科 教授/日本自動車部品産業研究所 所長)


東アジア地域に非常に大きな変化と変動が起きており、その中身の一つは、この地域がグローバル市場に組み込まれた点があります。つまり、全ての市場で同じ物が同時に売られ、使用するという、国境障壁が非常に低くなる時代の始まりが一つの大きな特徴です。いま一つの特徴は、生産が国際分業され、国境を越え、分散された産業集積地域を繋げる形で生産が行われるという、グローバル生産時代の到来です。国境を越え、産業集積が過去の歴史やこれまでの行きがかりを越え、より有利な条件を求めて、より有利な地域に次々と進出していく。そして、それがコンピューターによって見事に制御され、国際的な生産が一種の工程として結ばれていくという新しい時代が到来し、消費者ニーズが瞬時のうちに生産の中に織り込まれていない限り、競争に打ち勝てない時代が到来したという訳です。

 日本がアジアとウィン・ウィンの関係を持ちながら、どのようにこれから生きていかねばならないのかということが、今日のシンポジウムで議論されねばならない基本的問題です。国が企業を選ぶ時代から企業が国を選ぶ時代に変わっていく中、日本がこれまでリード・オフ・カントリーとして、東アジアを引っ張ってきた伝統を踏まえながら、新しい状況に即応するシステムをどう築いていくかが、今日の最大の課題であり、最大の関心である訳です。確かにアジア通貨危機でアジアの国々は大きな打撃を受けましたが、その打撃をむしろ上手に利用する形で、アジア地域が急速な経済成長をしてきた現実があるわけです。 そうした中で、貿易・投資・情報・人流を通じて、アジアの国々がお互いに競争をしつつ、補完しあう関係が作り出されています。これをより有効な形、効率的な形に作り替えていく必要があります。これが、サプライチェーン、FTAといった事柄を重視する所以です。

今、東アジア地域を詳細に見ますと、市場という意味でいえば、中国市場、ASEAN市場、日本・韓国の市場と、大きく三つの市場に分けることが可能と考えております。中国は国家主導型の市場であり、無限の可能性を秘めているという意味で、東アジアの中における一つのサブ市場と位置づけることが可能でしょう。ASEANは、小国の連合による一つの大きな市場です。これまで高い関税障壁により、相互交流がはばまれていたASEANが、次第にその関税障壁を低め、AFTAに象徴される一つの共通の自由貿易圏を形成し始めているわけです。この地域は、中国とは異なり、国家オリエンテッドというよりはむしろ企業オリエンテッドな形で、さまざまな試みが行われています。日本・韓国市場は、高度に発達し、高い技術を持ち、東アジア経済の問題を考えるときにリード・オフ・マンとしての役割を果たすことは言うまでもありません。そうした中で、日本と韓国がどのようにウィン・ウィンの協力関係を作っていくか、東アジアにおける機関車としての役割をどのように果たすかが問題です。この三つの市場をどのように統合しながら、一つの潜在的、あるいは顕在的な成長力を持った市場として成長させるかが、私が冒頭に申し上げた問題関心の一つの具体化です。

 これらの地域にさまざまな産業がありますが、やはり電機・自動車・繊維といった東アジアをリードしていく産業が、それぞれの市場でどのような連関を持っているかも、重要であると思っております。電機は、中国市場、ASEAN市場、日本・韓国市場で密接なリンケージを持ちながら、国際的な工程分業が見事に形成され、かつ展開されています。それに比べると、自動車はややそれぞれの市場にクローズされた形で展開されているという違いがあります。その意味では、産業によって、地域によって、東アジアと一言でいった場合でも、相当の多様性があると思います。

 そうした中で、日本を一つの頂点として、他のアジアの国々とウィン・ウィンの関係を結びながら、東アジア経済圏をどのように構築していくかを考えるときに、SCM(サプライチェーン)をどう作り上げていくのか、FTAをどう作っていけばいいのか、さらにSCM、FTAを通じて官民がどのように協力していけばいいのかを考えなければならないと思っております。

 経済的連携、政治的連携、文化的連携を含む、東アジアにおけるウィン・ウィンの共同体をどのように作っていけばいいのか、それを個々の産業でどうすればいいのかということについては、これから続きますパネルディスカッションの1と2で、より一層詰めていくことをここで申し上げまして、簡単ではありますが、基調講演に代えさせていただきます。


2. パネルディスカッション−1「東アジア経済連携における企業戦略と
通商政策の在り方」
モデレータ 木村 福成 氏(慶應義塾大学 経済学部 教授)
  国際的生産・流通ネットワークが過去10、15年間に急速に発達した訳ですが、東アジア全体の経済の結び付はサプライチェーンマネジメント(SCM)と呼ぶにはテンポ、スピードも遅く、上流・下流の結び付ものんびりしたものと思います。特に日本企業の国際競争力という面から見て、韓国企業、中国企業、或いは欧米企業に勝てない状況と認識しております。

 今日のパネリストのお二人は、企業戦略、或いは企業の視点から、東アジアの新しい動きをお話しいただき、最後の1/3の部分は、東アジアでFTA/EPAの構築が始まっている訳ですが、SCMという非常にスピードの速い、日本国内でも本当にやっている業種はまだ限られているものを東アジアで展開していく為には、一体何をしなければいけないのか、通商政策の議論もさせていただければと考えております。

 最初に、私なりの問題の理解の設定をさせていただこうと思います。
東アジアの国際的生産・流通ネットワークは、所得水準、立地の有利性等が全く違った国を含め、しかも工程間分業という形で展開されている意味で、世界で今最も進んでいる国際的生産・流通ネットワークと思います。

工程間分業とは、産業の中の細かい工程が国際間で分業される訳で、貿易でいうと、部品とか中間財の貿易が爆発的に増えています。特に機械産業が中心で、繊維・衣料、その他の分野でも見られます。工程間分業には二つの次元があり、一つは地理的な距離という意味での分散立地(フラグメンテーション)です。もう一つは、企業内と企業間という重要な違いがあります。東アジアの場合には特にそれも重要で、日系企業同士の取引も重要ですし、企業国籍が違う企業、台湾系、香港系、或いは中国系に、フラグメントするという次元もあります。そういう意味で、地理的な距離と、企業内・企業間という二つの次元で、フラグメンテーションが起きてきています。

分散立地と集中立地が同時進行している訳ですが、東アジアの場合は、分散立地した生産ブロックを結ぶサービスリンクコストが低い、低くない所が斑状になっています。低い所には、当然フラグメントしたものが溜まってくる訳です。もう一つは、企業間分業の場合で、スペックの厳しいもの、技術の安定性が重要なもの、納期が厳しいものはなるべくベンダーには近くにいてもらいたい。そういう意味で、垂直的な生産の分業の中で集積ができてきます。これらが同時に進行していると考えています。

東アジアでは、他の地域と比べ、輸出と輸入に占める機械部品・中間財の比率が爆発的に大きいことが分かります。

このフラグメンテーションは、地理的な分散立地と、企業の外に出す分散立地の両方を含んでいます。東アジアの場合には、特にプロダクションブロックでのコストダウンが大きなインセンティブとして働き、例えば賃金水準や、技術的なノウハウである訳ですが、その魅力が非常に大きいのです。分散立地をすると、当然ここを結ぶサービスリンクが必要になり、輸送費や電気通信費、コーディネーションのコスト等が入ってきますが、これが生産ブロックのコスト低下を全部相殺するほど大きくない、ある程度サービスリンクコストが低くい状態のときに、初めてこういうフラグメンテーションが起きると考えています。

このサービスリンクコスト部分で、特にアジアの場合、一回国境を越えると、当然通関手続きの不安定性、法制の不安定性等、色々な問題が起きます。そういう意味で、ゆっくりしたペースでの生産ネットワークになっているケースが多いと思います。

何故SCMが必要なのか。特に日本企業の競争力という意味で見たときに、生産ネットワークと市場のニーズをまさに同期化させながら動いていかねばいけません。生産・流通のチェーン、上流から下流までを何らかの形で一貫した管理のもとに置かないと、それはできません。きめ細かな顧客サービスや少量多品種をやらないと、韓国企業や中国企業に勝てなくなってきています。時間コストをいかに節約するか、いかにキャッシュフローを重視する経営に変えていくかが、今、日本の企業の課題になっています。

東アジアで一体どこまで可能なのか、その為何が必要なのかを考えていこうと思います。
通商政策の方は、途上国の立場からいうと、特に製造業について二つの課題があります。
一つは輸入代替型産業の再編成です。これは貿易障壁に守られ、国内売りを中心に考えている産業です。典型的なのは自動車の完成車、それから家電製品も一部該当しますし、国によっては石油化学や鉄鋼等も含まれます。多くの場合、非常に稼動率も低く、生産規模が小さく、国境を越えた再編成が必要です。そのため関税の引き下げが出てきます。

 もう一つは国際的生産・流通ネットワークをすでに展開している分野で、電機・電子が特に典型的ですが、自動車部品なども含まれます。それを如何に、更に活性化・高度化させるかが課題になっているわけです。

 ただ、この国際的な生産・流通ネットワークを本当にSCMと呼べるまで高度化させるには、一体何をしなければならないのか。政策として、例えばEPAの中に入れていけるものがあるとしたら、何があるのかも、これから考えなければいけない問題です。


安積 敏政 氏(松下電器産業株式会社 グローバル戦略研究所 首席研究員)
  1年半前まで、シンガポールのアジア地域統括会社に勤務しておりました。松下電器も全世界のオペレーションということで、既に日本にヘッドクオーターがなく、それぞれ、米国、欧州、アジア(シンガポール・北京)となっており、その中のシンガポールにおりました。1年半前に本社の中にグローバル戦略研究所ができ、現在そこへ勤務しています。

本論に入る前に、1990年代の日本企業のアジアの経営にどんなインパクトがあったか、項目だけレビューしたいと思います。超円高でみんな生産シフトしたと。そして、アジア通貨危機が97年。AFTAが進展し、アジア各国の産業高度化政策・外資政策が、レイバー・インテンシブから、ナリッジ・インテンシブ、あるいはキャピタル・インテンシブと、大きく変わっていった。そして、韓国企業が非常に躍進し、中国企業が台頭したという中での、90年代のアジアの経営でした。その中で、ダイナミックに変わったのが、突如、米国も、欧州も、日本も、みんな中国詣でという形になり、ASEANからもプロダクト・マイグレーションということで、生産シフト、事業の移管などが起こったのが90年代です。

しかし、90年代は、大ざっぱにいえば中国とASEANは関係のない市場であり、関係のない投資先であり、事業の相互依存のない時代だったのです。
そして今日の話、21世紀に入りますと、FTA、アセアンと中国の相互依存、商品・技術・流通機構の世界同期化、韓国企業と中国企業の熾烈な競争が大きく影響し、日本の空洞化、生産がアジアにシフトし、研究開発もシフトし、今日は直接投資まで日本からやらないというような形で大きく動いています。このあたりが21世紀最初の10年の状況です。

実は、このFTA/EPAのインパクトについて、大きくこのように考えたらいいと思います。貿易が拡大する、しないという議論、海外直接投資が増える、増えないという議論、それから、FTAを結びますと、いろいろな自国の構造改革があり、ビジネスチャンスとリスクが当然出てきます。その中で、国家経済レベルの議論と産業レベルの議論と個別企業の議論では全然違うということが、FTA/EPAのお話だろうと思うのです。

最初に国家レベルの論議で、省毎に思惑が違うでしょうが、民間企業から見ますと、以下のように思います。日本からの投資がどんどん東アジア(中国、ASEAN)に行く。その中で投資が拡大して、雇用が拡大し、税収が増え、産業が活性化して、経済成長して好循環が東アジアに起こり、その結果、日本の企業は配当とロイヤルティを日本へ持ってくる。そこで設備投資と研究開発投資をして、更に事業拡大して、株価も上がって、日本が活性化して、両方が経済の好循環をもたらす意味で、FTA/EPAが捉えられています。

そして、個別企業でのFTAの経営インパクトです。自社の輸出入フローは関税等を考えこのままで大丈夫か、拠点の再編あるいは統廃合は必要ないか、そして、自国・相手国の構造改革の問題でビジネスチャンスも出ますが、当然リスクも出る。このあたりが、個別企業の戦略レベルの検討だろうと思います。

FTA/EPAとSCMの関係は、貿易・投資の拡大、相互依存度の高い国際市場の実現への対策です。その結果、ASEAN、中国という域内だけではなくボーダーレスな市場競争が加速化する。そして、当然企業は生き残り・勝ち残りを模索してSCMが上手いか下手かの成否が、市場競争を勝ち抜く重要な手段になる。これがSCMの位置づけです。

もう一つの要因ですが、ASEANと中国の相互依存度、実はASEANと中国との間の貿易は極めて急速に増えています。中国とASEAN間ではすでに全製品で年率27%、28%で増えていく。電機だけとっても3割で、FTAが起こる、起こらない、の前に、既にFTA状態というのがASEAN・中国間の貿易です。これがFTAの状態になると、どのように加速化されるのでしょうか。中国と日本、日本とASEANの関係は、説明するまでもなく相互補完です。しかし、企業の経営から見ると、中国とASEANはこの先どうなるのかが、貿易・投資面での問題です。

松下電器という一企業の事例だと、日本からASEANへ、40年間に2000億円投資し、投資回収を終わっている。ASEANの中に、製造会社、販売会社、その他ファイナンシング、ロジスティクス、地域統括会社等色々なタイプの会社があります。中国はこの間までみんな進出に反対、或いは消極的だったのが、あっという間にオペレーションして、1000億円すでに投資しています。極めて短期間に1000億円投資したのです。その投資も、日本でなく、オランダ経由の迂回投資になる。これは当然タックス・セービングの問題から、日本からの投資が生産・研究開発と同じように外からという状況になっています。

生産ベースで見ると、中国で5800億円生産しています。ASEANの中では9000億円生産していますが、日本から中国へ、日本からASEANへシフトする。そして中国・ASEAN間では、1000億以上のやり取りがあります。つまり国際水平分業と垂直分業が、中国・ASEAN間で起こっているのです。個別企業で見ても、エレクトロニクス産業を見ても、全く相互依存の関係になっています。そして、ここから欧州、米国、日本という大きなマーケットに出す。従って、中国からの輸出と、ASEANからの輸出をどのように切り分けるかという意味で、拡大アジア戦略(Greater Asia Strategy)が出てくる訳です。

松下電器が世界のどこで利益を出しているか。確実にアジア・中国、ASEAN・中国で海外の利益を出している。しかも、この海外依存が、今後5割、6割になっていく。つまり拡大アジアの中で勝たない限り、この企業はもたないことが、利益面から見えます。

以上、ちょっと長くなりましたが、東アジア連携下における企業戦略をエレクトロニクス産業から見た視点ということで、お話しさせていただきました。ご清聴どうもありがとうございました。


大川三千男 氏(東レ株式会社 顧問)
  東レの大川でございます。繊維や化学品を担当しております東レの顧問をしております。
東レは総合的な化学会社で、繊維会社としては原料から織布、染色、合成繊維、一貫した事業形態を持っており、恐らく世界一の繊維会社ではないかと考えております。海外事業展開も、大体、18か国・地域で約109社あり、国内が関係会社23社で展開をしています。

 そういう観点から、FTA/EPAにつきましては社内の関心が高かったわけですが、私は日本経団連でアジア大洋州地域委員会で活動しておりますので産業界のFTAの話、FTAに対する要望ということを、経団連の活動に即して少しお話をしたいと思います。

FTA/EPAにつきましては、日本経団連で体系的に取り上げたのが2001年6月で、「通商立国日本のグランドデザイン」という提言をまとめています。それまでの日本の通商政策が、マルチのWTO一本に対して、二国間・地域協定も併せてやろう、体系的にFTA/EPAの推進をしていくべきで、全体としてASEAN+3、あるいは米国とのFTAも、将来視野に入れよう、それから、通商政策を重視していこうと提言しています。

 2002年の9月には、日本とASEANの包括的な経済連携構想について、ASEAN各国とのFTA/EPAの推進、ASEAN全体との包括的な協定、対象分野と対象国各々の一つの包括性を重視する連携構想の具体化が必要であろうと提言しています。

 2003年の1月に、経団連の奥田ビジョンが発表されました。その一つの章で東アジアとの連携を強化してグローバルな競争に挑もうと強調し、このときに使っている言葉が「第三の開国」です。明治維新と第二次大戦後の終戦には外圧的なところがあったが、EPAの連携推進は、日本が自らの意志で開国を進めるという意義がある。ここでは五つの自由化、二つの協力というモノとサービス、ヒト、カネ、情報という生産要素の移動の自由、そして、域内協力の推進や、グローバルな問題の解決に向けた協力実現が謳われています。

 2004年の3月には、「経済連携の強化に向けた緊急提言」で、経済連携を具体的に進めていくための東アジア自由経済圏の実現への実行課題を取り上げ、モノの貿易についてはWTOとの整合的な自由化と円滑化、公正中立な原産地規則、そして、先進的な投資ルールを作りと、対日投資の推進、外部人材の受け入れと外国人を受け入れる体制作り、農業構造改革の加速化、戦略的なEPAという形での連携強化を提言しております。

 2002年から2004年に日韓中ビジネスフォーラムという検討会があり、日韓中の投資取り決め、あるいは自由貿易協定についての共同研究会を進めています。そういう中で、繊維産業は色々な国がしっかりと手掛ける産業です。特にアジアにおいては繊維産業に強い国が出てきますので、日本の競争力が相対的に不利な面が出てくる。コスト競争力や価格の競争力は、日本の高コスト構造が非常に効いて、定番的な商品では周辺の諸国との価格競争力が全く弱い。しかしながら、新しい商品の開発力、工程の管理力、色々なサービス、マーケットへの対応、商品作りといった非価格競争力では相当な強さを持っています。

 織物の輸出は、コスト競争力や価格競争力で不利な立場にあるといいながら、割合コンスタントに維持できています。輸入のほうは、円が高くなるに従って、衣類の輸入は増えます。日本では、非常に限られたスーツや高級な婦人衣料以外、すべて中国やベトナムなどのミシンによって縫製されたものが来ています。ただ、そこで使われる織物やテキスタイルは日本の物が相当使われていく関係があって、織物の輸出が維持できながら、衣類では輸入超過の産業になっています。

繊維事業の対外直接投資を見ますと、金額、件数で、中国が圧倒的に多い。小さい規模の縫製工場がどんどん中国に出ているからです。工程間分業といいますか、テキスタイルはもちろん、中国、韓国、台湾で作られたテキスタイルが使われ、縫製は圧倒的に中国で作られた物が日本に入ってくる。日本の今の繊維製品、縫製品を入れた輸入浸透率は7割ぐらいになっていますから、皆さんがふだん使っておられる物も、実は圧倒的に海外で作られた、そして、そのうちの幾つかは、日本で作られたテキスタイルが使われて、縫製品という形になって戻ってくる形態になっています。

日本の繊維産業の技術力や商品開発力について国際競争力は、しっかりあるわけです。

 ASEANの交渉3か国、これはタイ、フィリピン、マレーシアですが、政府間のFTA交渉に先駆けて、繊維業界間での合意を作るように動いています。そのポイントは、関税の相互、即時撤廃、繊維製品のための原産地規則をしっかり作りましょう、相互主義の採用ということで、お互いに同じようなステージングがあれば、そのようにやろうと。

 原産地規則は、SCMと非常に関連すると思うのですが、関税番号変更基準を取って、二工程基準を取りたいというのが日本の希望です。 二工程基準とは、例えば縫製品で、テキスタイルの染め・仕上げもその国でやる、或いは日本とその国のどちらかでやることです。日本からテキスタイルを持っていって、例えばASEANの国で縫製して返ってくるのは、原産地規則として機能する。但し、どこかよその国から生地だけが入って、縫製だけ例えばタイでやって、日本に輸出されるのは、原産地とは認めない形です。

 単なる縫製だけではなくて、テキスタイルも担当することによって、一つの繊維産業がお互いの産業の発展として極めてノーマルな形になる、このような規定にしたいと日本が求めているのですが、一部の国では、縫製だけすれば自分のところの原産と認めてほしいという声もあります。このあたりは今業界同士で交渉をしているところですが、やはりテキスタイルも縫製という工程も、両方やることによって繊維産業全体のレベルが高くなる。アジアの国は繊維産業については相当な力を持っていますから、テキスタイルもやり、縫製もやるという力の余地があります。一つの産業をしっかり持っていくためには、そういう原産地規則が非常に的確ではないかと考えているわけです。

 もう一つのポイントは、日本も関税をゼロにしてしまう訳で、先程のように価格競争力が弱いとか輸入浸透率が高い日本の業界の中で、ここは完全に居直って、日本も関税をゼロにして、新しい形の中で産業の発展を競うと。その代り、関税をお互いにゼロにする訳ですから、原産地規則については、「テキスタイル+縫製」とか、二工程という形で、どうしても素材ですから川上・川中・川下というように工程があるわけですが、そのあたりをしっかり関連づけた原産地規則にしたいと考えております。

 それから、もう一つ、中国についてはまだFTA交渉という段階ではありませんが、繊維産業では、昨年から日本と中国の全繊維産業の発展協力会議というものを作りました。貿易の自由化、投資、事業環境の整備、ヒトの交流、技術の交流などについて、将来のFTA交渉も念頭に置きながら、高いレベルで実現するような連携を図ろうとしています。日本の大企業から中小企業に至るまで、多数の国が中国に工場を持っていますが、その産業界全体としてお互いの枠組みをしっかりしたものにしようという形をとっています。

 中国が非常に大きいわけですが、まだFTAという段階ではありませんが、幸いにして、WTO加盟から3年を経過しています。WTOに加盟したときのいろいろな関税の引き下げ以外の約束事があります。貿易権や知財権などについての整備をいかに中国がやってくれるかについては、日本経団連でも中国とのいろいろな通商対話を進めています。そういう整備を通して、将来のFTA/EPAにつなげていく基盤ができていくことになるだろうと思います。どうもありがとうございました。
  杉田 定大 氏(経済産業省 貿易経済協力局 通商金融・経済協力課長)
  杉田です。私は去年までFTA/EPAの交渉をASEANとの間でやっておりました。今日はその辺の経験も踏まえながらご説明をしたいと思います。

EPAの定義は、特定の二か国、または複数国間で、域内のヒト・モノ・カネの移動の更なる自由化、或いは円滑化を図るため、水際或いは国内の規制の撤廃、或いは制度のハーモナイゼーションを行うということです。

2年ほど前に、東アジアの企業戦略研究会という、ちょうどFTAの交渉を立ち上げていく前に、企業の方々からどうご覧になっているのかよく聞いてみようという研究会をさせて頂きました。そのときに強く感じたのは、ヒト・モノ・カネ、あるいはサービスの流れを自由にする、ですから、この中にSCMも生きてくるのだと思いますし、SCMも単にもの造りだけでなく、サービス、或いはお金、人も大きく関ってくる、物流などが大きく関ってくるお話です。これはバイで、或いはマルチのFTAで、各国が構造改革を行う、構造改革を共有していくと我々は思っているわけです。

 大事なのは、EPAやFTA、バイで、或いはマルチで交渉して、それぞれの国がそれぞれの国の制度を変えていく、あるいは制度のハーモナイゼーションを行っていくことです。そのときに大事になのは、規制の緩和であったり、技術革新が大きなビークルになってくる可能性があると思っています。

 例えば、我々が今よく議論しているのは、ICタグとかeコマースのようなやり方、或いはeガバメント、なるたけ行政処理の手続きを簡素化し、かつそれを電子化していくことが、このヒト・モノ・サービスの流れを大きく変えていくのではないか。或いは各国にある汚職を撲滅することが可能になるかもしれませんし、貿易や通関の手続きを簡素化することが可能になってくるのではないか。特に、関税を引き下げるよりも貿易や通関の手続きを簡素化することのほうがより効果が大きいという、EUなどでの過去のデータがあります。色々な形で利権等々が今の規制の中でそれぞれの国の中であるのも事実ですから、それをどう乗り越えていくのかが、我々のEPA/FTAではないかと思っている訳です。

 ちなみに、FTAはもう少し狭義の意味で関税やサービスの障壁を撤廃するということで、EPAは考え方としてはより広義のものであるとご理解いただきたいと思います。

我々がFTAを議論しているときには、WTOがベースです。WTOでのルールで議論されていること、WTOにコミットしたもの、リクエストしたもの、オファーしたものがベースになって、その上乗せで議論をFTAでしていく。例えばGATTでお互いの国が約束した関税表よりも、より高いレベルの関税の撤廃、或いは引き下げをコミットしていくのがFTAです。ですから、WTO上、GATT24条の中で、FTAはいわゆる「地域例外」という言い方をしますが、特定の地域のみで関税を撤廃することが認められています。しかし、将来的には他のメンバーステートに必ず均霑(きんてん)していくのが大前提で、このWTO、FTAがあることもご理解いただきたい。

実は投資の障壁は正直いって色々な形であります。これが多分、皆さんのSCMにとって、関税だけではなく、物の流れの障害になっている部分です。ちなみにタイ、フィリピン、マレーシアといったところで、幾つかの障壁がある。特にサービス関係、物流、或いはリース、卸・小売といったところ、それから法務サービス・会計サービスといったようなところ、ここはなかなか閉鎖的です。

 先日、木村先生にお願いして、月曜日、バンコクでFTAとPPP(官民パートナーシップ)の議論をしたのですが、我々日本側からこういう言い方をしました。まず、「りっぱな制度を作ってください」と。「しかし、制度を作ったら、変えないでください。後出しじゃんけんはだめですよ」ということを強く申し上げました。先日JETROの理事長がインドネシアに行ったときにも、インドネシアの副大統領にもそういうお話をしたのですが、制度は作ったのだけれども、例外を設けるとか、急に制度を変えてしまうとか、制度変更に伴うリスクが非常に高いわけです。タイという国は先進国入りすべく色々一生懸命されていますが、まだまだ制度変更リスクが大きい。これが、我々の課題と思っています。

我々が議論している中で、意外と大事なのが人の移動だと考えております。

例えばフィリピンで看護師・介護士、或いはタイで看護師・マッサージ師という方々であるわけですが、そもそも日本の国で外国人の労働者をどう受け入れていくのかという考え方です。基本的には単純労働はだめで、プロフェッショナリティを持っている人は入れるということで、実は今191万人の外国のかたが一応登録されています。これ以外に不法滞在されている方が十数万人、或いは20万人いるといわれています。

 今、豊田の人口の大体2%が外国人です。大体トヨタさんが関係していて、期間工のような形で外国人の方に頼られている訳ですが、どうも最近、国内で造っている車のリコールが増えてきているという話をされていたわけです。恐らく国内でちょっと労働の質が落ちている。これは我々も一つ考えなければいけないのでしょうけれども、外から来た人に対する教育の確保と、それからやはり日本人でどうもの造りをしていくのかというところの考え方を、もう少し整理する必要がある時期に来ているのではないかと思っています。

特に我々が日・ASEANの経済連携の中で大事だという議論の中で、バイで議論するだけではなくて、マルチでも議論をしておかなければいけないところです。FTAの中で原産地規則が大事なのだと。これは一種のハーモナイゼーションなわけです。それぞれの国で作った物を、日・ASEAN原産と呼ぼう、それぞれの国で作った物といいながら、日・ASEANの間で部品等々がまたがっているとしたときに、日・ASEAN原産というものを作るということです。しかし、複雑に原産地規則ができ上がってしまうと、実はスパゲッティボール現象と呼んでいるのですが、企業の方々からすると非常に複雑になって、実際のSCMを非常にやりにくくする問題があります。我々もそうしない工夫をしていくことが大きな課題と思っています。

東アジア全体で見たときの議論として、東アジアの経済連携、東アジアの共同体と最近呼ばれていますが、この東アジア内での議論をどのようにしていくのかがあります。これについては、特に今年の12月にマレーシアで東アジアサミットがある予定です。来年、中国がその東アジアサミットを誘致するべく手を挙げているところです。

 今日は大川さんが中国も大事だと言われました。我々、経済では非常に大事だと思っていますが、しかし一方、人の移動や政治というところで、我々が一定の価値観を共有できるのかどうか。中国は、まだ民主主義に対して必ずしもコミットされていない国です。その中で、我々はこの東アジアの中でどのように中国を位置づけて付合っていくのかということは、非常に大事な課題と思っています。まずはWTOにコミットしたといっても、その中の質はまだまだ問題があるという状況です。

 しかし、東アジアの共同体をどう作り上げていくのかは、議論をしていかなればいけないテーマだと思っています。特に東アジアの中で大事なのは、先ほどのSCMの中で、製造業だけではなく、通貨或いはサービスといったものが大事だと説明致しましたが、このアジアの通貨をどう作っていくのかという議論は、非常に大事ではないかと思っています。

 最近、特にタイなどが中心になってアジアボンドを出そうということで、まずそれぞれの国の国債を相手国で発行する、それから、それぞれの国の国債を相手国の通貨建てで発行するなどということが、始まりつつあります。次には多分、優良な企業債、社債を発行する。特定の国々との間でということになってしまうわけですが、例えばいすゞさんがバーツ建てで社債を発行して資金調達し、いすゞの工場をバンコクにお造りになったということが最近ありました。実は私ども貿易保険のほうで100%保証をさせていただきました。これは優良社債ということで、当然ある程度政治的なポリティカルリスク等々は我々のほうで取って、なるべくそういう社債を色々な通貨建てで作っていくことをお手伝いしたいと思っているわけです。行き着くところ、EUのようにバスケット通貨にまずして、それから将来一つの通貨単位を作っていくということになってくるわけですが、多分そういう議論がこれから東アジアの共同体を作っていくときの大きな議論になるのではないかと考える次第です。ありがとうございました。



3. パネルディスカッション−2「ASEAN地域におけるビジネス展開の実態と課題」
モデレータ 小林 英夫 氏(早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科 教授/日本自動車部品産業研究所 所長)
  基本的なスタンスとしましては、ディスカッション−1においてはかなり大きいレベルにおける、サプライチェーンおよびFTAを含めた、政策まで含めた、非常に総論的なことがらを展開していただきました。ディスカッション−2におきましては、産業を自動車、或いは電機といった産業に限定して、サプライチェーン(SC)の具体的な実態がどのように展開されているのかに言及し、成功例、失敗例、あるいはさまざまな問題にまで煮詰めて、パネル−1を引き継いでより具体化していく心づもりで進めたいと考えております。

 ASEANを議論するときには、中国を相当意識して議論しなければだめだと思います。つまり、ASEANと中国の連携が非常に強い電機部門と、やや希薄な自動車および自動車部品部門というように産業における違いがある場合に、SCの作り方はどう違ってくるのか。どこを押さえれば隘路を突破することができるのかを意識した議論と討論を続けていきたいと考えております。

 サプライチェーンの官民の役割委員会の委員長として、率直にその研究会の中における議論を若干紹介させていただきますと、SC、或いはSCMという場合、それぞれが描いているSCの中身は相当違うのです。或る方は在庫の問題を非常に重視する。ある人はリードタイムを非常に重視する。ある人はプロフィットをいろいろ重視する。産業というよりは人によって、SCのイメージと定義が相当違いました。委員長として、その調整に前半の研究会のほとんどを使ったといっても言い過ぎではありません。

 最初、これは私の力不足のなせるわざかと誤解していました。しかし、SCMを作っていくというのは、各産業部門によって相当違い、ある産業の場合にはここを押さえることが重要だ、別の産業の場合には別のところを押さえることが重要なのだということで、その押さえどころが違えば、政策も対応も違ってくるはずなのです。そこに気がつくのにかなり時間がかかりました。

 今日は冒頭に二つのことに留意していただきたいと思います。一つは、サプライチェーンという場合、産業によって、もっとブレークダウンすれば企業によって違うのだということ。第2点は、そうしたSCが具体的に展開されていく場合には、当然のことながら国によって相当違うということです。この辺の違いを踏まえたうえで、今日は野口さんから具体的な実態について、JETROのアンケートを中心にお話をしていただき、大橋さんには電機を中心に、やや具体的な姿を展開していただき、その成功・失敗事例をご紹介いただきます。最後に小林さんには、自動車および自動車部品でその実態を展開していただくということで、この三つで進めさせていただきたいと思います。

 早速3人のパネラーのかたがたからプレゼンをお願いしたいと思います。順序は、野口、大橋、小林の順序で進めさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
  野口 直良 氏(独立行政法人日本貿易振興機構 海外調査部 アジア大洋州課長)
  JETROの野口でございます。本日は、私どもで行いましたサプライチェーンマネジメントにかかわる調査、これはアジアで活動されている日系企業のかた、およびインドで活動されている日系企業のかたを中心に行ったアンケート調査に基づく結果を、少しご説明させていただきます。加えまして、その調査結果をもって昨年JETROの職員が各地に飛びまして、皆さんにヒヤリングをさせていただいたのですが、その結果につきまして、中国の部分も一部入れながら、お話をさせていただきたいと思います。

まず、SCMの導入の状況です。在アジア日系製造業実態調査、これは2004年1月に実施した調査の中で、特にSCについて質問項目を設けてあります。SCについては各企業さんによって随分とらえ方が異なっています。サプライチェーンは調達の部分に特化しているのだというお考えのかた、あるいはリードタイムをとにかく短縮するためにやるのだというお考えのかた、本当にさまざまでした。私どもとしては、システムを構築して有機的につないでいるもの、これをサプライチェーンマネジメントと呼んでいますので、これを前提に質問を投げかけた次第です。

 回答を頂いた企業は1130社で、全体像として語るには若干危なっかしい数字なのかもしれませんが、一般的な傾向としてのものとご理解ください。

 今実際に導入されている企業さんに将来導入予定がある企業を加えても、やっと4割かという程度です。実際にやっていらっしゃるかたは2割に満たないのが、アジアにおけるサプライチェーンマネジメントの実態だと思います。

これは実際にサプライチェーンを導入されたとご回答いただいた企業に伺った内容です。「期待したとおりの効果が出ている」「期待した効果が出ていない」とご回答いただいたものがほぼ拮抗しています。この結果で見ると、意外にリードタイムの短縮という効果が出ていない例が多くなっていました。

 これがなぜなのかを考えた場合に、まさに今後進めるFTA、或いはEPAで相手国との間で要求していく部分、あるいは日本の技術協力等々をもって改善させていく部分ではないかと。もしFTA/EPAがサプライチェーンマネジメントと有機的なリンクをしていくのであれば、こういった企業がうまくいっていないと言っているところが何なのかを探るところで、ある程度の提言ができるのではないかと考えております。

スマイルカーブに先ほど頂いた回答結果を落とし込んでみました。

 たまたま今回の結果を落としてみると、案外真ん中のところ、利益率が低いところでサプライチェーンマネジメントという概念が使われてきている。ということは、全体最適化、あるいは全体利益最大化がサプライチェーンマネジメントの究極の行き着くところだと思うのですが、アジアにおけるサプライチェーンマネジメントは部分最適にとどまってしまっているというところが、この辺から分かるのではないかと思います。

では、リードタイムもさることながら、コスト競争力をつけるうえで、まず注目しなければいけない点として資材調達があるとした場合、今ASEAN、あるいはインドにいる企業さんが、どこから物を引っ張ってくることに力を入れているか。こうやって見ていきますと、やはり進出国の中で物を調達するがいちばん多く、それに準ずるものがASEAN域内で、意外にも中国からが少ないことが分かります。

 いずれにしましても、進出国内での調達等々に今後力を入れる、或いはASEAN域内という概念でくくった場合にも、AFTA等々が進展して、市場がフラットになってきており、SCMも構築しやすい環境ができていると思います。

現地調達を拡大する上でポイントは何かという質問に、これはSCMでもなく、FTAの関係でもないと。根本的に問題になるものは、サプライヤーの質的な向上問題が一等最初に出てきています。いかにサプライヤーを教育していくか、あるいは技術力を高めていくかが、ASEAN、或いはインドにおける、競争力の源泉になっていくという気がします。

問題点としていちばん関心の高いのは部品・原材料の現地調達の難しさですが、その次に来るとすれば、コスト削減と思います。

 SCMによるしっかりした管理は、コスト削減に近づける手段の一つです。すべてとは申しませんが、一つであるということをご理解いただくと、調達とか在庫管理という部分的なものではなく、もっと川上から川下に至る部分にSCMを波及させていかなければいけないという発想に繋がっていくと考えております。

今回、自動車産業、家電、IT・エレクトロニクスという三つの業種に集中的に質問をしました。非常に少ない事例の中からのご紹介になってしまいますが、自動車産業の例です。

 現状を申しますと、ASEANの国は、通貨危機で外需だけに頼んでやっていると後で痛い目に遭うということを経験しておりますので、国内の消費のほうもサポートしていかなければいけない。そうしているうちに、近年ASEANの消費力は本当にすごい勢いで伸びています。特にその辺が顕著に現れているのが自動車産業かと思うのです。

 要は市場のニーズを吸い上げるまでもなく、投入した車種が売れ筋になっていってしまうという現象が、まだまだASEANの中にはある。要は市場にそれだけ数多い車種が入り込んでいないということが一つの側面にあり、その結果、サプライチェーンマネジメントによって、部品在庫の最小化を図ることでコスト圧縮をしていくというところになってきているのではないかと思います。

トヨタ自動車さんの場合で見ますと、「かんばん方式」や「ミルクラン」といわれる代表的な調達の工夫のしかた、あるいは組み立ての工夫のしかたは、ASEANの場合もすでにすべての拠点で導入されているということでした。その意味では、SCの一角はかなりできつつあります。

 ただ、日系企業は別として、現地のベンダーは、SCの発想自体が頭の中に入っていないので、啓もうの必要があるところが、SCMを構築するうえでの一つの障害ではないかと感じます。在庫は経営の重荷であるという発想があまり現地側になくて、まだ在庫は資産という考え方のほうが強い。余ったら生産を止めればいいというのが現地側の考え方であったりすると聞きます。

それから、重要な部品はけっこう日本に頼っている部分があって、現地のほうでSCを組むまでもないというところもあるのかと思います。

 加えまして、自動車産業の場合は特に国内市場向けのビジネス活動を行っていますので、その意味では戦略がまだ東アジア大の戦略ではないのかもしれません。そこの市場での戦略ということで、クロスボーダーで作っていくという意識の薄さにつながっていっているという気がしております。

 ASEANの内部では、AICOスキームやAFTAによるCEPT関税などがもう導入されていますので、今後どんどん普及していくものと考えていますが、自動車産業の実態としては、まだ部分最適化にとどまっているということです。

家電産業の事例です。家電産業は、韓国企業の激しい追い上げを受けているのが日系企業の現状です。相当厳しい競争になっていて、白物家電は毎年10%価格を下げていかないと、もう競争についていけないような状況です。

コスト削減における限界という問題点が企業側から出てきており、ある意味手詰まりの状況だと思います。どうやってブレークスルーしていくのかといったときに、SCMは有効な手段だろうと思います。SCMを導入することによって、しっかりとコストを抑えていく、そして全体最適化につなげていきたいというのが、家電産業にとっては重要なことです。

ただ、家電産業も造っているプロダクツによって、随分とメーカーさんの考え方が違っていました。例えばAV機器メーカーさんですと、部分最適化にはとどまっていますが、すでにサプライチェーンマネジメントを導入されている事例が多くありました。これに対して白物家電の場合は、サプライチェーンの効果そのものに非常に懐疑的であるということが幾つかの企業の中から聞かれました。

 エレクトロニクスにつきましては、スピード感が求められています。製品のライフサイクルが非常に短いということがあり、これを短縮することが至上命題であり、かつ、余計な在庫を抱えないことでコスト削減も関ってくる。これがSCに求めている機能の大きいところでした。すでに導入されている例が非常に多くございます。

全体最適化のためにはVMI(Vendor Management Inventory)といった手法も用いて、とにかく足元から調達していくのがIT・エレクトロニクスの例でした。

 ASEANの企業は中国からの調達に力を入れていないと言いましたが、結局まだ中国との間では通関上の問題や輸送インフラの問題等々でリードタイムを圧縮することがサプライチェーンをもってしても実現できない。とするならば、ASEANの域内、或いは、自分の進出している国の中で調達というのが、IT・エレクトロニクスの中でのSCの根本的な部分であろうかと思います。

中国ですが、確かに人件費が安いということで、部品調達でもより一層安いものが得られるだろうと皆さん注目をされていると思いますが、中国の課題は、例えばこれはデジタル機器の事例だと思っていただいてけっこうですが、人件費は本当に10%、多くても30%以内とした場合に、残りが部材費で、その部材費のうち4割から5割がやはり輸入品に頼っています。そこのところのハードコア部分を何とか安くする手段をとらなければいけない。ここを現地化していく、現地調達に変えていくということです。

 しかし、現地調達のうち大半が外資系メーカーです。その外資系メーカーも、本当の基本になる部品は実は日本から引っ張っています。本当にピュアな意味でのメイド・イン・チャイナ部分どれだけ引き上げていくかということが、実は中国においても今後必要なコスト抑制策と思います。

リードタイムの短縮という意味では、徐々にでも効果は出つつあります。ただし、最終製品で本当にライフサイクルが短いものを中国だけでというのは、日本企業さん曰く、まだ難しい部分がある。したがって、ここはすその産業の育成というところも含めて、もう少し別の角度からの努力も必要だということかと思います。

 現状のSCMは、結局セットメーカーのためにあるイメージが強く、セットメーカーの在庫を圧縮するということは、だれかがその分の在庫を抱えているにも等しいわけです。要は部品メーカー泣かせ、ベンダー泣かせのSCMではないかということで、これは中国だけではなく、ASEANでも同じですが、全体最適にはほど遠い状況になっている感じがします。

中国には地の利の面でのメリットがあります。それは日本に近いということが一ついえると思いますが、基本的に中国に進出している日系企業さんの輸出先は日本であり、あるいは先進諸国なわけで、そういった場合に市場のニーズに対して本社サイドのSCMを使うことが可能だという意味で、ASEANに比べると若干なりとも構築しやすいのではないかという印象があります。そうすることで、リードタイム自体を圧縮する効果も出しやすかったのが、中国の例です。

 また、中国国内においても、情報通信インフラについてはそれほどサプライチェーン構築のうえでは問題がないというのが、企業さんからのお話です。中国はこれから市場が大きくなっていくわけですから、国内でのニーズの把握をやろうと思うと、実は国土が広すぎる、消費者層が食い違いすぎるということがあって、需要予測は非常に難しいと聞いていますが、インフラがしっかりしてさえいれば、それも徐々に可能になっていくと。ASEANと比べると、中国は後発な分、システムの導入がしやすい面があるのではないかということが、私どもの調査から見られたところです。

簡単ですが、私からの報告は以上です。


・. 大橋 憲一 氏(株式会社東芝 電力・社会システム社 海外事業推進統括部長)
  東芝の大橋でございます。私はただいま東芝のSCMとはあまり縁のない電力・社会システム社というところに半年ほどおります。ただ、その前5年ほどシンガポールにおりまして、シンガポールを中心にアジア60社ぐらいの統括の仕事をしておりました。その間に見聞きしたことを中心に、実例で、これはエレクトロニクスのケースなのですが、ご説明したいと思います。

この絵は東芝自身なのですが、東芝のパソコン用のPC−MB(マザーボード)の供給に当たって、VMIを活用しているという事例です。右のほうに東芝杭州PC工場がありますが、杭州輸出加工区に設立したパソコンの組み立て工場にマザーボードを供給する、これにVMIのシステムを組み合わせたというケースです。

 中国の輸出加工区は、自工場内で生産可能な部品を自分の手で中国内で調達できないという制度上の制約があります。ですから、一時的に不足したパソコンのPC−MBを、シンガポールの会社を使って、中国内の別の保税工場、保税地区にあるEMSに、部材を支給して作らせて、それをパソコンの工場にジャストインタイムで納入させるという回りくどいことを実はやりました。

杭州の工場が、必要数量をシンガポールの会社、東芝AP(Asia Pacific)に発注する、そして、上海の外高橋にあるVMIハブのロジ会社を使い、このVMIハブに部材を集めて蘇州にあるEMSの工場に部品を支給します。ここで委託加工生産させて、杭州にある工場が今日要るという数だけPC−MBの完成品を納入させるということです。

 これをウェブベースでシステム化して運営しました。実態はシンガポールにある会社でウェブで全部コントロールしまして、これを担当した人間は上海に中国人の女性が1名いただけで、あとは全部ウェブサイトで回して、問題があるごとに人が出ていくという形で、非常に少人数でやりました。

 これは、実際には中国内で3か所の保税区をまたがるVMIと複雑化させたことによって、結局、中間在庫が2週間、あるいは3週間ぐらいに跳ね上がってしまいました。ですから、運用としては成功だけれども、VMIの運用としてはあまりうまくいっていないケースにもなるのですが、実は中国側に大きな問題がありました。上海税関が朝9時に開いて5時に閉まってしまう。金曜日の5時以降、土日は閉まってしまうのです。そういうことになりますと、部材がそこで詰まってしまう。あるいは通関でe通関が行われていない。あるいはHSコードが統一されていないと税関と税関の間で動きが取れないとか、中国側がこういったVMIに慣れていないということで、通関上の運用の問題などがありまして、非常に最初は突っかかりました。実は、このVMIを中国でやるに当たって、所有権の移転などを決める法律、運用する規則がなく、これを全部の税関に説明して回って、許容範囲内ということでお墨付きをもらって始めたということで、まだ法律があまりできていないということも、ある意味では一つのひっかかりになりました。

 VMIをやりますと、商流と物流と情報の流れが全部違うので、そこがやはり難しい。ただ、部品のベンダーも、工場も、EMSも、VMIのハブをやっているところも、関係者が全部、ウェブサイトで同じ情報を共有して動かしたというところに一つのミソがありまして、これによって結果的にはうまく運用ができたということではないかと思います。

次のケースは有名なデルのパソコンの生産です。デルはマレーシアのペナン島に大きな基地を持っていて、ここでサプライチェーンのモデルで直販ベースでやっております。

このキーワードは、デルが直販のPCメーカーであるということ、それから直販のメリットとして最大限に中間コストの削減を彼らが図ったということで、コスト競争力を出した。また、リードタイムが短く、在庫が少ないということで、リスクを限定することができている。限定モデルを使うということで、デルは10モデルぐらいに限定してプラットフォーム化しています。これをうまく利用して、あらかじめ選定されたモデルによってオプションをたくさん作って、それをカスタマイズ化させることに成功しているということで、このシステムが彼らの場合はうまく機能しています。

 ここのポイントはデルのオーダー管理システムで、3〜4か月前に設定するのですが、全世界でどのくらいの注文があるかというフォーキャストをベースに部品に展開して、部品メーカーに需給フォーキャストを3か月ぐらい前に提出するわけです。それを、VMIの寄託倉庫に大体2週間ぐらい余裕在庫で持たせて入れたものを、必要に応じてラインが、プル信号といいますが、5〜6時間前にこれが要る、6時間たつとこのラインの部品がなくなるという信号を出すことによって、そこの部品メーカーが、自分の所有権が移転しない前の状態で引っ張ってきて、届けさせたものをすぐラインに投入する。そのラインで作ったものを同じ配送業者といいますか、3PL(サードパーティー・ロジスティクス)業者に入れて、世界じゅうに宅配するというシステムです。

 ですから、中間のいろいろなものがすべて省かれて、非常にシンプルなモデルです。ですから、注文があったら、世界の端っこでも「1週間あれば持っていきます」というようなことを売りにしてやっているわけです。

 顧客のオーダーの状況が各プロセスに流れて情報を共有したということで、物の流れをスムーズにさせているということです。幾つかキーがありますが、オーダー管理システムと、しっかりした資質を持っているロジスティクスの業者がいて、これが実現している。これが代表的なデルのシステムということだと思われます。

次はモトローラ社の携帯電話のサプライチェーンです。中国の天津にグローバルVMIハブを設定し、そこにフォーキャストによって部品を全部集める。中国で作っている部品も全部集めて、生産に必要な分だけキッティングをして、キット化したものをそれぞれの地域あるいは国の組み立て工場に送るというシステムです。最初、天津でスタートしていましたが、実はシンガポールにモトローラは大きな携帯電話の工場を持っておりまして、そこにやはり調達とVMIのハブを置いて、多分システムを二元化しているということだと思われます。例えば天津で足りないものを相互に補完するとか、そういった形で部品のハブを運用して、これで部品の流れを一本化して、製造側が速く必要な分だけ顧客に近いところで組み立てて供給するというシステムを作り上げたということのようです。

 モトローラの場合は、実は10年ほど前に中国にこういった携帯電話の進出を図っていますが、3年ぐらいで見事に失敗して、一度完全撤退をしています。しかし、中国の事情を勉強して、2〜3年前に改めて再参入したということで、そのときに始めたのがこの天津のグローバルVMIハブシステムです。部材を一元化して調達し、全世界に供給するというこのシステムを確立したことで、現在は見事に中国で成功したという事例です。

情報化によって資材の調達から完成品の配送まで、ウェブで一元化してやっています。需給のフォーキャストに従って、生産・出荷計画を立てて、サプライヤーに納期の2週間ぐらい前に部材をVMI倉庫に寄託してもらい、実際の生産計画に従って生産ラインに部材を出して、そこで組み立てをして、必要なところにJIT生産して出荷していくという流れを簡単に示しています。

ウェブを使った情報のリアルタイムな共有によって、中間に発生しがちな時間のロスや在庫の最少化を図るということで、緊急の電話だとか、督促のために走り回るような仕事が、ぱったりとなくなります。営業員や調達の人にかかっていた手間が大幅に縮小されるということが、これで実現できています。

SCMを使ったVMIのシステムのポイントはウェブを活用したリアルタイムなシステムである、しかも、実績があるシステムを使うことだと思います。

 それから、運用するシステムを理解したマネジャーが必要で、全体を理解している人がこのシステムを取り仕切り運用する。システムを入れるだけでは意味がなくて、システムを理解できないまま入れたら、まず失敗するでしょう。エレクトロニクスや電機・電子の進出企業の半分が興味を示しながら、実行した人の半分が失敗しているというのは、こういったところがあるのかもしれないと思います。

 もう一つは、システムを運用するときに、発注者、オーナー側だけではなくて、サプライヤーも、倉庫とロジ業者、それぞれに適正なメリットがないと、うまく機能しません。いうならば、三者がそれぞれウィン・ウィンの関係でやることが、やはり長期的にうまくいく、成功するひけつではないかと思われます。

 事業のスピード化という面では、エレクトロニクス、特にパソコンのようなものは、商品の回転頻度が非常に短く、最近は少しよくなっていると思いますが、一時は3か月で新製品に入れ替わっていくような、非常に短い商品サイクルタイムになっています。ですから、このスピード化に追いついていくということと、在庫の積み増しによるリスクの低減、これがやはり、特にこのエレクトロニクス業界にとっては避けられない現実となっていると思います。

リアルタイムでの在庫情報の共有化とビジュアル化、生産・調達方式を変革して、部材在庫管理の自動化、調達手続きの最小化を図る。それから、在庫管理やロジ業務の大幅な簡略化とコスト削減、調達から商品発送までの時間削減による在庫リスク削減とキャッシュフローの改善ということが、やはり大きなメリットになりますので、適正に導入すれば必ず成果が出てくると思います。

 私どもの場合、シンガポールでやったケースで、ほとんど在庫はゼロになります。工場側は明らかに生産ラインに引っ張る瞬間に所有権が移転しますから、ラインに投入する前の在庫はほとんどゼロになります。サプライヤーさんは2週間在庫を置いていただくので、そこは在庫になりますが、どのくらい工場で使っているか日々自分たちの目で見えますので、余分な在庫を持たないで、その2週間在庫を回していけばいいということで、サプライヤー側も非常に在庫が限定されることになります。そういったところがきっちりできれば、双方に非常にメリットがある、いいシステムになりうるだろうと思われます。

 80年代は、アジア・中国に安価な労働力を求めて出ていった。私どもの場合も80年代にすでに工場進出をしております。「安い部材と豊富な労働力=競争力ある商品」という形で、これをねらって入っていったということです。

 ただ、90年代から2000年にかけて、ASEAN+日・中・韓ということですと、人口が21億ですね、この巨大市場を求めて中国に進出する。あるいは中国・アジアで製造して、域内、あるいは日本を含むヨーロッパ・アメリカなりに輸出するということで、こういった海外へ輸出を求めていくという時代がありました。

 ところが、デルやモトローラの成功を見ていますと、世界市場を対象にしたIT武装によるビジネスモデルを確立して、情報とスピード化が競争になるということで、この競争時代がもう今来ているのではないかというような感じを、私はシンガポールにいる間、強く感じておりました。以上で終わります。


小林 正典 氏(ジヤトコ株式会社 顧問)
  小林でございます。私は日産自動車と部品メーカーと両方の経験がございますので、今日はその両方の立場から少しお話しさせていただけると思います。

 今日は東アジアという主題なのですが、自動車の場合は各国別に非常に状況が違っています。したがいまして、サプライチェーン以前の段階であるということで、実態をまずご理解いただくのがいいかと思いまして、中国を中心にお話ししたいと思います。

 中国の自動車マーケットは、日本、米国、欧州、殆ど全部の自動車メーカーが現地生産に参入しています。

 外資系メーカー以外に中国プロパーのメーカーも随分たくさんあります。2004年には100社以上メーカーがあるといわれ、トータルで507万台生産しました。うち、乗用車は232万台、商用車は275万台ですが、自動車メーカーの数が非常に多いという点が他国と大きく違っている点だと思います。

 それから、中国の生産車を輸出することは殆どありません。専ら中国国内のマーケットをねらって生産している。これが非常に大きな違いであると思います。

 タイの方は、日本の自動車メーカー数社だけでほぼ現地生産を独占しています。その製品もタイマーケットに売るだけではなくて、トヨタ、日産、いすゞなどが商用車・廉価車をそこでたくさん造って、輸出基地化を図っているという実態があります。それから、韓国は起亜を含む現代グループが圧倒的シェアを持っており、韓国向けはもちろん圧倒的シェアなのですが、それ以上に米国に輸出して、日本のコンペティターになりつつあるという状況です。このように国ごとにいろいろ違いますので、一つに無理にまとめようと思うとかえっておかしくなってしまうということもあります。

 特に車というのは、物が違いますと部品なども違うのです。例えばタイは先ほど言いましたように廉価車で、変速機は手動変速機ですが、中国はむしろ高級車が売れていて、自動変速機だということで、全然共通性がないわけです。そういうことで、サプライチェーン以前であると申し上げました。

 次に、今後の中国の自動車メーカーの経営を考えたときに、メーカー数が多く、非常に競争が厳しいと思います。これは自動車産業の非常に初歩的な段階であるということです。

 アメリカを振り返ってみますと、20世紀前半には、今の中国同様100社以上の自動車メーカーがコンピートしていたわけです。それが徐々に集約されて、第二次大戦後にはビッグ3に集約されたという歴史があります。結局GMがいちばん大きくて、次がフォードで、だいぶ小さくなってクライスラーと3社体制になったのですが、クライスラーが何とかやっていけるプライスがマーケットのプライスになりました。そうすると、GMやフォードは規模がずっと大きいものですから、自動車は量産規模の効果で随分利益が違いますので、結局、結論としてはGM、フォードはばくだいな利益が手に入った。いわゆる寡占(オリゴポリー)の典型的な例だと思いますが、そういう世界が第二次大戦後できたわけです。そこに70年代から日本のメーカーが入っていって、徐々に台数を伸ばしてきたのですが、輸入規制の問題もありましたし、現地生産を始めるという問題もありましたので、日本メーカーにとっても変に安売りしないで、高価格を維持しました。徐々に日本メーカーがビッグ3に勝ち始めて、それが現在のトヨタ、日産、本田などのばくだいな利益につながっているわけです。中国はそのようになるかというと、50年先は分かりませんが、当面ありえないと思われます。

 中国は人口が多いといっても富は偏在していますから、車を買える人は13億人のうちの1億人です。やはり数十年のスパンでアメリカに追いついていくということになると思います。ということは、当面、自動車メーカーが多いところで、小さいパイを奪い合って競争しなければいけない。中国マーケットのパイを取り合うということがまず先決ですから、輸出まで手が回っていない。輸出するには品質が高い車を要求されるわけです。それはまだ全然造るレベルにいっていないということです。

 では、どうやって中国生産車の品質を上げていくのかという話ですが、まず、車はコストの3分の1が自動車メーカー内製で、3分の2が素材とか部品産業で造ったものですので、この3分の2の部分の品質を上げなければいけません。それから、自動車メーカーそのものは非常に強力ですが、内製分について、中国人の現場要員を教育して、レベルを上げなければいけないので、多少時間がかかるだろうということがあります。

 次に、中国の部品産業の立場からちょっと申し上げますが、日本の系列ごとに部品メーカーが自動車メーカーにくっついて、最近進出を始めているというのが大半です。中国の部品メーカーは、品質的にもコスト的にも優位性のあるものは少ないです。結局、開発力までつけない限り、一人前の製品が造れないわけで、そこまでは全然いっていません。経験を積んで、自動車メーカーと仕事をしながら成長する以外にないわけですから、やはり時間がかかるだろうという感じです。

 では、日本の部品メーカーがどうやって中国で成長していくのかということですが、結局系列内のビジネスだけでは、パイは必ずしも大きくない。それから、自動車メーカー自身が中国では収益性が非常に厳しく、当然部品メーカーがいい値段で買ってもらえることは期待できないわけです。したがって、中国で造った部品を中国の系列以外の部品メーカーに売り込むと。これはおのおの系列を連れていっているわけですから、簡単に競争とはいかないのですが、そういうことが一つあります。

 中国から安い部品を買えないかということは、原価低減上非常に大きなテーマで、各社相当力を入れてやっていますが、意外にまだ買えていないのが現実です。もちろん一部ありますが、大半はそこまでいっていないのが現状です。

 GMやフォードも最近、年に1兆円、100億ドル中国製の部品を買いたいというスローガンを挙げ、一生懸命やっているのですが、いちばんのネックは品質です。品質に不安があると、当然莫大な金額の部品を買うわけにはいきません。

部品メーカーの方は、では中国に大きな工場を造るかというと、アメリカではモデル毎の契約です。部品を買う場合に、「キャデラック」なら「キャデラック」が4年間続くから、このモデル用に買ってやると。その次にモデルチェンジした後は買ってくれるのかというと、保証はありません。それはそのときの勝負です。そうすると、部品メーカーにしたら、「いや、それでは莫大な投資をする訳にいきません」となるのです。系列の場合はモデルチェンジしたあとも、次も必ず買っていただける可能性が非常に高いわけですから、安心して投資できますが、アメリカの場合は言うことは大きいけれども、実態は危ないとなると、なかなか日本の部品メーカーはついていけないのです。

 したがって、中国の部品メーカーも育っていないし、GM・フォードが中国からたくさん買うといっても、なかなかそうはいかないというジレンマになっています。先ほどの電機業界の話などと比べると、ある意味では非常に遅れているということだと思いますが、発展段階がかなり違っているのではないかという感じがします。日本の自動車部品メーカー自身も、やはり中国に対する日本の自動車メーカーの進出が遅れたから自分たちも進出が遅れたのだという話があります。

 それから、いちばん大きいのは輸入関税の問題で、WTOで06年に10%になることになっていますが、これでもまだ高すぎます。現状で、例えば18%ということになりますと、全部中国の現地生産で原材料がそろえばいいのですが、先ほどからお話がありましたように、結局全体の半分ぐらいの構成部品を日本から持っていきますので、それに対して18%の関税がかかりますと、全体のコストからいくと9%の輸入関税となるわけです。一方、日本の部品産業はけっこう装置産業的な要素が強く、労務費の占めるウエートは非常に低い。せいぜい10%ぐらいですから、中国へ行って、労務費は非常に節減できたけれども、輸入関税がずっとかかってしまったと。何のために持っていくか分からない、日本で造ったものを持っていったほうがまだましではないかという話になってくるのです。また、日本人が中国で部品メーカーをやる場合に、その人材がいない。人の層がもともと自動車メーカーより薄いうえに、自動車メーカーの米国、欧州の展開について、色々人材も使っているので、人がだいぶ少ない。当然、中国語が分かる日本人はほとんどいないわけです。

通訳が非常に権力を持ってしまって、何か訳が分からないという例もよく聞きます。

 更に、停電や資材の納期遅れなどという話もありますと、これはもうサプライチェーンどころではないという話になってくるのです。ことほどさようにいろいろ問題がありまして、日本の自動車部品メーカーは進出が遅れています。

 それから、部品などで、車でもそうでしたけれども、ライセンス生産でロイヤルティを払ってもらおうというのが、ある意味ではいちばん楽なのです。私も多少経験があるのですが、ただ中国側はそういう技術に対するリスペクトというものがあまりなくて、なかなか払ってくれません。ですから、これも非常に難しい。この辺はコピーの問題とか、いろいろな法律上のトラブルの問題になってくると思うのですが、このあたりも随分いろいろ考えないといけないと思います。

 そのようなことで非常に問題が多いのですが、ただ、やはり長い目で見れば、中国は少なくとも日本以上のマーケットにはなるでしょうから、そこで生産を伸ばしていかなければいけません。これは経験を積まなければどうしようもないので、電機産業に追いつくぐらいのつもりでこれからやっていく必要があるのではないかと考えております。以上です。